52 ~冬休み明け初日 前編~
登校日初日。
両親の葬式をやったり、なんだりしている間に、冬休みは終わった。
久しぶりに長崎に帰ったな。満がすごい謝ってきたけど満のせいじゃないし、いろんな情報を調べたり送ってくれたりしたの満だったし、一番疲れてるし、一番メンタルケアが必要そうな顔してたのに、ずっと働いてたな。そうでもしないと、気が紛れないのか……。
とりあえず、形式的には両親たちについては一区切りついたことになる。
ぜんぜん、一区切りついてないけど、な。
薫と栞もなんとなく俺たちとの生活に慣れてきた感じだ。
って言っても、ほとんど自由時間しかなかったし、その時は二人だけで過ごしてたから、向こうにいたころとあまり変わってないのかもしれないけど。
とりあえず、今日は全員登校した。
そもそも、俺とアユとノゾ以外の……カオとシオも除く兄弟たちはやらなきゃいけないことがあって行けない日以外は、部活に行ってたしな。
歩と望はすぐそこに受験が控えているため、ずっと勉強をしていた。
ノゾが勉強をしてたのは時々見てたけど、アユまでやってるのは珍しいんだよな。
俺は寝て、頭の中を整理することがほとんどだったが、それ以外の時間は本屋に行っていた。薫と栞がこっちの生活に慣れるまではバイトはやらないことにしているから、ただ、本屋の空気に触れて気を紛らわせていた。
深司さんは、事情を知らないみたいだったし。
さすがに、当主様が二、三日、いなくて俺らもいなかったら、何かあったことは優斗様や冬馬様には何かあったことはバレているだろうが、おみくじを引いた時に会って以来、直接会うことがなかったため、訊かれることはなかった。今日も、行きの車の中では一緒だったが訊かれなかった。
まぁ、俺たちの空気を見たら訊いてこれないよな。普段はうるさいサトとかスグまでズーンとしてるし。
本家の敷地内に入るが、屋敷の中に出入りしていない深司さんには、伝わることはないだろう。拓真さんは知っているらしいが、不用意に話すことはしない人だ。深司さんが知るとしたら、又聞きをするか、深司さんの両親から聞くぐらいだろう。俺たちのいとこなのに深司さんが知らないのは、会ったことがないからだ。そこまで大ごとにしたくないという俺たちの意見から、深司さんのお父さんにだけ出席してもらった。
まぁ、深司さんは又聞きしないだろうな。本の世界にいるか、拓真さんと話してるかぐらいしかない人だから。拓真さんと話しているときは又聞きをする暇がないだろうし、ほとんど小説のことしか考えていないから、周りの雑音としか捉えられないだろう。
始業式とLHRをやり、冬馬様たちと一緒に帰る。他の兄弟たちは今日も部活らしい。
気が紛れてちょうどいいのかな。俺は……、本屋があるからいいか。
「翔、何があったのか、訊いても……いいか?」
晴さんが、車を発進させて少し経つと、後部座席に座っている冬馬様に訊かれた。いつもより少し声に元気がない。
「……」
これは、言っても良いのか? 冬馬様たちだし不用意には口に出さないだろうけど、アユたちと相談してないしな。関係性が壊れるのも怖い。やけに丁寧に扱われるのとか、やめてほしい。
「言いたくなかったら……言わなくてもいいんだ」
晴さんは、何も言わずに車を走らせる。
「すみません。誰に伝えてもいいとか、まだ兄弟の中で共有できていないので……」
「じゃあ、共有できて僕たちに伝えてもいいってなったら、教えて」
「わかりました」
それ以降は何の話もせず、屋敷の前に着く。裏玄関の扉を開け、冬馬様たちを先に入れる。
「冬馬兄さん、階段、上がれる?」
「さすがに上がれる」
本格的に冬馬様の体調が心配になってくる。千明様はほとんど、冬馬様の体調を俺の前で話すことはない。というか、他人の前で話しているところを見たことがない。そんな千明様が、尋ねるぐらいだから相当体調が悪いらしい。
ほとんど表情変わらないから、わかりづらいけど、千明様にはわかるんだろうな。
「……荷物、持ちましょうか?」
「だいじょ……」
「お願いしてもいい?」
「はい」
俺は、冬馬様と千明様の荷物を持って、二人の後ろを歩く。
「荷物、そこに置いておいてくれていいよ。ありがとう」
冬馬様の部屋の前に着くと、千明様がそう言いながら、冬馬様を部屋の中に入れる。俺は、部屋の中にカバンを二つ置き、自分の部屋に向かう。すると、自分の部屋に向かう途中の廊下で薫と栞がうろうろしていた。二人は、普通の公立小学校に転入した。
「あ、カケ兄! あの……」
俺の姿を見ると薫が近寄ってきた。薫の後ろには栞がついてくる。
「荷物、置いてきていいか? 話は聞くから」
「あ、うん」
俺は、奥にある自分の部屋に入り、荷物を床に置いて部屋を出る。
「んで、どうしたんだ?」
「たくさん書類をもらったんだけどね、何か所か保護者氏名が必要だったり、印鑑が必要だったりするんだけど……」
「誰に話すべきか、か」
「ううん。それは、多分、当主様のところに行く……」
「だろうな」
「……それは分かってるんだけど、誰か、一緒についてきてくれないかなって思って……」
「ついていくぐらいならやるぞ。自分で説明するならな」
「……」
「……」
薫と栞は顔を見合わせる。
嫌なんだな。俺もいまだに苦手だからわかる。
俺は、とりあえず、気配を感じる範囲を広げ、当主様がいるか確認する。
いた……。一人だな。
「書いてほしい書類の整理とか、自分で記入するところは全部終わってんのか?」
「どこまで書いていいかわからなくて……。向こうにいた時も、父さんたちと相談しながらやってたし……」
「書いてないんだな?」
「うん」
「いつまでに出すんだ?」
「今週までって」
「あと二日だぞ?」
「間に合わなかったら来週でもいいって言ってたけど……」
「了解。俺がとりあえず説明するから、訊かれたら二人が答えろよ」
「うん。ありがと」
「必要な書類は全部持ってるのか?」
「うん」
「じゃ、行くか」
二人を連れて当主様の部屋に向かう。当主様の部屋の扉をノックして名乗ると、入室許可が出る。俺は、扉を開いて中に入る。
「お時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
いつも通りの当主様がいつも通りの場所に座って、手に持っていた書類を机の上に置いた。俺は、薫と栞を部屋の中に入れる。
「私が呼んでないのに、この部屋に来るの、初めてだよね?」
少し嬉しそうに当主様が言う。
「そうですね。初めてです」
「そうだよね。あ、座っていいよ。翔は、こっちね」
俺は、当主様の隣に、薫と栞は当主様と俺の正面に座る。
「それで、どうしたの?」
「薫と栞の転入に伴って必要な書類を持ってきたようで、保護者である当主様と相談したいそうです。保護者氏名や印鑑が必要な項目もあるようです」
「わかったよ。ちょっと見せて」
当主様の部屋に入って座ってから一ミリも動いていない薫と栞に目を向ける。二人は少し慌てて、持っていた茶封筒を机の上に載せる。
「まだ、何も記入していない感じかな?」
「はい。相談しながら記入したかったようで……」
「それでいいと思うよ。これからもそうしてほしいな」
それは、ここに来てほしいからか?
「えっと、じゃあ、一つずつやっていこうか。同じやつ出して」
それからは、当主様と薫と栞だけで話が進められていき(ほとんど当主様しか話していないが)、俺はその作業をぼーっと眺めているだけだった。栞が時折俺のほうを見て深呼吸しているのが少し気になったぐらいだ。
それなりに作業が進んできた頃、誰かの気配を感じた。まっすぐ当主様の部屋に向かって歩いてくる。歩いてきた方向からして、冬馬様たちか、俺の兄弟だ。ただ、俺の兄弟が当主様の部屋に来る勇気があるか言われたらないだろう。冬馬様も体調が悪そうだったから来そうにない。
としたら、晴さん、優斗様、千明様……拓真さんぐらいか。
その気配は、当主様の部屋の前で止まり、扉がノックされる。
「千明です」
いつもより元気のない声が聞こえてくる。女中が出ていったため、一人でも出歩けるようになっている。
「翔、何人かわかる?」
「一人です」
「入れてもいいかな?」
「はい」
「入って」
千明様が部屋の中に入ってくる。俺たちを見ると少し驚いた表情になった。
「どうした?」
「え、っと、と、うま兄さんが……」
「冬馬がどうした?」
俺たちがいて、言いづらくなってるか? 言いたいことが飛んだかのどちらかだな。
「……え、っと……」
「翔、ちょっと聞いてきてくれる? 廊下の方がいいかな。誰もいないと思うから。ノックせず入ってきてくれていいよ」
小声で当主様に言われる。
「わかりました」
俺は、立ち上がって、扉付近に立っている千明様を連れて廊下に出る。
「どうしたんですか?」
「あの、冬馬兄さんが、今日ずっと体調悪くて、」
ずっとだったのか。ほとんどわからなかった。
「それで、奏多さんを呼びたかったんだけど、私は、連絡先分からなくて……、いるかわからないから家にも行けなくて……」
「それで、当主様の部屋に来たと」
「うん」
「とりあえず、相談してみましょう。当主様に。できますか?」
「……」
「当主様と二人だったら話せるんですか?」
「……え、っと……、まだ、苦手。話すこと自体」
「わかりました。とりあえず、俺が話してくるんで、この辺で待っててください。当主様の部屋の中にいたほうが、すぐに対応できて安全ですけど、入ったら緊張しますよね?」
「うん。この辺で待ってる。ありがとう」
俺は、当主様の部屋に戻る。
「何だって?」
「冬馬様が体調を崩したみたいで、奏多さんを呼びたいそうです」
「ありがとう。二人はちょっと待っててくれる? ……そっか、奏多の電話番号知らないのか」
当主様は机に置いてあった受話器を取る。流れるような手つきで番号を押し、電話をかける。二言三言話して、受話器を置く。
「来るって。千明にもそう伝えておいて」
「わかりました」
「あと、千明は、緊張してほとんど説明できないだろうから、仲立ち頼んでもいい?」
「はい」
「全部終わったら、報告しに来て」
「わかりました」
「じゃあ、よろしく。二人ともごめんね、待たせちゃって」
当主様は、再び薫と栞と話し出す。
「失礼します」
「うん」
俺は、当主様の部屋を出て、廊下で待っている千明様とともに表玄関へ向かう。
「誰も来てないと思いますけど、何もされてませんよね?」
「大丈夫だよ。どうだった?」
「奏多さん、来てくれるそうです」
「そっか。ありがとう」
「千明様は、奏多さんと話せますか?」
「う……。できなくはないけど……」
「説明は、できます?」
「やれって言われたら……」
「俺が説明してもいいんですけど、千明様のほうがちゃんと伝えられると思うんですよね」
「……じゃあ、止まったら、助けて」
「わかりました」
すると、表玄関が開いて、奏多さんと大輝さんが入ってくる。
「よっ」
「こんにちは」
「……こんにちは」
「二人は、何してんの? こんなところで」
「奏多さんを待ってました」
「千明君も?」
千明様は俺の後ろに隠れている。
「はい」
俺らは、冬馬様の部屋に向かう。
「ってか、大輝は何しに来たんだ?」
「印鑑持ってきた」
「当主様の部屋にないのか?」
「ない。ほとんど印鑑を押す仕事は俺の方でやってるから」
「へぇー」
「じゃ、俺はここで」
途中にある当主様の部屋の前で大輝さんと別れる。
「千明君、冬馬君の状態、訊いてもいい?」
「……は、い。えっ、と……」
「今の状態は?」
「……熱が、あります」
「どのぐらい?」
「……測って、ないです。体温計、どこにあるか、わからないので」
「体温計の場所かぁ、食堂か……、女中がいた部屋か……、冬馬君の部屋か……。触った?」
あとで、体温計、探しておくか。
「……触っても、わからないです。……普段、触らないので」
「今日の状態は? 朝から」
「……朝は、いつもよりご飯を食べてなくて、昼は、いらないと言われました。……少し眠そうで、帰ってきてからは、ほとんど寝てます」
なんだ、普通に話せてる。まぁ、少し緊張してるっぽいけど。
「んー、なんとなくわかった。ありがとう」
「いえ……」
「んで、翔君は、壁?」
「はい。壁です」
「否定しろよ」
「一応、仲立ちとして来たんですけど、千明様が話せそうなんで、壁という役割が残りました」
「千明君が冬馬君以外で普通に話せる人、いないよな」
「俺も、普通には話せないと思いますけど……」
「壁になれるだけすごいと思うけど」
「そーですか」
そんな話をしているうちに、冬馬様の部屋の前に着く。
「部屋の中に入るのは僕だけで、扉開けとくから、質問したら答えて」
千明様は俺の陰で頷いているが、奏多さんには見えていない。
「わかりました」
返事がなかったため、後ろを振り向いた奏多さんに向かって言う。
「千明君ー、そこで頷いても見えないよー」
奏多さんが冬馬様の部屋に入っていきながら言う。
「……はい」
「千明様、聞こえてないと思いますよ」
「うん……」
「奏多さんのこと、苦手なんですか?」
本人の前で訊くことではない気がするが、気になってしまったため、訊いてみる。
「……苦手、じゃない。……そもそも、人と話すことが、苦手……だから」
「じゃあ、話しかけない方がいいですか?」
「翔君は、もう、大丈夫。……今のくらいが、ちょうどいいから」
「わかりました」
すると、奏多さんが部屋から出てくる。
「普通に疲れてたみたいだから、休ませといて」
「わかり、ました」
「また、明日来るよ」
「お願いします」
「と、翔君、連絡先交換しといていい? いちいち当主様に迷惑かけるのは気が引ける」
「わかりました」
俺はスマホを取り出し、奏多さんと連絡先を交換する。
「千明君が呼ぶことはほとんどないだろうけど、呼びたくなったら翔君に言うようにして」
「はい」
「それじゃ」
「ありがとう、ございます」
奏多さんは、手を振りながら廊下を歩いて行った。
「翔君もありがとう」
「いえ。千明様は、この後どうする予定ですか?」
「自分の部屋にいるか、お父さんの部屋に行くかのどっちか、かな。翔君は?」
「カオとシオがまだ当主様の部屋にいるので、当主様の部屋に行きます。報告もあるので」
「じゃあ、私もついてく」
そう言った千明様と一緒に当主様の部屋に向かう。
冬馬様とずっと一緒にいると思ってたけど、選択肢にすら入ってなかったな。
深司の世界はすごいんです。その世界に本当に一人だけになります。翔もその状態になりがちで、時々無意識的に気配を探りながら小説の世界に入ってしまうため、読み終わった後疲れてその辺に寝転がっていることも多々あります。
千明が冬馬の言葉よりも自分の意見を優先することはめったにないことなので、結構珍しいところに翔はたびたび遭遇してますね。
次回は、 冬休み明け初日 後編 です。
まぁ、実際のところ、冬休み明けて半年経ってるんですよね。これの下書きを書いていた時は本当に冬休み明けだったので、時間が過ぎるのが早いなぁと感じています。




