48 ~冬休み 4~
「ありがとう」
千明様を布団の上におろすとそう言われた。
「いえ」
「……冬馬兄さんにもされたことなかったから。……緊張した」
「すみません」
「……ううん。私が歩けなかっことが悪いから……」
「荷物ここにおいておきますね。俺は、下にいるんでなんかあったら呼んでください」
「うん。ありがと……」
俺はスポーツバッグを布団の近くに置き、部屋をあとにする。
あぁー、超緊張した。顔に出てなかったよな?
とりあえず、1階の部屋に戻る。
ご飯は準備してくれるって言ってたけど、女中がするのだと信用できないな。一応、アキたちに言って、買ってきてもらうか。
そんな内容のメールを兄弟チャットに送っておく。他にやることがないため、とりあえず、読書を始めた。
「……君。……る君。……翔君」
いつの間にか千明様が隣におり、呼びかけられていた。
「……ごめん、……勝手に入っちゃって。……全然返事がなかったから」
「こちらこそ、気付けずすみません。どうかしましたか?」
「……あの、……ご飯来てなくて……どうなってるかなって、思ったんだけど……」
完全に忘れてた……。ってか、今何時?
「……多分、知らないよね……?」
「今、何時ですか?」
「夜の七時半」
こっち来たの午前中だったよな? 千明様は寝てたから、昼飯抜いたのか。まぁ、寝てたなら……じゃない。だから、腹減ってるのか。
「千明様には、何か連絡は……?」
「……ないから、来たんだけど……」
そりゃそうだ。何で気付かなかったんだっ。
俺は、ポケットに入れていたスマホを取り出す。兄弟チャットには何か来ていたが、冬馬様からは何も来ていなかった。
兄弟チャットのほうには、インターホンを鳴らしたが、誰も出なかったからとりあえず、家に置いてあると彰からきていた。
「玄関、見ましたか?」
「うん。……何もなかったよ……」
「夕飯、なんて聞いてます?」
「女中が持ってきてくれるって……、お父さんたちは言ってたけど……、多分、……持ってこない……と思う」
「だと思って、アキたちに食材頼んでおいたんですけど、俺が気付かなくて受け取れてないんです」
「……ここで、作るの?」
「まぁ、そういうことになりますね」
「私が作るのは……」
「俺も、さすがに作れるので、やります。味の保証と見た目の保証はないですけど……」
「あっ……、翔君のご飯、……おいしいって聞いた。……お父さんから。……食べてみたいと思ってたんだよね」
「そんな期待されても……」
俺はそう言いながら、兄弟チャットに、起きたから買ってきたものを届けてほしい、と送った。
「チャイ厶は上にいても聞こえるんですか?」
「……分からない。……私もずっと……寝てたから」
そんな話をしている間にインターホンがなる。
「行ってきますね」
「うん」
俺は立ち上がり、部屋を出て玄関に向かう。玄関を開けると、稔がご飯が載っているお盆と、大量になにか入っているビニール袋を持って立っていた。
「今日のご飯、アキが作ったやつ。と、食材。とりあえず、二日分ぐらいかなって」
「サンキュ」
「サツがずっと気配探ってたらしいんだけど、誰もその家に近づいてないって」
「だから、アキがつくってくれたのか?」
「うん。カケよりはおいしいだろうからって」
「余計なお世話だ」
「ご飯、さっきまで作ってたから出来立てではあるけど、外に出したし、温めてもいいかも」
「了解」
「んじゃ、頑張れよ」
稔が持っていたものをすべて押し付けて戻っていった。
「はぁ……」
俺は、台所に向かう。
「えっ、作ってくれたの?」
部屋から出てきた千明様が、俺が持っているお盆を見て言う。
「アキが作ってくれたみたいです」
買ってきてもらった食材を冷蔵庫に入れながら言う。
「後でお礼、言っておかないと」
「そうですね。……一緒に食べますか?」
「翔君が……良ければ……」
「一緒に食べましょうか」
「うん」
「出来立てらしいんですけど、外に出したので温めたほうがいいかもしれないって」
「あったかいから、大丈夫」
「わかりました」
俺は箸もお盆に載せて居間に持っていく。千明様は後ろからついてくる。
「ありがとう」
「気分はどうなんですか?」
俺は、おかずに手を付けながら言う。千明様の顔色は、こちらに来た時よりは良くなっているが、本調子という感じではない。
「結構いいよ。……もう少し休みたいけど」
「いくらでも休んでください」
「……うん」
特に何かを話すこともなく夕飯を食べる。
そんな感じで一月三日の夜まで過ごした。結局、女中からご飯を届けられることは一度もなく、俺がほとんどご飯を作っていた。おいしいと言って食べてくれたので、良かった。家で過ごしている間も、千明様は何度か体調を崩して寝込んでいたため、そこまでご飯を作ってないけど。
兄弟がいないと本当に俺はご飯を食べないんだと分かった。
兄弟の存在は大切だな。
一月四日、午前。
千明様を大広間に送り届けている。もう少し休みたそうにもしていたが、俺に迷惑がかかるからと言って、戻ることにしたらしい。
別に、体調悪いまま戻ることなんてないのにな。俺は、迷惑だと思ってないし。結局、優斗様にもうつるかもしれないし。
大広間の扉を開けると、冬馬様が出迎えてくれた。
「ありがとう、翔。おかえり、千明」
「いえ」
「今日はずっと僕と一緒にいる予定だから、翔もゆっくり休んで」
「はい」
俺は、大広間を出る。俺と千明様が家にこもっている間に、ほとんどの女中が帰っており、後は、近くにある相川家にいる人たちだけだ。
両親も予定通り帰ったみたいだし。
兄弟にどこにいるか、とチャットで聞いておく。先に自分の部屋に向かい、着替えや本を片付ける。
休みの間に溜まっていた小説全部読み終わったしな。
家にいる、という連絡を受け取り、家に向かう。
「お疲れ、カケ」
居間の一番廊下側にいた歩に言われる。いることは気配で分かっていたが、実際に五日も会っていないと久しぶりな感じがする。
「熱は出た?」
「出てない」
「そっか。よかった」
「これからの予定って、どうなってるの?」
俺は、歩の隣に座りながら言う。
「部活組は、部活がちょくちょく入ってくるから、それに行く。俺とアユは、ご飯以外はこもって勉強してるかな。カケは、好きにしててくれていいよ」
テキストを眺めていた望が言う。
「了解」
「カケは、どうだったの? この五日間。ずっと千明様と一緒にいたわけだけど」
興味津々の顔をした稔がローテーブルに身を乗り出して訊いてくる。
「何もなかった。千明様は、ほとんど寝てたし、俺はずっと小説読んでたし」
「千明様って、一応、女子なんだよな?」
「よく、カケと二人きりにできるよな」
「信頼されてんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだろうけどさ」
「冬馬様からも信頼されてそう」
「だな」
俺以外で勝手に話が進められていく。俺としては、頼まれた仕事をこなしているだけで、信頼関係とか性別とか全く気にしていない。
「さて、と。買い物行くか。カケ、何がいい?」
「別に、何でもいいよ。俺じゃない人に訊いて」
「じゃ、俺が勝手に決めよ。トオ、シノ、シズ、付き合って」
「んー」
「シノは放っといたほうがいいよ。今、こっちの世界にいないから」
「じゃ、サト、スグ」
「「りょーかい」」
彰と呼ばれた四人は、買い物に向かった。
はぁ……、眠い。
「カケ、眠いなら寝たら? シノの隣とか気持ちよさそうだよ」
稔が俺の顔を見ながら言う。俺の変化に真っ先に気づくのはいつも稔だ。
「腹は減ってる」
「ご飯できるまでだよ。ちゃんと起こすから」
「いい。起きてるから」
「……まぁ、無理するなよ」
各々自由に過ごしていると、買い物組が帰ってきて、ご飯を作り始めた。皆でご飯を食べ、それぞれの部屋に戻る。
俺は、部屋に戻ると、ベッドに直行し倒れ込む。目を閉じると、睡魔に襲われる。俺は、睡魔に抗うことなく夢の中に入った。
「おい、カケ、起きろ」
焦った稔の声が聞こえてくる。
「んー、どうしたんだ?」
俺は起き上がりながら言う。
「当主様が話があるからって、こっちまで来てる」
「は?」
「だから、今すぐ着替えて、アユの部屋集合」
「……分かった。他は、起きてるのか?」
「カケ以外は全員起きてる。もう昼の十時だからな」
「すぐ行く」
稔は頷いて出ていった。
当主様がこっちに来るなんて、初めてだぞ。というか、当主一族が来ること自体美佳様以来なんだけど……。何があったんだろ。
なんて考えながら、シャツとズボンに着替え、スマホだけ持って部屋を出る。スマホを見ると、兄弟チャットに、アユの部屋に集合、と望から送られていた。
全然気づかなかった。
俺は、出てすぐ隣りにある歩の部屋の扉を開ける。望と皐以外全員揃っていた。
ノゾとサツは、迎えにでも行ってるのか?
「遅い」
「悪い。思った以上に疲れてて……」
俺は、歩の隣に座りながら言う。
「ノゾとサツの気配、分かるか?」
「ちょっと待って。寝起きだから精度が悪い」
俺は、とりあえず、気配を探る範囲を広げる。
いた。……三人か?
「どこにいる?」
「多分、廊下。曲がるとこ。三人かな」
「じゃあ、当主様一人か」
「誰が伝えに来たんだ?」
「冬馬様と千明様。できればカケが良かったみたいだけど、ガッツリ寝てるって言ったら、当主様がこの後来るから、どこかの部屋に集合しておいてくれ、って言って戻ってった」
「ふーん。……来るよ」
だんだん近づいてきていた気配が扉の前まで来た。俺が言うと、全員姿勢を正す。直後、扉が開かれ、望、当主様、皐の順で入って来る。
「失礼するね。大事な話がある」
当主様が彰と樹の間に座りながら言う。
まぁ、当主様本人がこっちに来るんだから、重大じゃなかったらなんだっていうんだ。……心当たりはない。いいほうも悪いほうも。
望と皐が座ると、当主様は深く息をついた。それだけで場の空気に緊張が走る。
何があったんだろ。
「取り乱さず、最後まで聞いてほしい」
当主様が直々に、取り乱さず、というくらいだから、相当なことなのだろう。
って言っても、俺らが取り乱すことがあるのは、家族のことぐらいだぞ。他の兄弟に限って言えば、運動もだな。……当主様が来たから、両親のことか?
「はい」
歩が返事をするのと同時に、全員が何を言われても感情を隠せるような態勢をとる。
「……蓮と結月が亡くなった。……一月三日の夜、自動車同士の衝突事故だ」
当主様の低い声が、俺の耳を通って脳に届く。
……は? ちょっと待ってくれっ! し……んだ? 父さんが? 母さんも? 俺、最後会えてないよ? ねぇ! まだ、何も話してないんだけど? まだ何もできてないんだけど?
表情には出ていないが、みんな似たようなことを考えているのだろう。他の兄弟の表情を探るところまで同じだ。何人かと目が合う。
アユが一番顔に出てるな。
「……どこで、ですか?」
珍しく、歩の声が震えているのが分かる。普段はどんなに動揺していても、声は震えていない。
「向こうの敷地の中。こちらからの帰りで、車には連と結月しか乗っていなかった。事故が起きてから見つかるまでに結構時間がたっていて、見つかったときにはすでに亡くなっていたらしい」
みんな頷きながら聞いている。当主様は淡々と話しているが、俺としては、全然受け入れられる話ではない。
淡々と話せる当主様のほうが怖い。
「どのような感じで衝突したか、わかっていますか?」
俺は、とりあえず今の感情を抑えるために頭を動かすことにする。
「車の管理所に向かっていた途中で、いきなり前の車が急停止し、連たちも止まったが、後ろから追突されたらしい」
「どこからの情報ですか? 見つかるまでに時間がたっていたらしいですが……」
当主様には不敬にしかならないが、感情を抑えるためにも、質問攻めにさせていただくしかない。
「満からだ。君たちも知っているだろう? この事故を起こした人からも聞いているし、監視カメラやドライブレコーダーも確認して間違いないそうだ」
満は、長崎にいる父さんたちについていた運転手だ。俺らもずっとお世話になっていた。
「そうですか」
俺の質問がいったん落ち着いたと感じたのか、次の質問が当主様に飛んで行った。
質問、どうしようかって考えてたところだったから、助かった。
「向こうの敷地のどこで起きたか、詳しく分かっていますか?」
彰だ。普段だったら、当主様相手に質問なんてしないが、今は、緊張よりも知りたい欲のほうが強いのだろう。
「車の管理所に行く途中の家がたくさん並んでる道だと聞いたが……。私が実際に行ってみてきたわけではないから詳しいことは言えない。君たちなら、わかるかな?」
「当たり所が悪かったんですか? あの距離で追突されても死ぬようなことはないと思います。そこまで速度が出せるような道でも、横から追突されるような道でもない気がします」
今度は樹が訊く。樹らしい質問だ。
俺も、なんとなく感覚では長さが分かるけど、どのぐらいの速度を出して走れるかとかわからない。
「やはり、そこに気付くのか。さすが、蓮と結月の子だね」
「あと、見つかるまでに結構時間がたっていたらしいですが、女中たちの家の間で起きていたのに、誰も気づかないということはあるんですか?」
皐が訊く。話を聞きながら情報を整理し、疑問点を見つけ出す。皐の得意技だ。
普段は、当主様に会いに行くことすら嫌だって言っているのに、今日は訊くんだな。まぁ、そりゃそうか。
「そう、それもよく気が付いたね。……今回の事故は、事件だ。しっかり計画されたうえで、実行されている。まだ、何か動いてくるかもしれないから気を付けて。昨日のうちにほとんど全員が帰っているけど、まだ少しだけ残っているから」
「……その計画を立てた人たちは、女中……ですね?」
両親が……両親が……。出てきたばかりなのに……。
次回は、 登場人物紹介 稔編 です。
すごいところに入ってきてしましましたね……。本編とは反対に、結構ほんわかしてるので、楽しみにしててください。
最近、本編が先に終わるか、登場人物紹介が先に終わるか読めなくて、ずっとハラハラしてます。無事、いい感じに終わってくれることを願ってます。




