40 ~文化祭~
「カケー、食べ終わったか?」
歩が、シュートしてリングを通り、床にバウンドしたボールを止めて言う。
「うん」
俺が立ち上がって言う。
「じゃ、やるぞ。……チーム分け」
歩の視線が俺に向く。
やれってことですね。
「はぁ……。……えーっと、六、六でいいよな?」
「あぁ」
「じゃ、アユ、サツ、カナ、ミノ、サト、シノ。で、ノゾ、アキ、タツ、トオ、スグ、シズ」
「だって、分かれて」
それから、試合形式の練習を三時間やった。晴さんは当主様の送迎をしていると聞いていたため、歩いて帰宅する。
家に到着すると、順番にお風呂に入り、夕飯を食べて自室に戻る。
アキとは、あの後話してないけど、大丈夫そうだったな。
兄弟全員が心情を隠す練習をさせられるため、兄弟間でも必ず感情の探り合いが発生する。特に、彰や望は分かりづらいほうであるため、表情を見るだけではほとんど分からない。ほぼ、ずっと一緒にいる四つ子のメンツも分からないときがあると言うぐらいだから、彰の隠す上手さは相当だと思う。望の方は、歩があてにならないからよく分からない。
鋭い時は、鋭いんだけどな。アユはムラがあるから。
そこまで考えて、本人に訊けないのだったら考える意味がないという結論に至り、考えることを止めて寝た。
文化祭前日の放課後。
「あの……相川君。……手伝ってほしいこと……があるので……手伝ってくれませんか? ……クラスの出し物なんですけど……。あと……当日の動き……」
初めてクラスメイトに話しかけられたかもしれない。俺宛てでなくとも、「相川」って名前をクラスメイトの口から発せられてることをほどんど聞いたことがない。
話しかけてきたのは、このクラスの学級委員……らしい。どこかで千明様から聞いた……気がする。
まぁ、話しかけられてるのは、俺じゃないだろうな。
クラス中が注目しているのが分かる。俺らも、誰に話しかけられているか分からないため、反応できずにいると、学級委員の子は気まずそうな顔をする。
誰かの名前を出してくれれば分かるんだけど……。まぁ、そんなところまで考えがいかないよな。
「僕は、翔君だと思う。話しかけられてるの」
千明様にシャツの端をクイっと引っ張られ、小声でそう言われた。確かに、学級委員の子に一番近いのは俺だ。
だが……、どうやって話せばいいんだ? クラスメイトとなんて、こっちに来てから会話したことがないんだぞ?
「えっと……、手伝います。俺が言われているのであれば……」
俺がそう言うと、学級委員はほっとしたような表情になって、「お願いします」と言った。
俺に言われてたのか。
「……あと、できれば……」
普通だったら、俺にしか聞こえないぐらいの小声で言われた。ただ、今は、クラス中が静かにこちらの様子をうかがっているため、多分全員に聞こえている。
「冬馬様と、千明様ですか?」
「はい」
俺は、振り返って後ろにいる冬馬様と千明様を見る。
「どうしますか?」
二人と話す方が心に優しい……。
「僕は……やるよ。冬馬兄さんがやらないって言っても。翔君がいるから、問題ないでしょ?」
千明様が、冬馬様を見上げながら言う。
「やる」
普段の小さい声で冬馬様が言う。しかし、声がよく通るのと、クラス中が静かであることから、多分クラスの全員が聞こえたと思う。
「だそうです」
俺は、学級委員の子の方に視線を戻しながら言う。
「お願いします」
学級委員の子は、そう言って足早にクラスメイトが作っていた壁に入って行った。
まぁ、嫌だよねぇ。この二人と話すの。俺も数カ月前まではそうだったな。
「拓真さんに連絡してきます」
俺は、冬馬様たちに向かって言う。
「晴さんにも連絡、頼んでいいか?」
「分かりました」
晴さんに連絡するとしたら、アユたちにも訊いてみないとな。
そう思い、兄弟チャットにこれから帰るか訊く。すると、すぐに既読が付き、それぞれから返信がくる。
アユたちも残るのか。じゃあ、晴さんにはあとから連絡するって伝えておくか。
そんなことを考えながら、晴さんに電話をかける。
「はい」
「翔です。授業は終わりました」
「じゃあ、迎え、行くね」
「それなんですけど、この後、文化祭の準備を手伝うことになったので、また連絡します。歩たちも手伝うそうなので、できるだけ同じ時間で帰れるようにこちらも調整します」
「分かった。冬馬君たちも?」
「はい」
「了解。頑張れ」
「はい」
俺が返事をすると、晴さん側から電話が切られる。次に、本屋に電話をかける。
「はい。相川書店です」
深司さんの声がした。
拓真さんはいないのか。
「翔です」
「どうした? もしかして、今日来れないとかか?」
こういう時だけ気づくの早いんだよな。
「その、もしかして、です」
「何があるんだよぉ」
「文化祭の準備です」
「そういや、そんなこと言ってたな。……じゃなくて、どうするんだよ。舜君。なついてるの翔だけだぞ」
「深司さんがやればいいんじゃないですか? 拓真さんに訊けばいいと思います」
「そしたら、完全に僕のところに回って……」
「もしもし?」
深司さんの声が途切れ、代わりに拓真さんの声がする。
「翔です。今日、遅くなるか、行けないかもしれないです」
「あぁ、なるほど。分かったよ。そっち、頑張って」
「はい」
俺がそう言うと、電話が切れた。
最初から拓真さんが出てくれればよかったのに。……にしても、拓真さんと晴さんって兄弟なんだなぁ。同じこと言われた。
そんなことを思いながら、教室の中に入る。
「長かったね」
自分の席に戻ると、隣の席にいた千明様に言われた。
「深司さんにつかまってました」
「なるほどね……」
「それにしては、早くないか?」
「途中で拓真さんに代わったので」
「そっか」
「何か言われましたか?」
「何も言われてないよ。多分、翔君待ち。僕達よりは、話しやすいだろうからね」
「俺は、冬馬様たちの方が話しやすいです」
はぁ……。
本当に俺待ちだったようで、俺たちの話がいったん途切れると、学級委員が近づいてきた。
「あの、やってほしいことなんですけど……」
「はい」
とりあえず、色々な感情を押し隠して返事をした。
「教室内の飾りつけを手伝ってほしいんです。背の高い人たちは、皆部活のほうに行っているので、高いところの飾りつけが難しくて……」
「分かりました」
その後、二時間ぐらい手伝いをしてから帰宅した。部活組はもう少しやる事があるらしく、ちょうど同じタイミングで終わった歩たちと一緒に帰宅した。
「今日はいかないのか? バイト」
廊下で優斗様たちと別れ、自分たちの部屋に向かっている途中で、前を歩いていた歩が振り返って言う。
「この後、ちょっと行ってこようと思ってる」
「降ろしてもらえばよかったのに。助手席に座ってたんだから」
「いや、着替えたかったから。……あ、今日は、兄弟練習行けないかも」
「バイトか?」
「一応、新規のバイトさんの教育係になったから」
「お前も、バイトだし、新しいほうなんじゃねぇのか?」
「まぁ、そうなんだけどね。……あそこの経営者さんが拓真さんだし、深司さんには任せられないからって、俺に回ってきた」
「カケなら任せられるな」
「ってことで、今日はパス」
「いいよ。そもそも、明日は文化祭だし、軽く流すだけにしようと思っていたから」
「帰り、寄ってけよ?」
「りょーかい」
歩と望は各々部屋に入って行った。俺も自室に入り、荷物を机に置く。貴重品をズボンのポケットに入れ、部屋を出た。屋敷を出て歩いて本屋に向かう。
「あ、やっと来た。ヘルプ。そのままでいいから」
本屋に着き、チラッと一階のレジを覗いたら深司さんに声をかけられた。レジには大量に人が並んでいる。
今日って、なんかあったっけ?
「すぐ戻ってきます」
俺はそう言って倉庫に入り、その奥の荷物置き場に向かう。俺のロッカーを開き、中からバッグと名札を取り、店内に戻った。すぐにレジのヘルプに向かう。
忙しくなるな。
今日は、最近人気が急上昇している小説の続刊の発売日だったらしい。その小説は、ほんの一カ月前までは全く人気がなく、倉庫の端の段ボールの下の方に眠っていた。今では、どこの本屋でも在庫切れになっており、入手困難な小説である。その続刊が今日発売されたのだ。本屋側も入手が困難だったらしい。これだけの行列にも頷ける。この小説を出版している会社の社長が相川家の人らしく、この店は頼んでいなくても大量にこの小説が届いた。
ちなみに、俺はこの小説の一巻は発売日に買っており、続刊の発売が発表された時にこの店で予約をしていた。あまり、発売日を気にしていないため、発売日の情報には疎い。
しかも、閉店後、開店前に店にいないため、店頭に並べる作業もしない。大量に段ボールが積まれていても、いつ発売日かは把握していない。そろそろ発売される、程度にしか分からない。
結局、人が絶えずに並んでいたため、ずっとレジについていた。本屋に着いた時間が、ちょうどピークだった気もする。アルバイトにもかかわらず、一日中レジに立っていた舜さんは、疲弊しきっていた。俺も、普段あまり接客をやらないため、結構疲れた。帰り際に予約していた自分用の小説を買って、兄弟たちが練習している体育館に向かう。
「よぉ、お疲れ」
出入り口付近で稔と1on1をしていた歩が俺に気づいて、ボールを止めながら言う。
「ん」
「それじゃ、そろそろ帰るか」
「りょーかいっ」
それぞれで好きに練習をしていた兄弟たちが片付け始めた。
「よし、帰ろう」
列になって歩いて帰る。
「その小説は、今日買ったのか?」
隣を歩いていた歩に問われた。
「そ。今日発売の新刊」
「面白いのか? それ」
「読んでないからまだ何とも言えないけど、これの前の巻は面白かった」
「そっか」
「読む?」
「いや、俺が苦手なの知ってるだろ?」
「俺が小説の話をするのはよく聞いてるし、はまると思うんだけどな」
「それは、カケの説明が分かりやすくて面白いからなのであって、その話を最初から全部読みたいとは思わない」
「みんな苦手だからな」
「まぁな」
「俺以外に小説を好んで読んでるやつを見たことない」
「カケが小説にはまったこと自体が俺らの兄弟にとっては奇跡なんだよ」
「そうかもな」
翌日の文化祭は、部活の出し物をしている兄弟たちを冷やかしに行ったり、教室で接客をしたりと、それなりに忙しかったが楽しかった。
教室で接客をしてたのが九割九分だったけど……。
ちなみに、俺のクラスでは喫茶店をやっていた。学校の全クラスの中で一クラスしかやる事ができない喫茶店を。毎年、くじで決めているらしいが、今年は他の全クラスからやってほしいと頼み込まれたらしい。理由は、冬馬様たちに接客をしてほしいから、と聞いた。
俺、完全に巻き込まれてるよな。冬馬様がそういうの苦手で俺ばっかり接客してたし。
冬馬様と千明様とはシフトが同じだったため……というか、そうなるように俺が設定したため、盾になることができた。クラスメイト達も俺が居ないと二人と話せないし、ちょうどよかった。
できれば、冬馬様と千明様とは別のシフトにしようと思っていたけど、まぁ、結果オーライか。
一日目の午後からは、冬馬様と千明様は指名制で、メニューを訊きに行くときに指名すると運んできてくれるということになった。俺は、もっぱらメニューを訊く係で、裏の仕事はすべてクラスメイトに任せていた。
その方が、俺が動きやすかったからな。
時々指名されたと思ったら、兄弟たちが冷やかしに来ているだけだった。一応、同じ〝相川君〟として指名できることになっていたらしい。指名されてから聞いた話だが……。
冬馬様は、ほぼ指名が入っていたため、シフトではない時間もずっと教室にいた。そのため、俺もずっと教室にいることになったわけだ。
冬馬様単体だと、誰とも話せないからな。
千明様は、迎えに来た優斗様とそれなりに色々なところを回り、楽しんでいた……らしい。
二日目の方が来客数が多かった。冬馬様たちと話してみたいが、そう上手くはいかないと思っていた人たちが、指名制度を聞きつけて大量にやってきたからだ。その日は、本当に教室でずっと活動をしていた。冬馬様は、ちょこちょこ休憩を入れていたが、俺はほぼ一切休憩なしで動いていた。
来客数と展示内容に対する順位が後夜祭で発表され、一位には文化祭最優秀賞が送られる。今年は、展示内容で最高点を取ったとしても、来客数で圧倒的な差がついていたため、俺たちのクラスが受賞した。ちなみに、俺らのクラスは展示内容でも最高得点をたたき出した。
すべては、冬馬様のおかげだな。いるだけで、展示内容最高得点だから。
全校生徒の前で賞状をもらったのは冬馬様だった。文化祭の委員長が話した時よりも、何百倍も大きな拍手が送られた。
多分、冬馬様に向けたのがほとんどだろうけどな。
冬馬様は、必要以上の動きも話もせず、戻ってきた。
そんなこんなで一年生の文化祭は終わった。文化祭の準備などがなくなり、部活が再開して兄弟たちは大変喜んでいた。
高校といえば、文化祭! ってことで、翔たちの学校も文化祭です。普段、クラスや学年が違うため拝むことができない冬馬達に会いに行く大義名分です。まぁ、そのせいで翔が一生クラスから離れられないんですけどね。
兄弟たちはあまりうれしくないようですが、それなりに楽しんでいます。冬馬は、千明と一緒に入れず不満です。
次回は、 雫と翔の話し合い です。




