38 ~体育祭 後編~
「なんで?」
「一台でカメラで動画取りながら、もう一台でラップをとる」
「なるほど」
「俺、持ってる」
稔の隣の隣にいた亨が言う。
「なんで持ってきてんだよ! 邪魔だろ」
「別に、あんま変わんなくない? カケだって持ってきてるし。なんなら、カケの場合、ストップウォッチも持ってるんだろ? その方が邪魔だと思うけど」
「ストップウォッチぐらい、何の問題もないけど」
「とりあえず、サト呼ぶか」
もう走り終わった人たちがいるところにいる暁を呼ぶ。
「なんだよ」
「俺のスマホと、トオのスマホで俺らのラップ、計ってほしい」
「どうやってやるんだ?」
「どちらでもいいが、片方でラインのところを動画で撮りながら、もう片方でラップをとる」
「了解」
俺は、ポケットに入っていたスマホを暁に渡す。亨も暁に渡した。
「二周するだろ? 一週目のタイムもとるのか?」
「それは、どっちでもいい。結局同じだろ?」
「えー、俺は取ってほしい」
「じゃ、とって」
「りょーかい。あ、俺のはとってある?」
「一応」
「サンキュ」
そうこうしているうちに、第六走者である冬馬様がバトンを受け取り走り出した。
「はえー」
冬馬様たちと体育の授業が被っていないメンツが驚いた顔をしている。冬馬様が走っている間に、暁がつけた差が八分の一周まで縮まった。
千明様で抜けそうだな。
全クラス、第六走者から第七走者へのバトンの受け渡しが終わると、俺らは、バトンの受け渡しゾーンに入る。暁も動画を取るために、ライン際に陣取っている。
「はえー」
「なぁ、これ、多分、カケがこのまま走ったら、周回遅れになるよな?」
「なりそうだな」
現在、俺のクラスと暁・傑のクラスが首位を争っており、半周以上離れたところに他のクラスがいる。千明様のおかげで、もう少し差が開きそうだ。
結局、暁・傑のクラスに八分の一周差をつけてバトンを持ってきた。バトンの受け渡しの練習はしていないが、何とかなったのでよしとする。とりあえず、体を温めるためにも少し抑え気味で走る。傑にバトンが渡ったのを見てからは、いつもの速さまでギアをあげる。少し経つと、他のクラスの選手に追いついた。
抑え気味に走ってるのにもかかわらず、追いつくってどういうことだ?
とりあえず、前にいる他のクラスの選手を抜き、一週目を終える。二周目は、一週目よりも速度を上げて走る。受け渡しラインではバトンの受け渡しが行われているのが見える。兄弟たちに抜かれることがなく、抜くこともなく一位でゴールした。
「おつかれー」
ラップを取っていた暁に言われる。
「おう」
「ラップとるの、やって。俺、結構苦手」
「了解」
暁は、傑のタイムを取ってから、俺にスマホを渡してくる。そこから、他四人のタイムは、俺がとった。
一年の席に戻り、二年のリレーが終わると体育祭が終わる。
「結局、総合優勝は僕たちのクラスか」
一年の教室に戻ると、冬馬様が椅子に座りながら言った。
「三年生は勉強が中心になっているので、なまっている感じはしましたね」
「その中の、歩さんと望さんといったらねぇ」
「元々飛び抜けている上に、他が落ちたから前以上に、差が見えるようになったね」
「あの二人は全然変わってないんですけどね」
なんなら、少し落ちてる。
「兄さんも飛び抜けてたね。歩さんたちほどではないけど」
「うん」
「五月にやれば、もう少しいい勝負になると思うんだけどな」
「確かに。それはそうかも」
「この時期の体育祭は、三年生にとっていいリフレッシュになってるのかもしれませんから、一概には言えませんね」
「それは、歩さんたち?」
「体育はあっても、そこまで存分にやれないと不満を漏らしていました。もともと相手にならないので気を遣ってやっていたのに、もっと動けなくなって、余計に気を遣うようになってイライラすると」
「仕方ないんじゃないか? もともと相手にならない人に、それ以上を求めてどうするんだ?」
「そうですよねぇ」
何回か、アユにそう言ってるんだけどなぁ。
「その文句を言っているのは、主に歩さん?」
「はい」
「まぁ、仕方ないよね。誰もいないから」
「望さんには、優斗兄さんがいるからね」
「まぁ、兄さんでも、どこまで相手になってるか分からないけどね。僕たちも翔の相手になってないようにさ」
「いや、まだバスケしかやっていないので、何とも言えませんけど……。それでも、同じチームになって動けている時点で、前の学校には居ませんでしたから、相手になっているとは……思います」
「別に相手になってなくていいんだけどさ。……それに、居たら困るよ。同じように動ける子が」
冬馬様が小さなため息をついて言った。
いたら、困るのか。冬馬様たちのような人。
帰りのSHRが終わり、冬馬様たちと校門まで来ると、歩と望が駆け寄ってきた。
優斗様は、どうしたんだよ。おいてきたのか? ノゾに限ってそんなことは……あるな。今日は体育祭があったから。
「カケ―。タイム教えて。俺らのタイム」
近くまで来た歩がそう言う。
「走って訊きに来るほどのものじゃないでしょ」
「そのぐらい大事なものだ。で、タイムは? 覚えてないとか言わないよな?」
「言わない。アユが八分三十五秒、ノゾが八分四十秒」
「他のタイムは……後で訊くか」
訊いてこないんだな。
「冬馬様たちとはどういう話になってるんだ? この後」
「特に何も話してないけど」
「部活組は後片づけに走らされてるだろ。いつも通り、先に俺らだけで帰るのか?」
「いつも通りって言ったって優斗様はどうしたんだよ」
「あ、置いてきた。多分、大丈夫」
望が、完全に忘れていた、といった顔で言う。
「と、まだ、晴さんに連絡してない。俺は」
「ちょっと訊いてこい」
歩が少し離れたところに立っている冬馬様たちに視線をやりながら言う。
「こっちの意見は? どうするの?」
「それは、カケが決めてくれていい。冬馬様たちと話しながらでも」
「りょーかい」
俺は、冬馬様たちのいる方に向かう。
「どうした? 翔」
俺が近づいてきたことに気づいた冬馬様に話しかけられる。
「この後、どうする予定ですか?」
「特に決めてないけど……。翔たちは?」
「決めてません」
「晴さんは、呼んだ?」
「呼んでないです」
「部活に行ってる人たちは、片づけ中だよね?」
「はい」
「どのぐらいで終わるか、聞いてる?」
「聞いてません」
何もやってなかったな。先に訊いておけばよかった。
「それじゃあ、晴さんに二往復してもらうことになるかな。一応、部活に行ってる人たちに終わるか訊いてくれる? その後、晴さんに連絡しよう」
「分かりました」
俺は、ポケットに入っていたスマホを取り出し、兄弟チャットに、今どんな感じ? と送った。すぐに、結構時間がかかりそうだから先に帰ってて と傑から返信が来た。
相変わらず、返信早いな。
その後は、各部活から同じだという返信がポンポンと秒刻みに届いた。
「先に帰って良いそうです。晴さんに連絡しておきます」
「うん。頼んだ」
「失礼します」
俺は、歩たちが待っているほうに戻りながら、晴さんに電話をかける。
「体育祭、終わった?」
こっちが名前を言う前に、晴さんから質問が飛んできた。
「か……。お、終わりました」
名前を言おうとしていた口を咄嗟に閉じ、晴さんの質問に答える。
「今、本屋にいるから、いつもより遅くなると思う。何人が帰るの?」
本屋にいたのか。悪いことをしたな。俺だったら、嫌だ。絶対に、電話でない。
「えっと……六人です」
「翔君は、本屋に直行?」
「いえ、一度屋敷に帰ってから行く予定です」
「六人ってことは、部活組はすぐには帰らないのかな?」
「はい。片づけをしてて、すぐには終わらないそうです」
「了解。すぐ向かう。外で待ってるのかな?」
「はい」
「じゃ、汗かいてるだろうし、風邪には気を付けて」
「分かりました。お願いします」
晴さん側から電話が切れるのを待ち、スマホをポケットに入れる。
「今日は、練習行くのか?」
「行かねぇの?」
俺の質問に、歩が質問で返してきた。
これは、俺の意見を訊いてきている……んだよな?
「俺は、行きたくない」
「今日は、ちゃんと走ったし、休みでもいいかもな」
お、これは、休めるのでは?
「いつも、部活終わりにやってるけど?」
「やりたいって言うか?」
「訊けば、言うと思うけど」
「訊かなかったら?」
「そんなの、俺に訊かなくても分かるでしょ」
あいつらは、行く。絶対。
「行くしかない、か」
「俺らが行かないって言ったら、行かないと思うけど?」
と言ったところで、アユたちも、行けるんだったら、行きたいって言う方なんだよなぁ。
「じゃあ、行く」
「好きにしろ」
俺が何と言おうと何も変わらない。
「カケはどうするんだ?」
それ、訊いてくるんだ。いつもなら、強制連行なのに。
「行かないって選択肢はあるのか?」
なさそう。普段だったら、絶対ない。
「ある」
あるのか!? それなら、行きたくない。
「そのかわり、今日のデータ整理、しとけよ」
行きたくない、ってまだ言ってないんですけど……。分かってるなら訊いてこなくても……。まぁ、データ整理すれば行かなくていいなら、絶対行かねぇ。
「りょーかい」
「どうやって、データとる? 今日の」
「今日は、好きにやるって感じでいいんじゃねぇか?」
「うん。それでいいと思う」
「だとしたら、データを取るようなことはないよな」
「ないね」
その後、十数分待っていると、晴さんが迎えに来てくれた。その時には、優斗様も合流していた。
屋敷に戻り、荷物を置いて、家に行ってシャワーを浴びてから、本屋に向かった。
何も起こってないと良いな。
「あ、翔! ちょ、助けて」
本屋に入ると、レジの奥に座っていた深司さんに言われた。だが、並んでいるお客さんもいないし、深司さんも椅子に座っているし、これと言って大変そうには見えなかった。
「着替えてきます」
俺は、すぐ横の扉を開け、倉庫に入る。その奥にある休憩室に入り、学ランを自分のロッカーの中にあるハンガーにかける。小さなベルトポーチをベルトに付け、休憩室を出る。倉庫で在庫数を確認してから、出る。階段から地下一階を覗き、レジに誰も並んでいないことを確認して、一階のレジに向かう。
「なんですか?」
「来るの、遅すぎ!」
「仕方ないですよ。体育祭で遅れるって、言ってありましたよね?」
「言ってあったし、それは納得してる。……僕が言いたいのは、ここに来てからが遅いって言ってるの」
レジの奥にある椅子に座り、近くにある机の上に片肘をつき、その手の上に顎を乗せて、面倒そうな顔をした深司さんが言う。
嫌なんだろうな。拓真さんに頼まれたことが。
「何を頼まれたんですか?」
「新人教育。今日から」
「頑張ってください。俺も新人なんで。ここに来てまだ三カ月の」
「そうじゃない」
「というか、深司さんがやるんですか? それ」
教え方が下手で有名なのに。
深司さんは教えるのが下手……ではなく、苦手ということにしておこう。だから、大体、拓真さん自ら新人教育をしている。
俺は、深司さんに教えられたから、例外。
「拓真さんに頼まれた。これでも、ここで働くの八年目だし」
じゃあ、もう少し教えるのうまくなっててもいいと思うんだけど。
「バイトも含めてでしょう?」
「ま、そうだけど」
「拓真さんは、どこにいるんですか?」
深司さんに任せるぐらいだから、多分、どっかに行ってると思うんだけど。もしくは、相性の問題?
「今、当主様に呼ばれてて、ここにいない」
でしょうね……っていうか、会ってないけど、拓真さんいたんだ。晴さんが本屋にいたのって、そういうことなのか?
「なるほど。……でも、見なかったなぁ。気配探っても、いなかったですよ?」
「なにで来たんだ?」
これは、ここに来るまでの、ってことだよな?
「歩いてきました」
「晴さんは?」
「申し訳なかったんで、一人で来ました」
「途中で、降ろしてもらってないのか?」
「はい。シャワー浴びたかったんで、いったん帰りました」
話、通じてるよな?
「なのに、また、学ランで来たのか?」
「着るものを決める方が面倒だったんで」
「まぁ、いいや。新人教育、頼んでいいか?」
「なんで、俺が頼まれないといけないんですか? 深司さんが頼まれたんでしょ」
「僕じゃうまく伝えられない」
本人にも、自覚はあるんだな。
「俺、深司さんに教えられましたけど?」
「それは、翔だったから」
「他にもいるじゃないですか」
「やっぱ、親戚だからかな? 伝わりやすいってのあるのかも」
「それは、無いと思います」
「ある。親戚は頼みやすい。拓真さんが僕に頼みやすいように、僕も翔に頼みやすいし。ってことで、よろしく」
「……何を教えたらいいんですか?」
俺、新人教育なんてやったことないぞ。向こうにいたときも。しかも、こっちでは、俺もまだ新人だし。……というか、向こうでも新人だったけど。
「今んとこ、何が分かってない? 何を教えてほしい? ここで聞いておかないと、後で分からなくなるよ?」
レジに立って、こちらを見ないようにしていた大学生ぐらいの人に、深司さんが話しかける。
「え、あの、えーっと……」
こちらを振り返った大学生は、何と答えたらいいのか分からないようだ。
深司さんが、何かを教えたとも思えないんだけど……。
「深司さん、どこまで教えました?」
「ん? 特に何も教えてない」
でしょうね。うん、知ってた。
「それじゃ、何もわからなくて、何が分からないのかすらも分からないじゃないですか」
「だから、翔が教えろって言ってる」
「拓真さんからは、何を教えるように言われたんですか?」
「何も聞いてない」
「拓真さんに限って、それはないでしょう」
「なんか言ってたけど、忘れた」
「忘れないでください」
何を教えたらいいか分からないものを、どう教えろと……。
「連絡する?」
「そこまではしなくていいです。とりあえず、在庫の確認の仕方と、店内に出す方法だけでも教えておきます」
「うん。よろしく」
「深司さんも、ちゃんと仕事しておいてくださいよ」
「在庫の? 嫌だよ」
「在庫整理は、絶対に俺の方が速いので、頼みません」
「そこまで言わなくても……。で、何を頼まれたんだ?」
「人の移動の観察です」
「それ、翔の得意分野だろ?」
「じゃあ、深司さんが新人教育、やってください」
「それも嫌」
「じゃあ、みててください」
「わーったよ」
「それじゃ、行きましょう」
翔たちの陰に隠れてしまいがちですが、冬馬と千明も相当身体能力が高いです。
体育祭は、五月下旬に行われていることが多いイメージですが、翔たちを活躍させたかったため、この時期にやる事にしました。
バイト先では、新しいバイトさんがやってきました。翔は深司のことを結構信頼しています。でないと、翔が言い争いをすることをありません。
次回は、 彰と翔の話し合い です。




