35 ~学校に行かない平日 後編&テスト週間? 前編~
「一番よく来るのは、誰なんですか?」
「前は……、大輝君が多い印象だったけど、ここ最近は、どう見ても淳君だね」
俺の質問に晴さんが答えてくれた。
「大輝兄は前のような気軽な立場にいないので、そう簡単に動けないだけですよ。だから、人手が必要な今日みたいな作業は俺に回してくるんです。本当は来たがってますよ。翔たちにも会ってみたいって言ってたし」
こっちも会ってみたいと思ってるのに……。意外と会えないものなんだな。
「まぁ、他の人よりは性格とかを知っていて、確実に正確な作業を任せられるとしたら、修君か淳君だろうね。條君はここにいないし」
「だからでしょうね。修兄は車の管理や施設の管理を任されてる。そのかわり、他の仕事は、全部俺に回ってきます。まだ初めて数年だってのに」
「それでも、ここ最近は前より良くなってるよね? 翔君も手伝ってくれてるし」
「はい。これからも手伝ってほしいです」
……ん? 今、副音声で、手伝わなかったら承知しないぞ、的な声が聞こえてきたような……。
「暇な時間はやらせてもらいます」
「なんか、兄弟なんだな」
「何がですか?」
アユたちだったら、絶対に、手伝わないって言う。
「翔の兄弟たちは、暇になれば運動をしてると言ってたから。暇なら手伝うって翔の発言が似た感じに聞こえた。何かしら動いていたいっていうようなところが」
「別に、俺は兄弟たちみたいにマグロではないですから、動いてないと死ぬようなことはないですし、兄弟の中では一番動かないです」
俺はそう言いながら、火を止め、お湯を捨てた。鍋の中に水を入れる。
「マグロって……。確かに、泳いでいないと死ぬって言われてるけどさ……」
「なんか、変なこと言いました?」
自覚はない。
「いや……、間違えてはないと思うんだけどな。……人間をマグロって表すなよ」
淳さんが言いにくそうに言う。
「他に表しようがないです。時計とか言えば分かりますか?
「時計より、マグロの方がいいとは思う。さすがに、物に例えられるのは……」
「面白そうな話をしてるね」
大体出来上がり、皿に分けようとしていたところだ。突然、背後から当主様の低い声が聞こえ、心臓が飛び上がるほど驚く。
「大、あ……。当主様、昼食が出来上がるまで……」
「言い直さなくていいのに。淳君と翔君しかいないのだから」
当主様が晴さんの言葉にかぶせるように言う。
「今日の昼食は?」
「淳君と翔君が作ったパスタ」
晴さんが平然と答えている。
兄弟だからか?
「そうか。楽しみだな」
当主様は、テーブルの方に向かっていった。
「……二人とも、そろそろ動き出してくれ」
当主様が話しかけてきてから、一ミリたりとも動いていない俺たちを見て、晴さんが苦笑しながら言う。
「……は、晴さん。何でそんなに平然としていられるんですか。……俺、最低でも五年は縮まりましたよ。寿命」
「僕の兄さんだからね。立場が変わったとしても、本人は変わってないわけだし、驚くようなことはないよ。そもそも、兄さんって突然出てくるから……」
へぇ、当主様って突然出てくるキャラなんだ。あまり、そういう感じがしないのは、普段、接してないからか?
「そうなん……です……ね?」
淳さんが返事をしていたが、最後が疑問形だった。
「そうだよ」
淳さんは、半分ぐらい納得した顔で、再び盛り付けを始めた。俺は、布巾とフォークを三人分持って、当主様が座っているテーブルに向かう。女中がいたときから変わってないため、テーブルはたくさん置いてある。
「翔君」
俺は、テーブルを拭いて、フォークを置き、その場を立ち去ろうとすると、当主様に呼び止められた。
呼び止められてしまった……。速攻で逃げようとしたのに……。
「……はい」
当主様に呼び止められておいて、返事をしないというのはきまり的にもあり得ないし、人的にもあり得ない。
「君の記憶は、何歳からある?」
「へ?」
思ってもみない質問が飛んできたため、腑抜けた声が出てしまった。
やってる。これは、返事をするしない、とかそういう話じゃない……。
とりあえず、早く答えなくてはと思い、頭を回転させる。
「……何歳……。しっかり残っているのは、五歳です。それより下の時の記憶は一切ありません」
「……そうか……。……なんで、フォークが三つしかないんだ?」
当主様はテーブルの上に置いたフォークに目を止める。
「僕が食べないからです」
「あぁ……、食欲がないと言っていたな。まぁ、でも、向こうに戻るわけではないんだろう? 座って」
当主様に座れと言われたら、座るしかない。俺は、当主様の正面に座るか、斜め前に座るか悩み、正面を選んだ。当主様は、何かを真剣に考えだしている様子だ。
座ってしまったから、何もできないんだよなぁ。
「あれ、考えモード入っちゃった?」
パスタの乗った皿を二つ持ってきた晴さんが言う。
「はい。多分……」
「じゃあ、すぐには戻ってこないかな。先に食べてようか」
晴さんは、当主様の前とその隣の席に皿を置き、当主様の隣に座った。
「はい」
淳さんは、俺の隣に座った。
「翔、少し残ってるけど、食べるか?」
淳さんが、テーブルの中央に置いてあったフォークを取りながら言う。
「いいです。本当にお腹が減っていないので」
「あっ、そう」
話すこともないし、とてもいたたまれない……。緊張するし……。けど、我慢、我慢。平常心……。
「……」
「……」
当主様の意識が戻ってきて、なんとなく視線を泳がせていた俺とばっちり目が合ってしまった。俺からは逸らせないため、数秒の沈黙が続いた。
「……なるほど」
「ん? 何が?」
当主様の小さい独り言に、晴さんが反応する。
「いろいろ」
「まぁ、納得できたならいいと思う」
「あぁ。いただきます」
当主様がフォークを持ち、パスタの中に入れくるくると回す。俺は、なんとなく気配を探る範囲を広げた。することがなく、動けないときはよくやる事だ。
うーん。なんか、歩いてきてる人がいるけど……まぁ、関係ないか。
「翔の茹で加減、俺、好きだな」
「ありがとうございます」
「大地兄さんが黙々と食べてるの、久しぶりに見た」
当主様って呼んでない……。とりあえず、失敗はしてなさそうだから、よかった。
「淳さんの料理、食べてみたいです」
「今、食べれるぞ。残ってる」
「今は、お腹が減っていないので、お腹が減っているときに食べたいです」
「残念。ここ最近は家に帰ってないし、作ってないから食べられない」
家に帰ってないんだ……。それぐらい忙しいのかな? 大学生って。
「じゃあ、俺たちのところに来てください」
「家に帰るより現実的だろうけど、その暇があったら、いろいろ終わらせて大学に行く」
家には帰らないんだ。
「どれくらい家に帰ってないんですか?」
「うーん……。三か月ぐらい?」
「そんなに、仕事っていうか……やる事があるんですか?」
「そういうわけじゃないけど……、なんとなく」
淳さんは言葉を濁す。
「家の問題とか?」
「なんで、そう、真髄をついてくるのかな。まぁ、家というより兄弟の問題な気もするけど。いろんな問題を抱えてるやつがいるから、ずっとあそこにいるのも、結構疲れる。楽しいこともあるけどさ」
俺も、疲れることあるけど、そんなレベルじゃないんだろうな。そんな顔してるし。
「家族だから、できることとか許されることがあるから、あまり手伝いに行けないんですよね。人手はいっぱいいるんですけど……」
「まぁ、でも、来年の三月ぐらいにはこっちに来るから、俺も帰れるようになるし、翔たちも交流が増えるだろうな。その方が、こっちも助かる」
「今、どのくらい離れてるんですか? 家まで」
「二キロかな?」
「二、三キロはあると思うよ」
晴さんが言った。
まぁ、運転手をしてる晴さんだから、間違いないだろうな。
「程よく遠いですね」
「そうなんだよ。だから、疲れてるときとか、明日予定が入ってて忙しい時とかは、こっちの仮眠室で寝てるし、大学に行くときは、大体、二、三日は戻らないから、次のやらなきゃいけないことが溜まってるし。帰る暇がない。大輝兄とかもそう。ここ最近はさらに忙しかったし……」
「大変そうですね」
「ま、でも、将来には困らないし、良いと思うけどね」
その日は、結局、事務処理をし、兄弟練習に付き合っていたら終わった。
今日から二週間、テスト週間というものに入った。部活がないため、放課後は勉強をしろということなのだろう。
歩や望は、そもそもこちらに来てから部活に入っていないので、今までと変わらないが、入っていたメンバーは朝から文句の嵐だった。前の学校はテスト週間はなかった。そんな週間がなくても、勝手に勉強をするような人しかいないところだったから。主に暁と傑は、他の兄弟よりも三倍ぐらい文句を言っていた。
そんな感じのため、兄弟たちはテスト勉強など放っておいて、練習の予定を立て始めていた。俺は、夜の練習以外は付き合わないと言っている。兄弟たちも、練習場に行くのは夜にしてそれまでは、裏の道で何かやろうと話し合っていた。
そういや、淳さんの兄弟たちが来るって言ってたな。いつ来るんだろう。
なんて考えていると、裏門の近くに数人の気配を感じた。普通に入ってきている。
これかな?
今日は、冬馬様にバイトに行かないでほしいと言われていたため、平日だけれど屋敷に帰ってきている。先週、体調を崩しているから、休みなさい、と拓真さんからも言われていた。
外でサツたちが遊んでるから、まぁ、大丈夫か。
遊んでいるという次元ではないけれど、彼らにとっては遊び程度である。
案の定、スマホに電話がかかってきた。稔からだ。
「カケ? 多分気づいてるだろうけど、来たから、当主様の部屋まで案内してあげて」
「了解」
俺は電話を切り、一応、冬馬様宛てに、来ました、というメールを送った。スマホだけ持って、部屋を出る。裏玄関の近くまで来ると、稔が何かを話しているのが聞こえた。そして、裏玄関が閉まる音も。
「こんにちは」
俺は、裏玄関に立っている二人に近づき、挨拶をした。
「おう。……お前、淳兄の言ってた、かける、か?」
「? はい。そうですが……」
いきなり名前を呼ばれて、正直驚いた。淳さんは家に帰ってないと言っていたから、俺の話が回っているとは思っていなかった。
「なるほど……。これは、淳兄の好きそうな感じ」
「名前の漢字は、どう書くんだ?」
「飛翔の翔です」
「なるほどね。俺は、琉生。王に流れるのつくりと、生きる。高三」
「俺は、睦月。旧月と漢字が同じ。高一」
この二人は、あまり聞いたことがないな。睦月君は、唯ちゃん? とよく出てきやすいけど、琉生さんは、ほぼ聞いたことないな。
「よろしくお願いします。当主様の部屋まで案内します」
「よろしく」
俺は、当主様の部屋に向かって先頭に立って歩き出す。
「そういや、さっき、外にいたのは、翔の兄弟か?」
琉生さんが後ろからついてきて言う。
「はい」
「弟たち任せてきちゃったけど、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。大体、暇なんで」
「一応、テスト週間なんだよな?」
「はい」
「勉強しなくてもいいのか?」
「今まで、テスト週間はなかったものですからね。やらなくても何とかなってましたし」
「ふーん」
「今日は、誰を連れてきたんですか?」
確か、気配は九つあったはず。
「中学生四人と小学生三人」
やっぱり、九つか。まだ、誰も聞いたことがないな。多分。
「小学生って何年生ですか?」
「小五が一人と小二が二人」
「何かあるのか?」
「いえ、淳さんから上の人たちの年齢は聞いたことがあったんですけど、下は聞いたことがなかったので」
「上って、どこまで?」
「睦月君までです。名前は知らなかったですけど」
「ふぅん」
「ここです。どうぞ」
そうこうしているうちに、当主様の部屋の前に着いた。
「はぁ……。緊張するな」
琉生さんが深呼吸をして言う。
「俺、琉生兄の後ろに隠れてるから」
「は?」
「もしかして、初めてですか?」
「二人で来ることはな。淳兄とかがいるときは何度か来てる」
「そうですか」
「いやー、ほんと、淳兄たちよく話せるよな」
「緊張しなくても大丈夫です」
俺はそう言いながら、当主様の部屋の扉をノックする。
「翔です。連れてきました」
「入って」
当主様の声が聞こえる。
「だそうです。どうぞ」
俺はそう言いながら扉を開け、琉生さんたちに視線を移す。すると、二人は驚愕した目で俺を見ていた。
まぁ、これでも、四か月がここにいるからな。
「翔君、ありがとう。戻ってくれてもいいけど、琉生君たちが翔君を必要としていたら、残ってくれるかい?」
「分かりました」
「残っててくれ。怖すぎる」
琉生さんが後ろからぼそっと言った。
「分かってます。とりあえず、入ってください」
「お、おう……」
俺は、先に琉生さんたちを入れ、最後に部屋に入り、扉を閉める。
「翔君は、そこに座って。琉生君と睦月君は、そこでいいよ」
俺は、当主様に指定された場所に座る。そこは、左手側には当主様が、右手側には琉生さんたちがいる。
「それで、引っ越しのことなんだけど、そっちの予定はどうなっているんだい?」
「えっと……。大輝兄から……聞きません……でしたか?」
頭をあげた琉生さんは、緊張しきった顔で言う。
俺らも、こんな感じだったんだろうな。アユとか。
「聞いたけど、結構前の話だからね。今は、どんな予定になっているんだい?」
「……二月上旬に完成すると……聞いているので、完成したら……下見に来ます……。……多分、僕と……何人かで」
「うん」
「……それで……、三月の……春休みに……入ったあたりで……引っ越そう……という……話に……なって……ます」
「なるほど。そこまで大きくは変わってないね。ちなみに、春休みに入ったあたりって、具体的には、いつぐらい?」
「決まって……ないです。……ですが、最低条件として……、睦月たちが春休みに入っていること……と、淳兄までの上の五人の中で……三人の手が空いていることです。できれば、二、三日空けてあると……うれしいです」
「うん。翔君、君たちは、手伝えないかな?」
この質問は来ると思ってた。
兄弟たちを「マグロ」と称す翔。動いていないと生きていけないって、どういう感じなんでしょうね。僕にはよく分かりません……。
そして、始まったテスト週間。そんなものもあったなぁ、と思いながら書いています。
兄弟たちは、相変わらず運動することしか考えていないんですね……(僕もテストのことは考えていなかったけど、そこまでではなかったような)。
次回は、 テスト週間? 後編&体育祭 種目決め です。




