34 ~学校に行かない平日 中編~
「もちろん……なんですね……」
常識……か。……奏多さんにとって。
「皐君を診たときから、そう思ってたよ」
「サツって、そんなに変わってました?」
サツって変わってないほうなんだけど……。トオほど常識人じゃないけど。
「変わってないけど、面白そうだと思った」
サツは変わってないんだ……。どこから変わってるって判定されるんだろう。アキ? タツ?
「何を基準にそう感じてるのかわかりませんけど……。サツは、相当普通な方ですよ」
「僕の見る目がいいんだな」
「どういう意味でいいのか、っていう感じですけどね」
「僕が良いって言ったらいいんだよ」
「そうですか……。それじゃ、帰ります」
「おう、迷わないようにな」
「迷いませんよ」
俺は身をひるがえして、屋敷に戻る。
さーてと、この後何しよう。
選択肢としては二つだ。一つ目、自室に戻って読書をする。二つ目、当主様の手伝いに行く。行きたくないとは言えないけど、とても行きづらい。
勉強をするという選択肢はないからな。……まぁ、一つ目か。先に晴さんに昼食について訊きに行こう。
屋敷に入り、晴さんの部屋に向かおうと階段の方に足を向けたとたん、先程閉めた表玄関が勢いよく開けられる。俺は、動揺した心を隠しながら、表玄関を見る。
「なんだ……淳さんか」
表玄関から入ってきた淳さんは、大量の書類とファイルを抱えていた。
「なんだとはなんだ、翔。……というか、なんでここにいるんだ? 学校はどうしたんだよ」
淳さんはファイルをあがったところに置いて、表玄関を閉めながら言う。
「今日は欠席です」
俺は淳さんの方に体を向けながら言う。
「へぇー、体弱いんだな」
「兄弟たちよりは、弱いと思います」
「この後、暇か?」
嫌な予感がする……。ファイルを抱えた淳さんには。
「暇という定義が何か分かりませんけど、やろうと思っていることはあります」
「じゃあ、手伝ってくれ。土曜日に手伝わせた上に、二日も寝込ませた俺が頼める立場じゃないってことは分かってるんだけど。頼む」
ですよねー……。さて、と、断る選択肢は……ないな。
「分かりました。……それは、いいんですけど、昼の打ち合わせを晴さんとしたいです」
「あ、それ、俺も食べたい」
「何か食べられないものとか……食べたいものはありますか?」
晴さんが知ってそうだけど……、一応聞いておくか。
「ないよ。それに、晴さんも知ってる」
「それじゃ、訊いてきます」
「あ、ちょっと待て。これ、もう一セットあるんだけど、それ取ってくるから、これ、メインホールに持って行っといてくれないか?」
淳さんが床に置いてあったファイルたちを指して言う。
「分かりました」
俺は床においてあるファイルを持ち上げ、メインホールに持っていく。中央にある机の上に半分に分けて置き、晴さんの部屋に向かった。晴さんの部屋は二回の端にある。俺は、晴さんの部屋の中の気配を探り、居ることを確認する。ノックして名前を言うと、返事が返ってきた。
「昼食について、話がしたいです」
俺がそう言うと、晴さんが部屋から出てきた。
「翔君も、僕たちと食べるの?」
開いたドアに寄りかかりながら、晴さんが訊いてくる。
「いえ、食欲がないので食べないです。ですが、手伝おうと思ってます」
「それは、ありがとう。翔君のご飯食べたいと思ってたし。淳君は、来た?」
「えっ? ……あ、はい。来ました……けど……」
なんで、淳さんのこと知ってんだ? あ、淳さんが連絡してるのか、多分。
「それじゃあ、そっちに向かいながら話そう。僕も手伝おうと思ってたから。メインホール?」
そういえば、事務の仕事をやりたかったって、言ってたな。晴さん。
「はい」
晴さんがメインホールに向かって歩き出す。
「それで、昼、何作る?」
「なんでもいいですよ。何の予定だったんですか?」
俺は、晴さんの横に並びながら言う。
「パスタ。得意?」
「アキとかノゾほど得意じゃないですけど、茹でるのは苦手じゃないです」
「じゃあ、茹でてもらおうかな」
「晴さんは、苦手なんですか?」
そう、見えないけど……。
「そんなに上手じゃないよ。女中がいる頃はほぼ作ったことがなかったし、コンビニで買ってたから。自分で作るようになったのは、ここ最近。よっぽど、翔君たちの方が上手だと思う」
俺も、こっちに来てからなんだよなぁ。作り始めたの。アキは別だけど。
「俺は、そんなにうまくないんですよ。兄弟の中ではの話ですけど。結構ご飯抜く方なので、怒られます。アキとかノゾは、うまいですよ」
「前、夕飯を食べさせてもらったときは、彰君と望君は作ってなかったよね?」
「はい。あの時は……主にアユとサツが作ってますね」
「女中のよりおいしかったし、歩君たちもうまいよね」
「まぁ、アユたちもうまいです。だけど、アキとかノゾは日常的に作ってますし、アキは好きなものには手を抜かいので、自然とおいしくなりますね」
「そう言われたら、食べたくなる。また、誘って」
「晴さんから言ってくれれば、いつでも大丈夫ですよ。多分」
俺にいろいろ回ってくるのは分かってるけど。まぁ、そのぐらいなら。
「本当? じゃあ、食べに行こう。どこかで」
「待ってます」
俺が応えるとちょうどメインホールの前に着いていた。晴さんが扉を開けて中に入っていく。俺も続いて中に入った。
「あ、晴さんも来てくれたんですか?」
教えてなかったのか。
「人手は多いほうがいいからね」
晴さんって、すごいんだなぁ。
「言ってなかったですよね?」
「大輝君から連絡が来たよ」
あぁ、なるほど。
「……大輝兄め……。俺だって成長してるっていうのに」
淳さんがぼそっと言った。
「ちゃんと気にかけてもらえてるだけ、うれしいことだよ」
晴さんにも聞こえていたようで、そう返していた。
「そうですけど……。大輝兄はおせっかいすぎなんですよ。それが良いとこってのも分かってるんですけど。……それでも、頼ってる風に見えて俺は嫌なんです」
淳さんは、悔しそうな顔をしながら言う。
「それは、大輝君に言ったの?」
「言ってないです」
「言ってみれば? 大輝君だし、ちゃんと聞いてくれると思うよ」
「……そのぐらい分かってます。これでも、大輝兄の弟として二十一年は生きてます。大輝兄がどんな人ぐらいかは分かります」
「だからこそっていうのもあるのかな。まぁ、淳君が思ったように動けばいいよ。で、何をやればいい?」
だからこそって、なんだろう。一応話の決着はついたみたいだけど……分からないことだらけだ。俺が大輝さんの性格を知らないからか。
「……今日は、すべて会計関係なので、領収書の整理をお願いしたいです」
「何の会計?」
「優斗君のやつと、上半期のやつですね。やっと、全国からすべて届いたことが確認できたので」
晴さんと淳さんだけで話が進んでいくため、ぼーっと机の上に積まれているファイルの名前を見ていた。
上半期と優斗さんのか……。
「それじゃあ、翔君は何をやりたい?」
突然名前を呼ばれ、何を答えたらいいのかわからず、顔を上げる。二人から見られていたので、何か答えなければ、と思い、頭を回転させる。
「……なんでもいいです」
数秒間考えた結果がこれだ。何も出てこない。
頭を回転させなくてもできる返事だ。……はぁ。
「翔には計算をやってもらおうと思ってるので、領収書がそれなりに溜まったら、翔に渡してください」
淳さんがもともと決めていた、という口調で晴さんに言った。
なら、訊かないでくれよ。淳さんだから許すけど。
「分かった。じゃあ、淳君は優斗君と上半期とどっちにやる?」
「上半期の方をやります。優斗君の方をお願いしても良いですか?」
「いいよ。優斗君のは、一日ずつ分ければいい?」
「はい。お願いします」
「じゃあ、僕は向こうでやるから、二人はこっちでやりな」
「分かりました」
晴さんは、四つ置いてある書類の山の中で一番低い山を持って部屋の端に行き、椅子に座って作業を始めた。
「俺たちもやろう」
淳さんが手近にあった椅子を引き寄せて座った。俺は、淳さんの正面の位置まで椅子を持ってきて座った。
「計算を任せるって言ったけど、とりあえず、大まかに分けるのは手伝って」
「何で分ければいいんですか?」
「県、場所、月、日の順」
「分かりました」
俺は近くにあった紙の束を目の前に移動する。そして、県ごとに分け始めた。
「……なんか聞きたそうにしてるけど、どうした?」
淳さんが俺を一度見て、手元に視線を戻しながら言う。
「……誰がいるかも分からないのに、よくここに来ましたね」
「とりあえず、誰かに会えるかなって。晴さんはいるだろうし、頼むつもりだった。まぁ、翔がいたのは計算外だったけど」
「……なるほど」
「……翔君は、……相川家の家の人にどれくらい会ったことがある?」
あまり触れたくなかったところに触れるような口調で淳さんが訊いてきた。
別に、触れられても全く問題ないけどな。
「どれくらいと訊かれても……。今まで、修学旅行以外では長崎から出たことがなかったし、こっちに来てからも普段はここにいるので、ここに立ち入れる人じゃなければほぼ会ったことないですよ」
「すごい……限定的だな」
「そもそも、どこかに出かけるというよりは、ずっと体を動かしていたい人たちですよ? 父さんたちも忙しいので、どこかに連れて行ってもらうっていうのもなかったし、なんなら県内もほぼ出かけたことないですよ」
「まぁ、確かに。大輝兄がそんなこと言ってたな」
大輝さんって、どこまで知ってるんだろう。当主様も何も言ってないのに知ってたし。
「他は……、修斗さんと拓真さんと深司さんですね」
「その辺は、バイト?」
「はい。俺が名前を知っている相川の人たちだけですけど」
「まぁ、相川の会ったことある人はもっといるだろうな。学校とかにもいたんじゃないか?」
「学校ですか……。同い年には居た気も……しなくもないような?」
少し考えてみたが、相川という苗字をしたやつは思い浮かばなかった。
「見てないのか?」
「見てないです。自分のクラスとミノたちのクラスさえ分かれば他は忘れるので。勝手にいなくなってるやつとか普通にいますからね」
「確かにな。長崎のあそこの学校にいれば、そうなるか」
「知ってるんですか?」
「一応な。相川が理事をやってる学校だし。こっちの中でも、結構有名だ」
「へぇ」
知らなかった。あれが普通の中で育ってきたから。こっちでテストが少ないなと感じたことはあったけど、そんなもんかって思ってたから。
「それに、こっちの本屋も結構変だからな」
「あそこは、特別ですか?」
「当主様の兄弟が運営してるところだぞ? 他にあってたまるか」
まぁ、ないか。うん。
「でも……、九州でバイトしてた時のスーパーと、あまり変わってない気がしますけど……」
「それは、寄せてるからだと思う。翔は当主様の従兄の子供だから寄せてるように見えたって、條兄が言ってた。俺は行ったことないから分からないけど、條兄は何度か行ってるし、他のところもたくさん行ってるから、今度訊いてみると良いよ」
條さんって、どこかで聞いたことあるなと思ったら、一回来たことあったな。長崎に。
「淳さんも行くんですか? 大学を卒業したら」
「うーん。……俺は、こっちで事務作業かな。計画を立てるのはやると思うけど。……外を飛び回るのは、條兄の仕事だから」
「條さんみたいな仕事は、やりたいと思わないんですか?」
「やりたいと思わないね。元々、條兄は、飛び回る方をやりたかったんだけど、その時は、計画を立てる仕事と一緒くたにされてたから、仕方なくって言ってた。で、俺がここに通えるようになって、俺にそれだけが回されたって感じだから、やりたいと思ったことはない」
淳さんの仕事、元は條さんの仕事だったんだ。へぇ。
「條さんの話を聞くのは、好きですか?」
「まぁ、それなりに」
そんな話や世間話をしながら、せっせと机の上にある書類を分類していく。分類し終わり、晴さんから一日目の領収書の束をもらって計算を始めたころには、昼の時間になっていた。
晴さんと淳さんと一緒に食堂に移動する。
「そういえば、淳さんって、料理できるんですか?」
俺が鍋に水を入れて火にかけながら言う。
「そりゃあ、まぁ、それなりにできると思う。両親が帰ってこないことがほとんどだったから、子供たちだけで生活してたし」
「それじゃあ、淳君にソースづくり頼んでいい? 材料はその辺にあるの使ってくれていいから」
俺と淳さんの会話を聞いていた晴さんが、そう言った。
「いいですけど、おいしいかどうかは別ですよ? 兄弟たちにおいしいかなんて訊いたことないし、教えてくれたこともないし」
淳さんがそう言いながら、棚から鍋を取り出した。
「あれ、訊いてないの? 時々来る大雅君たちは、いつもおいしいって言ってたけど」
大雅君……。また、知らない名前が出てきた。
「聞いたことないです。それより、何しに来るんですか? あいつら」
「まぁ、半分は遊びに。軽いけがだったら、向こうから奏多のところに来るし、宗矢君のこととかもあるし。その時にここに寄ってくから。待ってる間もここにいるし」
宗矢君って誰? 宗矢君のことって何?
「へぇ。全然知りませんでした」
「まぁ、修君には知らせてるみたいだけど、他は聞いたことがないな」
「修兄のいるところが、一番行きやすい場所ですからね」
「確かに、ここまで中に入ってくるのは、結構大変だよな。普段から住んでるわけでもないし」
俺は、沸騰したお湯に少しだけ塩を入れて、三人分の麺を入れた。
「入る権利はあっても、嬉々として入ってくるようなところではないですからね」
淳さんもソースを作りながら言う。
「成人組は、別だけどね」
「それは、まぁ……。入らないと仕事にならないので」
最後の方は小声で何を言っているのか、半分ぐらい分からなかった。
「一番よく来るのは、誰なんですか?」
またも淳につかまった翔ですが、その代わりに淳さんの兄弟について結構知れました。
大体の人が入るのをためらう本家の中に、淳の兄弟は普通には行ってこれるのが驚きです(僕は無理です)。
次回は、 学校に行かない平日 後編&テスト週間? 前編 です。
いつもタイトルが長くてすみません……。




