33 ~学校に行かない平日 前編~
俺は、動くことが怖くなり、あげた足をその場に降ろした。
いなくなったってことは……死ん……だのか? それともどこかに連れていかれたとか? いや、それは考えられないか……。
そんなことを考えていると、突然のガラスの向こうからの光が消え、足元はガラスではなく、闇と化した。あの部屋の存在自体が消えたのだ。……多分、部屋の主が亡くなって。
目が覚めた。
……夢……か。なんだったんだ。
俺は、ベッドの上で起き上がる。土曜日の服のままだった。俺の部屋には、窓から漏れてくる光というものがないため、ぱっと見何時かも分からない。あたりを見回し、スマホを探す。スマホは相変わらず、机の上に置いてあり、充電されていた。そのスマホに電源を入れる。
月曜の、午前十時……。月曜の午前十時!? 完全に遅刻だ!
スマホには何喧嘩のメールが届いていた。この後、どれだけ早く行っても遅刻に変わりはないため、のんびりとした手つきで、メールを開いた。
すべてのメールにこの後に指示が書かれていた。差出人は全員違った。届いた順番で行くと、歩からは、家の冷蔵庫に朝ご飯が入っているから食べておけ、と。千明様方は、起きてご飯を食べたら、当主様のところに行ってほしい、と。冬馬様からは、今日の学校欠席にしたからゆっくり休むように、と。
欠席になってるなら、いいか。
俺はベッドから降り、着替えて、スマホを持って部屋を出た。裏玄関から屋敷を出て、家に向かう。
家に上がり、冷蔵庫に入っている朝ご飯を温め、朝ご飯とする。
この時間に食べたら、昼、いらねぇな。抜いたら、アユたちに怒られそうだけど。
朝ご飯をすべて食べきり、食器を洗って家を出た。屋敷に戻り、直接当主様の部屋に向かった。
こりゃ、体がゆっくり休みそうにないな。
当主様の部屋の前まで来て、一度深呼吸してから、扉をノックする。
気配は、一つだな。
「翔です」
「どうぞ。入って」
中から当主様の返事が返ってきてから、扉を開け中に入る。
「おはよう、翔君。まぁ、とりあえず、座って」
いつも通りの当主様が机の向こうに紙を持って座っていた。机の上は、それなりに書類が積まれていた。
「おはようございます」
俺は、扉の近くに正座する。
「あ、楽にしてくれていいからね」
いや、それは無理です。当主様と一対一は初めてだし。今までは、一人ぐらいは兄弟がいた。
「体調は、どう?」
当主様が持っていた紙を机に置きながら言う。
「もう、ほぼ普段通りです」
包み隠さず、今の状態を伝えた。
包み隠しても、見通されてそうだからな。
「明日も休む?」
「明日は、行けると思います」
「そうか。無理はしないでくれよ。千明には、散々言ってたと聞いたけど。本人が無理してたら何の意味もないって、千明が言ってたよ」
「千明様には、無理してほしくなかったので、体調を崩されたのが一回でよかったです。俺は、別に……特に問題がないので大丈夫です」
向こうにいたときも、あったことだし。
「よくない」
当主様にまっすぐに見つめられ、少し後ずさりしたくなる。
「しっかり報告して。僕じゃなくて、冬馬とか千明とかでいいから」
当主様の声は優しくても、圧は冬馬様や千明様以上に感じる。
これが、当主って席に座ってる人なんだな。なんていうか、この、逆らってはいけないって感じつほどの圧というか、なんというか。
「……分かりました」
よく、後ずさりしないで耐えたと思う。
「それで、この後なんだけど、相川家にいる医者がそろそろ来ることになってるから。その医者は主に、私とか冬馬とか、上層部の人たちを見てる人だから、いろいろ安心してくれていいよ」
「はい」
「ここに呼んでるから、ここに来たら、翔君の部屋に移動してもらってもいいかな?」
「はい」
「終わったら、自由にしててくれていいんだけど……。暇だったら、ここに来て。ちょっと、いろいろ知りたいことがあるんだ。君たちの父さんは何も教えてくれないからね」
いろいろ知りたいことって、なんだろう。それに、父さんが何も教えてくれないって、何も報告してないってことだよな? じゃあ、なんで、俺たちのこと詳しく知ってるんだ?
「はい。……あの、昼ご飯は、いつも、どうしているのですか?」
「普段は、晴に作ってもらってるけど……翔君は、食欲ある?」
「ないです」
「じゃあ、少しだけ作ってもらうことにしよう。そう伝えておく」
「……手伝ってもいいですか?」
「晴を?」
「はい」
「それは、晴が決めることだけど……」
あ、そうだった。別に当主様に許可をもらう必要ないんだった……。流れで聞いちゃったけど……。
「手伝ってくれるのは、大歓迎だと思うよ。そこまで量を作ってるわけじゃないけど。正午ぐらいに食堂に行けば会えると思う」
「分かりました」
それから、少し当主様が考え事をし始めた。俺は、出ていいのか分からないため、その場にじっとしていた。
早く出たいと思ってるけど。
「……翔君は、淳君って知ってる? ここに入ってこれる」
当主様がおもむろに口を開いた。
「はい。何回か呼び出されて、手伝ったことがあります」
「もう、結構知ってるみたいだね。その、淳君の弟が今週、下見に来ることは聞いた?」
「淳さんから、聞きました」
「それじゃあ、大丈夫か。裏玄関からくるように言ってあるんだけど、裏玄関からここに入ったことがないはずだから、初日だけ、案内してほしいんだけど……。頼んでいいかな?」
「案内することは、やります。ですが、誰が来るのかわかってないので……」
「私もよく分かってないから、何とも言えないんだけど、多分……上の五人……淳君までは来れないと思うから、琉生君と睦月君かな。大雅君とかも来るかもしれないけど、そうなると、唯ちゃんをどうするんだろう」
え、っと、上の五人は前に教えてもらった。と、睦月君と唯ちゃんも聞いた。じゃあ、琉生さんってのが、淳さんと睦月君の間かな。
「まぁ、裏門から入ってくる人は他にいないだろうから、入ってきたらわかるよ。淳君に似ているかと言われれば、そうではない気がするけれど」
「分かりました」
俺が返事するのと同時に、部屋の扉がノックされた。俺は、視線の先を当主様から扉に移す。
「奏多です」
青年っぽい若い声が聞こえてきた。
「入って」
当主様が言うと、扉が開いて、白衣を着た二十代前半ぐらいの男性が入ってきた。
「遅れました」
「あぁ、お疲れ。悪いね、昨日まで遠出してもらってたのに」
「いえ、仕事なので、このぐらいは当然です。……この子ですか?」
座っている俺を、上から下まで見てから言う。
「そう。翔君の部屋でやってくれ」
「分かりました」
奏多、と名乗った人は、目配せで俺に部屋彼出るように示した。俺は、立ち上がり当主様の方を向いて礼をする。
「失礼します」
俺が部屋から出ると、奏多さんもついてきた。
「部屋って、どこ?」
俺の部屋に向かって歩き出してから少し経つと、奏多さんが横に並んでそう言った。
「千明様の部屋の下です」
「へぇ、じゃあ、兄弟の中では一番広い?」
「そうですけど……。なんで、兄弟がいるって知ってるんですか?」
いろいろ知りすぎでしょ。
「前に、君の兄の皐君が、指折ったって来たことがあるからな」
「そんなに前じゃないですけど……」
「ま、それに、これでも全国の相川家は全部に行ったことがあるからな」
「そうなんですか? 長崎にいたとき、会ったことない気がするんですけど……」
俺がそう言うと、奏多さんは少し悲しそうな顔をした。何らか悲しい過去でもあったのだろう。
「行ったことはあるけど、君たちは怪我をしなかったから」
「え?」
「君たちが、あそこで一番偉いだろ? 俺は、一番偉い人しか見ないから、君たちがケガをしなかったら行くこともないんだけど、君たちに会いたかったから行った」
「会ってないですよね?」
「そうだね。結局会わずに、君の両親に挨拶して帰ったから」
「そうなんですか。……昨日まで遠出していたみたいですけど、どこに行っていたんですか?」
「青森。三か所あるだろ? 全部回ってきた。一週間で」
「何県に何か所あるとか場所も知りませんけど、三か所を一週間でということは、一か所を二日から三日ですか」
「まぁ、そうだな」
「誰が住んでいるんですか? 青森って」
「ちょっと変わった子」
「へぇ」
少し親近感がわくな。ちょっと変わった子だから。俺たちが。
「誰と一番近いかなぁ。……大輝の従兄妹あたりだったかな」
大輝さん……。名前だけは何度も聞いたし、どんな仕事をしてるかも知ってるのに、まだ会ったことないんだよなぁ。俺との関係もよく分からないし。
「ま、いいや、君、名前は?」
奏多さんは考えることをやめたようで、話を変えてきた。
「翔です」
「漢字は?」
間髪入れずに奏多さんが聞いてきた。
脳内に記憶するのかな? 俺もそうやって覚えてるから。
「飛翔の翔です」
「良い字だな。翔君、今の体調は?」
なぜか部屋に着く前から診察が始まった。病院に久しぶりに行ったときに書く問診票のような内容の質問を口頭で言われ、それにこたえていくという感じだった。
必要ない質問がないから、こっちのほうが嬉しいかも。
「本当に医者なんですね」
一通り質疑応答が終わったところで、俺が言った。
「どういうことだ?」
「白衣を着ているだけかと」
「ひどい言われようだな」
「ぱっと見、医者っぽくないので」
「眼鏡かけたら、それっぽく見えるか?」
「目、悪いんですか?」
「まぁ、仕事に支障がないぐらいにね」
「それなら、かける必要ないと思いますよ。……ここです、俺の部屋」
俺は、そう言い自分の部屋の扉を開ける。
「はぇー、圧巻。窓があるのに、窓から光が入ってきてない……」
「そんな反応されたの、初めてですよ。淳さんも入れましたけど、何もなかったですよ」
「ずっとこんなところにいるのか?」
俺の言ったことは何も聞いてないようだ。
「いや、兄弟たちによって、外に引っ張り出されます」
「それは、いいことだな。長時間こんなところにいたら体に悪い。一日ここにいたらもう、何と言っていいか……」
「それはないです。……多分。ご飯はこの屋敷で食べてないですから」
「ならいいけど。じゃ、ベッドに座って。椅子、使っていい?」
奏多さんが床にバッグを置きながら言う。
「どうぞ」
それから、本格的な診察が始まった。俺は、奏多さんに言われた通りに動く。
「うん、まぁ、問題ないな。明日から学校に行ってくれて構わないけど、もう一日休んでもいいぞ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、色々質問していい?」
「……どうぞ」
何を訊かれるんだろう……。
「翔君の兄弟の中で一番体が弱いのは?」
「それは……、どういう意味ですか?」
怪我をする人なのか……体調を崩す人なのか……。あるいはどちらも……。
「よく体調を崩す人」
「多分、一番体調を崩しやすいのは俺です。他はほぼ体調を崩しませんけど、強いて言うならシノとシズです」
「シノとシズ?」
「忍と雫です」
「そう言ってくれないと分からない。でも、まぁ、なんとなくわかってたけど」
「確かにそうですね」
なんとなくならわかる呼び方をしてるからな。
「それじゃ、戻る」
奏多さんが椅子から立ち上がり、床に置いてあったバッグを持ち上げる。
「玄関まで送ります」
「それなら、俺の家の場所、教えておく。君が一番来るんだろ? 五分もかからないから」
「分かりました」
確かに、俺が一番世話になりそう。
「じゃ、ついてきて。方向音痴?」
「多分、迷ったことはないので、違うかと」
「それならいいや。ついてきて」
俺は奏多さんについて歩き、屋敷を出て奏多さんの家に向かう。表門から屋敷につながる道を歩くのは二度目だ。少し歩いて、一番初めの十字路を左に曲がった。それからすぐの場所で立ち止まる。
「ここ」
「なんか……普通の家ですね」
本当に、目の前にある家と同じ家が相川家の敷地の中には大量にある。
「どんな家を予想してたんだ? 大体こんなもんだろ。相川の家って」
いや、そうなんだけど
「そうですけど……。いや、なんか、もっと、こう、どーんとした感じの家を予想してました」
「語彙力吹っ飛んでるぞ」
「なんていうか、もっとこう、大きいのを予想してました」
「そう言ってくれたら、なんとなくわかるけど」
「中も普通なんですか?」
「一部屋診察室があるのと、手術室があるけど、他は変わらないと思う」
「ふーん」
「変わってなくて悪かったな」
「別に、悪いって言ってませんよ」
「声に出てんだよ。顔にも」
まじ? えっ、隠してたつもりだったんだけど……。あ、医者だから、分かるとか? そうだと思っておこう。
「とりあえず、ここに来ればいいんですね?」
話題を逸らしたくて、そう言った。
「そう。なんかあったらおいで。空けてることが多いけど」
「予定って、誰に訊けばわかりますか?」
「晴君に訊けばわかると思うけど……。ちゃんと知ってるのは、大輝かな。あ、でも管理してるのは、淳かも」
晴さんって、奏多さんより結構上だよな? 君付けで呼んでるのか……。
「分かりました」
「大輝とはつながってないだろ? 翔君は」
「淳さんに訊きます。もしくは、晴さんに」
「あぁ、淳とつながってるならいいか」
淳さんは呼び捨てなんだ。
「奏多さんって、当主様とどんなつながりなんですか?」
「いとこ。当主様が長男の子、翔君たちの父親が次男の子、僕は五男の子」
「だから、上層部の人たちを見ているんですね」
「上層部って言っても、ほんの数人。僕が診たい人を診てるだけだから」
「奏多さんが診たい人たちって、どんな人たちですか?」
ただの興味本位だ。人の興味をそそられる部分はどこなのか、気になる。
「変わった子。診てて楽しいし」
「俺も、その中に入ってるんですか?」
入ってそうだけど、入ってなくていい……。
「もちろん入ってるよ」
奏多さんが嬉しそうに言う。
「もちろん、なんですね……」
常識……か。……奏多さんにとって。
よく分からない世界は、夢でした。
そして、土曜日に寝たのに起きたら月曜日だったという。翔でもこんなことあるんですね(自分はそういう生活を送りたいと思っています)。
そして、新キャラ。奏多さんです。一応、医者です。キャラクターが多すぎて、自分が困っています。
次回は、 学校に行かない平日 中編 です。2週間後です。




