31 ~樹と翔の話し合い&護衛の休日 後編~
本編に戻ります。
「ここから先は、本当に俺の持論だからな?」
「だから、それでいいって言ってる」
「……漢字から、何かわからない?」
「観察するのと、感じるの?」
「まぁ、正解。観察する価値観は、そのまま。例えるとしたら、5Gが最新で、4Gが主流で、3Gが古いって思うこと。観察してるでしょ?」
「確かに」
「人によっては、4Gが古いとか、新しいとか思う人もいるかもしれないけど、それって、全部観察して価値を決めてるってことになるから、観察する価値観になるわけ」
「感じる価値感は?」
樹がいつもより真剣な顔をして言う。
「そう、急かすな。ちゃんと話すから」
「分かってる」
「分かってるなら、急かさないでくれ。こっちも考えながら話してるんだから」
「固まった?」
そう簡単に固まるか!
「あと、十秒」
「分かった。待ってる」
樹が待っていると言ったときは、大体、本当に何もせずに待っていてくれる。
どこかの誰かさんと違ってな。
「……感じる方の価値感は、人によって感じ方が違うから、何とも言えない。けど、まぁ、例を挙げるとするなら……、今回だと、データの価値感か。タツはさ、データが命って感じでしょ?」
考えが大体まとまったところで、じっと待っていた樹に話しかける。
「まぁ、そうだな。データに助けてもらうことは結構ある。カケとかみたいに勘が良いわけじゃないし、なんとなく感じたとかいうのもないし。けど、データは裏切らないから、相手のデータを取っておけば、ここが苦手とか、色々見えてくるものがあるしな。……それを、普通にできちゃうカケとかサツはすごいよ、ほんと」
「正確性は、タツのとったデータの方が上だし、俺らは勘だから、外すこともある」
「俺は、勘じゃできない。カケたちだって、勘って言っておきながら、九割は当ててくる」
「経験値の差は、圧倒的にタツたちのほうが上なんだけどな。やっぱり、外で見てるからかな」
「……俺から話しておいて悪いんだけど、話それてる」
「俺が、最初に訊いたんだけど」
「なんでもいい。続けて、さっきの話」
「さっきの話ってのは?」
「俺のデータが命って言ったとこの続き」
「あぁ、そうだったな」
そんな話をしてた気がする。
「じゃさ、カナとかシノのさデータの重要性と、タツのデータの重要性じゃ、全然違うってこと、わかる?」
「まぁ、違うだろうな」
「それと同じ。カナとかシノはさ、一応、俺たちの兄弟だからデータ見るの好きだし、他の人よりは重要だと感じてるとは思うんだけど、それよりも下に見てるやつらと、話が合うとは到底思えない」
「そう考えると、そうだなぁ」
樹が納得したような顔をしている。
「でも、タツが一人でデータを持ってて、それを知らない人に従えって言っても、大体の人は反発する。だからさ、データの共有は大事って言われてる。けど、タツの話のペースについていくのは、データが目の前に置かれていたとしても、スグぐらいしかできない。部活の中で話そうと思ったらさ……。だから、本当に知っておいてほしい部分だけ伝えるとか、共有しておけばいいじゃないか。皆、考える力は持ってるんだから、全部タツが仕切るのもよくないと思う」
「どうやって、分けたらいいんだ? 全部知っておいてほしいんだけど」
「……そうだねぇ。スグに訊いてみるとかかな。部活だし、少しぐらいは分かるでしょ」
「なるほど」
何をしたらいいか見えたのか、樹の眼はまっすぐどこかを向いている。
「まぁ、でも、タツのほうが部員のことを見てるだろうから、必要だと思ったら伝えればいい。一応、すぐに点検してもらったらいいでしょ」
「分かった。……あ、そうだ、野球部員のデータ、いる? 昨日の試合の処理してたでしょ」
「……まぁ、してたけど。途中で、タツが話をしてくれって入ってきたから……」
「悪かったって。それで、いるのか?」
「頂戴」
もらっておいて、損はないだろ。なんとなくなら、俺も取れたけど。
「後で送る。それじゃ。ありがと」
樹はそう言って立ち上がり、部屋を出て行った。
「……後でって、いつのことだよ……」
俺は、独り言をつぶやきながら椅子を回転させ、再びヘッドホンをつけてパソコンと向かい合う。
データ処理を再び始めてからすぐに、ブブッ、ブブッと机の上に置いてあったスマホがなる。
全く、やり始めたばっかだっていうのに、またか。
俺はヘッドホンをはずしながら、スマホを手に取り画面を見る。
千明様からか。今日は、やけに遅いなと思ってたけど、何かあったのか?
「はい」
「あ、翔君。おはよう」
いつもと声が違う……気がする。
「おはようございます。今からそっちに……」
「来てほしいんだけど、食堂に置いてある、500mlのペットボトルの水を持ってきて。僕の部屋まで」
俺が話している途中に、千明様が声をかぶせてきた。
相当焦ってるというか、いつもはかぶせてこないのに。面倒な状態だな。今日はサツがいないから、一人でドアの前にいればいいか。
「分かりました。今から、大丈夫ですか?」
「うん。お願い」
千明様がそう言うと、電話が切れた。俺は、パソコンの電源を落とし、部屋を出た。千明様の部屋と食堂はほぼ真反対にある。俺らの部屋は千明様達の部屋よりだ。俺は、できるだけ急ぎ足で食堂に向かい、頼まれたペットボトルを取って、すぐに千明様の部屋に向かった。扉をノックし名乗る。
「入って」
すぐに、いつもよりも小さな千明様の声が返ってきた。
「失礼します」
俺は扉を開け、部屋の中に入った。
「あ、持ってきてくれてありがとう」
いつもは床に座っている千明様が、今日はベッドの上に座っていた。先ほどまで寝ていたのだろう。それに、普段より顔色が悪い。
「えっと……伝えたいことはいろいろあるんだけど……。とりあえず、座って」
「分かりました。千明様も楽な姿勢でいてください」
俺は、手に持っていたペットボトルを千明様に渡し、ベッドから少し離れたところに座った。
「ありがとう。……でも、今は大丈夫だから」
「そうですか」
そうには見えないけど……。まぁ、まだ分からないことだらけだから、とりあえず、そういうことにしておくか。
「それで……頼みたいことがあるんだけど……」
「なんでしょう」
「お父さんの分の昼食と、夕食を作ってほしいんだ。……食堂にあるものは使ってくれていいし、食堂に置いておいてくれて構わないから」
千明様は、そう言いながら、ペットボトルのキャップを開けようとしているが、うまく力が入らないのか苦戦している。
これは、助けたほうがいいのか?
「分かりました。伝えておきます。……ペットボトル、開けましょうか?」
「……お願い」
俺は、千明様からペットボトルを受け取り、キャップを開けて千明様に渡す。
「ありがとう」
千明様は、そう言いながら受け取り、少しだけ飲むと、またこちらに渡してきた。
あ、キャップ持ったままだった。
「すみません」
俺はキャップを閉め、千明様に渡した。
「大丈夫」
「……こちらからも、質問、良いですか?」
「答えられるものであれば、いいよ」
「今、どのぐらい体調が悪い状態ですか?」
護衛をするのであれば、そのぐらいは知っておきたい。これから一緒に過ごすとしても、必要になってくる……と思ってる。顔ではまだ判断できないけれど。
「座っていられるから、それほど悪くないかな」
「一番悪いときは、どのぐらいですか?」
「一番悪い時かぁ……」
千明様はそう言いながら、天井に目をやる。
「起きれなかった時があったよ。何度か。ご飯も食べれなかったし。動けなかったし。多分、それが一番悪い時だと思う」
それは……相当悪い状態な気がするぞ。それか、元々そうなのか……。
「……今は、どの程度ご飯を食べれますか?」
「どのぐらいかなぁ……」
千明様の視線が、俺の方に戻ってきた。
「……胃に優しくて、やわらかい物……お茶漬けとかおかゆなら食べれるよ。茶碗一杯ぐらいでいいけど」
「分かりました。千明様の分も用意します。それで、今日の予定は、どんな感じですか?」
「体調がよくなるまでは、あまり部屋から出ないつもり。だから、今日はついててくれなくていいよ」
「いえ、廊下にいます。何かあっても困るので」
「ありがとう……。でも、休んでよ」
「これでも、休んでいるほうなので、問題ないです。
兄弟よりは、だけど。土日に部活はないし、運動してないし、嘘はついてない。……と思う。
「それなら、良いんだけど……」
「ご飯は、アユたちと同じ時間でいいですか?」
「いいけど……。僕も食べることになってるの?」
「必要なければ言ってください」
「欲しいけど……。何を作ってくれるの?」
「先ほど聞いた、お茶漬けかおかゆのどちらかを作ってもらおうと思ってますが……」
「じゃあ、お茶漬けがいい。中におかゆほどじゃないけど、いつもよりは水多めのお米を入れてほしい」
「ここに持ってくればいいですか? それとも食堂にいきますか?」
「ここでいい。翔君は、どこで食べるつもりなの?」
「廊下ですけど……」
「本当に?」
「はい」
「それじゃあ……、えっと……、その……」
千明様の眼が泳いでいる。
「なんですか?」
昨日も、こんなことあった気がする。
「……一緒に食べよう。嫌だったらいいんだけど……」
「ここで、ですか?」
「えっと……、食堂に行ってもいい」
食堂に行くのは面倒だな。
「千明様が良ければ、どこでもいいですよ」
「じゃあ、こっちで。一人だと寂しいし」
「分かりました。それじゃあ、昼になったら、声を掛けます」
「うん。寝てても、起こしてくれてもいいからね」
そんなことできるわけではないけど……。ここは、了承以外答えてはいけない気がする。
「……分かりました」
「いろいろありがとう。翔君」
「いえ、昨日、俺らのペースに巻き込ませてしまったので……」
絶対やってはいけないことだよな。
「巻き込まれたと思ってないし、楽しかったからいいんだよ」
「……そうだったとしても、無理させてたみたいなので……」
普段、一緒にいる冬馬様がいないだけで、結構辛いはずなのに、それを完全に無視したからな。
「大丈夫だよ。このぐらいのことは、しょっちゅうあるから」
「そうだったとしても、言ってください。俺は、兄弟練習とかに付き合う必要はないので」
これで、兄弟練習から逃げられる
「……昨日のことを見てると、そうは思わないけど」
「俺がいなくても、何とかなるので大丈夫ですよ。そこまで子供じゃないんで」
「本当に?」
「どれだけ信頼されてないんですか……。そこにいたら使いたくなるだけです。そっちの方が速いので」
「それならいいんだけど……」
「それじゃあ、外にいるので、いつでも呼んでください。ご飯を取りに行ったりしてるときは居ないですけど……」
「分かった」
「それじゃ、失礼します」
俺は立ち上がり、千明様の部屋を出て扉を閉める。一息ついてから、自分が必要なものを取りに行っている間に、千明様の部屋に来れそうな範囲の気配を探る。
左に5つ、後ろに3つ……。
俺の広げた範囲には、8つの気配しかなかった。左の5つは、歩と望、晴樹君と夏樹君。それに、今日は休みの稔だ。後ろの3つは、千明様と当主様の部屋から2つだから、問題ないだろうと判断した。
俺は、できるだけ速足で自分の部屋に戻り、小説とノートパソコンを持って、千明様の部屋の前に戻る。その場に座り、小説やノートパソコンを横に置いて、ポケットからスマホを取り出す。メールを開いて、
―当主様の昼食(メニューは俺たちを同じでいい)と、千明様の昼食(おかゆ並みに柔らかいご飯の入ったお茶漬け)も一緒に作って(決定事項)。当主様のは、食堂においておけばいい。千明様のは出来次第、俺が捕りに行く。よろしく―
と、歩と望に送った。歩だけに送ると、望に伝えてくれるか分からないし、望だけだと後で歩に何と言われるか分からないから、二人に送った。稔は、歩や望の指示には代替忠実に動くため、送らない判断をした。
その後は、壁に寄りかかり、膝にノートパソコンを置いて、樹が来るまでにやっていたデータの処理の続きを始めた。
これ、知らない人が見たら、ただのストーカーみたいな感じだな。
―昼食ができたから、取りにこい―
と稔からメールが来たのは、データ処理が終わり小説を読んでいた時だった。俺は、小説にしおりを挟み、パソコンの上に置いて立ち上がる。千明様の部屋の扉をノックして、昼食を取りに行くことを伝えた。
「わかった」
千明様の返事を聞いてから、俺は気配を探る範囲を広げ、兄弟たちが食堂にいるのか家にいるのかを確認する。
今日は、食堂か。まぁ、その方が楽だからいいけど。
俺は、食堂に向かって歩き出す。食堂に入ると、もう、晴樹君と夏樹君が昼食を食べ始めていた。
「今日のご飯は、何にしたの?」
「焼うどん」
「千明様の分は?」
「ちゃんと別で作ってある。はい、これ。カケの分も持ってくんだろ?」
「サンキュ」
俺は、稔から俺と千明様の分の昼食をお盆にのせてもらい、そのお盆を持って、千明様の部屋に戻る。千明様の部屋の中に入ると、千明様はベッドから出てきていて、ローテーブルの向こう側に座っていた。顔色は、相変わらずよくない。俺は、ロ―テーブルにお盆を置き、千明様の前に座った。
「量が多かったら言ってください。兄弟基準で作られているので」
「このぐらいなら食べられるよ」
「無理はしないでください」
千明様は、まだ顔だけじゃ判断できないんだよな。声とかも、分からないし……。顕著に出てたら分かるけど、それなら誰でもわかるし。隠すことにたけてる当主一族の人たちが、顕著に出るわけもない。
「ちゃんと、自分から言うから」
兄弟たちには絶対に振り回されない翔は、千明に振り回されまくってます。
しかし、普段冬馬がいるからとれないデータをとろうとしているあたりは、とても翔らしいと思います(カケがタツ化? しているなと思ったり思わなかったり。本人は否定していますが……)。
次回は、 護衛のない休日 です。2週間後です。




