28 ~野球部との練習試合 中編~
「まぁ、な。誰もできないから」
そういうとこ、あまり気にしてないだろうな。スグ。
「スグの場合、どこでもいいんだろうけどな。出れれば」
「ピッチャーはできるだけやりたくないけど」
心底嫌そうな顔で傑が言う。
「タツは、キャッチャー?」
タツはキャッチャー以外やってなさそう。
「おう。誰もやりたくないって言うから」
誰かやりたいって言っても、譲らなそう。
「タツ的には、正ポジだからいいんじゃないか?」
「まぁね。いい球、あまり来ないけど」
サツたちのに慣れてると、まず、いい球の基準がすごく上がる気がするけど……。
「サツたちと同じように考えてるなら、そう感じるかもな」
「俺たちと同じように考えるのは、その人がかわいそうだ」
「それは分かってるけど、同じポジションやってるから、切り替えるにも切り替えられないし、比べちゃうんだよ」
タツなら、何とかなりそうだけどな。したくない、何かがない限り。
「まぁ、今日はサツだしいいんじゃないか? いつも通りで」
「タツなら、打たせられるよな? 練習なんだろ?」
「遊びなら、俺、記録しなくてもいいよな?」
「一応、しておいて」
嫌だ。って言っても、このメンツじゃ負けるな。
「はぁ……机、ない?」
「ある。机があったら、やってくれるのか?」
「やるしかないんだろ?」
「もちろん」
「マネージャーは、記録してないのか?」
「してると思うけど」
樹が、一塁側のベンチのほうに視線を向けながら言う。
「じゃあ、スコアは記録しなくていいよな」
「いや、一応しておいて」
「コピーしてもらえばいいだろ。同じなんだから」
「いや、まだ慣れてないんだよ。マネージャーが。だから、カケにもつけてもらって、答え合わせがしたいんだと」
タツから言ったわけじゃないのか。
「回が終わるごとに見ればいいだろ。どうせ、覚えてるんだから」
「そんな面倒なことしてる暇があったら、練習してる」
「というより、答え合わせがしたいって、タツが言ったんじゃないんだ?」
「顧問だよ。つけれる人がいるなら、勉強にもなるからそっちにもつけてほしいって」
「それで、了承したと?」
「した」
樹がすっぱりと言い切る。
「勝手にするな!」
「まぁ、まぁ」
望が止めに入ろうとしているが、それじゃ、今の俺は止められない。
スコアもつけるとなると忙しさが二倍になる。それは、阻止しなければ……。
「というか、なんで俺がやるんだよ。マネージャーぐらい、二、三人いるだろ。高校野球だぞ?」
「いるけど、同じチームが同じ試合の記録をつけてどうするんだ?」
「そっくりそのままお返しする」
「同じチームじゃない」
「いや、タツとスグがいるから、同じチームな気がするけど。もらえるんだから」
「どうせ、もってきてるんだろ?」
言い合いに飽きたのか、疲れたのか、樹が話を打ち切りに来た。
「まぁ、もってきてるけどさ」
嘘を吐いたら、この後どうなるかわからない。
「スグ、机持ってきて」
「おう」
傑が、グラウンドの出口に向かって走っていった。
「樹ー、こっち決まったけど、そっちはどうだ?」
ちょうど、傑が机を持って戻ってくると同時に、顧問の先生が一塁側のベンチから大声で言う。
「準備満タンです。やりましょう」
先攻と後攻をじゃんけんで決め、先攻が相川兄弟チーム、後攻が野球部となり、試合が始まった。俺は、持ってきたノート二冊を机の上に広げる。
「そのノートは、何?」
隣に座っていた千明様が、ノートを覗き込んできて言う。
「野球のスコアブックです」
さすがに知ってそうだけど。
「そっちじゃなくて、こっち」
スコアブックじゃないほうのノートを示して言う。
「あぁ、これは兄弟だけがわかるような、簡単なメモをしているノートです。字がすごい汚なかったり、揃えてないので、兄弟以外には見せられませんけど」
「えぇ、普通に読めるし、字、きれいだと思うんだけど……」
「いや、汚いですよ。後は、打率とか諸々載ってます」
「翔君たちのデータが詰まってるってことか……。字はきれいだけど、暗号みたいで見てもよく分からない」
「兄弟たちだけ分かるようになってます。別にデータを見られても良いですけど、試合中にそんな丁寧に書いていられないですから、簡単に書いていったら、暗号化しただけです」
「まぁ、そうだよね。スコアとかも書いてたら、そんな暇ないよね」
「……千明様は、野球のルールとかって知ってますか?」
「知ってはいるよ。体育で習ったし」
千明様がサラッという。
いや、そんな簡単にわかるルールだったか? 頭がいいと、難しくないのか。
「習ってもよく分からない、って言ってる人が多いんですけど」
「あとね、どこだったか忘れたけど、相川家の草野球チームがあるんだよ。そのキャプテンが結構近めの親戚だから、遊びに来た時教えてもらったことはあるよ」
「それだけで、理解できるんですか? 結構、細かいルールがいくつか……というか、たくさんあると思うんですけど」
「まぁ、なんとなくしか、理解してない部分もあったし、知らないのもあったよ。教えてもらうだけじゃ。実際にやってみて分かったのも多かったし」
実際って、草野球?
「やったこと、あるんですか?」
「中学の時にあったから、やったよ」
なんだ、授業か。
「なるほど」
「翔君たちの中学校はなかったの?」
「ソフトはありましたけど、野球はなかったです。部活はどちらもありましたけど」
「ふーん。……じゃあ、なんでこんなにうまいの?」
千明様が、グラウンドのほうを見る。ちょうど、五番打者である稔に打席が回ってきたところだった。二塁に、樹がいる。他はもう、戻ってきているということだ。
これじゃ、練習にならないだろ。まず、回が終わらない。
「普段からやってるからじゃないですか?」
普段からやってるだけで、これだけうまかったら、本気でやったらどうなるんだ、って感じだけどな。
「あぁ、なんか聞いたことある。大体、毎日どこかのグラウンド、借りてるよね?」
「はい。皆がやりたいって言うので」
「翔君は、付き合わされてる感じ?」
「まぁ、そうですね」
間違ってはない。
「でも、楽しそうにやってるよね」
「楽しくないわけではないですからね」
本当に楽しくなかったら、俺は行かないし、アユたちも連れて行かないと思う。
「……いいなぁ」
千明様的には、ボソッと呟いた程度なのだろうけど、俺の耳にはしっかり届いていた。
深堀してみるか。
「やりたいんですか?」
「え? あ……聞こえてたの?」
千明様が驚いた顔をした後、少し焦り気味に言った。
「はい。ばっちり」
「わ、忘れて……」
少し顔の赤くなった千明様が言う。
「元々、女中たちが住んでいた家の方は晴さんぐらいしか来ないので、できますよ? アユたちをさそば意気揚々とやってくれるだろうし」
とりあえず、提案しておく。
「冬馬兄さんが、許してくれない気が……」
できるだけやらない方向に、千明様が持っていこうとする。
「あぁ、確かに、そうですね」
俺は、とりあえず従っておくことにした。
「冬馬様も、誘えばいいんじゃないか?」
打順が一番最後の皐が横から言ってきた。
「まぁ、それもありだね」
俺的には、千明様がやりたいことをやらせたいと思っているから、選択肢をつぶすようなことはしたくない。
「誘えるかどうかの問題もあるけど」
「……それは、僕が誘えばいいんじゃないかと……」
「千明様は、やりたいんですか?」
千明様の本音を聞いておくことは大事だ。言ってくれるかどうかは別として。
「ちょっと手合わせしてみたい感じはする」
なんだ。やりたくないわけではないんだ。
「手合わせって程には収まらないと思いますけどね」
「誘ってみようかな」
「アユたちは、普段から、何かやってるはずなので、外に出たらいると思います。いなかったら、俺に連絡してくれたらアユたちに言えるので、冬馬様をどうするかですね」
「冬馬兄さんは、運動好きだから、大丈夫」
千明様が少しやる気になった顔で言う。
その後、試合は順調に進んだ。初回から5点も取っているが、段々慣れてきて、1イニングに取る得点が増えてきている。しかし、その少しの余裕が、怪我のもとになるため、油断はできない。
まぁ、兄弟たちが油断するとも、負けるとも思ってないけど。
「あ、今……当たらなかった? ボール」
初回以来話していなかった千明様が、声を出した。結構久しぶりのことで、少し驚く。今は、野球部の8回の攻撃中だ。兄弟は守備をしている。
「あ、当たってなかったのかな? なんか、普通にしてるけど……」
ボールが当たったように見えたのは皐だ。千明様には、ピッチャー強襲のボールが利き手にもろに当たったように見えたのだろう。実際に、当たっていた。見間違いではない。皐が他の兄弟たちに分からないようにしているだけだ。
次のボールを見てからにするか。サツが自分から言わないことにも何か理由があるかもしれないし。
次に皐が投げたボールは、今日の中で一番の執刀だった。初めて外野まで飛ばされ、兄弟たちが驚いた顔をしている。ライトに上がったボールは、傑が捕り、打者はアウトになった。
さすがに、まずいな。あそこまで高くなるか。
他の兄弟たちも、少しは気づいているだろうけれど、訊きに行くことまではしていない。俺は、タイムを取り、マウンドに向かう。他の兄弟たちもいつもの癖でマウンドに集まろうとしたのを、皐が止めた。
知られたくないのか? 結局、知られることになると思うんだけど。
「気づいてた? さっき投げる前から」
痛みを隠すような笑顔で皐が言う。
「あぁ、当たったことは気づいてた。千明様にも分かったぐらいだ」
「やっぱり、わかっちゃうか。隠したかったんだけど」
そう言いながら、ボールの当たった右手を持ち上げた。当たったであろう部分が、青くなって腫れていた。
遠くから見てると、どこに当たったかまでは分からないからな。
「少し触っていいか?」
「いいよ」
俺が、青く腫れている部分に触ると、皐が顔をゆがめた。
「さすがに交代した方がいいと思う。力も入らないんだろ?」
「まぁ、感覚もないっていうか、動かない」
皐が、青く腫れた指を動かそうとして、先ほどよりも顔をゆがめている。
「なんで隠そうとしたん?」
「カケの反応を見てからが良かった。誰も、ピッチャーやりたくないだろうし」
「じゃあ、交代でいいね? 保健室はどうする?」
「氷だけもらってくる」
「ついていかなくていい?」
「うん」
俺は、それぞれの守備位置で、そわそわしながら待っていた兄弟たちをマウンドに集合させる。
「何があったんだ?」
集合をかけると、全員が全速力で駆け寄ってきて、歩が全員を代表して言った。
「質問は後。サツが降りることになった。六人で行ける?」
俺は、集まってきた全員を見まわしながら言う。
「さすがに、外野一人はつらくねぇか?」
「打たせなきゃいけるでしょ」
「普段、ピッチャーやってるやつがいないんだから、そんな簡単にはできないだろ」
その反論、来ると思ってたよ。さて、どう返そうか。
「タツのリードがあるんだから、そこに投げ込めば何とかなるでしょ」
「カケ、出て」
いつもよりトーンの低い声で歩に言われ、少しびくりとする。
「俺は、千明様を見てないといけないから……」
千明様、申し訳ございません。逃げ場として使わせていただきます。
「皐がいるから大丈夫だろ」
「ノートもつけないとだし……」
「一イニングぐらいだったら、覚えてられるだろ」
「服も持ってきてないし……」
「誰か、三枚持ってる人」
「あ、俺、持ってる」
傑が少し手を挙げながら言った。
やめろ、スグ!
「じゃ、カケに貸してあげて。カケは、外野でいいから出て」
俺の抵抗はことごとくつぶされた。
「うぅぅ……」
アユには逆らえん。
「返事は?」
いつものトーンに戻った歩に言われた。
「わーった。スグ、服貸して」
結局、俺が折れた。
「取ってくる」
今すぐにでも走っていこうとした傑の肩を押さえる。
「待って。タツ、顧問の先生に話つけておいて。サトは、サツの付き添い。他は千明様見ておいて。説明できたらしておいて」
「分かった」
俺が、歩や望から何も言われていない状態で、指示を出したのに驚いたのか、歩以外はすぐに動かなかった。
こういう時の、アユの反応速度はすごいよな。
「スグ、行くぞ」
「あ、うん」
先程まで走っていきそうだった、傑の勢いが無くなっていた。その、傑を引っ張っていくように野球部の部室に向かう。傑(というか、兄弟全員)と俺は服のサイズが同じなため、誰のでも着れるし、同じところで買っているので、着心地も同じだ。パパっと着替え、グラウンドに戻る。
部員チームはベンチに下がっていて、ホームベースのところでは、樹が顧問の先生と話していた。俺らのベンチは、明らかに緊張した顔の兄弟たちが千明様から離れて座っていた。
「説明した?」
俺は、端のほうに固まっている兄弟たちに話しかける。
「一応」
すると、千明様がこちらの話が聞こえていたのか、
「あ、翔君。僕のことは気にしなくていいから、やってきて」
と、言った。
「はい。一応、サツがこっちに残るので、感知だけはできます。対応は難しいかもしれませんが」
俺は、千明様の前まで移動して、そう言う。
「分かった」
明らかに気を遣わせていることがわかる顔の、千明様が言った。
「失礼します」
ポジションを決めようと、兄弟たちの塊のほうに戻ると、氷を持った皐と、それに付き添っていた暁が戻ってきた。
「サツ、他のメンバーが見に来たら、ここにとどめておいて。一緒に帰るから」
俺は、戻ってきてベンチに座った皐に言う。
「そんなに早く終わる部活があるか?」
「一応だよ」
「ま、了解」
兄弟全員で、顧問と部員に謝罪をし、マウンドに戻る。
「カケ―、打順はそのままで、サツのところにカケが入るだろ? ポジションはどうするんだ?」
全員がマウンドに集まると、歩が訊いてきた。
「誰が投げるんだ?」
「スグでいいだろ」
「まぁ、野球部だしな」
「サツでもできるんだから、サトもできるだろ?」
さっき、心底嫌そうな顔してたからな。
「こんなところで、喧嘩するな」
暁と傑の口喧嘩を稔が止める。
「このイニングは、あとツーアウトだから、俺が投げる。全員そのままのポジションで」
「了解」
内外野陣がそれぞれのポジションに散って、マウンドには、俺と樹が残っている。
「カケからピッチャーをやるとか言うの、珍しいな」
やっと、練習試合まで来ました(前置きに二話も使ってる……ことが衝撃です)。
翔は、嫌々言いながらも結局やらされることになります(まぁ、仕方ないですよね)。
そして、皐がケガをして、翔が出ることに。ピッチャーにした理由は、(作者が)やってもらいたかったからです。ポジションの変更も考えましたが、そっち方面で話を書いたら、兄弟たちの収拾がつかなくなってしまったので、ピッチャーになりました(深い意味はありません)。
次回は、 野球部との練習試合 後編 です。二週間後です。




