3 ~部活動体験~
「……分かりました。これからよろしくお願いします」
俺は、跪いたまま、頭を下げる。すると、教室内が少しざわついた。扉のほうを見ると、案の定、七つ子の俺の他六人がいた。全員が入ってきて、俺の横にいっせいに跪く。
「翔君。僕から説明しておくから、冬馬兄さんと先に行っててくれないかな?」
そっか、次、移動教室なのか。まだ全然わかってないからな。
「千明、僕は待ってるから。翔、一人で先に行っててもいいよ」
冬馬様の声はすごく小さかったが、聞き取りやすい声だった。
いや、分からないんだよ。場所が。複雑すぎて! まぁ、覚えたけど……。
「翔君は、まだここの構造がわかってないから、冬馬兄さんをつけようとしたんだけど?」
千明様、分かってるぅ!
「えっと、一応、覚えましたけど……」
いや、千明様に言ってくれたことはすごく嬉しいんだけど、すみません。覚えてます……。
俺が言うと、冬馬様と向き合っていた、千明様がこちらを見て、少し驚いた表情になる。
「じゃあ、先に行ってもいいし、待っててもいいよ」
千明様がそう言うと、冬馬様が少し嫌だなぁ、という顔をした気がする。ほんの少しだけど、さっきより顔が動いた。
「待ってます」
俺はそう言って、立ち上がり、後ろにあった自分の席に座って、この後の様子を眺める。
「初めまして。冬馬様、千明様。相川稔です。よろしくお願いします」
はじめは稔で、そのあとに続いて上から順番に自己紹介をしていき、全員言い終えると、千明様がさっきと同じ説明をする。
二度も同じ説明をしてしまった……。俺らは、話し合ってたから、一度しか説明しないようにしたのに……。
「じゃあ、みんな、戻りなよ。冬馬兄さん、翔君、理科室に行くよ」
千明様が仕切っているのか、ほとんど千明様しか話さない。冬馬様の声はすごく小さかったから、話すのが苦手なのかもしれない。
兄弟たちが全員出て行ったのを見届けてから、三人で理科室に向かう。といっても、横並びにはさすがになれず、冬馬様と千明様の半歩後ろを歩く。
俺、冬馬様に警戒されてる? 何か、警戒されるようなことしたっけ?
「翔たちは、部活、入るの?」
冬馬様がこちらを向きながら言う。
夏休み中の話とか聞かれるのかと思ってた。全然あいさつに行けてなかったし、昨日も休んでるし……。
「前の学校では、俺以外は入っていました」
「翔は、入らなかったの?」
「他のみんなより、運動が好きではないので」
「ふーん。じゃあ、どうやって暇をつぶしていたんだ?」
冬馬様達も、部活入ってないから、似たような感じだとは思わないのかな? まぁ、多分、当主様一家がバイトをするとは思えないけど。
「親戚の店でバイトをしてました」
「何屋だったの?」
これまで、黙って聞いていた、千明様が急に興味を示し、興味津々の顔できいてきた。
「スーパーです。結構大きめの、全国にもチェーン店があるらしいです」
「長崎のスーパー……」
千明様は、記憶の中から探し出すようにつぶやいた。
「バイトするところは、どこでもいいの?」
「はい。暇をつぶせればいいので」
「暇つぶしのために、バイトしてるって事は、お金が欲しいわけじゃないの?」
「相川家にいると、お金に困ることがないですからね」
「それもそうか」
冬馬様は納得したように、二度うなずいた。千明様はまだ記憶の中を探っていた。
「千明、考え歩きは危ないよ」
「あ……、あれか、修斗さんのところか。あ……」
記憶の中にあったのか、思い出したように言う。
修斗さんの名前まで知ってるんだ。まぁ、店長だから当たり前なのかもしれないけど、全国に何店舗あるかもわからないほどの店長とか覚えてるのかな? 本家の人って。
「修斗さん?」
冬馬様は知らないらしい。
何で、千明様だけ知ってるんだろう。
「うん。スーパーをやってる人は全国に何人もいるんだけど、その中の三番目ぐらいの売上額じゃなかったかな?」
「何店舗ぐらいあるの?」
「う~ん。五十は超えてた」
「すごいな」
へぇ、五十店舗以上あるの中の三位だったんだ。すげぇ~。
「就職競争率高くなかった?」
千明様が気になる、といった顔で、俺を見てくる。
「親戚だったんで、入れてもらえましたし、就職じゃないし、暇つぶしのためだったんで、競争も何もしてませんよ?」
「そっか」
理科室につき、冬馬様が最初に入ったのだが、先ほどまで騒がしかった、教室の中に一瞬沈黙が落ちた。
どんだけ、恐れられてるの? いや、そういう感じじゃないのか?
授業を受け、冬馬様達と、教室に戻る間も廊下を歩いていたりすると、全員が道を開けてくれる。
冬馬様ってやっぱりすごい人なのか? 千明様も一緒にすごいのかも。俺らにはさすがにそこまでの力はなかったなぁ。
その日は、普通に授業を受け、放課後になる。稔達は部活動見学に行くと言っていた。俺は、いったん家に帰り、バイト予定先に行こうと思い、帰ろうとしたら、教室のドアの前で稔たちにつかまった。
「カケも一緒に行くからな。部活動見学」
「へ? だって、俺入らないし。入る奴らだけで行けばいいだろ」
「つれないなぁ」
「冷たいなぁ」
「ちょっとぐらい付き合ってよ」
「カケの意見も聞きたいし」
「俺らがどこに入るか知っていた方が良いだろ?」
「サツたちは、四人で回るって言ってたし、俺らも一緒に回ろうよ」
帰る気満々だったのになぁ。どうしよう。
「普通に回ってたら、サツたちにも会うだろ。そしたら、一緒に回ればいいだろ」
「ダメ。カケは連れてく」
「翔。僕らも、一緒に回ってもいいか?」
後から教室から出てきた、冬馬様が言う。
「えっ、部活、入るんですか?」
「いや、なんとなく。今までそんなことさせてもらえなかったし、これを期にやってみてもいいかなって」
「なるほど……、どうする?」
俺は、稔たちに聞いた。まだ、慣れていないのか、全員硬直している。
俺も、一日ずっと隣だったから、ちょっと慣れたぐらいだからな。
「じゃ、行きましょう。一緒に」
七人でいる時は、俺が判断を下すことが多い。
こういう簡単な時だけだけど。この後に関わるものだったら、全員で話し合って決める。今回は皆に悪いんだけど。
「千明、行くよ」
冬馬様が教室の中を向いて言うと、千明様が出てきた。
「うん。ありがと。翔君たち」
まぁ、本当は、当主一族の願いは必ず受け入れるというのに、なんとなく反せなかっただけだけど。
「いえ。見たことないなら、見ておいても損はないかなと思ったので。あ、言うの忘れてましたけど、運動部しか回りませんけどいいですか?」
「あぁ、いいよ。他の六人は固まってるけど、大丈夫?」
冬馬様が六人を見て言う。他の六人は、さらに固まる。
「あ、大丈夫です。まだ慣れてなくて、緊張してるだけなので」
「そうか。じゃあ、行こうか。どこから行く予定なの?」
「どこから行く予定だったの?」
「学校を一周する感じで、全部見れればいいかなと思ってたけど」
稔がやっと現実世界に戻って来た。
「じゃあ、ここからどこが一番近いですか?」
「どこだろう」
「どこだろうね」
冬馬様と千明様が顔を見合わせて言う。
「ここかな?」
全員が現実世界に戻ってきて、雫が校内地図を出し、第一体育館を指した。
「じゃあ、そこから行くか。案内よろしく」
冬馬様はほぼすべて任せたって感じで、雫に言った。
「俺、無理、カケ、よろしく……」
雫が、俺に地図を押し付けてきながら言う。俺が、地図を受け取ると、稔たちの後ろに回り込んだ。
うわ、ちゃんとしてる。シズにしては珍しい……、いや、これは、タツか?
「ほんじゃ、行きましょうか」
俺が歩き出すと、横に稔がついて、後ろに他の五人が付き、その後ろに冬馬様と千明様という感じに並んだ。行列になって、最初の目的地、第一体育館に向かった。ここは、地図によると、バレー部が練習しているらしい。
「おぉー、結構広いな」
第一体育館について、ドアから中をのぞくと、もう練習が始まっていた。
「でも、二面しかない」
雫が少し悲しそうに言う。
「前の学校は、四面あったよな?」
「どちら様ですか?」
マネージャーであろう人がドアの前に仁王立ちする。
「少し、見学を」
「邪魔にならない程度にお願いしますね」
そう言って、女子生徒が目からいなくなると、体育館にいる全員がこちらを見た。
「こんなことで気を取られてたら、試合にならない」
雫が指摘する。
こういうことには厳しいからな、シズ。
「確かに。地域でやる試合とか、ほんと、ひどかったよな」
「あ、そういえば、ここの高校の人たちも出てた。地域の大会」
稔が、思い出したように言う。
「何回戦まで行ってた?」
「俺らが決勝で倒したんじゃなかったかな?」
「じゃあ、この人たちも昨日来てなかったのか」
「決勝って言ったら、一番まともな試合ができたとこじゃなかった?」
「他は、子供のクラブチームか、おじさん。中学生が一チームだけだったからな」
「君たち、昨日の決勝にいた子? このあたりで初めて見た顔だったけど」
今度は二年生だろうか、選手がドアの前まで来る。
「多分……」
「じゃあ、入りなよ。バレー部。部員は大量にいるけど、昨日の感じだと、誰よりも強いから、即戦力だよ」
「だってよ。誰か入る予定あるの?」
俺がふり向いて訊くと、誰もうんともすんとも言わなかった。
「まだ、全部回りきれてないので、まだ決めかねているところなんです。入部した時はお願いします」
こういう時のために俺がいるといっても過言ではないな。
「おう」
そう言って、二年生の選手であろう人は、コートに戻って行く。
「あの! すみません。どのぐらいか知りたいので、打ってもらえませんか?」
雫が珍しく前に出てきて言った。
「力量を測りたいのか。良いだろう。入ってこい。一人ずつでいいな?」
「いえ、僕だけでいいです。他のメンバーは、入る気がないと思うので」
「そうか……」
二年生の選手は少し悲しそうな顔をしながらも、他のメンバーに指示をする。雫は、鞄の中から、バレーのシューズを出して、履き替える。
用意が良いな。やる気満々ってわけか。
「先に行ってていいよ。冬馬様達もいるし」
「いや、ここに残ってる」
俺が言うと、後ろにいた兄弟たちも頷き、稔が、冬馬様達に伝えると、軽く頷いて了承してくれた。
「失礼します」
雫はそう言って、体育館の中に入って行く。さっきの二年生選手と少し話して、一人でコートに入った。反対側には、何人も並んでいる。
「それじゃ、行くぞ」
「お願いします」
雫の顔が真剣になる。それから、三十本以上のスパイクを全てセンターにAパスで返した。最初のほうは、偶然だと思っていたであろう部員たちの顔がだんだん変わっていく姿を見るのは結構楽しかった。
最後のほうが、キレのあるスパイクを打つ選手が多かったから、そこら辺がレギュラーなのだろう。
まだ打っていないのは、二人。片方の人は、俺らに話しかけてきた人だった。
主将なのかもな。
「シズのエンジン、全然あがらねぇな」
隣にしゃがんでいる、傑が体育館の中を見ながら言う。
「それだけ、まだまだっていうことだろうな」
「でも、あの人は、少し違うと思う」
稔が今から打つ、主将さんであろう人を見て言う。
やっぱりか。
「シズが見誤ることは、ほとんどないから、感じ取ってるだろうな」
雫は、結局すべてのスパイクをセンターにAパスで返し、礼をしてこちらに来た、
「まぁまぁかな」
雫はそう言いながら、シューズを履き替える。
「ちょっと待て、全員のを受けて、どう感じた? 何が足りない?」
主将さんであろう人が駆け寄ってきた。
「俺は感じ取っても、それをデータ化して、使って、何をすればよくなるっていうのを導き出せないので、分かりませんよ」
「いや、些細なことでも何でもいいから」
主将さんであろう人は必死に雫から聞き出そうとする。
「打ち足りない。打つときのイメージができてない。脳を十分使えてない。おかげで、なんか狂わされた気分ですよ。昨日のメンバーは誰もいませんね。同じような力もキレもなかった」
「……そうか」
主将さんであろう人だと思っていた人の声が小さくなった。
昨日出てた人は、三年って事か? そうすると、この夏休みぐらいまでレギュラーはっていた人たちだったわけだから、そりゃ準レギュラーより力は強いしこちら側は劣るよな。じゃあ、今の人はキャプテンじゃない? いや、もう、主将でどうしたらいいか分からないから、昨日のレギュラーと戦っていて、こっちのスパイクも受けた雫に聞いたのか。
「あ、なんかすみません。普段は言わないんですけど、質問すると、思っていたことの二割ぐらいを何も考えずに言ってしまう質なので」
俺が、適当にフォローを入れておいた。
目をつけられたら面倒だからな。
「打ち足りないか……。ありがとう。できればもっと聞かせてほしいが、ここらへんにしておく。入部してくれたらうれしい」
「考えておきます」
俺らは、第一体育館を離れて、学校内の隅のほうにある、弓道場に向かった。
弓道場が、学校の真ん中にあることなんて聞いたことないよなぁ。何となく。
「シズは、入るのか?」
「まぁ、レギュラーの球は受けていて楽しかったから、入るけど、一年生にはもっと打ってもらいたい。粗雑すぎて、逆にこっちが狂う」
シズがそこまで言うということは、興味は持っているし、やる気満々ってわけか。
「こっちでは、ノゾが入らないけど、大丈夫なのか?」
「そっちの方が問題。無理だよ。人間関係なんて」
先ほど話していた時より、声のトーンが落ちた。
まぁ、ノゾがいてくれたから、シズがやってこれたっていうのも間違いじゃないだろうけど、サツ達よりは、まだ、シズのほうがましだと思うけどね。俺は。
「まぁ、頑張れよ」
「クラスでも一人でやっていけてるんだし」
「クラスでは黙ってれば、全て何とかなるから、いい。でも、バレーはチーム競技だから……」
「よくやってこれたな」
「ノゾがいたから」
「まぁ、ノゾは社交的だよな」
「今度、タツでも連れて行ったら? あの二年生、データ欲しがってたじゃん? タツだったらいいデータ渡せるかもね。二日ぐらいで全員分」
「それは、タツに悪いよ。多分、タツも部活入るだろうし」
「頼んでみなよ。データで簡単につれるだろ。タツ」
「一回聞いてみよう」
雫が少し上を向くようになったところで、弓道場が近づいてきた。カァーンという、弦音が聞こえてくる。
「あ、良い音」
前回の大会には、ここの高校のバレーチームも出ていたんですねぇ(めっちゃ他人ごと)。
部活動体験に行きましたね(翔、めっちゃ強引に連れていかれてたけど)。
まだ話してないキャラがいるんです。二人ほど(僕の計算上)。
次回には、話させたいですね(毎回言ってる。実行してないけど)。
次回は、部活動体験続きです。