21 ~長い休日 3~
「それはどうかな。サツとも話しておきたいっていうのはあるかもよ。一番交流がない学年だから」
「だから、カケに言ってほしいって言ってるんじゃないか」
「俺も、だから、サツに行ってほしいって言ってるだろ」
「カケが言えよ」
少し皐と口論になったが、俺のほうが先に折れた。
「じゃあ、サツはその場の空気に慣れて」
「俺は、そこからだな。一緒にいるだけで、すっげぇ緊張するし」
「一緒にいなくても緊張してるじゃないか」
「そうだけど……」
「サツが緊張で何もできなくなるとは思わないけど、気を付けなよ」
「バスケの大会なんかよりも、緊張することなんてあるんだな」
「大会で緊張してるのか?」
「してるわけないだろ」
「比べる対象になってないじゃないか、それじゃあ」
「確かに」
冬馬様の部屋の前につき、扉をノックする。
気配は二つか。
皐も気配を感じ取ったのか、先程よりも緊張した空気になる。
「翔です」
「どうぞ―」
千明様の声が聞こえてから、扉を開けて中に入る。部屋の中には案の定、冬馬様と千明様がいた。
「あ、皐さん。先ほどは、買い物ありがとうございました」
「あ、いえ。あのぐらいなら……全然……」
千明様に頭を下げられ、明らかに戸惑っている皐が応える。
サツが分かりやすくなってる。
「座って。質問したいことって、何?」
冬馬様が言う。俺は、二人の正面に正座して一息ついてから、先程四人で話したことを要約して話し、千明様の一日の日程を訊いた。
「なるほど……。父さんとも話したいな。……二人とも、今から時間空いてる?」
冬馬様に、時間空いてるか訊かれて、いいえ、って答えられるわけないだろ!
「俺は、空いてます。サツは?」
答えは、はい。分かっていたけど、念のため聞いた。
「千明、父さんに訊いてくれる?」
千明様が電話で当主様に確認を取る。
さすがに、電話はまだできないな。
「今は、大丈夫だって」
「じゃあ、行こうか」
冬馬様を先頭に四人で、当主様の部屋に向かう。
「冬馬です。入ります」
部屋の中にいる当主様から許可を得て、冬馬様を先頭に当主様の部屋に入る。当主様、冬馬様と千明様、俺と皐がちょうど三角形になるような形で座る。
「まず、来週からの件、引き受けてくれてありがとう。皐君、翔君」
「いえ、このぐらいなら……」
「大丈夫です」
当主様から直接お礼を言われることなどほとんどないため、俺でも緊張して何を言っていいのかわからなくなるが、それ以上に緊張している皐を見ると何となく、俺のほうが慣れているんだなと実感する。
「さて、それで、訊きたいことって?」
「来週から、どうやって過ごすか」
当主様の問いに冬馬様が応える。
「なるほどね……。確かにそれは、話しておいた方がいいね。翔君たちの普段のタイムスケジュールはどんな感じなの?」
俺より一歩下がっている年上の皐に声をかけるのではなく、俺に声をかけてくるあたりが、当主様なんだなと思う。
話しそうにない人には聞かない、ってところ。
俺は、自分たちの平日と休日のタイムスケジュールを言う。
「なるほど。……部活があるメンバーもいるから、皆で集まっている時間はそんなに多くないんだね。変更できるところってある?」
俺は、変更できる点と、できるだけ変えたくない点を伝える。
「ふぅむ。……そうなると、こちらも変えた方がよさそうだな。冬馬から聞いたかもしれないが、最悪千明だけでも誰かと一緒にいればいいんだ。だから、千明をその練習に連れて行ってもらえれば、こちらに合わせる必要もないだろう」
うぉ、そこをついてくるのか。
俺もその案を考えはしたけど、さすがにないなと思って切り捨てた案だ。そこに何か有利となるものを見つけたのだろうけど、家にいるよりよほど危ない気がする。
そんな案を、すぐに出してくる当主様は、すごいなぁ。
「練習は、どんな感じでやってるの?」
「練習、ですか……。サツ……」
俺が少し後ろに座っている皐に視線を向けると、
「カケは外から見てるから、どんな感じかよくわかるでしょ」
と言って、質問に答えることを拒否された。
「練習は、僕以外の十二人が半々で別れてゲームをしたり、シュート練習、スパイク練習などいろいろしています。スポーツによってやることは変わってきますが、だいたい同じです。こっちに来てからは、もっぱらゲームをしていますが……」
「翔君は、しないのか?」
「半々になりませんし、やりたくないので」
ここで、試合結果を記録する人がいないとか言ってしまったら、後でサツからそんなこと誰でもできるって言われてしまう。それは回避しなくてはならない。
「じゃあ、何をしているんだい?」
「主にゲームの記録をしていますが、読書をしているときもあります」
「それらをやりながら、千明を見てるということはできるか?」
だーら、できないって言えないんだってば! その質問の仕方は。言わないけどさ……。
「できると思います」
「じゃあ、夜はそれでいいだろう」
みんなが緊張しすぎて、練習になるのかどうかのほうが心配になってきた。
「学校帰りはどうするの?」
話にひと段落着くと、冬馬様が新しい質問をした。
「私から拓真に事情は話しておくし、私も移動しないから晴が空いてるし、いったん帰ってきてから本屋に行くっていうのはどう? 翔君」
あまり変わらないだろうし、拓真さんに伝えておいてもらえるなら、できないわけではないよな……。
「できます」
「じゃあ、頼んでいいか?」
「はい」
「大丈夫なのか?」
少し後ろに座っている皐が小声でささやく。
「何とかする。サツたちといるより楽そうだし」
「それは、どういう意味だ?」
「後で話すよ」
「他に、相談したいことは?」
「ご飯はどうしますか? 買い物とかは行けますけど……」
「おい、勝手に決めるな」
また皐から小声で注意されたが、仕方がないだろう。
ノゾなら分かってくれるでしょ。
「そうだねぇ。さっき、七時過ぎには練習に行ってるって言ってたよね?」
「はい。部活メンバーが帰ってきてからになりますけど」
「そうか。なら、千明が晴樹たちのご飯を作ってからでも行けるな。台所にいる間だけ見ててもらえれば」
食堂にいるだけでいいなら、大丈夫だな。
「買い物はどうしますか?」
「千明、どうする?」
「僕は、どこにいるのが一番安全なんですか?」
「それ、自分で訊くか?」
「女中がいるところなんて、分からない。会わせないようにさせられてるから」
「それは……そうだな」
図星を指されたのか、冬馬様の歯切れが悪い。
「相川家の外にいた方が安全かもしれないな」
外にいた方が安全ってこと、あるのか?
「じゃあ、買い物に行った方がいいってこと?」
「そうなるな」
「門付近を出入りするときが一番怖いな」
「晴さんに車を回してもらえればいいんじゃない?」
「そうなるだろうな」
晴さんが使えるとなると、そこまで人数いらないか。まぁ、でも四人は必須だろうな。後は、千明様が出入りするとなると、サツか俺が付く必要があるな。
「翔は、どう思う?」
話を聞きながら半分考え事をしていて、当主様達だけで話をまとめると思ってたから、冬馬様に話を振られて内心すごい驚いた。
サツにはバレたな。
「そうですね……」
考える時間をくれ!
その場にいた全員が、俺の次の言葉を待っている。俺は緊張していつもより動かない頭を使って、考える。
「……晴さんが車を出してくれるのであれば、人を増やす必要がないので皐か僕がつけば、千明様も買い物に行けると思います……」
サツ、ずりぃ。こういうところで緊張はするけど、意見は求められないんだもんな。そこまで分かられてないからなぁ。いいなぁ。
「ということだから、任せて大丈夫だよ。父さん」
「千明は、どうなの?」
「行った方がいいのであれば、行くよ」
ん~、なんか、こういう時に押しが足らんのよなぁ、千明様は。指示を待ってる印象のほうが強い。
「じゃあ、買い物行って」
「分かった」
「ということだから、お願いしていいかな? 翔君、皐君」
「「はい」」
サツが話したよ~。ほぐれてきたかな? 緊張。ほぐれてもらわないと困るけど。
「他には、何かある?」
「サツ、ある?」
俺はなかったので、皐に話を振った。
「ない」
「じゃあ、いいかな。また、なんか聞きたいことあったら、いつでも来ていいから」
いや、そんな、ほいほいと来れるわけないでしょう! 当主様の部屋なんて。
「失礼します」
俺と皐は礼をして部屋を出た。自分たちの部屋に歩き始めて少し経つと、皐が、はぁーと大きく息を吐いた。
「カケ、よくあんなところで発言できるな。皐って呼ばれたし、僕って呼んでたし」
「さすがに当主様の前で、俺とは言えない。サツって呼んでもいいけど、誰かわからなかったら困るし」
「なるほどねぇ」
「それに、まだ、当主様の前は緊張するよ。分かってたでしょ?」
「まぁ、確かに、いつもより焦ってたな。話を振られたときは」
やっぱり気づいてた。
「サツだったら、なんて答えてた?」
「なんて言ってたかなぁ。あの時は、俺に振られなくてよかったって、考えてたから」
「やっぱりか」
「いや、ほんと、カケがいなかったら、俺は何も話せなかった」
「これからは、話せるようになってくれよ」
「まぁ、どう見ても、俺よりカケのほうが負担が多すぎるからな」
「そう? こっちにサツがいるときは、だいたいやってもらう気なんだけど」
「それだとしても、俺のほうがやる時間のほうが圧倒的に少ないだろ? 学校を考えるとさ」
「まぁ、そこはいいよ。今までと変わらないっていうか、冬馬様もいた方が警戒対象が多くて大変だから、どっちか片方のほうがいい」
「警戒対象って……そんなにいるのか……?」
「二人でいると多いけど、片方だとそうでもないんだよね」
「それは、何というか……二人でいることを嫌っているのか?」
「どうなんだろうね。俺は分からないけど……まぁ、そんな感じなんじゃない?」
「適当だな。そのぐらい見抜いてると思ってた」
「見抜く必要もないことに、気力遣う必要なんてないでしょ」
「本読みながら、気力を削った上に、使えなかった奴はどこの誰だ?」
「悪かったな!」
「そんな怒るなって」
「怒ってない」
「怒ってるでしょ」
「怒ってない」
「はぁ……。アユとノゾには、言っておくか?」
皐と話していると、時々話が思ってもみない方向に飛ぶ。
兄弟たちは、みんなそんな感じだけど。
「いや、全員に言うでしょ。先にその二人に言っておくってだけだから」
「カケから言ってくれよ。俺は、知らねぇからな」
買い物を勝手に引き受けた件かな? この話の流れは。
「はぁ、じゃあ、サツはあそこで断れたのか?」
「言わなきゃ……いや、無理だな」
「あそこで止めなかったサツも同罪だから」
「いや、俺は止めたぞ。勝手に決めるな、って」
「俺の気持ちが揺らがなかったんだから、止めたってことにならない」
「それが、カケ次第じゃねぇか!」
「そうだよ?」
「はぁ、分かったよ」
皐から気力が抜けていく。
「このまま、直でアユの部屋でいい?」
「いいよ」
俺は、歩の部屋の扉を開けて中に入る。
「あ、おかえり。なんだって?」
晴樹君たちとトランプをしていた歩が、こちらを見ながら言う。
「ここで言っても大丈夫?」
「う~ん」
「あ、僕たち、邪魔?」
いや、晴樹君たちをね、邪魔って言えないから。うん。
「いや、そんなことは……」
「歩君、連れてっていいよ。待ってるから」
はぁ、本当に五歳児ですか、晴樹君は。アユよりしっかりしてるんじゃないか?
「カケ、今日立ちたち全員紹介するんだったよな?」
歩が言う。相変わらず、なぜそこに話が飛んだのか分からない。俺が晴樹君たちから引き受けた、兄弟たちを紹介する件は、歩と望にだけ話しておいた。
よく覚えてたな、アユ。
「今、しようってこと?」
「そういうこと」
「そうだね……。やっておいた方がいいか。サツ、全員連れてきて」
俺は、後ろに立っていた皐に言う。
「なんていう口実で?」
普通の兄弟だったら、反論の一つでもしそうだけど、しないんだよなぁ。
「アユからの呼び出しでいいよ。ここに来てくれればいいから」
「了解」
皐が部屋から出ていく。
「口実なんているか?」
「まぁ、なんかあったとき用だよ」
「それに、俺からの呼び出し、ってそんなに権力ないし、怖いもんじゃないでしょ」
本人が一番わかってないんだよな。アユとノゾの怖さが。
「そうでもないんだよなぁ、これがさ」
「カケは、全く動じないみたいだけど?」
「そうでもないよ。まぁ、でも、ノゾでも知らないアユの弱いとこ知ってるし」
「本当か? そうには見えないけど」
「アユの見る目がないだけでしょ」
「まぁ、カケだから教えた。知ってても、しっかり動いてくれるから」
「反抗的だったら?」
「まず、暴露しないでしょ。弱いとこなんてさ。ノゾにも言ってないし」
「誰にすがってた?」
「誰にもすがってなかった」
「ノゾの心労が増えてたと」
「増やしてる気はないんだけどね」
「アユもつぶれてたと」
「いやぁ、カケがいてくれて本当によかったよ」
「さすがに、大人になってからは聞かないからな」
「えっ!?」
本当に驚いた顔で、歩が言う。
「えっ!? じゃないから。さすがに、自分でコントロールできるようになってよ」
俺は、気力が抜けてその場にへたりと座り込む。
「大丈夫? 翔君」
夏樹君に顔を覗かれる。
「大丈夫です」
「敬語」
「あ、大丈夫」
すると、扉が開いて続々と兄弟たちが入ってくる。俺は、いつも通り歩の隣に移動した。
「どこに座ればいい?」
晴樹君が兄弟たちを見て少し後ずさりながら、俺を見上げて言う。
何故、俺を見たんだ? アユのほうが信頼を得てるはずだけど。
「アユとノゾの間でいいんじゃないか?」
「分かった」
晴樹君と夏樹君が移動すると、部屋に入ってきて固まったままだった兄弟たちも、少しずつ移動しだす。
「カケ、アユからの呼び出しって、何をさせられるんだ?」
隣に座った、稔に小声で言われる。
「自己紹介。晴樹君たちに向けて」
「はぁ……、なるほど……」
「別に、冬馬様達にもやってるんだから、同じだろ」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ……。急すぎないか? カケの割には」
「言い出したのはアユだよ。了承したのは俺だけど。タイミングがちょうどよかったんだよ」
「はぁ……。まぁ、いいや。これ以上は追及しない。っていうか、する意味がない」
「じゃあ、最初から訊いてくるなよ」
「いや、訊かないとわからないじゃん? 特に家の兄弟は」
「まぁ、逆に一つ聞けばだいたい志向が一緒だから、その先が分かるんだけどな」
「で、今、ストップしたじゃないか。その先がなんとなくわかったから」
「確かにね」
「全員集まったぞ」
晴樹たちは初めて歩、望、翔以外の兄弟たちの名前を知ることになります。
そして、翔は大体歩に振り回されていますね(仕方のないことでしょう)。
次回は、 長い休日 4 です。
次回の投稿は、来年の春になる可能性があります。




