19 ~長い休日 1~
運転手さんに買い物を付き合ってもらうと約束した、土曜日。
スマホと財布だけ持って、屋敷を出ると目の前に車が止まっていた。
「もう、行けますか?」
俺は、車に寄りかかっている運転手さんに声をかける。
「あぁ。行こうか」
「お願いします」
俺はそう言って、後ろの扉を開けると運転手さんに止められた。
「助手席でいいよ。誰もいないのに、後ろに座る必要はないだろう? 僕の隣が嫌なら後ろでもいいけど」
いや、嫌ですとは言えない雰囲気だよこれ。運転手さんにはめられた?
「分かりました」
俺は空けていた後ろの扉を閉め、車の周りを半周して助手席の扉を開け、座り扉を閉める。運転手さんも乗り込んできて、車が発車する。
「……あのさ、僕ってまだ自己紹介してないよね? 翔君たちに」
裏門をくぐり、車が大通りに出ると、運転手さんが言う。
「そうですね。少なくとも、俺は聞いてません。もともとやっていた競技とか、運転手をやっている理由とかは聞きましたけど。……それが、どうかしたんですか?」
「いや、悪かったなと思って」
別に、悪く思われなくてもいいけどな。俺に話してくる奴なんて、相手は俺の名前を知ってるけど、俺は全然知らないからな。
「教えてもらえるということですか?」
「教えておいた方がいいよね?」
「言いたくなければいいですよ。嫌々言わされたとか思われたら大変ですから」
「そうは、考えないよ」
「それは、よかったです」
「僕の名前は、晴。晴れるで晴ね」
「晴樹様の晴と同じですか?」
「そう」
「晴さん、でいいですか? 呼び方は」
「何と呼んでくれてもいいよ」
「分かりました」
「改まって言うことって、それぐらいだね」
「年齢とかですかね。別に聞いても何もないですけど」
「37だよ。拓真兄さんとは五歳差、大地様とは六歳差」
「若いですね」
「若いかぁ?」
「俺の両親、どちらも五十代ですよ? そう考えると、全然若いです」
「まぁ、深司君のほうが年齢的には近いかな」
「若いじゃないですか」
世間話をしているうちに、本屋についてしまった。
「本を運ぶの、付き合おうか?」
本屋の前に車を止めてくれたので、ドアを開けて車から降りると晴さんが言った。
「付き合ってくれるんですか?」
「まぁ、やることがないからね」
「できればお願いしたいと思ってたので、嬉しいです」
「あ、でも、本の名前とか作者の名前とか言われても、どこにあるかさっぱりわからないし、どれかも分からないから、レジに運ぶぐらいしかできないよ」
「それは、分かってます。それに、俺だってここでバイトしてますから、全く問題ないです」
「じゃあ、横に車置いてくるから、出入り口付近の分かるところで待ってて」
「分かりました」
俺は、助手席のドアを閉め、本屋に入る。なんとなく、店の一番手前にある新刊コーナーに視線を向けた。
あ、あれの新刊、もう出てるんだ。
新刊コーナーは、あまり俺の担当にならないため、本を把握していない。
今日は、何を買うんだったけ?
そう思い、スマホを取り出し今日買いたいと思っている本のリストを探す。
「おまたせ。翔君」
「じゃあ、行きましょうか」
俺は、リストに載っている本を階層ごとに分け、下から取っていくことにする。
「晴さんが、欲しい本とかないんですか?」
「あるっちゃあるけど……」
「今日買えばいいんじゃないですか? レジ打ちに時間かかるだろうし……」
「分かった」
「あ、先に買ってもらってもいいんですけど……」
「いや、良いよ。最後に買う」
「分かりました」
地下一階に降りると、レジに長蛇の列ができていた。
「あ、翔! ちょっと手伝ってくれ」
レジで対応していた、深司さんが言う。
「拓真さんを呼べばいいじゃないですか」
絶対、今日はやりたくない。
「今、休憩中なんだよ~」
「早くないですか?」
「いろいろあったらしい」
どうするべきか……。俺がやりたくないってこと以外に、晴さんもいるし……。
「他の人は、いないの?」
後ろからついてきていた、晴さんが言う。
「今、二階もこんな感じなんです。それで、三人しかいないから、二・一で別れたんです」
手を動かしながら深司さんが言う。
「じゃあ、僕が待ってるから手伝ってあげて、翔君。拓真兄さんには言っておくから」
「分かりました」
「俺からも言っておくよ。多分、弟に言われた方がちゃんとしてくれると思うけど」
「ありがとうございます」
俺は、そのままレジに立ち行列を深司さんと捌いていく。
「ふぅ、助かった。ありがとう、翔」
「これでも、バイトですから」
「っていうか、何しに来たの? 晴さんまで連れて」
「ここに来るのに、本を買う以外の理由があると思ってるんですか?」
「バイト」
「今日はオフの日だって分かってますよね?」
「冗談、冗談。本を買う以外にないよね」
「じゃ、俺は買いに行きます。もう呼ばないでくださいよ」
「晴さん、すみませんでした」
「あぁ、全然問題ないよ」
レジの奥の椅子で座っていた晴さんが立ち上がりながら言う。
「それじゃあ、気を取り直して行きましょう」
そのあとは深司さんにもほかの店員にも呼ばれることなく、欲しい本をかごに入れては晴さんにレジにもっていってもらい、場所を移動してかごに入れては晴さんにレジにもっていってもらっていた。
普通に晴さん動けるよね。テニスとかサッカーしてたみたいだし。
「何冊、買う気?」
晴さんを三往復ぐらいさせたところで、そう聞かれた。
「ちょっとはまった本は、ほぼ買う主義なんです」
全巻ね。
「答えになってないよ」
「冊数で考えていないので、分からないです」
「その答えが欲しかった……ん? また答えになってないじゃないか。あと、どのぐらいなのさ?」
「あと、二シリーズです」
「そう、その応えが欲しかったんだよ」
そのあと、二シリーズをかごに入れ、一階のレジに向かった。
「おい……、翔。さっきの長蛇の列になっていた人たちの本を全部合わせても、この量にはならないと思うんだけど?」
一階のレジに戻ってきていて、奥の椅子に座って休憩していた深司さんが言う。
「仕方ないでしょう」
「翔がやってくれよ。俺はやりたくないぞ」
深司さんが、レジに置かれたかごを見ながら言う。
「さっき手伝ったんだから、手伝ってください」
俺が、レジに入りながら言う。
「上、混んでた?」
「あ、二階にいる人に頼むんですか? それはダメですよ。借りは返してください」
「いとこ同士なんだし、借りとかないだろう」
「いとこ同士だと思っているのなら、なおさら手伝ってもらうのに理由はいりませんね」
「あぁ~、分かったよ。手伝えばいいんだろう」
「分かってくれたなら、いいです」
後ろの方で笑いをこらえている晴さんの姿が見える。
そんなに面白いこと、言ってないと思うんだけどなぁ。
深司さんと二人で、晴さんに運んでもらった本のバーコードをスキャンしていく。
「おい、合計5万行ったぞ。出せるのか?」
全部のスキャンが終わり、合計を出すと二つのレジを合わせて5万を超えた。
ここまで買ったのは、久しぶりだなぁ。
ここ最近は、こちらの過ごし方になれるのに時間を取られて、本屋に行く時間がなかったから、その分の本がたまっていたり、本屋に行っていない期間も読みたい本は増えていくから、それを一気に今日買ったからだ。
本屋にはバイトで通ってたけど。
ゆっくりできる時間を作るのも一苦労のため、あまり読む時間はないだろうけど、合間を縫って読む気ではいる。
「出せないと思ってるんですか?」
「いや、そうは思わないけど……」
俺は、金を払い、本の入った四つの紙袋を持つ。
「車、こっち持ってくるから、ちょっと待ってて」
「分かりました」
晴さんが本屋を出ていき、少し経つと店の前に、今日乗ってきた車が止まる。
「二袋、持つよ」
「一つ、お願いしてもいいですか?」
「二つって言ったのに。まぁ、いいけど」
俺は、四つの紙袋の中で一番軽いものを晴さんに渡す。
「あ、晴」
店を出ようとしたところで、倉庫から拓真さんが出てきた。
「その量の本は……、翔君が買ったのか? 晴じゃないよな?」
拓真さんの視線は、俺と晴さんの持っている紙袋に向いている。
「はい」
「僕じゃ、こんな量は買わないよ」
「すごい量、買ったな」
「まぁ、ここ最近買えてなかったので」
「そうか。満足できたのか?」
「はい。晴さんにも付き合ってもらったので、いつも以上に……」
「それなら、よかった」
「拓真兄さん。翔君、深司君のこと手伝ってたから、その分、ちょっとだけつけてあげて」
「分かった。後で、深司にも訊いてみる」
「お願いします」
拓真さんと別れ、本屋を出て本を車のトランクに載せる。その車に乗って、屋敷に戻った。
「あ、そういえば……」
帰っている途中に、晴さんが突然声を上げた。
「修君が本棚が二つ届いてたって言ってたけど、買ったの、翔君?」
「そうです。届いてたんですね。その日に屋敷に何も来なかったので、びっくりしたんですよ」
「今日、車を取りに行ったら、知らないかって訊かれたんだ」
「俺が取りに行った方がいいんですよね?」
「いや、このまま取りに行こう。車で屋敷の前まで届ければいいでしょ」
「その方がありがたいんですけど……」
ここまで、付き合わせておいてそれ以上は……。
「運ぶのも手伝うよ」
「それは、ちょっと……」
申し訳なさすぎる。
「悪く思う必要はないよ。僕も暇だし、僕から手伝うって言ってるんだし」
「いや、その……」
そうだったとしてもだよ。さすがに、これ以上は、ね。
「無理にとは言わないけど」
手伝ってもらえるなら、手伝ってもらいたい気もする。
「……お願いします」
「了解」
晴さん、人を乗せるのうまい? 悪い人じゃないけど、ペテン師とか、詐欺師とかなれるかもね。俺は、あまり乗せられにくいって自負してるからだけど。
「じゃあ、先に、本棚を取りに行くでいいかな?」
「はい。お願いします」
相川家の本家倉庫と呼ばれるところに向かい、俺が注文していた本棚をもらう。
「今度注文するときは、個々の倉庫に連絡を入れるか、ここで注文していってね」
倉庫の管理を任されている人に言われた。
さっき、晴さんが教えてくれた。修さんって、この人なのかな?
「すみません」
「いや、初めてなんだろうから、いいんだけどね」
「宛名、書いてなかったんですか?」
「物を見たら、誰に届いたかわかるようにしてるからさ、宛名は受け取ったら消すように言ってるんだ。ほら、これ」
手近にあった荷物の一つを見せてくれる。名前の部分は黒マーカーで上から塗られていた。
「なるほど……。失礼しました」
「次から気を付けてくれればいいよ」
「分かりました」
晴さんに手伝ってもらい、本棚を車に積み、屋敷に戻る。
「僕が本棚を持っていくから、翔君は先に本を持って行ってくれる?」
「分かりました」
晴さんの指示には、だいたい従っておくことにした。
今日決めたんだけどね。なんか、逆らったらいいことないと思ったんだよ。
俺は、トランクに載っている紙袋を四つを持ち、屋敷に入る。
「おかえ……り」
部屋のある廊下でばったり会った、亨に少し引かれる。
「ただいま」
「えっと、その紙袋は……本、だよね?」
「そうだけど?」
「買いすぎでしょ。どうしたの?」
「ここ最近、買えてなかったんだから、いいでしょ」
「いや、そういう量じゃないと思うんだけど……」
「まぁ、本棚も新調するし、新しい本のシリーズも気になってたし、いろいろ欲しいと思ったらこうなった」
「はぁ……」
「みんなの、運動好きと一緒だから気にしないで」
俺はそう言って、立ち尽くしている亨の横を通り、自分の部屋に向かう。
「いや、その量は気にするでしょ……」
と、後ろから聞こえてきたが、気にしない。
ここ最近、気にしない方がいいことがいっぱいあるってことに、気づいたんだ。
本棚を置いてもらう場所をどこにするか決め、本は邪魔にならないところに置く。
まぁ、本棚、本棚って言ってるけど、組み立ててないから、まだ、ただの木の板なんだけどね。
「翔君、どこに置く?」
「あ、そこら辺に立てかけておいてもらえれば、後は勝手にやるので。一人で作ったことあるやつなので」
「分かった」
「後、一枚ですよね?」
「そうだね。二つ頼んでたもんね」
「じゃあ、俺が取りに行った方がいいですね」
「別に持ってきてもいいけど?」
晴さんは何ともないような感じで言う。
「いえ、車を返しに行ったりとか、いろいろあるでしょうから」
これ以上は、もうなんか申し訳なさすぎる。
「まぁ、この後、特に予定はないけど、そうしてもらおうかな」
「分かりました」
晴さんと一緒に車に戻り、俺が本棚を持って屋敷の中に入ると、後ろで車の発進する音が聞こえた。自分の部屋に戻りドアを閉め、床に二つの箱を並べる。
「あ、そういえば段ボールをどうするかは訊かなかったな。向こうにも段ボールを集めてるところとかあったから、こっちにもあると思うけど……。後で、晴さんに訊けばいいか」
机の上のペン立てからカッターを取り、段ボールのテープを切って段ボールを開ける。黙々と組み立てていき、設置したかった場所に設置する。
「うん、思った通り。やばいよー、壁の三面本棚になっちゃう」
そのあと、今日買ってきた本を決めた場所にしまっていく。
自分の家を買ったときは、図書室でも作らないと、本たちのいく場がなくなるな。
「ほぅ、終わった」
すると、机の上に置いていたスマホが、ブブッと鳴り、誰かからメールが来た。
―買い物を頼みたいんだけど、いいかな?―
千明様から、メールが届いていた。俺は、いつも買い物に行っている、望と二人のチャットのところに、今日の買い物の予定を聞く。すぐに返信が来て、行く予定だ、と書いてあった。俺は、千明様に頼まれたがどうするか、と聞く。
すると、返信が来る前に部屋の扉が開いて望が入ってきた。
すんごく長い一日の始まりです(終わりが見えてない……)。
長い日の始まりは、翔が元気になりそうな本屋で爆買いからです(こんな量の本を買ってみたい……)。
そして、千明からのメール。いたって普通のメールに見えるが……。
次回は、長い休日 2 です。
もう少し投稿間隔を短くしたいとは思っているのですが……、うまくいかないものですね……。




