14 ~千明様の過去&亨と翔の話し合い~
「そんなことないと思うんだけど」
みんなが角を曲がって、こちらに来た。皆から探られる目で見られて、一、二歩下がりたいと思いながら、その場にとどまる。
「まぁ、カケが大丈夫だったんならいいよ。サトやシズがおかしかったって言ってきたときは、少し驚いたけど」
「俺は、別におかしいなって思わなかったんだけど……。トオが、体育の間ずっとつぶやいてたから、ミノにも伝えておこうと思って……」
あ、トオしか気づいてなかったのね。それなら、まぁ、よし。
亨が、記憶の中を探り出す。稔が、立ち止まった亨の横を通って、俺の前まで来る。
「……うん。大丈夫そうだね。よかった」
稔が、俺の顔を覗き込みながら言う。
「はい、ノート。俺らのも入ってる」
稔の隣に立った、忍がノートを差し出してくる。
「あ、うん。サンキュー」
俺は、ノートを受け取り、パラパラと開く。今日、自分たちの結果の後に、六試合分の結果が書いてあった。
「あ、カケ、それ見せて」
暁と傑が先を争うようにこちらに来る。
さっき、奪い取ったからな。
「二人で見るか、順番で見ろよ」
こんなこと、高校生に言いたくないよ。
「分かってる」
俺は、二人にノートを渡す。
「あ、俺らが一番取ってる」
「でも、ギリギリの得点差の試合もある」
「それは、スグがもっと動けばよかった話だろ」
「サトがボールを取られそうになったのが悪いと思うけど?」
「まだ覚えてるのかよ……」
稔がノートを見ながら言い合っている二人を見ながら、あきれた声で言う。
「お互いの悪かったところの言い合いになったときに、どっちが多く覚えてるかが勝負の分かれ目だろ
? そのために試合結果を覚えてるようなもんだろ」
「まぁ、確かに」
「ほら、そろそろ予鈴鳴るから、戻るぞ」
俺は立ち上がり、暁と傑からノートを没収し、弁当を持って、階段のほうに向かう。
俺が動かないと、誰も動かないからな。
「あ、カケ、ちょっと待ってよ。まだ見終わってない!」
「今日の夜には、データで送るからそれまで待っとけ」
「今、見たい」
「知らん。教室に戻るのが先だ」
「カケの言うとおりにしておけ。今、ちゃんと戻ったら、今夜送ってくれるんだろ?」
稔が二人を止めている。
「カケの機嫌を損ねたら、今夜送ってくれなくなるかもしれないことぐらい、気づきなよ」
雫にも言われている。
「それもそうか」
ブツブツ言いながらも、暁と傑が追いかけてくる。その後ろには、忍と雫。亨は、まだ弁当を片付けていて、それに稔が付き合っている。
「カケ、ちゃんと送ってよ? 全ページ」
屋上からの階段を下りきったところでところで、暁が言う。
「二年のも、三年のもあるから、時間があったらね。先に、俺らのところじゃないのを送るから」
「できれば、全ページね。二、三年のも」
「分かってるよ」
一年生の階層につき、一番初めに忍と別れる。
ちなみに、忍が六組、稔が五組、雫が四組、亨が三組、暁と傑が二組、俺が一組だ。一組と六組の教室の隣それぞれ階段があり、六組側の階段のみ、屋上に行けるようになっている。
「翔」
教室に戻ると、冬馬様から声をかけられる。小さい声だが、しっかり聞こえるのは少し疑問だ。
「この後、教室移動するだろ? 千明のこと、頼んでもいいか?」
自分の席まで行くと、冬馬様に声をかけられる。
「何かあったんですか?」
冬馬様が、千明様のことを頼んでくるなんて、珍しい。
「僕、この後用事があって、帰らないといけないからさ。本当は千明もつれていきたいんだけどね、いない方がいいところに行くからさ」
冬馬様がそう言うと、千明様がぴくっと身動きする。
「冬馬兄さんは、大丈夫なの? 女中がいるところに行くってことでしょ?」
女中がいるところは、千明様がいない方がいいのか。何かあるのか?
「大丈夫だよ。兄さんもいるし、父さんもいるからね」
千明様を安心させるような顔で、冬馬様が言う。
冬馬様も優斗様も当主様も行くのに、千明様は行かない方がいいって判断したのか。深いことがありそうだな。探らないようにしよう。
「そっか……」
「ということだから、翔、千明のこと頼むよ」
「……頑張ります」
困るなぁ……。兄弟にも見破られるぐらい、弱ってるのに。
冬馬様は、自分の荷物をまとめ、鞄を持って教室を出て行った。
「……移動、しましょうか」
「……そうだね」
女中のことって、きいても大丈夫なのか? 探らないようにしようと思ったけど、気になる……。千明様の、あの反応を見る限りだと、やめた方がいいんだろうけど。
授業で必要なものを持ち、千明様と教室を出て、移動する。
「冬馬様まで行かなければならないことって、あるんですね」
「僕も、詳しくは知らないからなぁ。冬馬兄さんが教えてくれないから」
「身分的には、同じですよね? 同じこと、教えてもらえないんですか?」
「僕が、自分から下げてるっていうのもあるけど、冬馬兄さんたちが気を遣って、僕に教えないようにしてるんだと思うんだよね」
「なるほど……」
千明様は、情報規制されてるってことか。でも、冬馬様は知らなかった、修斗さんのことは知ってたんだよね。……圧倒的に、当主様達に対するデータがない。
「……翔君は、本家に女の子がいないことって、知ってる?」
は? 女の子がいない? 長崎にはいた気がするけど、本家はいないのか?
「……確かに、言われてみればこっちに来てから、会ってないかもしれないです」
「本家以外も?」
「いえ、長崎にはいました。けど、そんなに多くなかったですね」
「そっか」
「女中は大量にいるので、わからないだけで、もっといたのかもしれないですけど」
「そうなんだ」
修斗さんとか、地方の業績まで覚えてたのに、こういうことは知らないのか。
「千明様って、どんなところから情報を集めているんですか? 冬馬様を見ている感じだと、俺ら以外を近づけようとしないじゃないですか。でも、修斗さんのことは知っていたので」
「そうだね……。翔君たちだから全員近づけるってこともしてないの分かってる?」
そうなの?
「翔君は、同じクラスだから一番見てるし、暁君と傑君は、体育で見てるし、歩さんと望さんには、晴樹たちの面倒を見てもらっちゃってるから、その辺は信頼してると思うんだけど、他はまだわかってないところがあるから、僕に近づけることは少ないかな」
ますます、どうやって情報を得ているのか気になる。
「いろいろな事情が絡んでくるから、言っていいのかわからないんだ。ごめんね。まぁ、でも、今はお父さん経由で入ってくる情報ぐらいしかないかな。あとは、冬馬兄さんかな。冬馬兄さんも、お父さんから聞いてることが多いから、どうなんだろう」
「そうなんですか。当主様経由でしたら、業績を知っていてもおかしくないですね」
俺がそう言うと、千明様はそっとうつむいた。
この時の俺は、まだ、あんなことがあったなんて知らなかった。
亨と話そうと決めた、土曜日。俺はいつも通り、今週の試合結果などをデータ化し、分析していた。
はぁ、今週は、全学年体育でバスケをやったから、試合数が多い……。
そんなことを考えている頭とは反比例して、手はしっかり動いている。
ふいに、部屋の扉の向こう側に誰かの気配を感じた。普段は、気配を感じる範囲を広げてないことが多いが、今日は亨が来ることが分かっていたため、広げていた。
まぁ、その分、体力も少し持っていかれるし、精神力もいるけど、このぐらいはできるようになった。
扉がノックされた……気がする。気配で感じただけだから、されたかどうかはわからない。俺は、ヘッドホンを片側だけ、少しずらす。
「入るよ」
亨の声が聞こえ、扉が開く音がする。
「あ、キリがいいところまでやってくれていいよ。待ってるから」
「いいよ。先に話そう。午後から部活だろ? 準備は終わってるのか?」
俺は、ヘッドホンを外し、椅子をくるっと回して亨の方を向いて、足を組む。亨は、本棚の前に座る。
「終わってるよ」
「ほんで、どっちから話す?」
「何で、俺も話すことになってんの?」
「話したそうな顔をしてたから」
「カケ、怖ーい」
棒読みだな。
「そんなの分かってたことだろ」
「自分で言っちゃうのかよ。まぁ、カケだからな」
「一人で納得してなくていいから。どっちから話すの?」
「カケからでいいよ」
「俺は、普通ってなんだろうな、って思っててさ」
土曜日までの時間で、考えられるだけ自分で考えた。
「あ、俺も。……似たような感じのこと、考えてる」
偶然……でもないか。トオだし。
「トオは、何に引っかかってんの?」
「常識」
やっぱ、そういう感じだよな。
「確かに。似てる」
ちょっと待って、適当に答えたけど、‶常識〟って言葉は‶普通〟に似てるかもしれないけど、‶常識〟のほうに疑問をもったことはないよ? 普通って言葉に疑問を持った時点で、同じな気もするけど、どうやって説明しよう。だいたい俺の考えをきかれるだろ、こういう時。普通の言葉を考えるための時間以上に欲しいぞ。
「辞書で調べたでしょ?」
「もちろん。トオも調べてんだろ? トオからのほうがいいと思う」
時間稼ぎと、‶常識〟という言葉を説明するには、あの言葉が必要不可欠だと思う。
「カケが言うなら。……常識は、普通の人が持っている、知識、判断力」
ほら、やっぱり、‶普通〟って出てきたな。‶常識〟って言ったら、‶普通〟って言葉が出てくると思ったんだよ。
「そっか」
俺はそういいながら、椅子を少し回し、机の上に積み重なっている本たちの中から辞書を探す。ちょうど、今日の朝に‶普通〟という言葉を調べたため、そこら辺に置いておいたのが残っていた。
適当に一冊辞書を手に取り、‶常識〟を引く。
「確かに。これも同じことが書かれてる」
「他のは? あるでしょ」
俺はもう一冊とって、同じように引く。
「健全な社会人なら持っているはずの、ごく普通の知識、判断力」
「カケ、普通ってなんだ?」
やっぱそうなるよね。‶常識〟を知りたくなったら、‶普通〟も知りたくなる。
「普通は、特に変わってなくて、それが当たり前であること」
今日の朝、今持っている辞書で引いた、‶普通〟の意味を言う。
「言葉じゃ分からない……」
「イメージはあるんだろ?」
「そりゃあるけどさ。……カケのイメージは?」
ほらキター。俺のイメージを聞いても何にもならんだろ!
「聞いてどうするの?」
「俺の知識にする」
知識にしてどうする!
「あっそう。俺のイメージは……そうだな、例えば、机の上にあるものがあったとしよう。これは何ですかと聞かれたときに、‶A〟と答える人と、‶B〟と答える人と、‶C〟と答える人と、‶その他〟と答えた人がいたとするだろ」
「うん」
亨は、目をつむりながら、俺の話を聞いている。
「‶A〟と答えた人が、80%。‶B〟と答えた人が、10%。‶C〟と答えた人が、8%。‶その他〟と答えた人が、2%。だったとしたら、‶A〟と答えた人が、常識人。っていう考え方」
「なるほどね……」
「俺らは、‶その他〟って答えるんだろうね。その中では一番トオが、‶A〟に近い答えを出すんだろうから、トオは、兄弟の中で一番常識人」
「妙に納得した。最後のほうは、認めたくないけど」
「納得してくれたらいいよ」
「……カケは、なんで、‶普通〟ってなんだろうって思ったの?」
「普通じゃないって連呼されたら、普通ってなんだろうって思うだろ」
「確かに」
「トオは? なんで、‶常識〟ってなんだろうって思ったんだ?」
「一番身近な兄弟に、一番常識人だって言われたら、気になる」
「なーほどね」
「それじゃ、聞いてくれてありがとう。ご飯食べてくる」
「おう」
亨が出ていき、俺は、ヘッドホンをつけ先程の作業に戻った。
……眠い。
気配を感じることができる範囲を広げていたからか、同時に神経を使う作業をしていたからか、作業が終わったときの疲労は、いつもの倍以上だった。
十一時か。昼ご飯は……各自で食べることになってたはずだから、起きたら食べるか。
俺は、その後、仮眠をとった。
翔はまだ、千明の過去を知りません。いつか知ることができるのでしょうか……(知れるような話の展開にしましょうね)。
歩と翔の話し合いと同じような感じの、亨と翔の話し合いでしたが、話が少し短いです。
次回は、兄弟の練習2 です。次はバスケじゃないです。
千明の過去は、「美少年の妹が女中に虐められるのは、どこも同じですか?」に出ていますので、知りたい方はどうぞ。




