86 ~卒業式の日 後編~
「ご飯作るの、その場で決めちゃって悪かったな」
俺は、栞の隣に座りながら言う。
「料理は好きだし、何の問題もないよ。いっぱい作るの楽しいし」
「無理だけはしないでよ。俺、今、多分、フォローできないから」
「カケ兄さんがフォローできないって相当詰まってる時じゃないの? 大丈夫?」
「まぁ、そうだな。あまり余裕はない」
シオにもバレてるなら、そろそろやばいな。どっかで余裕作んないと。
「カケ兄は働きすぎだよ。寝たほうがいいよ」
「今日は、もう結構寝てるから大丈夫だ」
「そう? ならいいけど。あ、それと、千明様はどうだった?」
「本人はよく寝たし大丈夫だって言ってたけど、どうだろうな。疲れが全部取れるわけではないけど、まだ取れそうな感じはしたな」
「動やったら疲れが取れるタイプなんだろ」
「知らないな。そういう話はしないし」
「そっかぁ」
「ちなみにシオはどうやったら取れるタイプなんだ?」
「たくさん寝る。前は、半日以上寝てたこともあったよ。体に悪いことはわかってるんだけど、色々整理できるのが寝ることなんだ」
「そっか」
「カケ兄さんは?」
「頭空っぽにして小説読むのかなぁ。あまり精神的にきつくなることないからわからないな。身体的に疲れる分には、寝れば治るし」
「じゃあ、いっぱい寝てよ」
「寝れたらな」
望と薫が一定のリズムで鳴らすボールと腕が当たる音に心地よさを覚えていると、歩が家に戻ってきた。
「なんか布団が干してあったけど、取り込まなくてもいいのか?」
完全に忘れてた。自分でやってないことを忘れ始めたってことは、寝たりないか……。
「もう少し経ったら取り込む。明日も干したほうがいいかな」
「なんでもいいけど、忘れるなよ」
「努力はする」
俺が返事をすると、今度は栞に目を向ける。
「シオはやらないの?」
「邪魔しちゃいそうだから」
「じゃあ、俺とやる?」
「なにするの?」
「なんでもいいけど……バスケ?」
「うん」
「じゃあ、隣の家行くか」
「うん」
栞と歩は居間を出ていった。最近家に置く用のバスケリングを買ったため、皐や暁が楽しそうにやっている。
すやすやと腕の中で寝ている泉ちゃんを見て、少し眠くなってくるが、布団がないため、寝かせられないと思い、抱いたまま望と薫のラリーを眺める。
「ただいまー」
数時間後に遊びに行っていた兄弟たちが帰って来た。
「おかえり」
「先、風呂入ろうぜ」
「俺、荷物置いてくる」
「誰か沸かしてきて」
「はーい」
暁と傑と忍が家を出ていった。
「俺もいーれて」
俺たちが普段使っている家の風呂を沸かしてきた雫が、望と薫に混ざっている。台所では、彰が夕飯の準備を始めていた。
「カケー。夕飯は、千明様の手伝いに行かなくていいのか?」
「俺には、特に連絡は来てないけど」
「じゃあ、とりあえずはいいか」
「シオに連絡が言ってるかもしれないから、シオに訊いたほうが……」
といっている間に、栞だけ帰ってきた。暁たちはまだ帰ってきていない。
「シオ、連絡来てないか?」
「来てない。けど、ちょっと心配だから見てこようかなって」
「そうだな。そうするか。食堂に誰かいるか?」
その辺に座っていた皐に問う。
「五人いる。三人、一人、一人かな」
「一人で作ってるっぽいな」
「行く前に、サトたち知らん?」
皐が栞に問う。
「アユ兄さんとバスケ始めたから逃げてきた」
「楽しめたか?」
「うん」
「ならいい」
皐が満足そうに頷いた。自分の好きな競技のため、嬉しいのだろう。
彰と栞が家を出ていった。
そんなことをしているうちにお風呂が湧き、順番に風呂に入っていく。
ほとんど全員が風呂に入り、俺の番が回ってくる。
「カケ、入るか?」
「見といてくれるなら」
「無き出さない保証はないけど、見てるだけならできる」
「じゃあ、頼む。すぐに入ってくる」
「ゆっくりしてこい」
泉ちゃんを稔に託して、お風呂に入る準備をし、すぐにお風呂に入る。体を洗っている間に泉ちゃんの鳴き声が聞こえてきたが、少し遠ざかっていったため、誰かが抱いたまま庭に出たりしたのだろう。
急ぎつつ、最低五分はお湯に浸かると決めているため、しっかりとお風呂に入る。諸々やって居間に戻ると、要が泉ちゃんを抱いて庭に出ていた。結構力強く動くため、抱いているので精一杯で、あやすまでできていないようだった。
「カナ、代わる。サンキュ」
「あ、やっと来たよぉ。良かったねぇ」
俺は見分けがつくらしく、泉ちゃんは、一生懸命手を伸ばしている。
しかし、俺が抱いても泣き止まないため、おむつを確認すると、交換したほうがいいくらいに重くなっていた。
俺はぱぱっとおむつを交換していく。
これ、おしりが気持ち悪くて泣いてただけで、七つ子ならわからないんじゃね? 誰かに抱かせてみるか? さっきミノに渡したときはすぐに泣き出さなかったし。
と思い、七つ子を探すとすぐそばに忍がいた。
「シノ、ちょっと抱いてみない?」
「えぇー、俺、泣かれるの嫌だよ」
「試しにだから、俺じゃなくても泣かないかもしれないしさ」
そういって、半ば強制的に忍に泉ちゃんを抱かせる。俺の最初の時のように力加減に迷っているようだったが、安定するところを見つけたのか、自然と抱っこしているように見える。抱かれている泉ちゃんは、なにか違う気がするんだけど、何が違うのかわからないし、特に気持ち悪くないから泣かなくてもいいか、というような表情をしている。
「俺じゃなくても良さそうだな」
「満足そうな顔はしてないけどね。七つ子ならいけるのかな?」
「さっきカナが抱いてるときは、おむつが不快だっただけじゃないかと思うから、七つ子じゃなくても、抱かせてみたら案外行けるかも」
「試してみる? サツとか、どう?」
要は俺と入れ替わりで風呂に入りに行ったため、じっとこちらの様子をうかがっていた皐に抱かせてみる。皐でも泣くことはなかったが、相変わらず満足している顔ではない。
「俺らなら誰でもいいのかな?」
「それだったら、千明様でもいいと思うんだけどな」
そんなことを離しているうちに、彰や栞によって夕飯が作られ始め、香ばしい匂いが家に広がる。パチパチと揚げている音も聞こえてくる。
今日はからあげか。アユが好きなのかは知らないけど、普段はあまり食べないな。
「ねぇ、今日、昼ごはんも鶏肉じゃなかったか?」
「安かったんだよ」
泉ちゃんを毛布にくるんで縁側に座っていると、隣に忍と雫がそんな話をしながら座る。
「にしても、からあげは珍しくない?」
「今日は、卒業式だったからね。アキが今日ぐらいいいだろ、って言ってた。トオはあまり嬉しくなさそうだったけどね」
「トオは魚派だからな」
「何? 俺の話?」
居間にいた亨が反応してやって来る。
「トオはお肉苦手だよねって話」
「あぁー、いやさ、骨太いの痛いし、軟骨分かりにくいし、食べづらくない?」
亨は流れるように忍たちとは反対側に座る。
「そんなこと言ったら、魚は骨細いし、口の中痛いし、食べづらいと思うんだけどな。分かりづらいし」
「それでも、肉よりは食べやすい」
「そうかなぁ」
「座れー。食べるぞー」
司に呼ばれ、全員席につく。からあげの山が二皿ローテーブルの上に置かれていた。
「「いただきます」」
全員の端が一斉に動き出す。からあげに伸びるもの、みそ汁に伸びるもの、からあげの下に敷いてあるキャベツに伸びるものなど様々だ。
俺は、ぐっすりと眠っている泉ちゃんを足の上に寝かせ、ご飯を食べる。
「ん、うまいな。前より上達した?」
半年前、こちらに来てからすぐの頃、彰がやってみたいからという理由でからあげを食べたが、あの時は衣の部分がしなしなになっていた。今日はカリカリとしていて、ジュワと口の中に油が広がる。
「シオが上手いんだよ」
「へぇ、すごいな」
「揚げ物は、向こうにいた時に教えてもらったんだ」
「それは、よかったな」
「他の揚げ物も挑戦しようかと思ってるけど、何か案ある?」
「何でもいい。けど、そんな頻繁には出さないで」
「何でもいいが一番困るんだってば」
「そんなこと言って、揚げ物を思う存分食べれるのは、若い時だけなんだから、もっと食べといたほうがいいぞ」
司がそう言うが、誰も賛同しない。
「そんなおじさん臭いこと……」
「君たちに比べたらよっぽどおじさんだと思うけど」
「それは、否定できないな」
「否定してくれていいんだよ?」
「実際おじさんなのは変わらないからな」
「カオとかシオからしたら、親子ぐらい年離れてるんだし」
「そうきいたら、相当おじさんかもしれない」
「いや、最初からそう言ってるんだけど? そんな改まって言うことでもないと思うんだけど?」
相変わらず他愛のない話をしながら完食する。結構お腹いっぱいになり、みんな満足そうな表情をしている。
一息ついていると、千明様から連絡を貰い、屋敷に戻る。
「お風呂入れるの手伝ってほしいんだけど。大丈夫?」
「良いですよ」
二人を起こし、お風呂に入れるのを手伝う。千明様に泉ちゃんを預けた瞬間に泣き始めたため、多分、千明様と相性が悪いだけだろう。お風呂に入れ終わり、小広間に移動する。
「今日も、一緒に寝るんですか?」
「えっ? うん。誰かは一緒に寝ないといけないし、他の人には申し訳ないから」
「明日、学校ですけど、寝れそうですか?」
「うん。多分。何とかする」
「策などはあるんです?」
再び、泉ちゃんがぐっすり眠るまでだきながら千明様を問い詰める。
確かに、他の人に預けるのが怖いのは分かるし、当主一族の他の人に任せたら、相川家全体に支障が出るのも分かるが、それは千明様が無理をする理由にならないと思う。
「ないよ。……ないけど、私以外に見れないし」
「寝る時まで預けるのが心配なのはわかりますが、千明様が無理をすると、当主一族に支障が出ます。他の人にも頼ったほうが……」
「……私の中ではね、これでもいろいろな人に頼ってる方なの。だから、これ以上はできない」
頼っている方なら、そのまま全部とまでは行かないが、頼り切ってしまえばいいのにとも思ったが、千明様の中で葛藤しているものがあって、本人の中ではこれが最大限の譲歩なのはわかった。
「分かりました。ですが、動けなくなる前に教えてください。寝てる途中に起きるのは難しいので、それ以外の間ですけど」
「うん……」
ぐっすりと眠っているイムズちゃんを置いて、小広間を出る。俺が離れてもすぐに泣き出すことはなくなった。千明様は納得した顔をしていなかったが、これだけ言っておけば、少しは教えてくれるだろう。
特にすることもなく、家には誰もいなかった。兄弟たちも各自の部屋にいるようだ。家からバッグと乾燥済みの哺乳瓶を回収し、自室に戻る。
久しぶりに小説を読む時間ができたため、一冊手に取る。広げて読み始めた。一冊読み終わるころには、いつもの寝る時間になっていたため、そのまま眠った。
一週間後。
歩の引っ越し日である。荷物は既に昨日の内に向こうに送ってもらっており、今日は、日常的に必要なものと体の移動だ。
といっても、俺たちは普通に学校に行かなければならないため、いつもの日常と大して変わりはない。
朝ご飯を食べ、朝練組は歩に一言声をかけてから家を出て行く。
歩は飛行機に乗れないため、新幹線を乗り継いで帰るらしい。見送りには司だけがついて行くと言っていた。司が行くならば、望にも行ってほしかったが、望の中で踏ん切りをつけるためにも、行かないらしい。
「それじゃ、気を付けて」
「おう」
「連絡してきてくれても良いけど、すぐ解決できるとは思わないでよ」
「ん」
朝練のない俺たちも家を出て、晴さんが運転する車に乗せてもらう。
この一週間で千明様は明らかに顔色が悪くなっていたが、特に何も言いに来ないため、とりあえずは様子見している。俺たちが学校に行っている間は、当主様や大輝さんが、海斗君たちを見ているらしく、日によって当主様の部屋に行ったり事務所に行ったりしている。
学校につく少し前に栞からメッセージが送られてきており、ちゃんと渡せたと書いてあった。今日、歩にクッキーを作って渡すために、毎日のように練習をしていた。
最初に食べたクッキーも美味しかったが、味がついたり、焼き加減がっ段々と良くなっていき、一昨日食べたものは、とてもおいしかった。今週は望用に作るらしい。
何味が出てくるんだろうな。
少し楽しみにしつつ、一日の授業を終え、久しぶりに本屋に向かう。
今日は、今後のことを拓真さんと話しをするために、いつもより長い時間見てもらうことになっている。本屋の前で降ろしてもらい、久しぶりに本屋の空気を吸う。
あぁ、落ち着くな。
働くわけではないため、ロッカーには向かわず、まっすぐレジに向かうと、深司さんがレジ打ちをしていた。並んでいる客は後二人の為、少し離れて待つことにする。レジ打ちが終わり次第、深司さんはレジの後ろに置いてある椅子に座ったため、そちらに向かう。
「お久しぶりです。深司さん」
「おあっ。なんだ。翔か」
小説を読み始めようとしていた深司さんが、驚いたように顔をあげる。
「何で最近来てないんだ?」
「いろいろあるんです。それより、拓真さんがどこにいるか知りません?」
「二階か三階にいると思うけど?」
「ありがとうございます」
「何? やめるの?」
「その相談を今からしに行くところです」
「えぇー。やめないでよ。僕の仕事が増えるから」
「それは、拓真さん次第ですね。最近はどうしてるんですか? 来れてないですけど」
「着々と溜まってるよ」
「それ、大丈夫なんですか?」
「最悪、拓真さんがやるから大丈夫」
「大丈夫じゃないですね、それ」
「苦手なんだから仕方ないでしょ」
深司さんが諦めたように言う。ちょうど、拓真さんが下りて来た。
「あ、来たね。どこで話す? 倉庫で良い?」
「どこでも大丈夫です」
「じゃあ、倉庫行こうか」
拓真さんについて、一階の倉庫に向かう。
「さて、まぁ、少しは兄さんから、話を聞いてるけど、まずは、翔君の意見を聞こうかな」
翔が楽をするためにというより、翔以外でも泉の面倒を見れた方がいいという千明のためにいろいろ実験を始めてます。それくらい、精神的には余裕があるということです。
次回は、 歩と望の引っ越し です。




