85 ~卒業式の日 中編~
本編に戻ります。
「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
淳さんと修さんが居間に入ってきた。
「どうぞどうぞ。カオ、ありがとう」
「泉ちゃん、見ておく?」
「いや、いいよ。多分泣き出す」
「そっか」
薫はそういいながら隣に座った。修さんと淳さんは正面に座る。
「前、話してた通り、俺たちの引っ越しの作戦会議をしたいんだけど」
淳さんが話し始めた。
「まず、これが俺たちの兄弟構成ね」
そう言って、A4紙を一枚取り出した。年齢と名前が縦に書いてある。双子や四つ子は名前が横に並んでいる。半分知っていることが分かった。
「まず、作業に参加できないのが、大輝兄と真兄と條兄の三人」
淳さんは三人の名前に括弧をつけていく。
「で、いるけど、引っ越し作業に参加しないのが、この四人と美緒、宗矢、唯の七人」
今度は、三歳の四人と他三人の名前に丸をつけていく。
「この七人は作業中どこかにいてほしいんだけど……」
「この家で良ければ、どうぞ。多分、俺は泉ちゃん見ていないといけないので、ここにいる予定ですし」
「じゃあ、お邪魔させてもらおう」
少し渋っていた淳さんの横で修さんが賛同した。
「そうだね」
「何か用意しておくものあります? 布団とか」
「あぁー、それは、睦生たちに聞かないとわからないな。後でメールするでもいいか?」
「はい。お願いします」
「で、次、翔たちの方は誰……って訊いてもわからないな。何人来てもらえる予定?」
「今のところ、高校生六人は確定ですね。カオとシオはどうする?」
「シノ兄っているよね?」
「いないな」
「じゃあ、誰がいるの?」
「サツ、アキ、タツ、トオ、サト、スグ」
「トオ兄がいるなら、僕も参加する。そんなに大きいものは持てないけど」
「私は、こっちにいてもいい?」
「メンバー的にこっちにいたほうがいいかもな」
「じゃあ、そうする」
「だそうなので、高校生六人と薫の七人ですね」
「薫君はいくつ?」
「十一歳。次で十二歳になります」
「じゃあ、巧と同い年か」
「仲良くしてくれると嬉しい」
「はい」
「んじゃ、次。今のところの確定事項としては、一つのトラックに個人部屋六人分入るのがわかってるから、三往復とその他家具で4往復することになってるんだけど……」
「トラック2台でそれぞれ2往復な」
淳さんの説明に修さんが付け加える。
「で、今日決めたいのは、その4回のうち、どこのタイミングで何を運ぶかと、どこに誰を配置するかなんだけど」
「これは、全員案を出したほうがいいやつですか? なんか今のところ考えているやつあります?」
「いや、俺たちもあまり時間なくて考えられてないから、案があるなら教えてくれ」
「その前にいくつか確認したいことがあって……」
「決まってる範囲では答えられる」
「五つあって、1つ目は、参加できない大輝さんたちの部屋の間取りはわかりますか?」
「メモがあるから、わかる」
「2つ目、本人の部屋の配置は本人がいたほうがいいですよね?」
「そうだな。そのつもりだった」
「3つ目、俺達以外に使える人手はありますか?」
「こっちであれば、俺の部署から連れてこれるけど、向こうは無理だな」
修さんが答える。
「4つ目、ここから向こうの家まで片道徒歩で行こうと思ったらどのくらいかかりますか?」
「俺の足で1時間弱ってところかな」
となると、4〜5キロだから、七分もあればつくか。
「5つ目、ここの三人は、そのぐらいは歩けますか?」
俺はそういいながら、十三歳の三人を指す。
「歩けるぞ」
「じゃあ、決まりました。あ、この日の最初は、皆さん向こうの家にいますよね?」
「その予定。ここにいさせてもらうメンツを修兄が車で運ぶ予定だから、そこは配慮してほしい」
「車は向こうにあるんですよね?」
「ある」
「なら、大丈夫だと思います」
「教えてくれ。あ、メモ……」
淳さんは、胸ポケットに入っていたボールペンを取り出す。おれは、考えた案を伝え、淳さんが紙に書いていく。しかし、すぐに放棄し修さんが書いていた。
「これの問題は、ここにいる予定の七人がお昼ばらばらになることですね」
「持たせればいいなら持たせるけど」
「シオ。十人プラス七人分のご飯作ってって言ったら、大変か?」
「何を作るかによるけど、普段十六人分作ってるし、何の問題もないよー」
何らかの調整をしながら栞が答える。段々と美味しそうな匂いが濃くなってくている。
「こっちで作っていいのなら、食べさせられます」
「じゃあ、お願いするか?」
「そうだな。唯がちょっと難ありだけど、普段ご飯作ってるから、一緒にできるなら、やってもらって。食費は出すから、お願いします」
修さんが栞の方を向いて例をし、栞は戸惑っている。
「じゃあ、積み込む順番は唯さんが一番手前に来るようにしてもらったほうがいいですね」
「了解」
完全にメモを取る作業を修さんにまかせているせいで、淳さんは少し手持ち無沙汰だ。
「一旦はこんな感じか。翔たちの方は誰に伝えれば全員に伝わる? カケは参加できないんだろ?」
「皐で。他に任せると少し怪しいです。多分、大丈夫だとは思いますが。皐が確実です」
「わかった」
「夕飯やお風呂はどうします?」
「多分、使えるようになってるから大丈夫だと思う。何かあったら頼ってもいいか?」
「はい」
「それじゃあ、以上かな」
「多分」
「また何かあったら連絡する。とりあえず、ありがとう。当日よろしく」
「はい」
「お邪魔しましたー」
修さんと淳さんが居間を出ていき、薫が見送りに行った。
「そういや、サツたちどこ行った?」
「昼ご飯食べてミノ兄たちと一緒に運動するってどっか行った」
薫が隣りに座り、泉ちゃんの前で手遊びをしながら言う。泉ちゃんはあまり興味を示していない。どちらかというと、自分の目の前にある手のほうに興味が向いている。
「カオも行きたかったか?」
「いや、その時間にいなかったし、メモが置いてあっただけだから」
「そうか」
「でも、今日、ずっと運動してるんだよね? ミノ兄たちは」
「そうだな」
「ってことは、今日の夜ないってことだよね?」
「多分な」
「えー、行きたかったなぁー」
「今から行ってくれば? どうせ、十八時までいるんだろ? 2時間ぐらいはできるぞ」
「カケ兄がいつ呼び出されるかわからないからいい」
「ありがとな」
「ん」
栞の方は出来上がったようで、皿に盛り付けている。時計を見ると、そろそろミルクの時間だった。
「カオ、これに書かれてる通りにミルクを作ってくれないか? 必要なものはバッグの中に入ってるから」
泉ちゃんが相手をしてくれなくてへそを曲げている香るにスマホを見せながら言う。
「良いよ。それ、転送して」
「個チャで良い?」
「うん」
薫に千明様からのメールを転送する。すると、薫は立ち上がっって、バッグから必要なものを取り出し、メールを確認しながらミルクを作っていく。
体内時計の正確な泉ちゃんは薫がそろそろ作り終わるタイミングで泣き始めた。
「はい、もうちょっと冷まさないといけないかもしれないけど」
「サンキュ」
薫から哺乳瓶を受け取り、いつもの温度になるまで冷ましてから、泉ちゃんに与える。
「ねぇ、これ、できたから食べてみてくれない? 多分、中までちゃんと焼けてると思うから、少し焦げちゃったんだけど」
何枚か丸いクッキーが盛り付けられた皿をローテーブルに置きながら栞が言う。
「先、カオが食べてみなよ。俺、まだミルクあげてるし」
「カケ兄のそれは、遠慮してるの?」
「いや、単純に手が空いてないだけ」
「じゃあ、はい、どうぞ」
薫がクッキーを一つ手に取ると、俺の口元に持ってくる。
「いただきます」
一口で口の中に入れる。かもうとして舌で移動しようとすると、少しの力だけでほろほろとクッキーが崩れた。特に味付けはされておらず、クセがなくてちょうどよかった。焦げているところもあまり気にならなかった。
「どう……ですか?」
栞が心配そうに見上げてくる。
「中まで焼かてるし、美味しいよ。口の中でほろほろ崩れていくのも食べやすいし。少し飲み物が欲しくなるけど」
「よかった。水、持ってくる」
栞が安心した顔でそう言いながら立ち上がり、水を注いでくれた。
俺がクッキーを食している間に泉ちゃんはミルクを飲み終わっており、哺乳瓶の先を噛んでいた。急いで口から離し、ゲップをさせる。
「おむつ変えたほうが良いですかー?」
泉ちゃんに問いかけながら、おむつを確認する。結構吸収しているようで重くなっていた。変えたほうが良さそうだ。
「これ、洗ってくるね」
栞に哺乳瓶を洗ってもらっている間に、俺はおむつを変える。
「なんか、手慣れてるように見えるけど、ほぼ初めてなんだよね?」
薫は、先程まで相当警戒していたクッキーをとめどなく口に運び、栞が俺のために準備してくれた水を飲んでいる。
「そうだな」
「すごいなぁ。カケ兄は」
「やればできるようになるやつだから、カオもできるようになるぞ」
おむつを変え、満足そうにしている泉ちゃんを抱き上げる。
「あっ、薫。カケ兄さんの水飲んだの? ちゃんとカケ兄さんの分入れてきてよ」
「はいはい」
栞に見つかり、バツの悪そうにしている薫が、水を注いできてくれる。俺は、乾燥した口を潤す。
「アユ兄さんたち、そろそろ帰ってくるかな?」
「返ってくると思うけど?」
「じゃあ、早く片付けないと」
ほとんど休む暇もなく栞が動き出す。楽しそうで何よりである。
一息つくと、司の存在を思い出し、稔に司を回収してくるように頼んでおく。
「今日のご飯って何にするんだ?」
「なんか、アキ兄さんの情報では、アユ兄さんの好きなものらしいんだけど、本当のところはわからない」
アユが好きなものっていったら、炊き込みご飯だけど、今から作るのか?
「アユ兄の好きなもの知らないんだけど」
「俺が知ってるのは炊き込みご飯だけど、それではない?」
「それは、アユ兄さんが引っ越す前日に作る予定だよ」
「じゃあ、知らないな」
「楽しみにしてて」
数十分後、歩たちが帰ってきた。当主様たちに色々振り回されたようで、2人とも少し疲れた表情をしている。
「おかえり。おつかれ」
「カケ、この後暇か?」
ヘロヘロになって帰ってきたくせに、俺を見つけるといきなりシャキッとした歩が言う。
「ま、とりあえず、泉ちゃんのお風呂までは」
「じゃあ、片付け手伝ってくれ」
「いいよ。今から?」
「今から」
「了解」
歩とともに、屋敷に移動し、歩の部屋に入る。最近はもっぱら家に集まっていたため、久しぶりである。
物自体は元々少なかったが、それでも部屋の中に段ボールふぁいくつかあると引っ越すんだなと感じる。
「これの片付け、手伝ってほしい。裏紙ボックスに全部入れたら分からなくなってさ。裏が白紙か、まだ計算用紙に使えそうだったら、こっちに入れて。それ以外は全部捨てる」
「了解」
裏紙ボックスという名の段ボールには、歩が計算したり、メモを取った紙の他に、歩の脳みそがパンクしたときに使った紙も入っていた。だから、望とできなかったというのもあるのだろう。
眠そうにしている泉ちゃんをあやしながら、紙を分別していく。
「俺さ、ノゾたちの前ではあんなこと言ったけどさ、やっぱちょっと不安もあってさ」
分別をしながら歩むがポツポツと話し始める。
「兄弟と離れるの初めてだしさ」
俺は黙って聞きに徹する。
「学校に関して不安なことは一切ないんだけど、日常生活はどうなるかわかないからなぁ。あの、脳がパンクしたときに手伝ってもらえるわけではないし。……あ、電話したら相談乗ってくれる?」
「暇だったらね」
「頼むぞ。本当に」
「時間が空いてたらね」
歩は満足そうに頷いた。俺が相談に乗ってくれるとわかっているのだろう。
「それよか、こっちは大丈夫なのか? 俺もノゾもいなくなるけど」
「まぁ、なんとかなるよ。サツさえいつも通りだったらね。最悪、ツカもいるし、俺もカバーするし」
「なんか、カケに言うことではないんだろうし、カケに言っても何も変わらないんだろうけど。俺らも当主様たちもカケに頼りすぎてるところがあると思うんだよな。俺達相手だったら断りやすいかもしれないけど、当主様たち相手には難しいだろうし。……あ、カケがすぐに安請負するのも悪いんだからな」
「安請負してるつもりはあまりないけど、俺じゃないとできないことを選んでると思うよ。一番時間空いてるのも俺だし」
「そういうところだって。最近、カケの時間ちゃんと取れてんのか?」
「取れてるかと言われたら取れてないけど、まぁ、泉ちゃんが落ち着いてきたら、ゆっくりできるだろうし大丈夫だよ」
「そのままカケも千明様も倒れて誰も海斗君たちの面倒見れなくなったらどうすんだよ」
「それだけは避けるように頑張るつもり。千明様が倒れないようにシオにはご飯作り手伝ってもらってるし、仲良くなってるから、俺じゃなくても頼れるだろうし」
「まぁ、俺がどれだけ心配しても倒れるときは倒れるし、乗り切るときは乗り切るからな」
「その割り切り方がアユだよね。多分ノゾだったら永遠と悩んでる気がするな」
「ふたりとも永遠と悩むのもよくないし、ふたりとも適当に割り切るのもよくないと思うし、ちょうど良いんじゃないかって思ってる」
「そうだな」
そんな話をしているうちに分別が終わった。
「これで最後だな。サンキュ」
「他にはないのか?」
「制服類とか今日もらったものを仕舞ったら終わり」
「もしかして、俺待ちだった?」
「この作業一人ではやりたくないし、ノゾには見られたくないし。最悪一人でやろうと思ってたけど、最後まで引き伸ばしてたのは確かだな」
「なら良かった」
「俺、もう少し片付けてから戻るから、先戻ってて」
「了解」
歩の部屋を出て、一度泉ちゃんを抱き直す。起きてしまったようで、じーっと俺を見ていた。
「向こう戻るからな」
「うー」
理解しているのかしていないのかわからないが、反応してくれたため、俺がニコニコしていると、ニコニコされ返される。
「よっぽど表情がわかりやすくていいなぁ」
家に戻ると、望むと薫がバレーボールでパス練習をしていた。
「上手いなぁ、カオ。サトとかスグの面倒なやつよりよっぽどやりやすい」
居間の席に着いていた栞は2人を眺めている。
「ご飯作るの、その場で決めちゃって悪かったな」
クッキーは作ったことがありますが、素人には少量で作るほうが難しい食べ物でした。作り方は簡単なんですけどね。栞に作ってもらいました。
歩にも兄なりの威厳があり、望には見せたくないものもあります。
次回は、 卒業式の日 後編 です。




