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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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49/52

✤49

 リゼットが目を覚ました時、そばにいたのはロジーナだった。

 ウフフ、と嬉しそうに笑っている。


「おはよう、リゼット。兄様じゃなくてガッカリした?」

「え、と……」

「兄様はもう大丈夫よ。まだベッドから起き上がれていないけれど、受け答えはしっかりされていたし」


 そういえば、疲れ果ててもうひとつの薬を飲ませるところまでいけなかった。リゼットはそれを思い出して慌てた。


「私が持っていたもうひとつの薬を飲んだら体力が戻るそうなの。小さな小瓶で……」

「そうなの? 兄様のところにあるわ。後で伝えるわね」

「ええ」


 ちゃんと残してくれてあるようでほっとした。しかし、ロジーナはニコニコというのか、ニヤニヤというのか表現しがたい笑顔を向ける。


「あの後、兄様のところから倒れたリゼットを連れ出すのは大変だったのよ。兄様が放したがらなくて」


 急に恥ずかしくなってシーツを被ろうとしたリゼットを、ロジーナが力強く止めた。その笑顔が楽しげだ。


「邪魔はしたくなかったけれど、リゼットは汚れた格好をしていたし、感動の再会は綺麗にしてからの方がいいかと思ったのよ」


 確かに、ヨレヨレの恥ずかしい恰好だ。今もまだ汚れたままで寝かされている。


「立てる? 湯浴みができそうならラシェルに手伝ってもらいましょう」

「う、うん。ありがとう」


 さすがにロジーナは気が回る。それが心底ありがたかった。


「上がってきたら部屋に食事を運んでもらうから。昨日はあんまり食べていないんでしょう?」

「そういえばそうね。必死過ぎて空腹は感じなかったけど……」


 リゼットは掻い摘んで昨日のことを話した。ロジーナがどこまで信じてくれるのかはわからないけれど、ありのままを話したのだ。


 ロジーナは、途中、苦しそうに話を聞いていたけれど、最後にはリゼットの手をギュッと握り締めた。あたたかい。


「兄様が選んだのがリゼットでよかった。兄様のために、ありがとう……」


 リゼットはかぶりを振る。


「ジスラン様がいないと駄目なのは私の方。だから、私のためでもあるの」


 すると、ロジーナは声を立てて笑った。明るい、いつものロジーナだ。


「兄様に聞かせてあげたいわ。リゼット、少し……いえ、とてもかしら。変わったわね」

「そ、そう?」


 どこがどう変わったのかはわからない。けれど、嬉しかった。


「それじゃあ、綺麗にしてきて」


 ロジーナが手を振って去ると、入れ違いにラシェルが来た。リゼットは疲れただけなので立てるけれど、足元が怪しく思えたのか、ラシェルが支えて湯浴みの介助をしてくれた。

 あちこち擦り傷があってそこが染みる。ラシェルは最後に擦り傷に効くというオイルを塗り込んでくれた。


「フィンも戻ってきて、体を洗って綺麗になっていますよ。聞くところによると、大活躍だったそうですね」


 と、ラシェルが言うので、リゼットは力強くうなずいた。


「ええ、それはもう。頼もしい騎士そのものだったわ」

「旦那様からたっぷりご褒美がもらえそうです」


 クスクス、とラシェルが笑う。リゼットは、薔薇の香りに包まれながら夢見心地で湯浴みを終えた。

 用意されていた服はネグリジェである。まだ寝ていろということらしかった。もう平気なのにと言いたいけれど、ロジーナがいいと言うまでは休まされそうだ。


 その気遣いもありがたく受け取るべきだろうか。リゼットはネグリジェに袖を通し、薄手のガウンを羽織って部屋に戻る。



 部屋には軽めの食事が用意されており、ベッドのシーツも新しいものに替えられていた。ラシェルはスープをよそったりと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。


 食べ終えた後、リゼットは有無を言わさずラシェルによってベッドに戻された。これもロジーナの指図だろう。


「昨日は大変な目に遭われたのですから、今日一日は絶対に無理をしないでお休みください」

「う、うん……」


 病気ではないから、もう平気なのに。脚が筋肉痛なだけで寝かされている気分だ。

 しかし、部屋から出ても押し戻されるだけだから、今日は言われるがままに休もう。ジスランもまだ回復しきれていないようだし、会えない。早く会いたいけれど、無事なのはわかったから待てる。


 リゼットはベッドで昼間から眠りについた。他にできることがない。

 そういえば、しばらくは悪夢を見るかもしれないとカーヤに言われたけれど、見なかった気がする。



 ――しばらくして、サラサラと頬を撫でる指があった。

 それでリゼットは目を覚ました。薄くまぶたを開く。

 寝ぼけ(まなこ)が捉えたのは、リゼットを覗き込んでいたジスランの顔だった。思わず目を瞬かせたけれど、ジスランは消えない。


 これはまだ夢の中だろうか。ジスランは血色もよく、(やつ)れたふうでもない。以前と変わりなく見える。ただし、難しい顔をしていた。


「リゼット、この傷は?」


 頬の傷を言うらしかった。


「あ、はい、茂みを潜ったら枝が当たって……」

「こっちも?」


 と、今度は手を取る。リゼットはうなずいた。

 すると、ジスランは何も言わずにただリゼットの手を引き、すっぽりと抱きすくめた。ジスランの心音がリゼットにまで伝わる。痛いくらいに力強いのに、その心地よさにまたまどろんでしまいそうだった。


「あまり無茶をするな」


 そんなことを言われた。無茶というのは、魔女に会いに行ったことを指すのだろうか。


「あの状況で無茶をしなかったら後悔するだけでした。こればかりは誰が止めても聞けません」


 はっきり言うと、ジスランが嘆息したのがわかった。体は回復したはずだが、元気はない。


「……いや、俺が不甲斐ないからか。リゼットのことを護ると言ったくせに、護られているのは俺の方だ」


 リゼットが危険を冒してまで自分のために出かけたことで、ジスランはかえって自分を責めているのかもしれない。


「ジスラン様」


 繋がっている手を、今度はリゼットの方が強く握り返した。ジスランは戸惑いの色を浮かべつつリゼットを見つめる。リゼットはこの時、護ってあげたくなるような弱さはすでになかった気がする。


 強いリゼットではいけないだろうか。

 けれど、リゼットはジスランのそばにいるためには強くならなくてはと思う。


「アリアンヌ様の呪いでジスラン様を(うしな)うのは絶対に嫌でした。ううん、今後、どんな女性(ひと)にも絶対に譲りません。そのためなら、私はなんだってします」


 ジスランは、リゼットの手を握り返すと、僅かにうつむいた。


「全部思い出した。……正直に言うと、彼女の気持ちは嬉しくなかった。気のせいであってほしいと、気づかないふりをしていた。ちゃんと向き合わなかった俺が悪いのかもしれない」


 ポツリ、ポツリ、とジスランは語り始める。

 それは、リゼットと出会う前の話。リゼットの知らないジスランの話だ。


「兄とは折り合いが悪くて、本当に口を利くのも稀なくらいだった。厳しい人だったから、婚約者の彼女にも素っ気なかった。でも、彼女は誇り高い人だから、家のために割りきって結婚するつもりだったんだろう。そんな兄と父が亡くなって、彼女を俺の妻にという話が持ち上がった時、俺はそれでも彼女の後ろに兄を見ていた。どうしても、彼女を見ていると兄といるような息苦しさを感じて、彼女のそばにはいられなかった……」


 多分、それはアリアンヌが努力したとしてもそうそう覆ることではなかっただろう。

 それでも、努力を続けることもできた。ただし、そんなことができる強い人間など、この世にどれだけいることか。


 自分自身を見てもらえないのだ。

 アリアンヌは絶望した。


 ジスランの口からこれを聞くと、急にリゼットまでが苦しくなった。それは、人を好きになる気持ちを知ったからだ。愛する人にそんなふうに思われたら死にたくなる。自分に置き換えて考え、苦しくなる。

 それでも、すべては過去だ。もう、囚われても意味がない。


「誇り高い方だったというなら余計に、気の毒だなんて恋敵(わたし)に思われたくはないでしょう。そんなふうには言いません。ただ、私の方がずっと、ジスラン様のことを強く想っています。生きて想いを貫ける私の勝ちということで、今度彼女が恨むのなら、ジスラン様よりも私の方ですよ」


 そう言って、リゼットはジスランに笑いかけた。その途端、ジスランはリゼットの口を塞いだ。抱きすくめられて、キスを繰り返して、リゼットはようやくすべてが終わり、大団円が訪れたような幸せな心地がした。

 ジスランは、リゼットの頬の傷をペロリと舐めると、耳元でささやく。


「リゼット、少し変わったな」

「……ロジーナにも言われました。嫌ですか?」

「そんなことはない。今のリゼットも好きだ」


 面と向かって言われると照れる。そんなリゼットを、ジスランは嬉しそうに見つめていた。


 幸せというものがこの世には確かにあって、リゼットの生涯において、今、この時がまさにそれであった。


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