表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/52

✤46

「わ、私――」


 リゼットは机に腕を投げ出したまま、呆然と魔女を見上げた。


「そうね、二時間ほど眠っていたかしら」


 急に寒くなったような気がして、リゼットは自分の体を抱き締めて身震いした。そんなリゼットに、魔女は陶器の入れ物の蓋を開けながら言う。


「これが解呪の薬よ。約束通り、あなたにあげる」

「あ、ありがとうございます!」


 リゼットは頭を下げると、涙を拭った。けれど、また涙が溢れてくる。

 これは安堵の涙だ。やっと、ジスランが助かると思ったらほっとして力が抜けてしまった。

 涙にも色々とある。ジスランにはひと通りの涙を経験させられそうだ。


 魔女は軽くうなずく。


「呪いがかかっている傷口にこの膏薬を塗り込めばいいの。それで呪いは解けるけれど、そうね、多分体力が落ちているからこっちの回復薬もつけておこうかしら」


 と、小瓶も棚から出してくれる。案外親切だった。

 それに、いつの間にかリゼットが擦り剥いた手に包帯が巻かれていた。他の誰かなはずもなく、魔女が眠っているリゼットの手当てをしてくれたのだろう。

 やはり、母が言ったように魔女は純粋な『悪』とは違う。


「私の傷の手当までありがとうございます。あの、こんなにお世話になって、本当にお礼は要らないのですか?」


 おずおずとリゼットが問いかけると、魔女はまたうなずいて返した。


「だって、こんなところにいてお金なんて使い道がないもの。ここを訪れる人はほとんどいないし」


 自給自足の生活をしていたらそんなものなのだろうか。


「お言葉に甘えさせて頂いてもよろしいのなら、ありがたく頂戴しますね。本当に、なんとお礼を言っていいやら……」


 リゼットは、ふたつの薬を大事に抱き締めるようにして持つ。

 すると、魔女はふと表情を和らげた。


「あなたは約束通り悪夢に打ち勝って意志を示したわ。そういう人間は好きよ」


 夢中で、ジスランを助けることしか頭になかった。そんなふうに言われたことが意外ではあるけれど、今は自分を卑下するのはやめよう。今は、ではない。これから、ずっと。


 リゼットは、ジスランを助ける手段を得た。何もできない自分ではない。

 少しずつ、こうして自信をつけて生きていく。胸を張って、ジスランの隣で。

 アリアンヌがどう思うのかなどということは、リゼットが考えてあげることではない。


「……アリアンヌ様の手助けをしたのはあなたですよね? その呪いを解いてもいいのでしょうか?」

「彼女に義理があったわけではないの。心とは裏腹なことばかりを口にする彼女に手を貸したのは、ほんの気まぐれ。でも、呪いを解くなとまでは頼まれていないもの。もういいでしょう」


 どんな想いを抱えていたとしても、アリアンヌは死を選び、リゼットは生きている。リゼットの想いが彼女を越えるのは不思議なことではない。


「ありがとうございます。今さらですけど、私はリゼット・ルグランと言います。あなたのお名前は?」

「カーヤ」


 不思議な響きの名だった。けれど、彼女には合っている。


「カーヤさんですね。またお会いすることはあるでしょうか?」


 そうしたら、魔女――カーヤはリゼットの目をじっと見て、ポツリと言った。


「ないわね。この先、あなたと私が交わるところはないわ。でも、それはあなたが平穏に暮らしていくということ」


 カーヤは予言めいたことを口にする。彼女にはどんな未来が見えているのだろうか。


「……それは、私がここに来てもお会いして頂けないということでしょうか?」


 恩人と言える相手だ。これっきりでさようならというのは心苦しい。

 けれど、カーヤはそう受け取らなかったようだ。


「ここへあなたが一人で辿り着けることはないわ。だから、会うことはないでしょうね」


 ここはエストレ地方南部の森の奥――ではないのか。森の奥はどこへ続いているのだろう。

 それを訊ねても、カーヤはきっと答えてくれない。

 リゼットのことも気まぐれで助けてくれたに過ぎないのだろうか。


 リゼットを家から送り出す時、カーヤはまっすぐに正面を指さした。


「まっすぐに行くの。横道に逸れないようにね」

「はい」

「それと、さっき飲んだ薬の効果がしばらくは続くかもしれないわ。嫌な夢を見ると思うけど、薬のせいだから」


 サラリと嫌なことを言われた。けれど、悪夢ならよく見るし、慣れている。これくらいやり過ごせる。


「わかりました。本当にありがとうございます」


 薬を抱えてしつこいくらい頭を下げるリゼットに、カーヤは微笑して手を振った。


「さよなら、幸せにね。銀髪の素敵なリゼット」


 銀髪の――。

 リゼットは自分の髪を撫で、クスリと笑ってカーヤに手を振り返した。

 魔女が銀色を好むのかどうかは知らないけれど、この髪の色は祖母譲りだ。今のリゼットがあるのは、今はそばにいなくても色々な人のおかげなのかもしれない。


 カーヤが指示した道を、リゼットはまっすぐに歩いた。

 早く帰りたい。

 帰って、ジスランを目覚めさせて、たくさん話をしたい。


 ジスランがくれたたくさんの愛情を、リゼットも同じだけ、もしくはそれ以上に与えたい。

 大好きだと、会いたかったと。


 大事な薬を手に、リゼットは慣れない森の道を行く。

 木々の枝葉がアーチのように空を隠している。根っこに躓かないように、靴底で道を確かめながらリゼットはそこを抜けた。ほんのりと明るくなった空が見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ