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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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43/52

✤43

 屋敷を出て、リゼットが取れる移動手段は徒歩しかない。以前、この道をシャリエと一緒に歩いたから知っている。クララック家の敷地を抜けるだけでも長いのだ。そこから南の森へ最短で行ける道がどれなのか、リゼットが詳しいはずもない。


 それでも、方角はわかる。南に行けばいい。森なのだから、見落とすはずもない。

 前に靴で失敗したので、今日は歩きやすい柔らかな靴を選んだから、少々は歩けるはずだ。

 結局、フィンはとぼとぼと歩くリゼットについてくる。


 困ったと思ったのは最初だけで、しばらくするといてくれてよかったと心底思った。

 こうして屋敷の外へ出てしまうと、魔法が解けて『ただのリゼット』に戻った気分だった。

 メイドのリゼット・ルグラン――天涯孤独で、メイド長に気に入られずに仕事を押しつけられてばかりいた、どこにでもいる娘だ。


 それが、リゼットを取り巻く日常が目まぐるしく変化して、裕福な暮らしをさせてもらっていた。本来なら、あんな日々を送るはずがなかったのに。

 頭のどこかで、あれは幻だったと考えた方がうなずける気がしていた。あれはリゼットが見ていた夢かと。


 けれど、リゼットの隣にいる白く美しい犬が、かろうじてこれが現実だと教えてくれるのだ。

 屋敷を出てから余計に、リゼットはジスランへの気持ちを強く感じていた。離れれば離れるほど、恋しくなる。

 人を愛しく思う気持ちは幸福なものかといえば、こんな時にはかえって苦しい。会いたい、話したい、触れていたい、それが叶わないのに、心がそればかりを求める。


 リゼットの頭には、優しく呼びかけるジスランの声が響いていた。

 ギュッと、一度目を閉じて涙を押し留める。

 失わないために今、動いている。信じろ。


 ただ忙しく、流されるままに生きていた昔とは違う。

 護りたいものがある。欲しい未来がある。

 だから、自信を失くしてうずくまっている場合ではない。


 強い自分に、なりたい自分になる。

 それは、復讐よりもずっと強い想いのはずだから。



     ✤



 明日、改めて来いとあの男は偉そうに言った。

 ミュレがアダンの独房へ足を運ぶまでもなく、その凶報の方が先にミュレの元へやってきたのだった。


「なんだと?」


 耳を疑った。王都の、城からほど近い自宅のホールにて、ミュレはアダンの脱獄を聞かされたのである。すぐさま着替え、駆けつけたが、そこにあの囚人の姿はない。

 独房の扉は開け放たれ、そこに誰かがいた痕跡すらなかった。看守たちは怯えながらミュレに報告する。


「け、今朝、交代に来たらすでにこの状態でして……」

「昨日の当番は誰だ?」

「コルトーとダントンです」

「その二人はどうした?」

「ダントンは殴られて意識がなく、コルトーは所在不明です……」


 それが意味するところは明らかだった。とんでもない不祥事を自分の代で起こしたことが悔やまれる。


「コルトーがヤツの逃亡を手引きしたと考えるべきか」


 ミュレがため息交じりに言うと、ざわめく騎士団員たちの中、看守は言いにくそうにつぶやく。


「しかし、コルトーは気の小さいヤツで、そんな大それたことをするとは思えません」

「気が小さいから、あの男の言動に乗ったのだろう。口の達者なヤツなのでな」


 いつまでもここで時間を浪費しているわけにはいかない。ミュレはこの時、いくつかの判断をした。


「まず、休暇中のジスランとバディストに速達を送れ。事情が事情なのでな、致し方ない」


 そう口に出してみて、ふと、ミュレは昨日のアダンとの会話を思い起こす。

 アダンは、ジスランたちのいるエストレ地方へ向かったのではないのかと、ふとそんなことを思った。


 自分が捕らえられそうになった時、アダンはあの花嫁を盾にしたと聞いた。物と同じ程度にしか考えておらず、愛情があるとは言えない。けれど、愛着というよりも執着はあったのかもしれない。

 ジスランが彼女を選んだと知り、その執着に再び火をつけてしまったのだろうか。だとするなら、やはりミュレがしくじったことである。


 何事もなく再び捕らえられるだろうか。嫌な予感しかしなかった。

 せめて、こちらからの速達がアダンよりも先にジスランたちの元へ着くことを祈りたかった。


 ジスランがついているのだから、あの娘は護られている。それだけは間違いのないことのはずだった。

 ミュレ自身も配下を引きつれ、エストレ地方へ向かう。


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