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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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33/52

✤33

 ジスランから、改めて話があると耳元でささやかれた。

 リゼットがうわの空であっても無理はないはずだ。ティータイムの際に紅茶を零してしまい焦ったけれど、まだ体調が悪いのだろうと思われたのが救いだった。


「私は打ち合わせがあるからもう行くけれど、リゼットはゆっくりしていて?」

「ありがとう、ロジーナ」


 ロジーナが去った庭園で、ティータイムの片づけをしているメイドのラシェルにリゼットは声をかける。


「あの、ラシェルさん」

「はい?」

「ご両親の宿屋で働き手を探しているからって、前に声をかけてくださいましたよね?」


 随分前になる。リゼットがここへ来てすぐ、どこか働けそうなところはないかと探していた頃にそんな話をしてくれた。

 しかし、ラシェルは戸惑ったように見えた。


「あの時はどうかと思ったのですが、今となっては、ねえ――」

「もう他の方が見つかったのですか?」

「そ、そういうことです」


 それを聞き、リゼットはがっかりした。ここから近い町で働けたら、またいずれロジーナと再会することもできただろう。それから、ジスランの領地で暮らせたら、ほんの少しでも繋がりが切れずにいられる。それを心の支えにしていきたい。


 もうそろそろ去り時なのだ。これ以上いると離れられなくなる。

 話と言うのがどういうものかも考えたくない。


 もし仮にリゼットにとって夢のようなことが起こるとしても、それはそれで怖い。ジスランやロジーナと同じところに立てる生まれも育ちもしていないのだ。二人がいいと言っても、リゼットはいつか苦しくなって耐えられなくなる。


 ジスランとの話の内容次第でリゼットは出ていく時期を早めなくてはならないかもしれないから、働けそうなところを探しておきたかった。

 しかし、そう順調には行かない。


「そうでしたか……」


 町へ一人で行くというと、知らない土地の一人歩きは危ないと止められそうだ。黙って行って迷子になったらそれも情けないが。


 どうしたものかと考えていると、他のメイドがラシェルのところに来て、ぼそぼそと耳打ちをした。その時、リゼットの方をちらりと見る。

 それだけで、リゼットは察した。


「もしかして、シャリエですか?」


 二人のメイドはハッと顔を強張らせた。

 来ると言っていたから、そのうちに来ても不思議はない。

 シャリエもあのままでは引っ込みがつかないのだろうから、この間よりももっときっぱりと断ろう。何度もここに来られては迷惑だ。


「ここには来ないように言います」


 リゼットは椅子から立ち上がり、玄関へ向けて歩んだ。メイドたちは誰に知らせるべきかと困惑していたけれど、ジスランは留守、ロジーナは打ち合わせ中である。何かあれば飛び出せるように近くに控えているということで落ち着いたのではないだろうか。

 少し離れてついてくる。



 シャリエは階段の下にいて、落ち着いた様子で振り返った。帽子を被っているから目元がよく見えない。


「シャリエ、もうここには来ないで」


 はっきり言うと、シャリエはその言葉を予測していたのか、特に驚かなかった。


「寝込んでいるって聞いていたんだけど、もういいのか?」


 淡々と言う。

 そういえば、シャリエはいつもこうだった。熱のない話し方、態度。激昂するようなところは見たことがない。

 だから、何を考えているのかがわからなかった。まさかリゼットに好意を持っているなんて、考えたこともない。


「ええ、もう平気」


 寝込んでいたと知っているからには、何度かここに来たのだろう。リゼットが会えない状態の時にはそう言って断っていたようだ。


 同じ屋敷で働いていたとはいえ、今までほとんど話したこともないのだ。そこまでリゼットに執着する想いがシャリエにあるとは思えない。感情的にならず冷静に断れば諦めるだろうとリゼットは考えていた。

 けれどこの時、シャリエはリゼットが知らない事実を話した。


「……メロディがリゼットにひどい仕打ちをしたのは、俺のせいかも」

「え?」

「リゼットがいなくなる前に、メロディに好きだって言われた。だから俺は正直に、俺はリゼットが好きだって答えた。それが原因なら、リゼットが苦しんだのは俺のせいだ」


 この時、薄れていた思い出したくもない記憶が一気に蘇る。



 同室のベッドで転がりながら、リゼットをじっと見つめるメロディ――。


『ねぇ、リゼットはどんな男性(ひと)が好みなの?』

『どうしたの、いきなり?』

『ううん、リゼットってそういう浮ついた話とかしないじゃない。だから、どうなのかなって』

『今は仕事が忙しいし、あんまり考えたことはないけど、優しい人がいいかな』

『へぇ。そうなんだぁ』

『メロディはどうなの? 誰か好きな人でもいるの?』

『え~、いるけど、教えない。リゼットと同じ人だったら困るし』

『何よそれ』


『いいなぁ、リゼットの銀髪。あたしなんて赤毛の癖毛だし』


『いいなぁ、リゼット。皆リゼットの仕事は丁寧だって褒めてる』


『いいなぁ、リゼットは』



 耳を塞いでも、頭の中からメロディの声が消えない。

 メロディはずっと、リゼットを妬んでいたのか。笑顔で接しながらも、不幸になれと呪っていた。

 思い出すと吐き気がする。


「メロディは要領がよくて、周りからは可愛がられていた。でも、ちょっと狡いところがあった。いつも大変なことはリゼットを頼って、簡単な仕事を選んでいた。見ていてそれくらいわかる」


 シャリエは無表情で、自分以外の風景を流し見ているようだったけれど、本当は周囲のことをよく見ていたらしい。

 そのことに驚いた。


「リゼットは嫌な仕事も率先してやっていた。人一倍仕事量も多くて、それでも。そういうところをずっと見ていた」


 静かに語るシャリエは、相変わらず熱を感じない。

 けれど、リゼットのことをしっかりと見て、それで想ってくれていたとわかった。そうしたら、よく知りもしないくせに好きなんて言われたくないと邪険にしたのが申し訳ないような気分になる。


 リゼットが自分の話に耳を傾け出したのを感じたのか、シャリエはリゼットに向けて手を伸ばす。まっすぐな目が、射抜くようにリゼットを見据えた。


「復讐がしたいのなら手伝う」


 そのひと言に、リゼットは凍りついた。

 リゼットの望みを叶えてやると、シャリエは言うのか。

 シャリエは冗談を言わないから、これを口にする以上は本気だ。シャリエはさらに手を前へ差し出す。


「一緒にメロディに会いに行こう。俺はリゼットが好きだって何度でも言う。リゼットも、俺がメロディじゃなくてリゼットを選んだんだって教えてやるといい。二人で復讐しよう」


 ゾク、と背筋が寒くなった。

 好きな人が自分ではない誰かを見ている。それだけでも苦しいのに、その相手が自分が妬み嫌った相手なら、その苦しさは計り知れない。

 メロディは、自分を振ったシャリエが想い人であるリゼットと結ばれるような結末だけは訪れてくれるなと思ったはずなのだ。


 ドクン、ドクン、と胸が鳴る。

 恋するように、高鳴る。


 ただ単に刺したり、肉体に傷をつけるのでは足りない。裏切られた悲しさ、苦しさを味わった分だけメロディも苦しめばいい。


 ――これだと思えた。

 精神的に追い詰めるための手段がここにある。


 展望が開けたかのように、目の前が明るくなった。けれど、急に差し込む冷たさは、それを感じた己の醜さだ。


 ジスランやロジーナが与えてくれたぬくもりが冷めていく。

 あの二人なら止めるだろう。恨みに恨みを返して、リゼットはどこへ行き着くのかと。


 復讐は、綺麗な心の二人とは違う世界で起こることだ。

 リゼットの世界はやはり、暗い。


 それでも、あの二人に嫌われるのは悲しい。その気持ちだけがシャリエの手を躊躇わずに取れない理由だった。

 リゼットが戸惑っていると、シャリエは言った。


「メロディはそう遠くないうちに実家に帰るって言っていた。見合いをさせられるから、それまでに俺の気持ちを確かめたかったって。メロディが実家に戻ったら、居場所はわかるのか?」

「わ、わからない」


 田舎から出てきたとしか聞いたことがない。詳しい場所は知らない。


「それなら、躊躇っている場合じゃない。急ごう」


 シャリエが手を伸ばし、リゼットの手をつかんだ。ラシェルたちが慌てて近づいてくる。

 この時、リゼットは冷静だったかよくわからない。急がなくては、とシャリエの提案に勢いで乗ったに過ぎなかったのかもしれない。


「リゼットさん……」


 リゼットは、ラシェルたちに頭を下げた。


「すみません、急いで行かなくてはいけなくなりました。また、いつか、ここの皆様にはお礼をしたいと思います」


 合わせる顔はないかもしれない。それでも、手紙くらいは出しても許されるだろうか。

 ジスランと、ロジーナに。


「あの、せめて旦那様がお戻りになるまでお待ちください」


 ラシェルがそう言って引き留める。けれど、リゼットはにそれができない。

 ジスランの顔を見たら身動きが取れなくなる。

 この人に嫌われたくないという、その一心で、『いい子のリゼット』でいようとしてしまう。


 本当は、こんなにも汚い感情を抱えているのに。

 リゼットが隣にいていい相手ではないから、ここで別れが来るように神様がシャリエをここへ連れてきた気がした。


「すみません、お世話になりました」


 荷物は何もない。

 リゼットは、シャリエに手を引かれるまま足早に去る。広いカントリーハウスを抜け出す前にジスランが戻ってくるのではないかと思ったけれど、幸い、遭遇することはなかった。

 

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