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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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30/52

✤30

「…………」


 勢いで部屋を出てきてしまった。

 ジスランはリゼットの部屋を出るなり自己嫌悪に陥った。

 自分がよくわからない。


 リゼットが風邪をひいたのは自分のせいだから、治るまで責任を持って看ようと思った気持ちに偽りはない。けれど、それを考えるよりも先に手が動いているような気がしてしまった。


 本来なら若い娘に容易に触れてはいけないと思っている。

 手を触れると、彼女たちはその男が自分に気があると思い込む節があることを知っている。そうでない場合でも、不必要に怯えさせてしまったりもする。

 どちらにせよ、女性に触れる時には注意が必要なのだ。


 それが、リゼットは今、熱があって自力で起き上がったりするのも難しいからという建前に助けられ、自然に触れていた。そのせいで感覚が麻痺している。


 こんなふうに親身になって看病してもらったのは久しぶりだと言って涙を流した、その顔を見ていたら、誰かに体を乗っ取られたのかと思うほど勝手に体が動いた。


 ――いや、誰かのせいにできることではない。

 そうしたいから、体が動いたに過ぎない。


 リゼットが気の毒で、こんな程度のことで泣くのかと思うと、胸が疼いた。

 理性を取り戻すのがあとほんの僅かでも遅かったら、あのままキスをして抱き締めていたかもしれない。


 あれでごまかせたとは思えない。

 リゼットは変に思っただろう。


「どうしてこんなことに……」


 思わず口を押えてつぶやいた。それでも、時間は巻き戻せない。



 気になることが多すぎて、その日はなかなか眠れなかった。

 体が疲れているというサインなのか、このところ脇腹の古傷が痛む。今までこんなことはなかったのに、日増しにそうしたことが増えた。


 それでも、古傷なのだから今さらどうにかなるものではない。

 眠れないまま目を閉じると、まぶたの裏にリゼットの顔が浮かぶ。

 儚くて、幸薄くて、それでもそんな顔の下に復讐心を閉じ込めている。壊れ物のような彼女のことを、できれば護ってやりたい。


 それなら、そう伝えてみたらどうだろうか。

 リゼットは驚いて逃げ出すかもしれない。

 もし逃げたら、追いかけてでも連れ戻したくなるのか。そうしたら、ジスランまでもがアダンのようだ。閉じ込めてでも自分のそばにいてほしいと思うのなら、違わない。


 できれば、リゼットの意志でここに残りたいと言ってほしかった。

 そのためにジスランは何をしたらいいのだろうか。



     ✤



 急に顔を出さなくなったら、リゼットは余計に不自然だと思うに違いない。

 ジスランはそれを避けるために翌日もリゼットの部屋を訪れようとした。しかし、部屋の前でメイドに止められた。


「おはようございます、旦那様。リゼットさんは熱が下がったので湯浴みをしたいと仰って、今は入浴中です。もうしばらくお待ちください」

「そうなのか。もう起きても大丈夫なんだな?」

「はい、しっかりとされていました」


 どうやら薬湯が効いたらしい。

 それなら、もうジスランがつきっきりでいる必要はない。

 もちろんリゼットが回復したことは喜ばしいのに、どこか寂しく思っている自分は馬鹿だ。

 ジスランはそのまま庭に向かった。



 あの嵐の後、薔薇のことなど頭から吹き飛んで一度も様子を見に行かなかった。そのことに改めて驚愕した。

 本気でずっと、リゼットのことしか考えていなかったらしい。


 こんなに気にしてしまうのは、責任や罪悪感とは違う。

 ただ気になる。

 リゼットが昨日のことを不審に思っていないか、気になる。


 ジスランが危険だと思い始めているかもしれない。こんなことなら、昨日、中途半端に止めない方がよかったのか。

 ごまかせないほど明確な行動と共に今の心を伝えてしまえば、こう悩む必要もなかった。


 気になる。笑ってほしい。潤んだ目で見つめ返してほしい。

 触れたい。もっと知りたい。

 こういう気持ちが愛しいということなのか。


 それに思い至ると、また脇腹の傷がひと際鋭く痛んだ。この痛みは心労から直結しているように思えてならない。

 ジスランは脇腹を摩りながら廊下を歩いた。途中、ロジーナと会った。ロジーナが気にするから、脇腹を摩るのをやめる。


「兄様、おはようございます。リゼットの熱が下がったようでほっとしましたわ。先生のお薬はよく効きますわね」


 ロジーナはにこやかだった。会えない間もずっとリゼットを心配していたのだろう。


「リゼットと顔を合わせたのか?」

「はい。兄様がとてもよくしてくれたと感謝していましたわ」


 それを聞き、ジスランが内心で安堵していたのを、この鋭い妹は勘づいたのかもしれない。薔薇色のスカートを揺らしてジスランの前で立ち止まる。


「兄様、お顔の色が優れませんけれど、兄様こそリゼットの風邪がうつったのではありませんの?」


 などと言ってジスランの顔を見上げてくる。


「いや、そんなことはない」

「あらそうですの? 風邪がうつるようなことはされていないのですね?」


 笑顔で言うが、その妹の発言にジスランは矢で射られたような気分だった。


「そんなことは、していない」

「兄様、目が泳ぎましたわ」

「…………」


 口が達者な妹だとよくわかっている。喋れば喋るほど墓穴を掘るだけのような気がして、ジスランは黙るしかなかった。

 けれど、ロジーナは責めているのではないらしい。


「リゼットと先に会ったと言いましたでしょう? リゼットを見たら、兄様がリゼットの嫌がることをしていないことくらいわかりますわ」


 妙に優しい目をしてそんなことを言った。

 ロジーナの目には、リゼットが困っているようには見えなかったらしい。それを聞き、ジスランの鼓動が早まったことまではロジーナにも見抜けなかっただろう。


「ねえ、兄様。もう少しリゼットがここにいてもよいと思いませんこと?」


 いてくれたらいい。いてほしい。


「そうだな」


 それは当人に向けて言うべきことだ。

 そのうちに言わないと、後で後悔だけが残るかもしれない。

 答えたジスランを、ロジーナは穏やかに見つめていた。


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