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✤3

「う……」


 頭が痛い。吐きそうだ。

 あの程度の飲み食いでこんなふうになるわけがない。あの食事の中に何かが盛られていた。

 屋敷の使用人たちが寄ってたかってリゼットを陥れたらしい。逃がしたら給金を止めると脅されたようなことを話していたようだけれど、要するに自分たちのためにリゼットを売ったのだ。


 皆、嬉々としていた。笑っていた。

 陥れることに罪悪感もないらしく、遊び半分に感じられた。

 リゼットは少なくとも、別れを惜しんでくれている皆に感謝した。ここで働けてよかったと思った。皆のことを心配した。

 それなのに――。


 友達だと思っていたメロディでさえ、裏切った。簡単に手の平を返された。

 今までの日々は一体何だったのだろうか。

 虚しくて、腹立たしくて、涙が出た。頬を伝う涙を誰かが手袋をした手で拭った。


「何を泣いているんだい?」


 その声にハッとした。朦朧としていた意識が覚醒する。

 けれどそれは、今、最も聞きたくない声であった。

 リゼットが座りながらもたれかかっていたのは、壁ではなくて人間だったのだ。そしてそれがアダンであった。


 カタカタカタ、と振動が伝わる。これは馬車の中だ。リゼットは馬車に乗せられ、大嫌いなアダンの腕の中にいる。最低最悪の状況であった。


 この世に希望なんて何もない。もう、何もかも嫌だな。

 そう考えたら涙が止まらなくなった。無言で涙を流すリゼットを、アダンは笑顔で見守っていたかと思うと、急に声を低くした。


「何を泣くことがあるんだい? 君は僕の花嫁になるんだよ。もっと嬉しそうにしたらどうだい」


 嬉しくないから泣いているのに、こいつは馬鹿かと悲しいながらにも心の中で罵っていた。それが伝わったのか、アダンは笑顔を消した。

 まずい、と思った時には後頭部の髪をつかまれた。頭皮ごと剥がされそうなくらいに痛い。


「い、痛い……」


 痛みに驚いて涙は止まったけれど、荒療治にもほどがある。

 アダンはリゼットの髪をつかんだまま、顔を近づけて凄んだ。


「使用人の誰かとデキていて、別れを嘆いているとかじゃないだろうね? もしそうなら、どうしようかな。傷心の僕は何をするかわからないよ?」


 さっきまで、こんな世の中は嫌だから、もういつ死んでもいいと思っていたのに、いざ殺気を向けられるとそんな考えは吹き飛んだ。ただただ恐ろしい。


「ち、違います。そんな人は、いま、せん」


 本当に、殺されると思った。自己愛の塊のようなアダンだが、その芯には狂気が潜んでいる。思っていた以上に危ない人間だった。

 いつ死んでもいいと思ったけれど、アダンに殺されるのだけは嫌だ。


「そう、それならいいんだ。これからは僕がたくさん可愛がってあげるからね」


 ねっとりとした口調で言い、耳に息を吹きかけられる。気持ち悪かった。ただでさえ頭が痛いのに。

 リゼットがこんな思いをしているのは、メロディたちが裏切ったからだ。一生恨む。

 この恨みは絶対に、死んでも忘れない。


 アダンはリゼットの髪をつかむのをやめ、今度は撫で始めた。触らないでほしい。

 それでも、アダンはリゼットの髪をサラサラと(もてあそ)ぶ。


「この癖のない銀髪、ひと目見た時から気に入ったんだ。ヘイゼルの瞳も、白い肌も。メイド服なんかよりもドレスが似合う。飾ったら光るだろうな」


 完全に玩具だ。この男は女性を人形か何かと勘違いしている。

 女性にだって意志があるのに、それを無視する。要らなくなったら他のと取り換えればいいとしか思っていないのだろう。女性を消耗品だと考えている。


「式を挙げるのが楽しみだね」


 その発言のせいで、リゼットは再び気を失ってしまった。


 絶望が押し寄せてくる。逃げ道は塞がれた。

 この先の人生は、リゼットにとって暗澹(あんたん)たるものである。

 それなら、何を支えとしたらいいのだろうか。アダンとの子供なんてほしくない。


 ――ああ、そうだ。

 メロディたちにいつか復讐しよう。

 あなたたちに陥れられたおかげで散々な目に遭ったんだよ、と。


 どんな方法で復讐しようか。しばらくはそれを考えながら生きよう。

 もし志半ばで死んだって、化けて出てやる。泣き寝入りなんて絶対に嫌だ。

 これは、普通の娘であったはずのリゼットが歪むほどの体験であったのだ。



 一方、その頃――。

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