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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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✤27

 いつも夢の中に出てくるのは、嫌な、思い出したくもないことばかりだった。

 この日もそれは変わらなかったはずだ。それが、アダンは早々に退場した。

 それに代わって現れたのは、死んだ両親だ。父が大きく優しい手で幼いリゼットの頭を撫でてくれた。


 これはリゼットが一番幸せだった時の記憶と言える。夢でいいから会いたいと思っても会えなかった両親に、今になって会えた。リゼットはこの時、夢の中とはいえ幸福感に包まれていた。

 それで、目が覚めるまでは状況を忘れていた。


 熱を出して動けなくなり、廊下でうずくまっていたのだと思い出したのは、ジスランがリゼットのベッドの横に椅子をつけて長い脚を組んでいたからである。

 そういえば、あの時、ジスランに抱き上げられた。昨日に引き続き、ここへ来て太ったことがバレたかもしれない。


 ジスランが明らかに責任を感じているのもわかる。けれど、だからといって付きっきりで横にいなくてもいい。寝ていたところを横で眺められていたかと思うと、熱で苦しいところに拍車がかかりそうだ。


 しかし、心配してくれているジスランにはそれを言えない。ジスランは椅子から腰を浮かせ、リゼットの顔を覗き込む。


「リゼット、具合はどうだ?」

「も、もう大丈夫、です」

「どう見ても大丈夫そうじゃない」

「すみません……」


 リゼットはジスランの目から逃れようとシーツを引き上げる。ジスランはそれを見て気まずそうに横を向いた。


「いや、悪いのは俺だ。うなされていたから、気がつくまではここにいようかと思って。女性の部屋に入ってすまないが」


 うなされていたらしい。いつものことだから、放っておいてもよかったのに。


「重ね重ねすみません。重たいのに運んで頂いて、その上――」


 すると、ジスランは目を瞬かせた。


「重たくない。比べるのも変だが、フィンとそんなに変わらないし」

「い、いえ、ここへ来てから絶対太っ――」


 余計なことをつい口走りかけ、慌てて止めた。

 ジスランは最初、驚いた顔をしたけれど、急に声を立てて笑った。馬鹿にされているのとは違う、ほっとしたような笑い声だった。


「そんなことを気にしていたのか? リゼットは太っていない」

「で、でも、美味しいものをたくさん食べたのでっ」

「細い方がいいなんて考えない方がいい。たくさん食べて丈夫なのが一番だ」

「人様のお宅で太るほど食べるなんて、厚かましくて恥ずかしいです」


 熱があるところになんでこんな話をし始めてしまったのかと、リゼットはグラグラと揺れる視界でぼんやりと思った。

 それでも、ジスランは優しかった。


「厚かましくはない。もっと甘えてくれていい。ここでは楽しく過ごしてくれたら嬉しい」


 いつの間にかジスランまでロジーナに感化されたようなことを言う。

 ありがとうございます、と答えたところでリゼットはまた気が遠くなってきた。それでも、なんとか言葉を捻り出す。


「ロジーナにはここへ来ないように伝えて頂けますか? 大事な時に風邪をうつしたくないので」


 結婚式を控えたロジーナにうつしてしまったら申し訳ない。それだけはいけない。

 そうしたら、ジスランは綺麗な微笑を浮かべた。


「自分が苦しい時に妹のことまで気遣ってくれてありがとう。わかった、その分、俺が来るから」


 え、とリゼットが零した声をジスランはどう受け取ったのだろう。

 リゼットの額に当てられていた熱さましの布を取ると、机の上にあった水の入った器で冷やし直してからまたリゼットの額に載せる。ひんやりと冷たくて気持ちいいけれど、貴族がすることではないはずだ。


「あ、あの、ジスラン様、こうしたことは――」


 と、リゼットが言いかけてもジスランは聞こうとしなかった。水の入った器を手にすると、にっこりと微笑む。


「水を換えてくる」

「あの――」


 あの、と部屋に虚しく響くリゼットのか細い声をジスランが聞かなかったことにしたような。

 パタン、と扉が閉まる音がした。一人になって、やっと生きた心地がする。


 こんな簡単に熱を出したのも、心労があったからだ。復讐したいのなら、もっと丈夫な自分でいなければ長旅もできないのに。


 はぁ、とベッドの上でため息をつく。

 最後に熱を出したのはいつだっただろう。仕事をしている時は、少々の熱があっても自分でそれを認めなかった。熱があると思ったら途端につらくなるから、熱っぽいのは気のせいだと自分に言い聞かせて気力で働いていた。


 今、あっさりと寝込んでしまったのは気のゆるみかもしれない。

 この屋敷にはリゼットを苦しめるものがない。安心して倒れられると、心の片隅で感じていたのだろうか。そうだとしたら、やはりどうしようもなく図々しい。

 それでも、ジスランは甘えてくれていいと言うのだろうか。


 ただ、それはいつまで有効な言葉なのだろう。

 それがわからないから、フワフワとした心地と冷静さが混在して、結局最後には沈んでいるのだった。これも性分である。

 

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