✤20
ジスランが一度部屋に戻ると、改めてロジーナがやってきた。
バディストはすでにいない。リゼットもいない。
「バディストは家に戻ったか?」
座っているソファーから声をかけると、ロジーナは扉を閉めてソファーの隣にやや勢いをつけて座った。ドレスのスカートが膨らむ。
「ええ。それはそうと、兄様、先ほどはありがとうございます」
「うん?」
何やら嬉しそうにしているが、ジスランはなんのことだかよくわからなかった。ロジーナはニコニコと笑顔で言う。
「リゼットをもう少しここに置いてもいいと仰って頂けたことですわ。兄様もリゼットの心の傷がまだ癒えきらないとお考えなのですね」
そこまで深く考えてのことではない。
不幸を背負った、どちらかといえば暗い彼女が、輝くばかりの笑顔を浮かべていた。そんなふうに笑えるほど、彼女にとってここでの数日が楽しいものであるのなら、もう少しいたらいいと思えた。
「フィンとフリーゼが懐いているようだな。彼女も楽しそうにしていたが」
「リゼットはとても犬好きですの。フィンとフリーゼといる時、表情の明るさが全然違いますもの。彼女、好きなものを目の前にすると自然と笑顔になるんですのよ。それに気づいたのは、タウンハウスでの夕食の時ですわ」
ジスランが耳を傾けていると、ロジーナは嬉しそうに続けた。
「リゼットは果物が好きなのです。だから、果物をたくさん使うようにとシェフにお願いしておきましたの。そうしたら、夕食の時には本当に嬉しそうに食べていて」
「今日の夕食にも果物を使うようにシェフに伝えておこう」
「あら、ありがとうございます。伝えずとも、ここのところ毎日お願いしてありますから、出てくると思いますわ」
そうなのか。
けれど、好物が出たからといってそれが顔に出るものだろうか。
普段、そんなに笑わないリゼットが。ジスランは半信半疑である。
「リゼットったら、気持ちが顔に出ているのに気づいていないのでしょうね。そこがまた可愛らしいのですけど。彼女を見ていると、豪華な食事が出てくるのは当たり前になっていた自分の傲慢さに気づきます。私、今まで、シェフが丹精込めて作ってくれていた料理を、あんなにも嬉しそうに食べてあげられていなかったと思います。嫁ぐ前にそれに気づけてよかったですわ」
フフ、とロジーナは軽やかに笑った。
「私たちとは生きてきた環境の違う彼女ですから、私たちにはないものを持っていますわ。そんなリゼットのことを、もっと笑顔にしてあげたいのです。最高に幸せそうな笑顔が彼女にはよく似合うはずですから」
「そうだな、多分、そうだ」
そのつぶやきは、口が自然に、勝手に喋ったようなものだった。それに気づいて妙な気分だった。
それでも、リゼットには笑顔がよく似合うというロジーナの言葉にはうなずける。
ロジーナが言ったように、夕食にはフルーツを使った品が何品か出た。肉にも酸味のあるラズベリーソースが添えられている。
最初、リゼットはジスランと同席するのを辞退した。同じ席に着けるような立場ではないと言う。それをロジーナが説き伏せ、座らせたのだった。ジスランは夕食の間、リゼットのことを気にした。
「兄様、久々の我が家の味はいかがでしょう?」
「うん、美味いよ」
「そうでしょう? うちのシェフは腕がいいのです。ね、リゼットも美味しい?」
「ええ、とっても」
と、主に喋っているのはロジーナだ。場を和ませてくれるので助かる。
リゼットは最初、ジスランに恐縮しすぎて硬かった。ギクシャクとした動きでナイフとフォークを使うのは、テーブルマナーを気にしてのことだろうか。
しかし、最後にデザートがやってくると、リゼットの様子が変わった。
フレッシュないちじくをたくさん盛りつけたタルトが出たのだ。それを前にした途端、リゼットは――笑っていた。
ニコニコしながら、目はタルトに釘づけである。心が躍っているのがわかる。
デザート用のフォークでサクリ。タルトを割って小さな口で頬張る。その途端、蕩けそうな顔でタルトを堪能していた。
――なんてわかりやすい。
嬉々として食べている。あんまりにも嬉しそうにしているから、見ているジスランの方が照れた。
最後のひと口の時にはしょんぼりとして、そんなに気に入ったのならジスランの分も差し出したいけれど、それをすると笑うどころかまた硬くなってしまうだろう。
そんなリゼットを見るロジーナの目も優しかった。
ジスランはいちじくのタルトを口に含む。口の中でいちじくの自然な甘さとクリームが程よく溶け合った。この味がリゼットを笑顔にしたのだなと思うと、余計に美味しく感じられる。シェフを褒めてやらなくては。
リゼットには笑顔が似合う。それは間違いないのだけれど、それ以外にも、タルトの最後のひと口を頬張る時のしょんぼりとした顔も可愛く見えた。思った以上に表情が豊かだった。
いろんな顔を見て見たい、とこの時ジスランはリゼットに多少の興味を覚えた。
それは、珍しいことであったかもしれない。
興味を持つのは、リゼットがジスランの知る女性たちとは毛色が違うからだ。
上品に取り澄まして着飾って、自慢できる宝石や男を手に入れることが人生のすべてであり、それに躍起になるのが女性。
お転婆でそこに当てはまらないロジーナは珍しいのだと思っていた。
リゼットは、ロジーナともまたタイプは違うが、甘えないし、媚びない。そういうところが新鮮に映る。
最初に会った時、それから、再会した時はこんなふうには思わなかった。気の毒な女性だとしか見ていなかった。だから、これからも気持ちがどう変化していくのかはジスランにもわからないところである。
この時、ジスランはあることをすっかり忘れていた。
それを思い出したのは、リゼットの同僚であった青年がこの屋敷を訪ねてきたからだった。
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