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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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17/52

✤17

 ジスランは、バディストとソワイエの町のロッセル家で合流した。待たせてしまったが、その間にバディストは屋敷の使用人たちと打ち解け、事後処理を円滑に済ませる下敷きを作ってくれていた。


 一見大雑把で雑に見えるバディストだが、こういう点は抜かりがない。そうした外堀から攻めていく戦略でロジーナを落としたとも言えるかもしれない。頼れる部下であり、友である。

 庭先を歩きながら話す。


「ジスラン、ここで使用人たちの証言はあらかた取って書類にまとめてある。一度目を通したら、お前が連れてきた調査官に渡してくれ。後はロッセル家領地のサンテールも調べた方がいいんじゃないか?」

「サンテールか……」


 そう遠くはない。ここまで来たついでなのだから、寄った方がいいだろう。確か、サンテール町長とロッセル家は縁続きだったはずだ。

 少し考え込んでいると、バディストがボソリとつぶやいた。


「リゼットはサンテール町長のところのメイドだったらしいぞ? まあ、本人は戻るつもりはないみたいだけどな」


 王都で働きたいと言っていた。今さら戻りづらいと思うのだろうか。アダンに傷ものにされたわけではないが、世間の目がどう見るかはわからないのだ。誰も自分を知らないところに行きたいとリゼットは考えているのかもしれない。

 そう思うとやはり憐れだった。


「そうか。では行こう」

「ああ、一応見張りは向かわせておいた。下手な動きがあったらすぐに知らせるように言ってある」

「根回しがいいな。助かる」

「お褒めに預かり光栄です、義兄上(あにうえ)


 そんなことを言っておどけてみせるが、バディストが今後もジスランを兄と呼ぶ気がないのは知っている。ジスランとしても気味が悪いのでそれでいい。



 ジスランとバディストが調査官のうちの一人を連れてサンテール町長の屋敷に馬車で乗りつけた時、屋敷の門前に部下が二人、私服に着替えて潜んでいた。ジスランたちの馬車に気づいたのか、表に出てくる。

 御者は馬車の速度を落とす。ジスランは窓を開けた。


「変わったことは?」

「今のところは何もございません」

「そうか。しばらくそこで待て」

「はっ」


 町長の屋敷は、カントリーハウスほどの敷地はない。タウンハウスくらいの規模だろうか。それでも、都会とはまた違ってゆったりとした空気が流れている。リゼットはこういうところで過ごしていたのか、とぼんやり思った。

 停めた馬車から降り、門番に名乗りを上げる。


「私はジスラン・クララック。騎士団より、町長の縁戚、ロッセル家の悪事にサンテール町長も加担していないか調査に派遣された。隠し事はせず、ありのままを話してくださるようにと町長にお伝え願おう」


 門番たちは顔を見合わせ、一人が礼をすると慌てて中へ引っ込んだ。

 それからしばらく待たされた。逃げるつもりはないだろうけれど、何か隠蔽工作をしているのでないといい。ただ、こちらにまで調査の手が回ってきたことに驚き、気持ちを落ち着けるのに手間取っているだけとも考えられなくはない。


「な、中へお入りください」


 戻ってきた門番が馬車を奥へと進ませる。ジスランたちは屋敷の中へと通された。

 その時、出会う使用人たちは皆委縮して見えた。きっと、騎士がこの屋敷を訪れたことなどほぼないのだ。


 リゼットと同じような年頃の娘たちもいた。ジスランのことをチラチラと見ている。

 もしかすると、ロッセル家が破滅したことを知って、そこに嫁いだはずのリゼットを案じているかもしれない。それとなく、彼女が無事だと知らせてやるべきだろうか。

 しかし、ジスランにはその暇がなかった。


「ロ、ロ、ロ、ロッセル家とはそれほど親しい間柄ではなく、その、立場が立場ですので、言われた通りに従うばかりではございましたが。ただ、この小さな町に利は薄いと見ておられたのではないでしょうか? それが幸いしたと言ってはなんですが、悪事に巻き込まれることはなかったので……」


 部屋に落ち着くなり、小太りの町長は口髭を震わせながら懸命に訴えてきた。その怯え方が怪しいと言えなくはない。

 バディストも無言で町長のことをじっと見つめている。


「こちらにいい目を見させてくれるどころか、訪う時はいつも金の無心ばかりでして、私どももほとほと困り果てていたところです」


 調査官が眼鏡を押し上げながら言う。


「ロッセル男爵は長きに渡り毒を盛られていました。その毒ですが、入手経路はまだはっきりとしておりません。その点もご存じありませんか?」

「ありません! ありませんとも! そんな恐ろしい……っ」


 怯えているのは本当かもしれない。しかし、まったく何も知らないというのは嘘かもしれない。

 知っていて、気づいていて止めなかった、くらいの罪はあるだろう。止められる立場ではないのかもしれないが。



 町長との話を終え、屋敷の外へ出た。馬車に乗り込む前に調査官が素早くささやく。


「私はもう少しこの町で調査を続けたく思います。しかし、あなた方は目立ちすぎる。表にいた二人を護衛と連絡係を兼ねてお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、わかりました。一度馬車に乗って頂いて、途中で降ろしましょう」


 調査官も見落としがないかと慎重である。

 制服を着ているジスランとバディストは確かに目立つ。着ていなくても背が高いので目立つのだが。


 そうして、調査官を先に馬車に乗せた時、この屋敷のお抱え御者らしき仕着せの青年が躊躇いがちに声をかけてきた。


「あの、失礼ながら申し上げます。あなた方はソワイエでロッセル家のアダン様を捕縛なさったのですか?」


 青年は、中肉中背、年齢は二十一、二歳といったところだろう。渋い緑がかった色合いの髪と目をしていて、年齢よりも落ち着いている。


「そうだが。それが何か?」


 長身のジスランが見下ろす形になっても、御者の青年はしっかりと目をジスランに向けた。


「銀髪の娘がお屋敷にいませんでしたか? 名前はリゼットと言います」


 ああ、とジスランは声を漏らした。その声を青年は素早く拾う。その目の奥に期待を感じ取った。

 この青年はリゼットのことを心配している。あんなところへ連れていかれたのだから当然かもしれない。だから、ジスランはなるべく柔らかく告げた。


「リゼットなら無事に保護した」


 それを聞くなり、青年の肩から力が抜けていった。無事でいてほしいと願っても、他の誰かから聞かない限りは安心できなかったのだろう。


「それを聞いてほっとしました」


 ほんのりと涙ぐんでさえいる。この青年はもしかすると、リゼットに淡い恋心を抱いていたのではないだろうか。そう思うと微笑ましい。二人、並んでいるところを想像すると、似合っていなくもない。

 アダンが割り込みさえしなければ、幸せに過ごせていただろうか。


「あの、それで、リゼットは今どこに?」


 こんなにもリゼットを心配しているのなら、教えてもいいだろう。すぐ会いに行くには遠いが、居場所を知るだけでも落ち着くだろう。


「私の妹が仲良くなって、エストレ地方にあるうちの屋敷に招待していた。しばらくは滞在しているのではないかな?」


 御者の青年は、エストレ地方――と、唇だけでつぶやいた。思った以上に遠かったのだろう。

 と、ここで話し込んでいたら、馬車の中の調査官が焦れたような顔をしていた。ジスランはそれを察知して青年に言う。


「もしリゼットとまた顔を合わせることがあれば、君が心配していたと伝えておこう。名前はなんと言う?」

「シャリエ、です」

「わかった」


 シャリエは深々と頭を下げた。その間にジスランは馬車に乗った。戸が閉まるなり馬車は動き出す。


 可哀想なリゼットにも心配してくれている相手がいると知れて、ジスランも少しほっとしたような気分だった。


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