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ノックの後に入ってきた彰人は、部屋を見わたしてわずかに怪訝な表情を浮かべた。
「翔緒はいないんですか?」
その言葉に、明斗は先ほどのことを思い出して、ため息をついた。
「俺はそっちにいるんだと思ってたんだけどな」
「姫君と会った後、戻ってきてないです」
「まぁな。さっき電話でしかっといた」
それから、こらえきれなくなったように笑う。椅子に座ったまま、すこし座り方を崩して、持っていたペンでこんこんと机をたたいた。
「あいつ、一回マジでぶん殴っとかないとな」
明斗がいうと、完璧に冗談ではすまないセリフだ。
翔緒の居場所など、調べる必要もない。しかし、翔緒に口を割った時点から、当然わかっていたことだ。まぁ、でも、行かなくてもいいだろうに、とは思うが。
翔緒にとって彼女は特別すぎて、十分な戦力があると自ら口にしていながら、やはりゆだねきれないのだろう。
それは間違っていない。大切なものはしっかり守らなければならない。この世界では、奪われるのは一瞬だ。
「うちの班の分は処理しました。あと中等部の訓練成績の集計も、陸が」
「あぁ、悪ぃな、雑用押しつけて」
分厚い書類をうけとりながら、一枚目にざっと目を通す。まぁよくもここまで、と十分な出来に肩をすくめた。こいつらは本当、十二分な仕事をしてくれる。
望まれた以上をこなす彰人が、基準になっているのだ。それがあたりまえのようになっている。
特殊部隊G班。今年高等部に上がったばかりの班だ。特殊部隊に加入させるのも、まわりからは早いのではないかという指摘もあった。ただ、明斗は子供のころから知っている連中だ。事実、通用するレベルであることはみんながわかっている。そして、明斗は年齢的な未熟さは全く感じなかった。
明斗自身、特殊部隊にはいったのは十四歳のときだから。
基準が高まれば高まるほど、のびる連中だと明斗は確信していた。
試験合格から一年。まだまだ下っ端だが、ベテランたちがこぞって気にいるほどいい働きを見せてくれている。ただ、比例するように問題行動も多いのだが。たまには手放しで褒めさせてほしい。
「翔緒はどんな感じだ?」
唐突な質問に、彰人は一瞬意味を考えたようだった。
「なじんでますよ。高等部にも訓練にも」
「ふうん。まぁ、才能はあるからな、あいつ」
卒のない返事をした彰人だったが、明斗の一言で訓練面の話だと悟ったらしい。内容を深めてきた。
「訓練を受けていない分の遅れはありますが、実戦経験があった分、間合いはわかってます」
ただ、と彰人は付け足した。
「その実戦経験が気になる時もあります」
「ん?」
「いちいち急所です」
「――――なるほどね」
一人で姫君をかばう。一撃必殺が絶対条件だ。 そんな戦い方が、染みついてしまったのだろう。もはや、戦闘とイコール、無意識下の条件になっている。
「それはまずいな」
殺してはいけない仕事もある。殺さなくてもいい状況もある。うまく手加減するというのは、殺すよりもずっと難しい。
そして、ついでにちらっと思い出した。
長谷山聖。あの男が手加減をするはずがない。翔緒は目にするのも、そういう殺し方だったのだろう。
「ちょっと対処しないといけねぇな」
若い隊員にはあまり血を浴びせたくない。大切な家族や恋人の前で、幸せに笑える権利を損なわせてないけない。
お前の仕事は、部下の幸せを守ることだ。
先代の言葉は、しっかりと残っている。
「翔緒のことは確認しとくよ。あいつにもいずれ試験を受けてもらわないといけないし」
そうですね、と彰人は頷いた。
そこで、明斗のケータイが鳴った。情報司令部だった。
「どした?」
すかさず取ると、彰人は見計らったように退出しようとしたが、明斗の次の言葉を聞いて立ち止った。
「は? 《蒼き使者》の支部がやられた?」
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数時間前まで死体があった部屋とは思えないほど、リビングはあたたかかった。真麻はそのあまりのギャップに少し戸惑う。
凛の手によって、かつての同胞たちは亡骸すらなかったことにされた。
食事が用意されていく匂い。どうやら今日は真麻の歓迎と、久々に一時帰宅した翔緒のために、琴音が腕をふるってくれるらしい。テレビゲームの音。小さな子供の甘える声。真麻にはどれもなじみがない。
「変な感じ?」
真麻が、居場所がないまま座っていたテーブルの向かいから、隣で絵本をめくる祐をみやりながら凛が声をかける。
ドレスから着替えた彼女は、印象ががらりと変わった。等身大の、同年代の少女だった。
「うん。いつもこんな感じなの?」
肩をすくめてみやるのは、テレビの前で大騒ぎしている翔緒と日向。テレビゲーム自体、真麻はあまり見たことがない。
「あぁ、あいつらはね」
当然、翔緒はあのあと一度、明斗に報告を入れていて、電話口で相当絞られている。散々怒鳴り散らした後、せっかくだから休んでこいと投げだされたらしい。
「琴姉、なんか手伝う?」
「んーん、大丈夫」
声をかけた凛に、琴音は笑顔で返事をする。
そうはいっても隻腕の凛にできることは少ないのだが。忘れているのだろうか、と真麻は思った。今日見る限り、まだ、彼女は隻腕の生活に慣れていない。ついといった感じで左手を伸ばす姿も、何回か見た。
聞きたくなって、でも、それを聞くのはまだ自分には早い気がして、真麻は一瞬ためらう。
しかし、凛はその戸惑いを見抜いたようだった。
「どうしたの?」
「え、あ、いや……」
つぶやいて、思い切ってきいてみた。
「どうやって、集まったメンツなの?」
「え? あー」
凛は体ごと真麻に向きなおして、頬杖を突く。
「聖は、いつの間にかまじってた感じだったなぁ。調子よく滑りこまれてさ」
「まぁ、そんな感じだろうね」
「祐は迷子だったの。かわいそうだから、ここで一緒に待ってる」
そういって凛が頭をなでると、祐はうれしそうに笑った。
二ノ宮祐。《二ノ宮》の迷子とは、なんというか、あまり望みがない。
「春ちゃんと日向も、結構なんとなく」
姫君の言葉を聞いて、真麻は、それは違うとはっきり反論した。もちろん、心の中での話だ。禁忌の双子がなんとなく流れてくるなんてありえない。
「私は姫に助けられたの」
ことん、と目の前にスコーンを置いて、琴音が口をはさんだ。
「おなかすいたんでしょ? これで待ってて」
「わぁい」
あいかわらず言葉のわりに、凛の声にのっている感情薄い。
「飼い猫から逃れられなくなった私を、姫が連れ出してくれたの。だから私はここにいるのよ」
真麻も食べてね、と笑う。
笑って頷きながら、それはまた、と嫌な気持ちがわきあがった。
組織の上層部にいる男たちが、よく従えている美しい女を、よく飼い猫と揶揄する。ひどく嫌みな呼び方だが、実際は違っているケースも多い。つまり、逆に利用されているのだ。
美しい猫たちは、その美貌で男たちを喜ばせ、夢中にさせた。しかし当然、喜んで猫になる女もいれば、そういう生き方しかできなかった女もいる。琴音は後者なのだろう。
あれほど美貌をもってすれば、堕ちぬものなどなかっただろう。それでも彼女はその生き方を望まなかった。
「あ!」
唐突に凛が声をあげた。みると、凛の後ろから手を伸ばした翔緒が、スコーンを1つかっさらっていったようだ。
「いいだろ一個くらい」
喚く凛を交わして、スコーンをかじる。
こいつの名前は、でてこないんだな。
ため息交じりにみやる。いることが当たり前なのだ。
「翔緒、もう一個」
日向が座ったまま手をふると、翔緒は凛の頭を押さえつけて、もう1つ取る。
「なくなっちゃうじゃん」
「五個もあれば十分だろ!」
「けんかしない!」
琴音が一括すると、凛はむくれたまま押し黙った。しかしすぐに表情をかえて、スコーンを手に取ると、半分を祐にむけた。嬉しそうに手を伸ばし、祐が半分をちぎる。隻腕では出来ないのを幼いながらにいたわっているのだ。
「《石垣》には戻らなくて大丈夫なの?」
「うん、信頼できる人にはちゃんと話してきてる」
真麻の動向は父が把握しているだろう。あれほどの兵力を、たかがあて馬で派遣するとは思えない。真麻は殺してもいいと判断されたのだ。むしろ戻るほうが危険だ。凛もおそらくそのへん事情は感じていると思う。あらたまって聞いては来たが、先ほど真麻は部屋を与えられたばかりだ。戻る気がないことはわかっているのだろう。
そういえば、ここの財力はどこからきているのだろう。真麻はふと気にはなったが、なんだかそれは聞かない方がいい気がしてやめた。
それこそ、綺麗なことはしていない、のだろうから。
「わー、おいしそうっ」
扉の開く音がして、入って来た春日がうれしそうな声をあげ、祐の隣に座った。どうやらそこが定位置らしい。
「もらってもいい?」
笑顔で凛にたずね、皿に手を伸ばす。
「あれ、聖まだ戻ってきてないの?」
凛がだれにでもなく問うと、キッチンから琴音が含み笑いで返した。
「うん。そろそろ帰ってくると思うけど」
凛の表情はどこか冷たい。
「大丈夫かなぁ?」
心配そうな春日に、真麻も少し呆れた。
それほど奴に似合わない言葉はない。
「あいつが大丈夫じゃなかったことがあんの? むしろ、ちょっとくらい焦ったとこ見てみたいけどね」
「お兄ちゃん強いもんねー」
にこにこと笑いながら祐が口を添えた。その小さな頭をなでて、
「えげつないっていうんだけど、まぁ覚えないほうがいい言葉だよね」
「えげつー?」
よくわからないまま、祐がくりかえす。
その時、示し合わせたように玄関から音がした。鍵をひねる音だ。
「噂をすればー」
にやりと笑った凛が、入ってきた聖に声をかける。
「え? なにが?」
「おかえりなさーいっ」
靴をぬいだ聖に、春日が笑顔で駆け寄った。瞬間、
「あー、ちょっと待って今無理」
早口に、珍しい拒否の言葉を口にする。春日はおとなしく立ち止った。
かすかな血の匂い、死の気配。他はなれているのであまり気にしていないが、真麻には衝撃だった。つい左手を引き寄せた。
「シャワー浴びるからちょっと待ってて」
春日に笑顔でそういって、聖はリビングを出ていく。その笑顔も。どこか違って。
「――――」
怖い、と直観的に思った。玄関が開いた瞬間の、あの夥しいほどの殺気と狂気。殺される、となぜか思った。一瞬にして、自分の首の飛ぶビジョンが浮かんだ。
「びっくりした? ごめんね」
伏せ目がちに、低い声で姫君が謝った。
「あいつ、たまにあんな感じなの。しばらくすれば戻るから、気にしなくていいよ」
そう、と答えるのが精いっぱいだった。
ふと、ケータイの着信音が鳴った。翔緒がゲームのコントローラーを握ったまま、ケータイを取る。
「はい」
電話に出ながら、何か探すようにあたりを見わたした。ほぼ同時に、凛が何を言うでもなく、リモコンでゲームの音量をおとす。
「え? あー、うん。いる」
どうやら相手は明斗らしい。事務的に出たわりに翔緒の口調は砕けていた。
「聖? 今帰ってきた。それが?」
肩にケータイをはさんで、ゲームを続けていたが、当然集中力が散漫して、日向に瞬殺された。
「《蒼き使者》の支部が? 全滅?」
思わず真麻も顔をあげた。
《蒼き使者》。規模としてはちょっとヤクザ程度のものだが、いろいろな組織の手足として凶悪行動を繰り返している。
《石垣》としても捕まえたい組織だが、細かくグループ分けされていて数も多いどころか、支部もちょこちょこ移動させるし、とにかくフットワークが軽く追うのは厄介だ。そしてなにより、《石垣》としては実行犯より主犯を捕まえたいので、それほど時間を費やしてまで追っていない。
なんで、そんな組織の支部が、全滅。なにかへまでもしたのだろうか。
「わかった。話してみる」
翔緒は若干困った様子で電話を切った。
そして、真麻は気付く。
戸惑いにあふれた室内で、姫君が小さく笑んでいた。
「さぁて、」
小さくつぶやいて、立ち上がると、聖が玄関の脇に置きっぱなしにしていたらしい革の鞄を、とりあげた。
「凛」
翔緒が問いかけるように、名前を呼ぶ。
「わかってる」
柔らかい声で答えると、テーブルにその鞄を置いた。よく、取引などで使われる金目物を入れるような鞄だったので、真麻はてっきり金が入っているのかと思っていた。
「《風雁》に行く前と、いった後、聖とふたつ調べ物をしてきたの」
かちゃん、と付いていた金具をはじいて、凛はカバンを開ける。
中身は確かに金が入っていた。分厚い札束。しかし、それはあくまで価値としてはおまけ程度のものだった。びっしり詰めこまれた札束の真ん中。姫君は手に取ったUSBメモリーをみて、満足そうに笑む。
「あぁ、もう開けちゃったの?」
ちょうどそのタイミングで聖が脱衣所から出てきた。
「一応急いだんだから、待っててくれてもいいのに」
シャワー浴びてくるから待ってて、というのは春日にだけいったのではなかったらしい。
わずかに湿気を含んだ空気が、やけに色っぽい。真麻としてはちょっと嫌悪感があるくらいだった。ただ、彼の雰囲気はいつもどおりに戻っていた。
「満足いただけましたか、姫君」
そういって笑って、そのへんにあったお茶を口に運ぶ。というか、それ、と真麻はなんとか出かかった言葉を飲みこんで、眼をそらした。そこで春日が真っ赤になって顔をふせたのに気付く。この子、幸せそうだな、とうらやましくなるほど素直だった。
「あ、ごめん、これ真麻のだった?」
確認もせず勝手に飲んでおいて、聖はわらって真麻のまえにコップを戻した。飲めるか、と心の中で悪態つく。
「満足かどうかは中身次第でしょ。パソコン」
生意気な口調で、しれっと凛は言い放つ。
「はいはい」
聖はそういって一度部屋を出ていった。
「春ちゃん、一個言っとくけどこれから大事な話するから、ぼーっとしてないでよ」
鋭い声で凛は指摘する。指摘された春日は、ぴくっと身をすくめて。
「だってぇ……」
とほんのりそめた頬で言い訳した。
「どうせ、俺いないとパソコンつけらんないんだからさぁ、まっとけばいいのに」
戻ってきた聖が、少しだけ愚痴って持ってきたケースからノートパソコンを取りだした。
「長谷山、あんたこっち」
姫君が命令口調で、自然と開いていた真麻の隣にパソコンをおいた聖にいう。
「なんで?」
「そこのお馬鹿さんが話聞かなくなるから」
「バカっていわないでーっ」
意味がわからない様子の聖をよそに、春日は真っ赤になって反論する。
「真麻」
凛が真麻の方をみた。
「これが、あんたの父親が主犯かどうかの、証拠」
半ば強引に移動させられ、真麻と凛の間で起動した黒いノートパソコン。
「重要情報なんだから、玄関先になんか置かないでよ」
「なんで姫、俺に冷たいの?」
困ったような質問に、なんと答えていいのか真麻の方が困った。
「《蒼き使者》第十七支部、全滅」
翔緒が、ソファーから口をはさんだ。
「お前?」
聖は相変わらず笑顔を崩さない。
「証拠これしかないけど」
そういって、翔緒の方になにかを放った。翔緒は片手でそれを受け、ため息をつく。
それはブルーに光る、《蒼き使者》のエンブレムだった。隊員からひったくってきたのだろうか、いや、違う。
「――支部長の、エンブレム……」
ゆるぎない、証拠だった。
「《蒼き使者》第十七支部。今回、やつらはある仕事を受けた。《風雁》の一人を暗殺する仕事。人物の特定もなく、《風雁》であれば誰でもいい依頼だったらしい。特定のないほうが、足がつきにくいという打算もあっただろうしね」
姫君が説明する。
「依頼人は個人で組織に属したものじゃなかったらしいけど、今回の《石垣》の反乱の引き金になった事件を依頼で実行した。《表》の人間を何人か巻き添えにしたのも、彼らの手引き。それによって《石垣》の本部が動きにくくなるから」
《表》の人間を巻きこむと、それほど状況がデリケートになってしまう。
「でも、この事件はこれで終わり。あくまで《石垣》の動きを鈍らせるのと、《風雁》の目を欺くことだけが目的だったから。もうニュースでもながさなくなったでしょ。尾行されてたことも同じ。あたしたちは、知らない間に追い込まれてた。拠点も、チーム構造も。知らない間に侵入を許すくらいまで」
凛が左手を奪われるという、あの静かな強襲。さっきまで、その理由はわからなかった。ただ、真麻が語ったように最初から凛が目的であったなら、多少納得がいく。
「彼らは私を誘拐して、情報を吐かせる。ただそれだけだったと思う。できたら《風雁》と手を組む前に。反乱軍は明らかに《殺条》を目的とする連中がメインで、《風雁》に反感を持つ連中は、頭数そろえるための、ただの衛兵。そいつらもまとめて欺くために、最初の事件をおこした。仲間にすら目的を偽っている。本来なら、作戦どおりなら、それだけだった」
でもね、と凛は失った左手を見つめた。
「私が、逃げてしまった。結果的に、彼らは私に手をあげたことになってしまった」
凛がさらわれたその日。凛が殺したのは凛の手を奪った、名も知らぬあの男だけ。でも、冷静に考えれば、あの場所には、何人かほかに仲間がいると考えた方が妥当だ。たぶんそれは、見つけて連れて帰ってくれた聖が、片付けてくれたんだろう。
「そして、私が逃げたことで、《風雁》まで動きだす仮同盟という形を招いてしまった」
明斗に聞いた話だと、最初の目くらましの事件で《風雁》を殺した犯人は、翔緒が《風雁》に戻ってからの2か月のあいだに見つかって、処分がついている。《風雁》においても、それは最少被害で終わった事件なのだ。それが、凛を取り逃がしたただそれだけのことで、むしかえされてしまったのだ。
反乱軍にとっては、最悪の状況まで堕ちた。
「そして、これ」
凛は軽くUSBを掲げ、パソコンに差し込んだ。
「明日には、明斗さんのところに持っていって、正確に調べてもらうけど、まずは確認」
勝手に横から手を伸ばして、パソコンを操作する。そして、ノイズ交じりの音声が流れた。
『――の、件だ。うまくったのか』
『はい。確実に成功しました――――戦闘服を着用して――ので――間違いありません』
『そうか。――姫君の居場所の――定は』
『――も、もうすぐ。セキュリティは――甘そうです――問題、なく』
『ーーーーいないタイミングを――狙――、いま動か――と厄介だ』
『――致します。しかし、本当に姫君が――《殺条》の―――場所を?』
『おそらく』
『見る限りいたって――の子供、ですが――』
『――に惑わされ――な、死ぬぞ』
『失礼いたしました』
『とにかく、手筈は――任せる――準備――次第連絡しろ。こっちは、本部――欺いて―く』
『了解――した』
ぷつん、と切れた音声に、姫君は眉を寄せた。
「もっとマシに復元できなかったの?」
「プロでもないんだから、これでも上出来でしょ」
聖が肩をすくめていう。
「真麻、どう?」
姫君の問いに、真麻は伏せていた目をあげた。泣きそうになったのを、こらえる。
「父の、声だね」
小さな声で、凛はそう、とつぶやいた。
「正式に声紋を調べてもらって特定する。この後、《蒼き使者》の支部から報告メールが送られている。内容は大体一緒。こっちも、これからの調べは《風雁》の指示を仰ぐつもり」
きっぱりとした口調で、これで終わりと宣言するように姫君はパソコンを閉じた。