表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の雫は夢をみる  作者: 茅菜ましろ
1/生災
18/92

03



 ――――――3


「しゃべりすぎましたね、真麻様」


 土足で滑り込んできたその集団は、黒い服に黒い布で顔を覆っていた。顔を知っている真麻を警戒したのだろう。


 椅子に座らされたまま、真麻は唇をかむ。


「凛」


 日向が短く呼んで、凛の方に金属の鍵を放った。手錠の鍵だ。


「こいつらの目的は真麻でしょ、非情だけど、いいテストになるよ」


 へらっと笑う聖は、言葉どおりあまりにも非情だった。


 まぁ、どっちにしろ。


 逃げたなら逃げたでそれでいい。むこうに加勢されても、戦力は劣らない。


 凛は聖をみやる。


 普段なら持ち歩かない、腰のナイフフォルダー。


 なんてったって、長谷山聖がわりとやる気だから。


 琴音が凛の手から鍵を取り、小さく笑う。そして、かちゃん、と真麻の手錠がはずされた。


「――――わかるよね。止めるための手段は、すでに限られているの」


 小さく付け加えられた凛の言葉に、真麻は少し顎をそらした。


「わかってる」


 強情そうな笑みは、明らかに無理をしていた。親しいかどうかは置いておいても、いまから武器を交えるのはかつての仲間だ。


「琴音さん、姫と春ちゃんたち連れて奥にいっててください。的が少ないほうがこっちも楽だし」


「行こうか、姫」


 その申し出に凛は首を振った。


「祐と春ちゃんだけ連れていって」


「え、でも……」


「平気」


 凛はそれだけ答えると、ソファーの背もたれに腰掛けた。


 敵との間に、盾をはさんで。


「こいつらは私を殺さない。殺せない」


 そして、軽やかな口調で、柔らかな笑みで、呟く。



「私は、《殺条》の居場所を知っている」



 漆黒のドレスに、華やかな巻き髪。艶めいた唇は皮肉そうに笑って。


 足元がもこもこのスリッパなのは残念だ、と凛はちらりと思ったが、それでもその姿は強烈なほど魅力的だった。


 反乱軍がわずかにすくんだ。期待と狂気的な殺意が湧く。


「ったく……」


 聖が小さくつぶやいて、それぞれ四肢が変化していく敵を眺めた。


「なんで言っちゃうかな、それ」


 苦笑いを浮かべる聖を、凛はつんとすました顔で無視した。


 瞬間、ナイフフォルダーから引かれた刃が、キンと澄んだ音を響かせる。


 琴音は言われたとおり、祐を連れて部屋を出た。春日も少し後ろ髪を引かれた様子で、しかたなく後に続いた。


 真麻も涙目で躍り出る。日向は座ったまま、とりあげた拳銃をくるりと回した。


「発砲許可、ある?」


「状況によりけりじゃない?」


 日向本人も察している。彼の任務は聖とは違う。


 日向の的は、石垣真麻、ひとつだけ。


 もし、石垣真麻が少しでも不穏な動きを見せれば。


 客観的に考えれば、真麻はとても残酷な条件でテストされている。


 聖のナイフは目にもとまらぬ速さで敵を裂いていくが、彼にしては少し的をずらしている様子だった。聖の殺しは即死が基本である。しばらく動ける程度の致命傷は狙ったものだ。


 彼らの目的は真麻だ。あと少ししか動けなくなった敵は、最後の力を必ず真麻を殺すために使う。


 とどめは、彼女に刺させる。


 真麻の腕が突き刺さるたび、上がる悲鳴。


 日向と最初に交えたときから予測するに、高熱を帯びる凶器なのだろう。


 肉を焼く腕――罪人を、苦しめて裁く。


 かつての仲間を裁くことは、果たして彼女の正義にかなっているのだろうか。


 その場が片付くまで、さして時間はかからなかった。


「ご苦労だね、大事な戦力を十もついやして」


 血まみれの部屋で、一滴の血も浴びなかった聖が、ため息をつく。変わって真麻は血まみれで、死体の中で立ち尽くしていた。


 確認するまでもなく、惨殺された死体。うつむいた彼女は、強く唇を噛んでいた。


「派手にやりすぎだよ、聖」


 凛は不満そうにそう投げかける。答えようとして、聖が足をとめた。


「……く、そ…………こんな、ところ、……で」


 うめき声は死体の中から。顔を覆っていた黒い布を取り去り、男は血泡を吐く。


 真麻が小さく、その男の名前を呼んだ。


「真麻……なぜ、なぜわからない……!」


 血まみれの憎悪が、真麻を睨む。


「奴らは……、必ず殺してみせる……! 我々すべてを、犠牲にしてでも! ……奴らが生んだ怨みは、全てを殺す……だから必ず、必ず殺してみせる!」


 ぼたぼたと、血が滴る。見開かれた狂気的な眼が凛をみた。


「言え! やつらはどこにいる!」


 わずかに、姫君は顎をそらした。明らかに不満そうな顔をする。


「吐かせたいのなら、ここまで来るがいい」


 スリッパのかかとで、とん、と床を蹴る。


「……くそ、」


 冷やかな凛に、男は顔をゆがませた。


「…………このまま、このままのたれ死ぬくらいなら!」


 引き抜かれた拳銃は、引き金を引こうとする。


 長谷山聖が一瞬、動こうとして、――やめた。


 開け放たれた扉のむこうから、小型ナイフが男の頭を横から深々と射抜いた。


 真麻も思わず息をのむ。


 ナイフの柄には、《風雁》の紋章が刻まれていた。


「――――たく」


 姫君が伏せていた目をあげる。


「状況もわからないくせに余計なことする」


 悪態つきながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。


「凛!」


 翔緒は、室内の状況なんて把握せず、かけ込んできた。部屋の惨状より先に、凛の無事を確認してほっとした顔をした。彼の優先順位はわかりやすく、極端だ。


「――――翔緒……」


 つぶやいたのは、真麻だった。


「うわ、真麻じゃん。何してんの」


 なんとも部屋に似つかない軽い口調。


「知りあいなの?」


 聖が何気なく聞いた言葉に、翔緒が少し説明に困った様子を見せた。


「こいつの親、珍しく《風雁》に友好的な人で、わりと行き来があったから」


 そんな軽い説明で、と聖は笑いそうになった。


 真麻は当主の娘だ。それで説明はつく。しかし、翔緒の説明はつかない。立場を知っている聖には意味がわかるが、はたして。


 姫は納得したかなー。


 あえて突っこまなかったが、そんなことくらい、さらっと言っちゃえばいいのに、と思った。


「私に交渉があったの。《石垣》の反乱をとめるのに協力してほしいって。信用できるの? この子」


 翔緒は困ったような顔をして、


「俺が関わりあったのは、三年以上前だから。でも、バカじゃねぇよ、こいつ」


「あんたにいわれたくない」


 そりゃそうだ。と凛は同意する。


 二人の様子からして、なかなかに親しい間柄ではあるようだ。それに、《風雁》内部に招き入れている以上、あの人の信頼もある。凛は数時間前に顔を合わせた当主を思い出す。


 腹は括った。


「ま、例えばこれが作戦だったとして。あんたがここにもぐりこむための犠牲に十は多すぎる。犠牲を払うにしても五人で十分。《殺条》のことなんか、あたしに関係ないけど、反乱に巻きこまれるのはうんざりだからね」


 よろしくね、真麻。


 姫君が薄く浮かべた笑顔は、幼く、力も抜けていて、真麻はわずかにとまどった。


「よろしく……」


 なんてきれいで、魅力的な姫君なんだろう。


 そして同時に思った。


 ここにいる全員が、この姫君に魅了されたのだと。


「それで? 《殺条》の居場所を知ってるなんて、なんであんなハッタリ言ったわけ?」


 聖があきれた様子でうかがう。


「なんとなく。士気があがるかなーって」


 そのしれっとした様子に、真麻は驚いた。


「え……? 嘘、なの……?」


 姫君はあっさりと頷いた。


「うん。いったでしょ? 噂程度だって」


 翔緒が事情を察したらしく、少しだけ怒ったようにいった。


「考えなしに的になるようなこと言うな」


「そうだね」


 頷く凛は、反省の色が全くない。


「翔たんはどうしたの?」


 聖の質問を受けて、翔緒は改めて部屋を見わたした。


「お前らが帰ったすぐ後、明斗にいわれたんだよ。連中が襲撃準備してるって、ここかもしれないっていうからさ。追っかけてきただけ。俺のケータイまだプロテクト完璧じゃないから、重要内容の連絡はできなかったし」


「大丈夫だよ、俺らだけでも」


「うん、でも……」


 わずかに口ごもった翔緒のようすに、聖がにやりと笑った。


 まぁおそらく、風雁明斗も加勢にいけとまでは命じていなのだろう。凛は先ほど明斗のケータイ番号を念のためと渡されていた。連絡ならいくらだって手段があった。翔緒が掻い潜ってきたから、それを利用できなかっただけだ。


「そんなに心配ですか、姫君が」


「いや、そう、っていうか、違うっつーか」


「あーぁ、俺たちには任せらんないわけねー、はいはい」


 椅子を斜めに倒しながら、日向も呆れた様子でひらひらと手をふる。


「そーじゃねぇよ!」


「前科があるもんねー、俺ら」


 しまいには、凛の左手までも揶揄する。


「翔緒いたらこうはならなかったってやつ?」


「じゃーもう、連れて歩け」


「うるせぇなお前ら!」


 次々と並べられるからかいに、翔緒はつい大声を出した。横で真麻がため息をつく。


「あんた、ちょっとあからさまじゃない? 《風雁》の当主候補が姫君に入れこんでるって、結構な噂だよ」


「――――っ、てめぇ!」


 さらりとまあさが口にした言葉に、翔緒が慌てたがすでに遅い。というか、あまりの爆弾発言にどこから誤魔化していいのか、翔緒本人もよくわかっていない様子だった。


「え!? なにそれ! 《風雁》勝負投げたの!?」


「どういう意味だよ!」


 喰いついてきた日向に、倍の勢いで噛みついた。すでに知っている聖は、こらえきれずに吹きだす。


「笑うな!」


「いや、だって、タイミングがいいなって」


 笑いながら聖が指差す方向。日向と同様に立場を笑われたのかと思ったが、違ったらしい。いや、むしろ立場を笑われたほうがよかった。翔緒が凍った表情でそちらをみると、ぞっとするほど柔らかい笑顔で、凛が肩をすくめた。


「んー、なんだろそれ、聞いてないかな、あたし」


 こんな可愛らしい仕草を、ここまで脅迫じみたものにできるのは、きっと凛だけだ。


 どことなく照れたような笑みで、しかし眼だけは異常なほど脅迫的に。


「……別にそんな大した話じゃないから、すでに説明することは何もないんだけど……」


「翔緒」


 鈴が鳴るような、制止の声。それは、逃げることも許さない、命令するように強制的でありながら、とても優しい声。


 翔緒はこの呼び方がとても苦手だった。


 理由はわからない。ここでは聖のふざけた呼び方が伝染しているが、《風雁》ではみんなそう呼ぶのに。


「――――ガキの頃にいわれた話だよ。そのつもりの教育を受けてた。もちろん俺だけじゃないし、三年も任務放棄してバックレてたんだから、そんな資格もうねぇし」


「あんた、ホントに任務放棄してたの」


 割って入ったのは真麻だった。


「あー……籍は残ってたけど……」


「一応正式書面上ではあんたは任務放棄にはなってないよ」


「は?」


「噂はあったけど、正式書面上は違うよ。あんたは、姫君が保護に当たるかどうか見極める。最初からそういう任務だったってことになってる。だから本当か確認されることになったんじゃない」


「なんで、」


「あんたがもらった任務遂行書と、うちに報告に上がってる書類とは違うってこと。ねぇ、これ立派な偽装なんだけど? 正式書類提出してくんない?」


「――――……」


「元になる情報源はおそらく真時奏。確かめるならそのあたりが妥当じゃないかな」


 真時、奏。


 きかない名だ、と凛は思ったが、特に追求はしなかった。情報屋はあまり好きではない。


 こっそり見上げた翔緒の顔は、納得していなかった。明斗と翔緒がわりと近しい仲なのはなんとなくわかっている。身内として甘やかされた気分なのかもしれない。


 だが、きっと違う。風雁明斗は、部下を見捨てないタイプだが、切り捨てるところは切り捨てるはずだ。確実に打算あってのことだろう。


「おなかすいた」


 凛は打ち切るようにそう口にした。


「片づけて。おなかがすいた」


 この惨状で。血と肉と異臭の充満する、こんな惨状で。何か食べようなどという考えにいたれる神経は、正直どうかしているが、それが凛である。


 かつて仲間だったものの死体を、まるで塵のように扱われ真麻は胸が痛んだが、納得するしかない。


 彼女は存在の重さが違うのだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ