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神の雫は夢をみる  作者: 茅菜ましろ
1/生災
17/92

02

 


 ――――――2


 部屋を出た琴音は、一瞬反応に困った。


 リビングとは扉一枚隔てただけなので、騒ぎは聞こえていたが、なんというか…。


 リビングのテーブルには椅子に座らされた少女が、両腕を背もたれの後ろに回した状態で、金属製の手錠で拘束されていた。椅子のデザインをおおいに利用した拘束である。


「女の子になんてことしてんのよ、あんたたち」


「だってこいつ、あぶねぇんだもん」


 しれっと言い放つ日向が、明らかに主犯だ。


「なんだ、女だったんだ」


 続けてはいってきた聖は、特に関心もなさそうだ。春日もその後にちょろちょろついてきた。


「ごめんね、手荒い連中で。だいじょうぶ?」


「つか、そいつ敵だって……」


 心配する必要ねぇだろと、日向は突き離すように言って、


「《石垣》の奴だってさ」


 そう補足した。


「話聞いてくれるんだったら、どんな扱いでもいいよ」


 ぶっきらぼうに、真麻と名乗った少女はいった。


「話聞いてほしいんだったら、いきなり獲物ふるうなよ」


「人質でもとらないと聞いてもらえないと思ったのよ!」


「話ってなんなの」


 刺すような、凛の鋭い声に部屋が鎮まる。真麻はその異様なまでの存在感に、気圧された。


 たった一言で、これ、か……。


 主導権をにぎる存在の重さ。


「……《石垣》のなかで、反乱が起きてるのは、知ってるでしょ」


 力ないつぶやきで、その話は始まった。


「犯人も割り当ててるし、行方も捜索中。巻きこんで悪いと思ってる。もともとは、《変異》に対する意見の食い違いが始まりだったの」


 《変異》をなくし、一般的な戦闘技術を習得させるべきだとする反対派と、《変異》を合理的だとみなす賛成派。その対立は、少なからず前からあったと真麻は語った。


「《変異》っていうのは、四肢のどれかを改良された義手や義足にすること。つまり、切り落とされるの。その悲痛さに耐えきれなかった人もたくさんいるし、合わなくて心を病んだ人もいる。いまでは戦闘機種か後方支援か各自で選べるようになったけれど、反対している人はたくさんいる。今回の事件のもともとは、反対派の人たちのうちの何人かが、勝手に脱隊をとなえて行方をくらませたことから始まったの」


「《風雁》が《変異》にかかわりがあったことは聞いた。でも《風雁》に攻撃を加えたって、《石垣》内部で《変異》をなくすことには関係はないんじゃないの」


 凛の声は冷ややかだ。


「関係ない。ただ、無関係な組織にまで被害をおよぼされたら、要求をのむしかなくなる。彼らの狙いはそこにある。単純に《風雁》にいらついてるだけってのもあるかもしれないけど」


 法による《統一》をめざす《石垣》にとって、《調和》をかかげながらも、法とは無関係に動く《風雁》は面倒な存在だ。だからあえて、序列には《石垣》の名が入っていない。表向きには客観的な判断を下す傍観者としての立場をしめすためとなっているが、単純に《風雁》と序列上に並べてしまうと、内部がおさまらないのだろう。自分たちが上にしろ、下にしろ。


「それと……――《殺条》は、知ってる?」


 弱い声で、そっと、まるで繊細なもののように、彼女はその名を口にした。


「名前くらいは聞いたことあるけど、噂程度」


「その方がいいと思う」


 動揺もせず言い放つ凛に、真麻は苦笑いを浮かべた。


「彼らが行方をくらませた原因を、《石垣》は長いこと調べてるの。《石垣序列一位 警戒ランクS――破滅危惧》《朝霧》……彼らの動きを読むために」


「《朝霧》……?」


 凛には聞かない名だった。いや、一度だけ、聞いたことがある。




《朝霧》まで動いてんだぞ!




 血を吐くような、叫び。あの、たった一度だけ。


「あまり表舞台には出たがらない組織なの。だけど、凶悪さで言ったら群を抜いてる」


 《石垣》としては、そういう奴らが一番やっかいなのだろう。波風立てないその水面下で一体何をたくらんでいるのか。


「でー? 《朝霧》と《殺条》がなんか関係あんの」


 だるそうに聞くのは日向だ。


「それが、わからないの」


 真麻の答えに日向は、意味わかんねぇと悪態ついた。


「うるさい。わかんないから怖いのよ。何の公式な関係がないのに、《朝霧》は執ように《殺条》のことを嗅ぎまわってる。ちゃんとした記録じゃないけれど、噂で昔、《朝霧》が《殺条》を制圧しようとした例がある。そんなことを、手につけられなくて《ランク除外》になんかなった奴ら相手に考えられるくらい、《朝霧》は危険なの」


「――――朝霧汰一」


 そこで、琴音が唐突につぶやいた。真麻の表情がわずかに凍る。


「《朝霧》の現代当主ですね」


 聖がそう添えると、琴音はキッチンのカウンターに寄りかかったまま、ため息をつく。


「歴代の中でも、群を抜いて凶悪な性格したやつよ。あったことがある」


「彼に変わった瞬間、急に行動が大人しくなったの。《殺条》をさぐることに全力を尽くしてる感じ」


 真麻はだから、と小さな声で話をまとめた。


「《朝霧》、《殺条》、私たちにとっては、この両者の動向や行方を知ることが、何よりも重要なこと。《風雁》同様に、忌々しく思ってる人たちもいる。でも、皮肉なことにね、自分たちが自分たちの法に縛られて、率先的な情報入手が厳しいの」


「だからこそ、情報入手を最優先として、法を逸脱した連中がいるってことか……」


 凛がため息まじりにつぶやくと、真麻はゆっくりうなずいた。


「情報入手が目的の人たちにとっては、最優先されるのは頭数をそろえること。そこで、《変異》や《風雁》に反感がある人たちを勧誘したんだと思う。きっとあの人たちは止まらない。詫びようがない。だから、私たちが全力で止めなければならない」


「それで、私に頼みってなんなの?」


「――――……」


 少しだけ、苦い間があった。凛は左上を少しつきあげた。


 袖が落ち、包帯が巻かれた手首があらわになる。


「これ、わかる?」


 真麻は視線をやり、小さくうなずいた。反乱の手が姫君に危害を加えたことはすでに聞いていた。


「正直、あなたがその反乱の一人であることも考えてる。潜入目的ってこと。義手が手に入ることになったとはいえ、こんな取り返しのつかないことされてるからね。堂々と《石垣》姓を出されて、はいそうですかとは、いかないの」


 淡々とした口調は、彼女の事情などまるで興味がなさそうだった。


「その辺は、どう証明するおつもりなのかしら」


「……父なのよ」


 嘲笑うような凛の挑発をうけ、真麻がそう絞り出した。


「《石垣》当主、石垣孝紀――表向きには、当主のまま、反乱の芽を摘もうと動いている。でも、わかるの! 父も……その一人なの」


「証拠は」


 鋭い指摘に真麻はつづけた。


「父は《殺条》にとても興味を持っている。でも、他の人たちみたいな嫌悪じゃない。わからないけど、何か考えてる。偶然だけど、彼らと連絡を取っているとこをみたの。今回の主犯は、父なの」


 でも、と真麻は強くかぶりをふった。


「当主がそんなことしたら、組織に残された人たちはどうなるの! 法や父の正義を、一緒に守ろうとしてくれている人たちは、いきなり組織が崩壊して、どうやっていけばいいの!」


 あげられた眼は、怒りに燃えるようだった。唇を強く噛む仕草は、意志の強さを物語る。


「だから私が止めなきゃいけない。父を罰する覚悟だって出来てる。私が、せめて《石垣》の名誉くらい守ってみせる。だけど……! 当主が主犯だなんて、今でも父を信じて反乱を止めようとしているみんなに言えなかった。父に知れれば、確実に否定して手を打つ。だから――……」


「私を頼ったって?」


 凛の口調は容赦がない。


 まさか一組織を担うものがそんなことに手を染めるはずがない、と思っていたが。組織をあげてではなく、当主本人が個として動いてしまっているということだ。


 ――もし本当なら、《石垣》の内部情報が入るのは単純にありがたい。


「《殺条》の行方を、知っている誰かがいるとすれば、それは姫君しかいない」


 真麻が小さくつぶやいた。


「いつのまにか、そういわれるようになったこと、知ってる? 私は、彼らはこれ以上《風雁》には危害を加えないと思う。最初に《風雁》に危害を加えたのは、それによって風雁翔緒がどう動くか、果たして本当に、あなたと《風雁》に何の関係もないのか、それが知りたかっただけだと思う」


 揺るがして、揺らいだ。


 そしていま、仮同盟。


 関係性は明らかになった。ならば。


「私たちも、最初は惑わされた。彼らの目的は《風雁》に復讐することだと思ったから。《風雁》だってそう思ったとおもう。そう思うような細かい手を打たれていたから。でも、違う」


 目的は姫君。


 なるほどね、と凛はため息をついた。


 思い返せば、あのとき、凛の左手を奪ったあいつも、そんなようなことをいっていた。その後の意識がもうろうといていて、よく覚えていなかったが。凛は、そこで気づくべきだったのだ。


「――――それが、あなたの嘘だったとしても、なんの得もないね」


 大方、彼女が語った内容は、明斗から共有させてもらった情報の裏付けになった。補足情報にうそがあったとしても、それは凛をだませるほど決定的な効果は生まないだろう。そして、まして、凛を戦渦に引きずり出すにしても、方法はほかにもたくさんある。わざわざ、こんな危険を冒す必要もない。


 ――――どうする。


「ま、信憑性どうこうの前にさ」


 聖が、唐突に立ち上がる。日向も傍らの拳銃を引き寄せた。瞬間、凛も察する。


「お客様みたいだよ、姫」


 端的な言葉は、確かな殺気を含んでいた。







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