表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の雫は夢をみる  作者: 茅菜ましろ
1/生災
16/92

01



 ――――――1


 玄関の扉をあけた瞬間、聖に祐が抱きついてきた。


「おかえりなさぁい!」


「ただいま。ごめんね、姫なら後ろだよ」


 すると祐は、きょとんとした表情をして、そろりと離れた。恥ずかしい時に、照れ笑いではなく、少しだけ唇を尖らせるのが祐の癖だ。


「ただいま」


 その後凛が顔をのぞかせると、おかえりなさぁい、と遠慮がちにすりつく。聖はそれ以上気にする様子もなく、さっさと自室へ戻ってしまう。


「めんどくさそーな靴」


 片腕でやっと脱ぎ終わった編み上げの靴を脇に置くと、テレビの前に座り込んでいる日向がそういった。


「まぁねー。片手でやるには着脱がちょっとね」


 すると祐が日向の隣にしゃがみこんで、ふりかえった。


「いまね! ゲームしてるの!」


「祐はゲームしてるとは言えねぇだろ」


「どうしてー」


「へたくそだから」


「へたじゃないよーっ!」


「クリアしてから言え」


 とりあわない日向に祐は頬を膨らませる。


 いつもなら、あそこに翔緒もいる。


 日向と翔緒はよく、ああして二人でゲームをしていて、祐が混ぜてとねだる。二人は勝負をしていることが多いため、途中であるミニゲームが交替で祐に回ってくる。それでも祐は、うれしそうにその中に混ざる。勝敗には関係ないけれど、混ぜてもらえることが何よりもうれしいのだ。輪に入れることが祐にとって一番価値のあることなのだ。


 子供のわりに、状況もよく見ているし、人も見ている。だが本来たった五歳の子供だ。迷子といった形で凛に保護され、両親の居場所すら祐は知らない。凛たちがひそかに探ってはいるが、《二ノ宮》の境遇はやっかいなのでまだ分かっていない。当然、両親が恋しいのだ。


「ずるーい! まってよ! 祐がクリアしてからにして!」


「お前待ってたら何年かかるかわかんねーだろ」


 日向は、今日は終わりと、ぐずる佑から半ば強引にコントローラを奪う。よほど不満だったらしい祐は凛に駆け寄った。


「自分ばっかり進んだからってひどいよぉ」


「次もさせてもらえばいいよ」


「でも祐、まだセーブできるとこまでいってなかったんだもぉん、また最初っからだよぉ」


 そりゃひどい。思わず日向をみると、しれっとしている。多分、本人が単純に飽きたのだろう。それだけで五歳児の努力を無駄にするとは、なかなかに非情だ。


「じゃー、次は祐がいってたとこまで俺が進めてやるから。そっから続ければいいだろ」


 飲みかけで置いてあった麦茶を飲みほして、日向は言い放つ。そんなんでいいのかと思ったが、祐は納得したらしい。


「ほんとう!? 絶対?


 笑顔で日向に飛びついていく。


「ほんとほんと、覚えてたら」


 いまいち信用性のないことを適当にいう。うちの男どもはどいつもこいつも適当だ。


「祐、ちゃんとおぼえとくからね! おっきなブロックのとこまでいったからね!」


「え、どこそれ」


 日向が正直に刺した水に、祐はおおいにむくれてしまった。


「あぁ、で? 凛はどうだった?」


 ぶーぶー文句をいう五歳児を無視して、思い出したかのように、凛に向く。


「とりあえず、って感じかな。思ったよりも友好的な人で助かった」


「そか、翔緒は? 会った?」


「会ったよ。連絡はしろっていってきた」


「自分もしねーくせに」


 からかう口調に、凛は答えなかった。


「義手、手配してくれるって」


「へぇ、よかったじゃん。魔の手から逃げられんじゃん」


「なにそれ」


 琴音のセクハラを揶揄する日向に、思わず笑ってしまう。


「琴姉にいっちゃおー」


「わかった時点で同罪だろ!」


 絶対言うなと必死な日向は、顔立ちのかわいらしさから、琴音にターゲットにされやすい。


 なにより、怒るのでもなく流すのでもなく、少しだけ顔をしかめて逃げる反応が、あの変態にはかわいくてしかたがないらしい。


 そのうち撃たれるんじゃないかと、凛は思う。


「着替えてこようかな……」


 ウエストをキュッと締め付けるドレスは、くつろぐには不向きだ。つぶやいて、立ちあがろうとする。


 インターフォンが鳴った。


「――――誰」


 凛がくるりと部屋に流し眼をくれ、低く問うと、


「いないのは翔緒だけだよ」


 日向はそう答えて、立ちあがった。


 セキュリティに万全さを欠くこの家では、インターフォンにとても過敏だ。行き先はともかく、外出は互いに把握しあっていて、できる限り誰かが残って管理をしている。そのため、この家は近所という〝表〟の眼がある立地にわざわざあるのだ。いきなり爆撃を受けるようなことだけはまずない。


 凛は傍らのケータイをよせる。


 腰に下げた拳銃に指をひっかけて、日向は玄関に向かった。


 もう一度、インターフォンが鳴る。


 日向が回ったのはあえて壁と逆側に、扉と垂直に置かれた靴箱の裏。高さがあまりないので、ドアノブがそこから回せる。


「どーぞ」


 勢い良く放たれた扉。間髪をいれず、銃を構えた人が飛び込んでくる。扉の眼の前にはいないと予測し、態勢は横向きだった。しかし、


「ずいぶんなあいさつだな」


 日向の銃口は、開け放たれた扉側から向いていた。相手が中に飛び込んできた瞬間、靴箱を飛び越えてその隙間にすべりこんだのだ。外に仲間がいないこともその時点で確認済みだ。左の手はもう1つの拳銃にひっかけたまま抜くのをやめた。


「――――女かよ」


 少女のこめかみに銃を当てたまま、日向は以外そうに言った。


 勝気そうな眼をした、背の高い少女だった。年は同じくらい。漆黒の髪を、ポニーテールに結っていた。


「何の用? とりあえず、それ置いてくんない?」


 凛も祐も、予測される射程圏内から出ていたので、少女の銃口は虚空をさしているが、持たせておくわけにはいかない。少女は無言のまま、日向が顎でしゃくった靴箱の上に、ゆっくりと銃を置いた。


 ――瞬間、


 少女が突然、勢いよく日向のほうに身をひるがえした。機械音とともに、左手がナイフのように形を変えた。鼻先をかすめたその奇怪な腕を、日向は一度右に体を回転させてつかみにかかる。


「熱っ」


 触れた瞬間、声にならない声をあげて、反射的に離す。少女はそのまま下から左に振り切るように、勢いよく刃をふるった。


 ――捕った。


 凛は確信する。


 かがんでその一撃をよけると、右手を掴んで、そのままひねり上げるように床に伏せた。


「――――くっ」


 少女が苦痛の表情でうめく。床に伏せた少女の左側から、日向は右手でひねり上げた腕をつかみ、少女の左肩を踏んでいた。


 予測不能な動きを見せた左腕の、追撃を阻止するためだ。当然、左手に持ったままの拳銃も、ポイントされている。日向は右利きだが、はなからそんなことは関係ない。


「あっぶねー。さすがにちょっとびっくりした」


 不満そうな顔で、屈辱の表情で睨みつけてくる少女に舌を出して見せる。


「で? なんだよお前。火傷したんだけど」


 もはや聞くまでもないことだ。彼女の腕が、すでに何者か名乗っている。


 彼女は唇を噛んで、凛をみた。そして、悲痛に叫ぶ。


「石垣真麻(まあさ)。姫君、あんたに頼みがあんのよ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ