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神の雫は夢をみる  作者: 茅菜ましろ
1/故の痛み
15/92

07



 ――――――7


 部屋を出てしばらく歩いてから、翔緒が遠慮がちに聞いてきた。


「大丈夫か、その腕」


「大丈夫。利き手じゃなかったし、不自由だけど、今のとこどうしようもなくなっちゃうのは、お風呂と着替えくらい。それも、琴姉になんとか面倒見てもらってるし」


「それ大丈夫じゃないだろ」


 本気でおののいた表情に、凛は少し笑った。


「大丈夫。面倒見はいいんだから」


 そこで会話がとぎれる。


「――ごめん、凛」


「ん?」


 横を歩く凛が、くるりと翔緒の方をみた。


「勝手に出てってごめん」


「ううん。それはあたしも悪いから」


 それとね、とめずらしく笑顔のまま、凛は悲しげな顔をする。


「いままであんたにだけ、どうでもいいって態度とって、ごめんね」


 ふと、聖の言葉を思い出した。


 大事なら、本当はあの時、行かないでって泣きたかったことくらい、気付いてあげなきゃ。


「うちのやつらは、どいつもこいつも、あたしに対する護衛心が薄い。いつでも気にかけてくれてたのは翔くらいなんだよ」


 だから、


「あんたがいたら、こんなことにはならなかった。あんたがいたら、あんな思いしなくて済んだ」


 あんな怖い思いも、痛い思いも、しなくてよかった。凛は呟く。


「もう、あたしから離れることはあたしが許さない」


 苦しげに絞り出した声。


 そこで初めて翔緒は理解する。


 やっと、凛にとって意味のある存在になれた。相変わらず、無理に背伸びした上からの口調だが、ずっと望んできたのは、その言葉だ。


「私は誰の手にも落ちない。誰の支配も受けない。誰のものにもならないし、誰のためにもならない。世界が世界であり続けるために、私は私であり続ける」


 だから、――――そばにいて。


 最後の声にならないかすれた息が、そう聞こえたのは気のせいだろうか。


 あふれた衝動。なんなのかわからない。


 ただ、なぜか、とてつもなく、


 ほぼ無意識に手を伸ばした、瞬間、




「翔緒!」




 止めたのは、輝の声だった。


 その声に我に返って。伸ばしかけた手が何をしようとしていたのか、翔緒はわからなくなった。


「あーも! 輝!」


 続けて走ってくるのは陸。声をきいて、輝の友人たちも集まる。


「うわほんとだ女の子だ!」


「すっげぇ! やっぱ、《無音》とは違うわ」


「え、この子が凛?」


「年いくつ? 翔緒とタメ?」


「ちっちゃいなー、背ぇどのくらい?」


「ねね、翔緒がつきまとってるだけで、別に翔緒の女じゃないんでしょ?」


 一気に周りがしゃべりだした中、凛はあっけにとられて視線をめぐらせる。


「いきなりうるせぇなお前ら! 一気にしゃべるな! そんで付きまとってねぇよ!」


 つい怒鳴ると、一斉に反論が返ってきた。


「お前に聞いてねぇよ!」


「いいじゃん、ちょっとくらい!」


「俺たちが女に縁がねぇのはしってんだろ! ひとりじめすんな!」


 ひとりじめって……。


 なんだか恥ずかしい表現に、凛が思わず笑ってしまいそうになると、その数倍は動揺した翔緒の声が答えた。


「ひとりじめとかいうな! 違うから!」


「あの……」


 収拾がつかなくなりそうな場に、凛はしかたなく、遠慮がちな声で入った。


「はじめまして、凛と申します。今日は明斗さんにお話があってきました。翔緒には今までほんと助けてもらってて、これからも《風雁》の皆さまとは、何かとご縁があるかと思います」


 そういって小さく会釈した凛の笑みは、ぞっとするほど艶っぽくて、その場が少し止まる。


 もちろん輝たちも、根っからの馬鹿な連中ではない。凛がただ者ではないことくらい、今一瞬流れた空気で察しただろう。唐突な出だしでしくじった印象を、凛は修正したのだ。


 しかしそれも、見逃してしまうほどの一瞬だ。


「よろしくお願いします」


 次の瞬間には、彼らが言う、いわゆる〝普通の女の子〟の笑顔で肩をすくめた。


「うん、よろしく。俺、陸っつーの。翔緒とはおんなじ部屋だからさ、なんかあったら声かけて」


 陸がへらっと笑って、翔緒にむいた。


 陸は特殊部隊の立場上、周りの同期より経験が富んでいるため、こういう空気はよく読める。引き際も察したのだろう。


「どっかいくとこだった?」


「あぁ、医療機械班行く」


 翔緒は苦笑いを返し、


「凛、いくぞ。あんまり待たせると機嫌損ねるから」


「うん」


「んじゃあとでなー、翔緒」


 遅刻すんなよ、と手をあげて、陸たちはその場を離れていく。


「悪ぃ」


「なにが?」


「あいつら、ああいうノリだからさ」


「んーん、へいき。なんか意外だったけど」


「意外?」


 歩きだしながら、凛は答える。


「組織の人たちって、やなやつばっかりなのかと思ってたから」


「あぁ、あんなもんだよ」


 そうだよね、ここは、あんたが育った場所なんだから。


 思ったけれど、口にはしないままだった。


 それからしばらく歩くと、遠くから機械音が聞こえ始めた


「先に言っとくけどさ……」


 翔緒のどこか憂鬱そうにつぶやく。


「今から会いに行くジジイ、うちの医療機械化学班のベテランなんだけど、まぁ、変人だから」


 そういって部屋の前で止まると、重たい足取りでゆっくりとドアを開けた。


「元じい、ほら、客」


 そう声をかけた先。たくさんの工具と金具部品が並んだ机のむこうで、一人の老人が顔をあげた。


「よくきたなぁ、チビ助」


 小柄なその老人は、確かに妖怪じみた表情で、ひっひっひと笑った。


「いつまでもチビっていうな」


「ちったぁ見れたもんになったら、名前で呼んでやるよ」


「見れたもんになったつもりだったけどなー」


 変人とこきおろしながらも、翔緒はわりとなついている様子だった。


「んで、そちらのお嬢さんか」


 くぼんだ瞳をむけられ、凛はぺこりと頭を下げた。


「お世話になります」


「いいやぁ、かまわんよ。ほれ、とりあえず座って腕を見せて」


 凛が何者かより、とにかく早くいじりたいらしい。いつも使うテーブルには、眼の前にすでに椅子がセットされていて、まってましたといわんばかりだ。


 そのあまりのやる気に翔緒は少し不安になる。すぐに口出しできる位置に自分も椅子を引きずってきた。


「傷口の処理はきれいじゃなー。腕のいい医者だ」


 何の躊躇もなく解かれた包帯。生々しい傷口に、何ともいえない息苦しさを覚えた。その傷口から腕の中ほどまで、リストカットの跡がのぼっていく。


「切り口もな、きれいじゃ。相手も腕がよかったな」


 そんな物騒なことをいいながら、片方の手を広げる。


「ほれ、もう片方も見せてみ」


「え、あ……」


 慌てたように凛は手を差しだす。ジジイは右と左とくまなく見比べながら、にやりと笑った。


「どうする? ついてたカッターナイフは護身用か? なんなら腕の中に隠しいれる場所でもつくろうか?」


「――え?」


「あ――! いいからそういうの! 普っ通のなんもない義手でいいから!」


 すぐさま却下すると、ジジイはお前には聞いておらん、と不服そうな顔をした。


 このジジイが変人と言われるのは、この異常な改造意識のせいである。技術は圧倒的なのに、つくる義手、義足、なにもかもが攻撃的だ。まるで、《無音》の変異を揶揄するような。


「そういったってお前、持ち運ぶというのは不便だろう。身を守る上でも、体内に内蔵していたほうが手っ取り早い」


 その言葉に、翔緒はわずかにたじろいだ。眼の前には凛の腕。まるで守れなかった証のように。それに答えたのは凛だった。


「大丈夫です。普通の義手でお願いします。確かに効率的なお話ですが、右利きなんです、私」


 やんわりと、しかししっかりとした理由で断る。本人からそういわれ、さすがにジジイも頷いた。


「それならしかたない。残念だが、姫君にふさわしい、最高に美しい義手をご用意しよう」


 名残惜しそうな顔で、ひっひと笑った。


 








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