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神の雫は夢をみる  作者: 茅菜ましろ
1/夢の歪み
1/92

01



 ――――――1




 その日。


 神話のように語られる、その日は赤黒い雨が降った。人々の掌におち、衣服を汚し、顔にまとわりついたその雨は、まるで鮮血のようだったと伝承には残っている。そしてその後、神の雫が世界に舞いおりた、と。




 最後だけ、とんでもなく抽象的だ。


 十六年ほどの記憶のうちほとんどを失っている(りん)は、その伝承が何の意味を指すのかわからない。そもそも、その伝承自体をどこで知ったのかすら、思い出せなかった。


 扉を開けて、リビングに入るといたのは翔緒(しょうお)だけだった。


「あれ? みんなは?」


「部屋」


 短い返答に相槌をうち、カウンター式のキッチンに入った。


 白いカウンターで仕切られた対面キッチン、部屋の中央には大きなテーブルとたくさんの椅子。その隣にはL字型のソファーが、テーブルに背を向けるような角度で置かれている。


 広々としたダイニングには、扉が5つ囲むようについている。ふたつ並んだ扉はトイレとバスルーム。そして、玄関のむかいにある、部屋へつながる扉。最後の1つは奥へ続く扉で、廊下には向い合せに扉が並んでいた。


 自分の麦茶をコップに次いで、ソファーでサッカーの試合を眺めている翔緒の隣に座る。クッションを膝に乗せて、


「よくまぁ、そんなにしょっちゅう見てられるよねー」


「別に同じ試合見続けてるわけじゃねぇだろ」


 感情の欠落したような淡々とした凛の言葉に、テレビから目を離さないまま翔緒は答える。


 線が細いながらも適度に筋肉のついた細身。顔立ちは整っているが、大人びた雰囲気とあどけなさが混同する、年相応なアンバランスさがまだ残る。口を開けば馬鹿そのものなのは、まぁ、残念だけど。時々、しゃべらなければいいのに、と本気で思ってしまう。


「あ、姫、ここにいたんだ」


 唯一、直接リビングにでる部屋の扉から、琴音(ことね)が入ってきて笑いかけた。


 百七十近くの、モデル並みのプロポーション。背を覆う、色素の薄い髪。冷気すら感じるほど美しい顔立ち。余計な装飾品を一切必要としないほど秀麗な女だが、中身はただの変態だ。


「いまきたとこ。なんかねむたくなってきちゃったから気晴らしに」


「夜眠れなくなっちゃうから、だめだよ」


 琴音のやんわりとした助言にうなずく。


「凛姉――っ」


 (たすく)が凛に駆けよってきた。飛びついてくる五歳の幼女をうけとめながら、亜麻色の髪をなぜてやる。


「今日、凛姉がくれたのだよ」


 まだ幼児っぽさが残っている幼い指が指さす先にはリボンのついたヘアゴムがあった。

 

 小さいながらも周りに年上が多いせいで、かわいいものが大好きな祐は、ヘアアクセサリーをたくさん持っていた。お土産にと凛たちがよく買ってくることもあり、増えるばかりなので最近琴音がアクセサリーケースを与えたらしい。


「そろそろ集合でもかけとくかな」


 琴音がケータイを取り出す。広くて声が通らないこの家では、部屋を回るより一斉送信のほうが早いのだ。凛はその間にコップの麦茶を飲みほし、琴音がテーブルに出したボトルから、他のメンバーの分もつぎはじめた。


「凛ここにいたんだー、さっき部屋いったのにいなかったから」


 連絡を受けてすぐさま駆けつけた春日(はるひ)がひらひらと手を振ってくる。その横から双子の日向(ひなた)が、テンションの高い妹を軽く押しのけて入ってきた。


「はる、邪魔」


「邪魔っていわないでよーっ」


 外見は瓜二つなのに性格がまるで似てない十六歳の双子の兄妹。れっきとした男である日向には、百六十をなんとか超えた華奢な体躯や、女の子に間違われ続けた顔立ちはコンプレックスでしかない。変わって春日は、日向と同じだけの身長があるが、実際より小柄に見える。甘ったれたかわいらしい声が印象的だ。《禁忌の双子》であるはずなのに、一切警戒心をあおらない二人だった。


「あれ? (ひじり)は?」


「寝てるよー?」


 余ったコップを見つめ、凛が尋ねると、春日が小首をかしげる。


「あー、やっと?」


「というより、睡眠薬使って無理やり寝かした」


 琴音が参ったように笑った。凛は、それに苦笑いでこたえてから立ちあがり、テーブルに移動する。


「それじゃあ、聖は寝かしておいてあげるってことで。ほら翔、話するよ」


「まって。あと五分で試合終了だから」


 翔緒が半身を乗りだして渋る。


 容赦なく電源が落とされた。





 ――――――




「どうしたの?」


 みんなが寝静まった中、リビングのテーブルに独りで座っていた凛は、ようやく睡眠薬が切れたらしく自室からでてきた青年に声をかけた。


「んー、別に」


 長谷山聖、十八歳。茶か黒かと言われたら、かろうじて黒というかんじの髪の色に、百八十に届くしなやかな長身。そして、おおよそこの世のものとは思えないような申し分なく美形な、作り物めいた顔立ち。


 けだるげな口調に、凛も薄い笑みを返す。


「珍しいね、六時間くらいは寝てんたんじゃないかな?」


「うん、さすがに睡眠薬までだされたし」


 差し出したコップを受け取る聖に、凛は同情の笑みを浮かべるしかない。


 不眠体質である聖を心配した琴音が睡眠薬を使うのは、これで確か三度目。


 同じく睡眠に障害を抱える凛としては、他人事ではなかった。


 聖が浮かべる表情は薄くて、どうもうそくさい。それは特に本人が意識しているわけではなく、単純に顔立ちが作り物めいているのが要因として大きい。


「で、あれはどうするの? 姫」


 その質問に、凛はしばらく沈黙をとった。


 昼間みんなに改めて状況を話したとき、聖は同席していなかったが、さすがに話が早かった。からめとってくる情報がいちいち核心的なところが、こいつの嫌なところだ。


「どうもしない」


 何の感情も含めずそういうと、聖は卆なく相槌を打つ。


「いまのとこ、私たちには関係がない」


「まぁそうだけど、もう巻き込まれてるようなもんじゃん」


「……いまいち腑に落ちないんだよね」


 凛が煮え切らない口調でこぼすと、聖は笑った。


「確かに、理由がわからないね。なんとなく目指しているものはわかるけど、それを求める意味がわからない」


「いま《風雁(かぜかり)》に手を出すことに、何の意味があるのかな……」


「目的を果たしたときに得られるものに、眼がくらんだとか?」


 鼻で笑うような、冗談めいたいい方だったが、あながち冗談ではなさそうだった。


 しかし、凛は一度否定した。


「確かに得られるものは大きいかもしれなけど、リスクの方がずっと大きい。ヘタしたら組織の存在理由ごとぺちゃんだよ。そんなこと、一組織を担うものが簡単に考えるの?」


 凛の言葉に、それは、と聖は一度間をおく。


「それは組織だっての行動ならの話でしょ?」


 それは反語だった。そんなわけがないという。聖は個人の動きだと断定した。


「じゃあ、つぶすしかないんじゃない?」


「シンプルだね」


 聖は呆れたように笑い、小さくつぶやいた。


 凛は伏せ目がちに、つぶやく。


「変異……か」





 ――――――

 



 そこの住人は主に2つのカテゴリに分かれる。


 学校に行き、職場に行き、そうやって暮らすのが当たり前である《表》。そしてその裏で、日々衝突し、ときに軍事力を用いて共存する《裏》。


 さらに、その《裏》は、各組織に分かれそれぞれがそれぞれの目的にそった行動を起こしている。


 たとえば《石垣(いしがき)》。統一と団結をすべてとする警察組織。全ての組織の動きを監視し、不正を働けば法律として罰する。


 たとえば《風雁(かぜかり)》。殺戮・暗殺・護衛・防衛――あらゆる〝殺し〟を、依頼や組織自立のために行う。目的は〝調和〟と、《石垣》と通ずるものがあるが、彼らに法律などは関係ない。


 たとえば《朝霧(あさぎり)》。《表》で大企業として経済的な支配力をもち、《裏》での違法行為に惜しみなく財力をそそぐ非合法的な組織。


 そういった組織が日々交戦を繰り返し、腹を探り合い、つぶし合う中、ひときわ存在感を放つ一人の少女がいた。


 姫君。


 いつからかそう呼ばれるようになったその少女は、この世界のすべてを握り、そして全てに通じている。


 つまり彼女こそが、〝神の雫〟なのだと、誰もが言う。




 凛が暮らすそこには、いま七人の住人がいる。


 凛と一番付きあいが長い、風雁翔緒。何の目的があってか、いつの間にかまぎれていた長谷山聖。不死の迷子、二ノ宮祐。半ば無理やり救出された橘琴音。 一之瀬日向と春日の禁忌の双子。


 そして、凛、だ。


 彼らには、《名》も目的もない。


 小さな姫君だけが、そこのルールである。






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