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5-2 初陣は大活躍⁉ 初めての降伏

「きゃああ」


 エルフの少女が悲鳴をあげた。しかし、ミナトは少女に上から押しつぶされて声も出せない。


 白い人型ロボットは尻もちをつくように地面に倒された。操縦席の2人にも衝撃が伝わる。


「うっ……」


 胸にきしむような鈍い痛みを耐えながら、前方を見ると巨大な銃口が向けられていた。目の前を覆い隠すほどの大きさのモノだ。



「動くな。動けば、撃つ」

 目の前の機体のパイロットの声が聞こえてきた。



 体当たりしてきた機体はすでに体勢を立て直して、絶対的に優位な状況を築くことに成功している。巨大なライフルのような武器を向けたサンドイエローの人型ロボットがそこに居た。



 やばい、やばい。銃なんて向けられたのは初めてのことだ、記憶がないから断定は出来ないだろうけど……、いや普通の日本人が銃を向けられた経験がある方がおかしい。それは常識だったはずだ。そもそも、こんなデカい銃を向けられたことがある人がいるはずがない。

 突如現れた機体に、少年はあわてる以外の選択肢はなかった。



「どうすればいいかな……アイリス。武器とかでどうにかなったりしない?」

 

 少年はアイリスに助けを求めた。彼女ならば自分には分からないような解決策を提示してくれるのではないか、そんな期待感があったからだ。 



〈――現在、武器を装備していません〉

 アイリスは少年の質問に答えた。

 ん? どういうことだろう。武器を装備していないというのは、武器を装備していないということだろうか。じゃあさっきの武器の支援がどうのというくだりの意味は? ミナトは状況を理解できなかった。



〈――つまりマルゴシです〉

 なぜかアイリスの音声がすこしカタコトのように聞こえた気がした。でも、そんなことはどうでもいい事だ。



「え? ええ、うそでしょ⁉」


〈――これはウソではありません。危機的状況といえますね〉



 少年の頭に響く、アイリスの合成音声はまるで他人事であるかのように聞こえていた。


「な、なんでないの!」

 少年は、現在のこの状況を責める様に声を上げた。



〈――わたしの責任ではありません。どのような武器を選択して装備するか、その権限はわたしにはありません。加えて、あなたが触れて起動するまでわたしは休眠(スリープ)状態にあり、機体状況は先ほどはじめて確認しました〉



 そう言われると、アイリスの言葉に納得できる気がした。ロボットが勝手に自分の好きな武器を持ち始めたら、怖いと思う。それに彼女の状況は記憶喪失の自分と同じらしいのだ。彼女を責めるのは間違っていたと、ミナトはすこし反省する。



「たしかに、武器があったとしても僕には使えないだろうけどさ」


〈――はい。そうでしょうね。訓練を受けるべきです〉



 ちょっとだけ少年はムッとした。それは事実なのだろうけど、AIに謙遜は通じないみたいだ。ふぅっとため息をついて前を見る。銃を向けられている現実は変わらない。




「でも、これでやる事は決まったよね……降参しよう」



 はじめて人型ロボットを操縦して、謂わば『初陣』で降参のことを考えることになるとは……、カッコ悪いなとミナトは思ってしまった。初戦闘は活躍するのがお決まりのはずなのでは……、お披露目の舞台は用意されてはいないようだ。

 そう思いはしても、操縦なんて出来ないから仕方ないと思う気持ちと、問答無用でコックピットを撃ち抜かれなかっただけありがたいと思う気持ち、その両方がある。余計な事はしない方がいいだろうと少年は考えた。



 降伏をよしとしない血気盛んな性格でなくてよかった、これは『戦略的降伏』なんだとミナトは自分を納得させる。


〈――適切な判断ですね〉


 アイリスも少年の考えに同意してくれた。血気盛んなAIでなくてよかった事と、自分の意見を肯定してくれてミナトは嬉しかった。



「降参ってどうすればいいのかな?」

 白旗を揚げるとか、武装を解除するとかだろうか。相手に降参の意思を伝えるにはどうすればいいのか、少年には分からなかった。しかし、アイリスに尋ねたつもりだったその疑問は、聞こえていないはずの相手のパイロットが答えてくれた。



「通信装置を開け、所属と階級を述べろ」



〈――無線通信と拡声装置があります。理由は不明ですが、無線機ならびに電波レーダーが非常に不安定です。直接、音声を大きくする拡声装置の使用を推奨します〉


 とりあえず相手と話すことができるらしい、少年はホッと胸を撫で下ろした。話せばわかってくれるはず。……つい先ほども同じようなことがあった気がする。ミナトは、傍らの少女に押し倒されて短剣を突き立てられたことを思い出した。



 その件のエルフの少女が何かを訴えるように暴れはじめた。悲鳴を上げてからは、目をつぶって静かにしている様子だったのに。だが、パイロットの声を聴いて外を見てからは、なにやら騒がしい。



〈――私に通信させろ、と言っています〉


 アイリスは今までのように、少女の言語を翻訳してくれた。



 それを聞いたミナトは心配になった。もしかして、この少女は抵抗とかを考えているのではないか。そういえば、見るからに血気盛んな態度と言動をこの少女はしていた。顔は可愛らしいのに。

 せっかく穏便に降参する事で意見がまとまったのに、余計なことをされたらたまったものではない。



「なにをやっている! 早くしろ!」


 相手のパイロットが、痺れを切らして声を荒げた。

 とりあえず、応答しなくては反抗の意思があると思われてしまう。


「アイリス、お願い!」


〈――拡声装置を有効にするには、頭上、手前から3列目、右から4番目のスイッチを切り替えてください〉


 あっ、自分で切り替えるんだ。自動で有効にしてくれると思っていたミナトはすこし焦りながら、頭上を確認する。指でなぞりながら、アイリスに指示されたスイッチを探し当てる。



 ――これだ! 



 パチンとスイッチを切り替えた。拡声装置が有効になり、キーンと一瞬ノイズのような音がする。




 少年が喋るのも待たずに、エルフの少女が叫ぶように声を上げた。



「カトレア、私だ! ユウリだ。ユウリ・リア・ユリシーズだ!」 

 


 その声は、相手の機体と操縦者に伝わった。


 目の前のサンドイエローの機体は、銃を向けた姿勢のまま無感情で動かず動揺した様子はみられない。しかし、機体のパイロットはそうではなかった。



「なっ、なぜあなたがそこにいる!」


 明かに驚いた様子で、機体のパイロットの声が聞こえた。その声色から大人の女性なのではないかとミナトは感じた。同時に、安堵の気持ちも芽生える。よかった、敵ではないみたいだ。いや、この少女にとっては敵ではないかもしれないが、自分に対してはまだ分からない。


「知り合いなの?」


 ミナトは少女に聞いてみた。黙っていたほうが良かったかもと一瞬、少年は考えたが、いずれ自分の存在はバレることになるだろうと思い直した。


「他に誰か乗っているのですか? 誰だ、お前は……。 まさか、ユウリ様、あなたは捕虜になったのですか⁉︎」


「ち、違うよ! 地面が抜けて落ちた先に、この機体とコイツがいたんだ。私と同い年くらいだと思う。えっと、お前……敵か?」


 この状況で、それを自分に聞くのか。そもそも、捕虜になったのは僕の方じゃないか? 短剣で脅されたし、口には出さないがミナトは思っている。敵か味方か知りたいのは少年の方だった。はやく、降参したい。


「あの、武器は持っていません! 記憶がなくてここがどこかも分からないんです。助けてください」


 だんだん自分の記憶がないことに慣れてきたとミナトは感じていた。今はもう、流れるように助けを求めることができる。記憶喪失に慣れる、おかしな話だ。



「子ども……なのか? 記憶がないだと? ……ふざけているのか!」


 声変わりは終わっているはずだ、たぶん。記憶がないのは本当だし、ふざけてもいない。真剣に負けを認めて降参したい、少年の考えは変わらない。


「変なヤツなんだ、変な言葉を呟いているし……ハダカだし!」


 失礼な女の子だ、ミナトは憤慨したかった。だんだんとこのボロ布も身体に馴染んできたし、日本語は変な言語なんかじゃない、たぶん。

ミナトとエルフの少女はちょっとの間、口論を始めてしまう。



「私をからかっているのか、お前たちは!」



 緊張感のないように受け取ったパイロットは声を荒げた。やばい、怒らせてしまった。ミナトはあわてて弁解しなければと向き直った。


「違います、信じてください……」

 すがるような気持ちで少年は相手のパイロットに懇願した。



 彼女はわずかな時間、沈黙する。ミナトは緊張してゴクリと唾を飲み込んだ。少年の処遇を考えているのだろうか。



「私を混乱させるとは……。ユウリ様、色々と言いたいことはありますが、危険ではないのですね?」


「大丈夫だ! いざとなってもコイツになんか負けない!」



 言い方は気になったが、たしかにその通りだとミナトは心の中で同意する。ぼろ布一枚で丸腰の自分が、短剣を持っているこの少女に勝てるわけない。おまけにロボットも丸腰ときている。やることは決まっている。


 

「あの、とりあえず……降参したいんですけど」


 はぁっとため息をつかれた気がした。



「……いいだろう。敵ではない。保護を求めるというわけだな? 私は同盟軍聖騎士カトレア・カートホルンだ。機体の動力を落とし、ハッチを開け、降伏せよ。同盟憲章に則って貴様を保護することを誓う」


 彼女の言い方はすこし堅苦しいものだったが、少年に意味は伝わった。よかった、助けてくれる。エルフの少女は頼りなかったけど、この大人の女性は安心できそうだ。ミナトは、なにかを成し遂げたような気持ちになった。



 ――やった! 降参できた!



 降参を喜ぶことが、情けないことだとはもう少年は思わなかった。拳を握りしめるポーズをしてもいいぐらいの気持ちだ。



「ねぇ、アイリ――」


 アイリスに降参の準備をお願いしよう。そう思って少年は声をかけようとして言葉が途中で出なくなった。




 なぜか嫌な予感がする。

 鳥肌が立つような悪寒を感じて、少年の長い耳がピクッと動いた。




〈――音紋レーダーに反応あり。11時方向、距離200、機影あり。攻撃、きます〉




 状況は、少年のことなど気にすることはなく否応なく変化する。






 少年は声を上げた。


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