第9話、結界解除
「まずは分析と・・・」
そう言って自分の手に魔力を纏わせてから扉に手を添え、目を閉じる。
その後、自分の魔力を扉に流して、そこに刻まれている術式を読み取る。
すると複雑怪奇な結界魔法陣の模様が頭の中に浮かび上がってきた。
「うっ・・・」
思わず、その術式の前にレインは唸ってしまう。
術式の教科書に載っているどんな魔法陣よりも細かく無駄がない。
今まで解いてきた魔法陣の中で最も強敵な物に違いないだろう。
芸術とも言える代物がこの扉に刻まれている
よくよく見れば、二重三重に魔法陣があり、それぞれがそれぞれの魔法陣に影響を及ぼし合っていた。
つまり平面ではなく、立体の魔法陣であった。
この時点でレインは諦めそうになるが、ここで大賢者が出てくるのを待っていたらいつ起きてくるか分からない。
こちらから起こさなければ1週間は平気で寝ている人なのである。
(絶対に開けてやる!)
レインは再び目を閉じて魔法陣に魔力を流し込んだ。
どの術式がどんな効果を発揮し、どの部分と噛み合い連動しているのか、全てを解析し1つずつ外していく。
気が遠くなるような作業だが、レインは自分でも驚くような集中力でパズルを解いていく。
何せ、レインの先生は魔法に関してはプロの精霊、尚且つレインの通常魔力値や知力値は非常に高かった。
そして解き始めてから30分程経過してから。
「解けた!!」
ドアノブがガチャリと回り、さっきまで開かなかった扉が開いた。
中は小さな部屋であった。
しかし並んでいる本棚はとても大きく、その中には何百冊も分厚い本が収まっている。
更にその本棚には入りきらないらしく、床にも本が所狭しと積まれていて、いくつかの本タワーが崩れ去っていた。
そんな部屋の窓際には豪華な装飾が施されたベットがあった。
ふかふかの布団の中に、人影が寝転がっているのが見える。
緑がかった白銀色の髪を伸ばした、美しい女性だ。
お目当ての人物を見つけたレインは本タワーが崩れないようにベットの方へも移動した。
その長い昼寝を中断させる為にベットに上り込む。
そして肩を譲りながら、声をかける。
「大賢者、起きて下さい。起きて下さ〜い!」
肩を譲ると大賢者はうっすらと目を開けた。
「う〜ん・・・レインくん?・・・・どうしてここに?・・・学園に行ってんじゃ無いの?」
「・・・ちょっと色々あって退学してきました。暫くここでお世話になります。」
「あらあら・・・まぁ、いいわ。・・・・・もうちょっとだけ寝さしてね。zzz・・・」
「え!?ちょっと起きて下さい!!」
起きたと思ったらまた寝てしまいスースーと寝息を立てる大賢者の肩をまた揺さぶり始めた。
するとそれが功を奏したのか、大賢者はむくりと起き上がった。
「あぁ、ラフテルさん。やっと起きてくれたんですね。グローテルさんが・・・って、え!?」
寝ぼけ眼で寝癖が目立つ大賢者は、突然レインの事を抱きしめ、そのまま布団の中に潜り込んだ。
突然の事にレインはされるがままとなっていた。
そこに・・・
「レインくん、まだ〜?師匠も起きて下さ・・・・・・」
部屋の片づけが終わったのかグローテルさんがやっとこさ解いた結界を超えて入ってきて。
そして固まった。
「レインくん・・・何、一緒になって布団の中に入っているんですか?」
「違うんですよ!いきなり大賢者にアリ地獄みたいに引きずり込まれたんですよ!!」
別に俺は自分から布団の中に入ったのでは無い。
苦労して大賢者の結界を解いて起こそうとしただけである。
そして必至に弁解する俺を見て、グローテルさんは思い当たる節があったのか「あぁ〜」と言った。
「確かに俺も前に師匠に引きずり込まれた事があったなぁ。」
「助けて下さいよ!しっかりと抱き締められて抜けられないんですよ。」
「う〜ん、助けてやりたいけど、師匠は他の大賢者と魔法勝負とかよくやってるから魔法耐性があるんだよなぁ。師匠の魔法耐性以上の魔法となると・・・・この部屋が吹っ飛ぶからなぁ。」
実際に俺は大賢者に抱き抱えられている形になっている。
こんな美人に抱き締められて嬉しく無いわけはないが、今は全く嬉しくない。
魔法耐性は誰でも取得できる魔法であるが、その本人の魔法耐性レベルより低い魔法を当てても弾かれるのである。
地味に高等魔法であり、使える人は非常に少なく、世界中探しても100人も居ない。
大賢者に魔法耐性があっても、俺には魔法耐性はない為、この部屋が吹っ飛ぶ程の魔法を撃ち込まれたら死にはしないだろうが、無事では済まないだろう。
「そ、そ、それだけは勘弁して下さいよ!俺は魔法耐性を持ってないんですから。」
「知ってる。さて、どうしようかな。師匠が君を解放するには半日、いや1日は覚悟してもらわないと・・・別に嫌じゃないだろ?」
「どういう意味ですか?」
「いや、そんな美人に抱き締められて寝るなんて、って事。」
確かに大賢者であるラフテル•ウィン•アンバイネンは整った顔立ちと背中まである長い銀色の髪と美人と言える人である。
メディアへの露出も多く、大賢者の中でもファンが多い人である。
普通の男ならこの人に抱き締められて寝るなんて願ってもない事だろう。
だが、俺はそんな嬉しさなど今はこれっぽっちも無かった。
「勘弁して下さいよ。一応、これでも婚約者がいるんですが。」
「わ〜お、流石王族。15だっけ?その歳で婚約者がいるなんて、でも王族だからアレでしょ?」
彼が言っているのは政略結婚の事である。
精霊の血を引くスフィアナ王家には過去現在問わず、多数の王家や貴族から政略結婚の申し込みがあった。
王家に関する人間でなければ好きでもないのに結婚する、などといった事を考えている人も多い。
だが、スフィアナ王家は政略結婚でも好きでは無い人と結婚させるのは禁忌であり、王族ながらに恋愛結婚が認められているのである。
「婚約者とは違いに好きで婚約したんですよ!ってか恥ずかしいので言わせないで下さいよ!」
「うん、青春だねぇ。良いと思うよ。」
「良くないですよ、結構苦しいんで助けて下さいよ!」
そう、さっきから背中に当たる2つの物のせいで圧迫されてかなり苦しいのである。
更に今は春である、この布団はふかふかしているのだが非常に暑いのだ。
出来る事なら、サッサと抜け出したい。
「あ〜、気持ちは分かるけど方法がないんだよねぇ。」
「え〜。」
そう言いながらもぞもぞしていると胸の辺りで硬いものが当たる感触があった。
その物が分かった時、国宝とも言っていい大賢者にコレを使いたくは無かったが、仕方がない。
胸ポケットからそれを取り出しソレを大賢者の腕に当ててトリガーを引いた。
バチッ!!という音と共に大賢者の悲鳴が聞こえてきた。
「フグッ!!・・・・痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!」
「やっと起きましたか、大賢者?」
「え、えぇ、おはようグローテルって、あれ?レイン君?なんでここに。」
「師匠が彼を引きずり込んだんですよ。大賢者にスタンガンを使うとは恐ろしい人だ・・・」
そう、俺が使ったのはスタンガンである。
正確にはスタンガンを直接当てただけである。
テイザーガンは離れた相手を電気で痺れさせて行動不能にする効果があるが、スタンガンは直接肌に当てて気絶させたり痺れさせたりする効果があった。
普通なら気絶している電圧だが、魔法耐性の中に雷属性もあったようで、逆に痛みとして来たようであった。
そして、やっと起きた大賢者は何故俺がここにいるか理解してないようだ。
やはり俺を引きずり込んだのは寝ぼけていたのか。
「寝ている私にいきなりスタンガンはないでしょ!?」
「そうでもしないと色々と危険でしたので。」
「とりあえず布団から出てください、師匠。レイン君の事は後で話すそうですよ。紅茶を入れてるのでお茶にしましょう。レイン君はミルクとレモンどちらがいいですか?」
「あ、じゃあミルクで。」
「はい。じゃあ師匠も行きますよ。」
そう言いながらグローテルさんは昼寝部屋から大広間へと出て行った。
大賢者もぶちぶちと文句を言いながらもベットから降りて大広間へと向かった。
そして部屋を出ようとした時、思い出したように俺に聞いてきた。
「そう言えば結界を張った記憶があるんだけど、結界どうしたの?」
「結界ですか?頑張って解除しましたよ。」
「頑張って解除出来るなんて、末恐ろしい子ね〜。」
そう言って俺の頭を撫でて大広間へと向かった。
もう俺、15歳なんだけど、15歳になって頭撫でられるのって結構恥ずかしいんだよなぁ。
そう思いながら大広間へと向かった。
「あんなに散らかってたのに、綺麗に片付きましたね。」
「もう何回もこういう事があると、毎度毎度片付けるのが面倒になるので物などに自分の位置を覚えさせているのですよ。」
「そう、それで魔法をかけたら元の自分の位置に戻ってくれるというわけ。」
もう、さっきまでの地震が起きた後みたいな物が散乱していた状態では無くなっていた。
そこにあったのは棚などにきちんと整頓されてズラッと並べられた綺麗な部屋だった。
こう見ると、やはり研究者の部屋という感じがする。
そしてコの字に並べられたソファーの真ん中に置かれた机に3つの紅茶が注がれたコップとティーポットが置かれていた。
「さぁさぁ、レイン君は座って座って。」
「あ、はい。」
「さっきまで彼を布団の中に引きずり込んでた人が何を言ってるのか・・・」
「う〜ん、全く記憶がないんだよねぇ。」
そう言いながら2人とも自分が座っているソファーとは別のソファーに座ってそれぞれ紅茶を飲んだ。
2人が紅茶を飲むのを見て自分も目の前に置かれているコップを持って入っているミルクティーを一口、口に含んだ。
あ、これ、いい銘柄のやつだ。
そんな風に思っていると大賢者が聞いてきた。
「それで?なんでここにいるの?いや、レイン君がきてくれるのは非常に有難いのだけど、一応君は王族でしょ?もしかして家出?」
「違います。そんな事しませんよ。実は・・・」
そう言って俺は2人にこれまでの事を話した。
神事で精霊魔力の適正がなかったなが分かった事。
精霊魔力が常人並にしかない為、王族には不適切な事。
その為、学園を退学してきてここにやってきた事などを伝えた。
過去に精霊適正が無い王族は居なかった為、何が起きるか分からない為、行方不明になる事を決めた事も伝えた。
「う〜ん、レイン君に精霊適正が無い事も驚きだけど、あの国王陛下がそんな事を考えるかなぁ?」
「父が自分を消す事など思っていませんが、国にとっては不都合な事実ですから。」
「でも、それって最悪不敬罪で極刑になってもおかしくないんじゃない?」
「いえ、師匠。流石に精霊適正が無ければ王家としても覚悟を決める必要があるでしょう。彼の行動は正しいと思います。それだけこの国と精霊は互いに頼りきっていますから・・・」
グローテルさんが言った通り、このスフィアナ連邦国は精霊との協力を前提として成り立っている国家である。
精霊が居なくなれば、食料生産は大幅に減少し、食料自給率も大幅に低下。
近年は魔法に頼らない科学技術の進歩により軍事技術も発展してきたが、未だに魔法は重要な地位を占めている。
精霊という存在はこのスフィアナ連邦国とって無くてはならない存在なのである。
「まぁ、この塔は国からも干渉出来ない程の場所だから匿うのは全く問題ないんだけど。私としてはレイン君と一緒に生活できるのは非常に嬉しいかなぁ。」
「なんか師匠から不穏な空気を感じます。」
「失礼な。」
「と、とりあえず。よろしくお願いします。」
自分の言葉など聞いてないようで大賢者と賢者が言い争っていた。
それを遠目に見ながら紅茶を飲んでいると、突如天井に巨大な魔法陣が現れた。
賢者達は気付いていなさそうだけど、俺もあまりの突然の事に一瞬言葉が出なかった。
そして一瞬ピカッと光ったかと思うと、何かが飛び出してきて、俺の方へと向かってきた。