第8話、手詰まり
スフィアナ連邦国第112代国王であるフィルナンド•フォア•スフィアナは何時ものように国王執務室で日々の業務を進めていた。
部屋には沢山の観葉植物や魚が泳ぐ水槽などが設置など、室内にいる事を感じさせない造りとなっている。
そんな機械を通して水が流れる音とカリカリと何かを書類に書く音だけが響き渡るこの部屋に突如として異なる音が舞い込んできた。
「国王陛下!レイン殿下が2日前にSIRティリア中央駅で確認されました!!」
「何!?本当か?それで、何処に向かったんだ?」
「確認出来たのは一瞬でしたので、分かりません。何しろティリア中央駅は1日約300万人が利用する巨大ターミナル駅ですので・・・」
「流石に無理か・・・」
バンッと執務室の扉を開きやってきたのは国王に仕える宮内省の役人であった。
SIR、スフィアナ連邦旅客鉄道と呼ばれる日本で言うJRのティリア中央駅(日本で言う東京駅)で数日前に姿を消した第2王子のレインを見たと言う報告であった。
しかしレインは姿を変えられる固有スキル『ミラージュ』を使用でき、更にティリア中央駅は新宿駅並みの巨大ターミナル駅な為、その利用客は非常に多い。
その為、幾ら監視カメラによるシステムが構築されているこの国でも姿を自在に変えられる人を見つけ出すのは容易では無かった。
「ですが、監視カメラによる最後の記録では、レイン殿下は高速旅客ターミナルでは無く長距離通常旅客ターミナルに向かう通路でしたのである程度は絞れると思います。」
「なるほど、そのまま捜索を続けてくれ。」
「はい、了解しました。」
ティリア中央駅は独立行政法人であるSIR以外にも多数の私鉄などの路線がある駅である。
そしてその中でもSIR区画は大きく分けて3つの鉄道ターミナルが存在する。
まず通常の通勤や移動に使用する通常旅客ターミナル、高速鉄道(新幹線)などの長距離高速旅客ターミナル、そして電車の中で泊まる事を想定している長距離通常旅客ターミナルである。
それ以外にも貨物輸送ターミナルが存在するがティリア中央駅では無く、少し離れた場所にあるティリア貨物集積所に存在する。
そして、3つのうちの1つ長距離通常旅客ターミナルでレインを見たと言う報告であった。
通常旅客鉄道や長距離高速旅客鉄道などは各車両毎に防犯カメラが設置されているのだが、長距離通常旅客鉄道は各宿泊部屋が存在する為、廊下にしかカメラは設置されておらず、映らない事も普通にあり得た。
更に長距離通常旅客鉄道は大陸中の都市間を結んでいる為、捜索範囲が大陸中になる事を示していた。
「陛下!緊急事態です!!」
「何かあったのか?」
「・・・ティリファ姫にレインの事が知られてしまいました。」
「・・・・・・嘘だろ?」
「本当です。偶々レイン殿下に関する事を話している時に聞かれたみたいで、既に精霊界には居ませんでした。」
その報告を聞いたフィルナンド国王はサァッと顔から血の気が引いていった。
ティリファ姫は第2王子レインの婚約者であり、なおかつ精霊の王である精霊女王の娘でもあった。
その力は精霊の始まりと呼ばれる始祖精霊と元女神でもある精霊女王の力の両方を持っていた。
下手すれば軍隊が出動するレベルであった。
「大臣に保安隊の出動を要請するか?」
「レイン殿下だけならともかくティリファ姫まで加われば捜索は不可能です。本気で捜索したいなら保安隊だけでは無く連邦警察を突入する必要があります。」
「精霊女王はなんと?」
スフィアナ連邦国の人口は約2億6000万人、アメリカより少し少ない程度である。
しかしその警察(州警察と連邦警察)の総数は約80万人と人口3億3000万人のアメリカの70万人より多いのである。
更にこれに加え約20万人の陸上保安隊(陸軍州兵)と約8万人の海上保安隊(沿岸警備隊)が警察組織としてある事からスフィアナ連邦国の警察力が高いか分かるだろう。
ちなみに警察官80万人のうち約6万人は州警察では無く連邦警察である。
最もスフィアナ連邦国は警察官数はアメリカより多いが、軍隊の兵力はそこまで多くなく、陸軍45万、海軍24万、空軍16万、海兵隊7万の計92万人である。
一方のアメリカ合衆国軍は陸軍46万人、海軍43万人、空軍25万、海兵隊18万の計132万人だ。
この事はスフィアナ連邦国がスフィア大陸を統治しており、周辺に敵と呼べる存在が居らず、数千km程離れている為である。
その為、スフィアナ連邦国は非常に平和なのである(レムリア帝国と30年近く戦争中だが)。
そもそも精霊の血筋が入る王家が統治してきた事により内戦は殆ど無く、国土も肥沃で民衆の反乱なども無かった。
その為、あるとすれば王を狙った貴族の私兵による反乱くらいであった(勝てるわけが無いのだが)。
「・・・実は、精霊女王はレイン殿下の事で神界、女神セレスティア様のところへ行っており、今回の事はまだ知りません。」
「という事は、もしこの事が知られたら・・・・・・」
「・・・・・・」
「絶対に、なんとしてでもレインとティリファ姫を見つけ出すんだ!そういえば捜索が得意な精霊は居ないのか?」
そのティリファ姫はレインの事が大好きであるが、精霊女王は非常にティリファ姫を溺愛していた。
その為、その娘が行方不明になった事を知れば間違い無く早急に見つけ出すように要請(実質的な命令)が来るのは間違いなかった。
一応文民統制の民衆国家であるスフィアナ連邦国だが、精霊女王から迫られて断れる筈が無かった。
それ程までにこの国は精霊の力に頼っているのである。
精霊の協力が無ければ、この肥沃な土地は直ぐに草木も生えない砂漠になる事は過去の出来事が証明していた。
そして人の能力ではどうしても限界がある為、精霊に手伝ってもらおうとしたのである。
「捜索が得意な精霊といえば特化精霊である探知の精霊のディトレートや気配の精霊スティンが居ますが・・・」
「どうしたんだ、何か問題でも?」
「2人は精霊界に殆ど帰って来ずに地上界に居続けており、居場所が分かりません。」
「捜索の精霊のサーレスを出しているが、まだ見つかって無いからなぁ。」
人類と精霊が正式に交流を始めてから約6000年、精霊の中にはこの地上界が気に入りそのまま移り住む精霊も居れば、地上界の人間と愛し合いそのまま結婚する精霊も居た。
最も、それは通常精霊などであり、特化精霊や始祖精霊は一切そんな事は無いのだが、やはり文化の木薄な精霊界と違い様々な文化が入り混じる地上界は精霊にとって魅力らしく、暫く精霊界に帰らない特化精霊や始祖精霊もチラホラといる。
そして探知の精霊ディトレートと気配の精霊スティンは後者であった。
「・・・スティンはともかくサーレスとディトレートは仲が良く無いですからね。これで、もしディトレートがレイン殿下に協力していたら間違いなく二人は見つかりません。」
「・・・風の精霊は?」
「彼女もレイン殿下の事をかなり気に入ってましたからね。レイン殿下の適正属性は風と水、光、闇ですから、もし見つけても果たして協力してくれるか・・・」
「まさかレインを探すのにこんなに苦労するとは・・・精霊適正、本当に無いのか?」
特化精霊はその属性に関しては絶対的な存在であり、もし探知の精霊ディトレートがレインを能力を使い隠していたら、他の精霊が見つけ出すのは不可能である。
更にレインは精霊との相性が良かったらしく(精霊魔力適正とは別)、所持属性である風と水、そして木の精霊とは特に仲が良かった。
言ってしまえば国の総力をあげてもレインを見つけ出せる確率は五分五分であった。
そもそも精霊は気まぐれな存在であり、絶対に協力してくれるとは限らない。
ただ、精霊はその人の心を見える能力がある為、悪意を持っている人に協力する事は無いし、契約する事も無い。
その為、精霊が協力してくれているという事はスフィアナ連邦国の政府上層部にあからさまに悪意のある人は居ないという事でもあった。
もしある人が入れば精霊がこっそりと王族もしくは気に入った人に教えて、その人経由で公安などがその人を調査して犯罪があれば逮捕、無ければ左遷という事になってる。
その為、公安や政府上層部はこのスフィアナ連邦国を精霊王国と呼んでいるらしい。
そして当初、監視カメラシステムを使えば直ぐに見つかるだろうと考えていたフィルナンド国王の思惑は大きく外れて王家のみならず国まで巻き込んだ事態になるのである。
・・・・・そして、その頃肝心のレイン•フォア•スフィアナはようやく『塔』のある島に入る事が出来て、賢者グローテルに連れられ魔導工学の塔に来ていた。
「相変わらずここにある8本の塔は高い建物ですね。」
「それが塔だからね。250年前に建てられた物だとは思えないよ。さぁ、こっちだ。」
高さ400m近くある8本の塔のうちの1つの真下から上を見てそう呟いた俺に、グローテルさんはそう答えた。
彼の言う通りここにある8本の塔は250年前に、当時の国王がこのスフィールノに研究所を8ヶ所作ろうとした時に精霊が全面的に協力して出来た物である。
その精霊達は経った一晩でドワーフ達も真っ青のこの建物を作ったのである。
材料は精霊界にある物で作られた為、この地上界には存在せずに塔自体は時間による経年劣化が無い。
その為、250年経った今でも当時の美しさを残したまま聳え立つのである。
そして、グローテルさんは塔の研究者のみが持つカードを壁に埋め込まれている黒い感知装置にかざすとピピッと音がしてドアが開いた。
この辺りは地球の研究所と全く変わらないなぁ。
「それじゃあ、最上階まで直通で行くよぉ〜。」
「・・・やっぱり彼女は寝てますかねぇ?」
「これで師匠が寝てなかったら他の驚きだよ。君が来たのを知ったらどれだけ喜ぶか、」
入って瞬間にある20人は余裕で乗れる程の広さのエレベーター(利便上そう呼ぶ事にする)に乗り込みスイッチ(タッチパネル)を操作すると扉が閉まり、上昇し始めた。
そして上昇し始めて直ぐ、彼が案内人みたいな口調で話すが、彼はそう言う口調では無い。
「一時的にですよ。就職する訳ではありませんからね。」
「そういえば、なんで王族の身分を使わなかったの?」
「少し、色々ありまして。」
「・・・少しなのか色々あるのか疑問だけど、それは師匠が揃ってからだね。」
外からの見た目はコンクリートか石か分からない造りの建物だったが、このエレベーターからはガラス張りで外が見える。
海の綺麗な景色を眺めているとチンッと音がしてエレベーターが止まり、ドアが開いた。
するとそこには見た目の近代的な雰囲気から一変し、某魔法映画に出てきそうな薬品などが散乱しており、荒れていた。
物が違えばゴミ屋敷と言えるのだが、何故か部屋の雰囲気もあってゴミ屋敷より上品な雰囲気を醸し出している。
このスフィールノは日本で言う北海道くらいの場所にあり、気候は釧路市みたいな感じである。
夏は涼しいが冬は雪が積もる地帯である、しかし今は春である為、暖炉は点いていない。
「相変わらずの部屋ですね。」
「はぁ〜、ここで寝落ちしてないと言う事は・・・昼寝室か。」
「間違い無くそうでしょうね。」
「済まんが起こしてきてくれないか?俺はこの惨状をなんとかする。」
「・・・分かりました。」
そう言うと俺は反論せずに昼寝室と言うなんともふざけた部屋へと向かった。
それは自分があの惨状をなんとかする勇気がないのも理由の1つである。
下手に触れるとマズイ薬品などもある為、プロに任せるのが正解だろう。
そして、中央にあるこの部屋から出て昼寝室と書かれた部屋の前まで来た。
「はぁ、ラフテルさん〜、痛!?」
扉を開けようと手を掛けた時、急にバチッ!!と衝撃が手を貫いた。
なんか、あの、静電気が来た時の100倍くらいの衝撃。
そして俺はその衝撃の原因が直ぐにわかった。
「結界かよ、アイツどんだけ起きたく無いんだ?」
咄嗟に国の頭脳でもある大賢者をアイツ呼ばわりしてしまったが、まぁいいだろう。
今度は慎重に手を魔力を帯びさせて触るとブワンッ!と魔法陣が浮かび上がってきた。
結界が施されている場所はこの魔法陣を解かないと開く事はない。
そもそもこの結界は国の重要拠点や犯罪組織のアジトなどに侵入者を排除する為に設置される高等魔法であり、決して昼寝の為に設置する人など世界中探しても大賢者のみであろう。
そして、解除は設置よりも遥かに難しい魔法であった。
「よし!解くぞ!!」
何せ俺はこういう結界が張り巡らされている王宮で生まれ育ったのである。
更に仲のいい精霊がよくこの結界の魔法陣の解き方などを教えてくれた為、下手な魔導士よりもレベルは高いはずだ。
こうして俺は扉の前に座り込み魔法陣の解除を始めたのである。
探知の精霊ディトレートは英語のDetectから
捜索の精霊サーレスは同じく英語のSearchから取りました。