第7話、通行許可証の発行
学園を退学してから4日後、レインはSIR(独立行政法人スフィアナ旅客鉄道)を使いティリア中央駅を出発してスフィールノにあるSIRスフィールノ駅に到着した。
スフィールノは何処の州にも属しておらず、国の直轄管理都市である。
性格には研究開発特別区であり、このスフィールノでは税金を一部免除したり、控除しており、国だけでは無く、企業の研究所などが多数進出している。
そんなスフィールノだが、研究開発機関などが集中している為、警備なども厳重であり、武装した保安隊員が常に辺りを警戒している為、治安はすこぶる良い。
そんなスフィールノはスフィールノ半島と呼ばれる半島にあり、約1万5000㎢もの広さがあり、付近海域なども含めると十数万㎢にもなる。
そんな研究開発機関が立ち並ぶスフィールノでもやはり『塔』は特別らしく、沖合20kmにある淡路島程の大きさの島が『塔』の敷地らしい。
島に行くには1本しか無い連絡橋を渡るか、船で行くしか無いが、付近海域は侵入禁止海域であり、橋で行くしか方法無い。
一応鉄道用の海底トンネルは存在するが、貨物運搬用でありATOにより運行されている為、人が乗る事は出来ない。
更に島には貨物用の港や飛行場があるが、全て貨物運搬用である。
許可なく島に接近すれば、備え付けられている対空ミサイルなどで撃ち落とされるらしい。
スフィールノの入り口であるスフィールノ中央駅から連絡橋までは歩いて20分程であり、歩く事にした。
駅から連絡橋までの道のりは大通りであり脇には沢山の売店などが軒を連ねていた。
しかし、こうして見ると客の中にはいかにも研究者といった感じの人が多く、周りも全く気にしていなかった。
通りの脇に建てられたポールの先端付近には沢山の監視カメラが設置されており、警備が厳重な事がよく分かった。
そして大通りを暫く歩くと連絡橋の根元にある検問所まで辿り着いた。
検問所では多数の小銃を持った保安隊員が24時間420日(1ヶ月30日、年14ヶ月)警戒にあたっており、まるで国境検問所のようであった。
「こっから先は立ち入り禁止区域だよ。」
「塔にいる人に会いに来たんですが・・・」
「会いにって誰だ?」
「ラフテル•ウィン•アンバイネンです。」
そう言った瞬間、集まってきた保安隊員に動揺が広がった。
ラフテル•ウィン•アンバイネンは魔導工学の塔の大賢者であり、この国で最も有名な人の1人である。
彼女はある意味で謎の多い人物でもあるが、その実力は確かであり、このスフィアナ連邦国の技術発展に大いに貢献している人物の1人である。
マスコミや週刊誌の間では非常に美人で絵になる為、その方でも有名である。
「ラフテルって魔導工学の塔の大賢者様じゃ無いか。」
「会いたいと思って会える人じゃ無いぞ。」
「・・・知り合いなら携帯で連絡出来ないのか?」
「メールを送ったんですが、あの人携帯見ないんで・・・」
「・・・・・・確かに。」
そんな大賢者の1人とメール出来る関係な人は非常に少ないが、自分が見ないと言った途端に、班長と呼ばれている人は納得したような表情となった。
ラフテルという人は一言で言うと非常に自分勝手な人物であり、というより、よく寝る人である。
3日程熟睡する事も普通であり、当然その間にメールを送っても返信がある訳がない。
その事を知っているから班長も「確かに。」と同意したのである。
どうしようか?と悩んでいると彼の部下とみられる人が思い出したように呟いた。
「そう言えば今確かグローテル様が来てたよな?」
「ラフテルさんの弟子の?」
「あぁ、すまんがちょっと呼んだ来てくれないか?面識があるなら分かるだろう。」
「は、班長。しかし・・・」
「その方が手っ取り早い。もし彼が知らないならすまないが不審者という事で拘束させてもらう。良いな?」
「えぇ、彼とは面識がありますので構いません。」
グローテル•ステアニスはラフテルと同じ魔導工学の塔の賢者と呼ばれる人である。
その優秀さから他の人から賢者と呼ばれているのだが、彼はラフテルの弟子な為、賢者は認めていない。
肩書きはラフテルの補佐官であり、大賢者としてやらなければならない事などは彼が殆ど行なっている。
その彼が自分を知らなければ拘束すると言っているが、この場所はそれだけ国にとって重要な場所であり、武装した保安隊が警備してる事からもその事が分かるであろう。
最も俺とラフテルさんやグローテルさんとは何度も会っている為、『ミラージュ』をしている今、分からないという事は無いだろう。
学園にいた頃には王族としてこの『塔』にはよく来ていた。
「だ、そうだ。呼んできてくれ。」
「り、了解しました。」
「あと、ついでに本部にもな。」
「分かりました。」
本部とは首都ティリア中央州にある国家安全保障省陸上保安庁の事であろう。
拘束されたら素直に魔導通信機を出して王族という身分を明かすつもりだが、このネフィラポリスからは離れなければならない。
そして、もし離れなければならない時はどうしようかと考えていると部屋の扉が開いた。
「班長、呼んで来まs・・・」
「レイン君!?ど、どうしてここに?」
「え、あのぉ、ちょっと色々ありまして。・・・この前のラフテルさんの話を一時的にですがお受けしようかなぁと。」
「そうかそうか!間違いなく師匠も喜ぶな。あ、すまんが彼の通行許可証を発行してくれないか?」
この呼んで来てくれた保安隊員の話を遮った彼こそが賢者と呼ばれ大賢者ラフテルの弟子であるグローテル•ステアニスである。
一見すると20代の若い人に見えるがエルフと光属性の精霊とのハーフであり、どちらも寿命は無い(人からすれば)に等しい為に若く見える。
普通、そんな保安隊員の話を遮るなんて事は出来る人は殆ど居ないが流石賢者、周りの保安隊員も彼の様子にタジタジである。
ちなみにこの前の話とはラフテルさんに個々で働かないか?と言われた事である。
そしてそれを聞いたグローテルさんは通行許可書と呼ばれる、連絡橋の通行証を発行するように保安隊員に言った。
島への通行手段がこの連絡橋のみな為、連絡橋の通行許可証が入島許可証になっているのである。
「え?いや、そんなに簡単に許可証は発行出来ませんよ。本部に彼の身分を照会しなければなりませんし・・・」
「はぁ!?レインが来て何もせずに追い返したら、師匠が何するか分からんぞ!そんな恐ろしい事出来るか!!下手すると師匠が国全省に乗り込む事態になるぞ!」
ちなみに国全省は国家安全保障省の略であり、陸上保安庁を統括している役所である。
通常は『塔』の研究員以外が島に入ろうとするには塔関係者の許可書と塔を管轄している科学技術省の許可が必要である。
更に身分照会なども必要となる為、1日〜2日はデジタル化された今でも必要となる。
昔は1週間〜2週間程度の時間を必要とした時と比べると多大な進歩だろう。
そもそも観光で『塔』に行く事は一切認められておらず『塔』の誘いを受けたごく一部の優秀な人が見学に行くくらいである。
それを今すぐに出せ、さもなければ大賢者が直々に役所に乗り込むぞ!と無茶を言っているのである。
保安隊員が困惑するのも分かる気がする。
「え?ちょっと、それは非常に困るんですが・・・えっと、彼の身分などは大丈夫なのですか?」
「レイン君の身分は私が保証するし、必要なら師匠も保証する。最悪国家安全保障省と科学技術省の関係が修復不可能にまでなるぞ。今すぐに許可証を発行するんだ。」
流石に国家安全保障省と科学技術省の関係悪化という一介の保安隊員の判断の限界を超えていた。
更にタチの悪い事に相手は自分勝手な大賢者のその弟子である、冗談みたいな事だろうが彼等なら実際にやりかねなかった。
このスフィールノの保安隊員は可能な限り彼等『塔』の要請に従う事とスフィールノ研究開発特別区の条例に記載されているだ。
流石にこの条例に罰則は無いが上司からの厳重注意や担当官の出世など、下手すれば罰金より悪影響がある。
その為、この件を彼は上司に丸投げするという判断をしたのである。
託された上司の心境は地獄であろうが、まぁ、俺は知らん。
「ひっ!す、数分程お待ち下さいませ!あとお前!2人にお茶を出すんだ。」
「は、はい。」
「グローテルさん。あそこまで脅さなくても・・・・」
「ん?脅しなんて人聞きの悪い。あれは高度な交渉と呼んでくれ。」
「あの人、顔面蒼白でしたよ。」
あれを交渉術と呼ぶとはエルフはどんな話し合いをしてるんだ?
絶対にあの人、寿命が何年か縮んでいるだろうに、まぁ、これで『塔』に入れる事は確定したな。
そう思いながら俺はサッと出されたお茶をズズッとすすった。
うまい。
「あのまま発行するのに数日掛かってたら、私の命が危ないからね。でも、どうしたんだ急に。」
「ラフテルさんに会ってから話をします。」
彼のせいで、他の保安隊員もコイツ何者なんだ?という顔をしている。
今は『ミラージュ』を解除しているから第2王子であるレインの顔なのだが、まさか王子がいるとは誰も思ってないよね?
彼が何故島から出ているかは後で聞いたが法律を無効にしないとヤバイ実験を行う為、その書類を提出しに来たそうである。
まぁ、ラフテルさんにそんな事やるとは思えないし、補佐官の彼がやるしか無いよね。
そして、この15分後、見事に陸上保安庁長官まで上がったこの事案は「早急に行うように」との長官の御言葉を添えて命令されすぐさま許可証は発行された。
それはこれまでの最短発行時間を大幅に更新する記録であったらしい。
そしてようやく俺は無事『塔』というある意味国でさえ手を出さない安心地帯に入る事が出来たのである。
ちなみにこの出来事だが、流石に長官にまで伝わった事なので「あの大賢者ラフテルに新たな弟子だ!!」と上から下まで大騒ぎになったのはこの時俺はまだ知らない。
そして、その正体が第2王子だと王家が気付くのも、もう少し後である。