第2話、学園長室と退学
カルロスからの言葉に感動していると、制服の胸ポケットに入れている魔道具が振動した。
この魔道具は通信が出来、GPSを使った位置情報も分かり、インターネットで調べ物も出来るという、地球で言ういわゆるスマートフォンという物である。
地球のスマホと違うのは1人1人に1台ずつ政府から配られ常に携帯する事を義務付けられている。
この魔道具が日本で言うマイナンバーカードみたいな物であり、15年前から配布され、殆どの国民が持っている。
そんな魔道具にメッセージが届いていた。
簡単に言うと学園長室に来いと書かれていた。
「呼ばれたから、学園長室に行ってくるわ。」
「そうか。何にも無いと思うけど、気を付けてな。」
カルロスのその言葉はもしかしたら自分が消されるかもしれないという心配から来るものだった。
王族で過去に精霊との適正が無かった者は1人も居らず、多分自分が始めてだから何をされるか分からないからだ。
「あぁ、」
そう一言だけ言って部屋を出た。
高等部に入っていた3年間の間に何度通ったかも分からない廊下をスタスタと歩いて、俺は寮塔から少し離れた所にある校舎塔の最上階にある学園長室に向かった。
学園長室の脇に設置されているベルを小さく鳴らすと、直ぐに返事があった。
「入って良いわよ。」
「失礼します。」
返事の後、ガチャっと扉を開け学園長に入った。
そこにはこのエルネランド学園の長であるテスニア•フォルン•エルネランドが豪華な椅子に座って居た。
銀髪の彼女は代々このエルネランド学園の学園長を輩出しているエルネランド家のいわゆる貴族であり、彼女はその長女であった。
「話は聞いたわ。その、残念だったわね。」
彼女は淡々と、しかし悲しそうにそう言葉を吐き出した。
成績も良く、物覚えも良い自分の実力を買ってくれていたのが他ならぬ学園長である。
その為、その買っていた生徒が適正無しと分かり落胆しているのである。
「国王陛下にはこの後、直接伝えに行くわ。貴方はどうする?」
そう言われて咄嗟に言葉がスラスラと出た。
「誠に勝手ながら退学を申し出ます。」
「え?いや、でも。・・・そうね、君は王族だもんね。分かったわ、国王陛下にもそのように伝えておくわ。」
一瞬戸惑ったようだが、俺の身分と今後起こりうる状況を把握したのか、退学を了承した。
そして机の引き出しから退学届を取り出し学園長が書く欄にサラサラと必要事項を記載して俺に渡してきた。
後は俺がサインをすれば退学は完了である。
「ところで、貴方。行く宛はあるのかしら?」
「え?」
退学届に自分の名前を書いている途中、ふと学園長が聞いてきた。
余りにも突然で、一瞬変な声が出てしまった。
しかし、直ぐに考えてから答えた。
「自分は知力値が高い為、『塔』に行こうと思ってます。」
研究開発最高機関『塔』、正式には『スフィアナ連邦科学研究開発都市群治外法権特別区最高機関塔』と言う名前なのだが、長い為単純に『塔』とよばれている。
このスフィアナ連邦の頭脳とも言われてる科学研究開発都市群は複数の研究開発都市が連なった1つの研究機関である。
その中でも最高機関と呼ばれ、研究者などの憧れが『塔』である。
『塔』に入る事が出来たら、一部制約があるものの、法律を無視する事が可能で、普通なら法律により禁止されている物を使用したり、行為を行える。
当然ながら事前に必要書類の提出などがあるが、『塔』に入っているという事実だけで他人から畏怖され尊敬の眼差しで見られるのだ。
つまり、研究者として次元が違う存在にいると国が認めているのだ。
更に『塔』に配分される研究予算は他の研究機関とケタ数が違うとも呼ばれ、その研究内容は全てが秘匿されている。
スフィアナ連邦国内にありながらスフィアナ連邦の法律を超越出来る機関、それが『塔』なのである。
「それは都市群の方?それとも純粋な塔の方?」
「純粋な塔の方です。」
『塔』が開設されて百数十年、『塔』のレベルは誰もが知る事となり今では周りの研究都市群の方も合わせて『塔』と呼ばれる。
研究者などは最高機関である塔を塔としか言わないが、研究者でもない人達は都市群を塔と呼んでいる。
「・・・あのレベルは知っているの?あそこは普通の人が入れる場所じゃないわよ。」
「知っています。」
当然ながら他の研究機関と比べ莫大な予算を使用出来、法律を無視出来る『塔』に入れる人は少なく、『塔』の各研究部門の長は賢者と呼ばれる程である。
魔道工学•技術工学•生物工学•医療工学•魔術•精霊術•錬金術•召喚術の8つ存在し、それぞれのトップが総じて九賢者と呼ばれている。
主に前項4つの工学系と後項4つの術系に分かれているが、もちろん俺は工学系に行こうと考えている。
「・・・・そう、なら私が止める理由は無いわね。陛下に対して貴方の行き先は誤魔化しておくわ。」
「ありがとうございます。」
そう言い僕は学園長室の扉を開け退出した。
そして荷物を纏める為に部屋へと帰った。
「さてと・・・荷物も全て収納したし、そろそろ行くよ。」
俺の私物と言えば着替え、教科書、魔法薬とその他魔道具・・・・それらを無限収納にしまい込んで通信魔道具と財布、そしてテーザーガンと呼ばれる自衛装備をポケットなどに入れ終了だ。
このテーザーガンは自分の魔力を電気に変換し、それを放つ自衛装備である。
数分から数十分間気絶するだけの簡単な物であり射程は15m程しかないが、殺す事も無い為、身分上必要な俺は持っている。
「レイン・・・その、またな。元気でな。」
カルロスは名残惜しそうに、遠慮がちに手を差し出してくる。
「あぁ、今までありがとうな。」
名残惜しそうな親友に握手で別れを告げて、俺は3年間過ごした部屋を後にした。
その後、寮から出る際に他の友達などに会ったが皆、気まずそうに一言言葉を発するだけで呆気なく学園の出入り口まで着いた。
「さてと、行くか。」
いつまでもくよくよしてたって仕方がない。
幸いにも自分は王族という身分じゃなかったらなんの問題無く過ごしていけるだけのステータスがあるのだ。
とりあえずこの首都郊外に位置する学園から移動する為に首都中心部へと向かう鉄道がある駅に向かった。
エルネランド学園は生徒と先生、他の人達を含めて8000名もの日本と比較してもかなり大きい全寮制の学園である。
更にその隣を隣接している街などを含めてこのエルネランド市の人口は30万人程であり、日本で言うと58市ある中核市程の規模である。
その為、その中心部にあるエルネランド市駅は日本の地方都市規模の大きさを誇る駅である。
学生向けなどの商品を売っている商店街を通り抜けた所にある駅に着いた。
エルネランド市駅は様々な施設がある複合施設であり、150m級の駅ビルが2本建っており、その根元部分に駅がある。
この世界は非常に文明レベルが発展しており、科学技術レベルは1980年代程だが、魔法レベルやこの世界独特の資源がそれを補っておりそれらを加味したレベルは2020年の日本を超える。
だが、最近になって科学技術の進歩が凄い勢いで発展しており1年で地球の2年〜3年分の発展ぐあいである。
特にこのスフィアナ連邦があるスフィア大陸はオーストリア大陸の約1.5倍程ある為、各都市を結ぶ交通網が発達している。
更にスフィアナ連邦はこのスフィア大陸全土とその周辺の島々を領土にしている為、その移動だけで大変なのである。
その為、交通システムは嫌でも発展していく。
電車の運転は全てATO(自動列車操縦装置)で高速鉄道と通常の鉄道が上手く組み合わさっており、移動がとても楽だ。
ちなみに高速鉄道はいわゆる国鉄だが、通常の鉄道は私鉄である。
とある理由により一時文明が衰退したみたいだが、30年経った現在はそれらを垣間見える物は何もなかった。
日本の改札みたいに通信魔道具(便座上スマートフォンと呼ぶ事にする)を機械にかざして通り抜ける。
ファンタジー要素満載のこの世界だが、日本と技術レベルはかなり似ているので俺でも簡単に使う事が出来た。
エルネランド市駅から首都のティリア中央駅で2区間で30エルであり、1区間だと25エルだ。
エルはこのスフィアナ連邦の通貨であり、1エルで10円程である。
つまり、30エルは日本円で300円程である。
ちなみに1区間辺りの距離は日本より長い為、高いか安いかは意見が分かれる所である。
学生なら無料だが、俺は学園を退学した為、通常料金である。
一定間隔で運行している電車に乗ると15分くらいで首都中心部のティリア中央駅に到着した。
流石首都と言うだけあって午後7時過ぎだが人も多い。
このまま、高速鉄道で化学研究開発都市群に行くのも良いが、その前に向かうところがあった。
駅から20分程歩いた場所にある商業ビルの一角にその店があり、その足で店の中へと入った。
「いらっしゃいませ〜。って殿下ですか。」
「久し振りだな。マコモ。」
彼はマコモ•ルクセン、ドワーフ族の有名な魔道具師である。
魔道具師とは国家資格で、取得がかなり難しい資格でもある。
彼はその魔道具師の中でも世界的に有名な人物であり、オーダーメイドの魔道具を専門に扱っていた。
数年待ちは当たり前の超人気の魔道具師であり、俺が入るまで奥の工房で何か作ってたみたいだ。
ちなみに俺の持っている自衛用のテーザーガンも彼に作って貰った品で、お値段は一般に売っている物の10倍程である。
「あれ?門限が7時じゃなかったですか?また怒られますよ。」
「いや、もう戻る事は無いよ。」
寮の門限は夜7時までなので7時過ぎの今は完全にアウトだ。
だが、俺がもう戻る事は無いと言うと彼は少し呆然としていた。
「え?どういう事ですかい?それに、確か今日は測定の日じゃなかったですか?」
「精霊との適正が無かったんだよ。だからもう俺は王族じゃ無い。学園も退学してきた。」
そう言うと彼は有り得ないといった顔で俺を見てきた。
「・・・嘘、だろ?」
「セレスティア様から預かった神器が嘘をつくわけ無い。俺には才能が無かったんだ。」
「そんな・・・」
こういうのを見ていると自分の情けなさに怒りが込み上げてくるが、それが自分の才能だった。
天才と言われながらも色々な挫折を味わったが、今回のが一番の挫折だ。
「はぁ・・・とりあえず、その話はやめましょう。ところで、これからどうするんで?」
「当てはある。とりあえず魔石や精霊石を買い取って貰いたい。」
そう言い俺は無限収納から宝石みたいな綺麗な石を出した。
バケツ一杯分はあるその鉱石は俺の学園に居た9年間の間に錬金術で触媒から生成した物だ。
「こ、これは見事な精霊石だ。素晴らしい程に生成出来ている。・・・分かった。殿下の事だ、どうせ『塔』に行くんだろ?」
「あ、あぁ。その通りだが。」
「測定の事は詳しくは聞かない。これを買い取って欲しいなら全部買い取ろう。暫く待ってくれ。」
そう言うと俺が出した魔石や精霊石を電子顕微鏡みたいな魔道具に設置してレンズを覗き込んだ。
こうなれば彼は仕事モードだから、俺が何を言っても彼の耳には届かない。
仕方がなく、奥の部屋にあるソファーに座るとエルフの女性が飲み物を出してきた。
「私は貴方に精霊との適正が無いとは思えないわ。」
そう言った彼女はあのマコモの妻であるフィーナ•ルクセンである。
彼女もまた魔道具師の資格を持っている職人だが、作る方では無く整備する方の職人である。
ちなみにこの国、世界では多種族間の結婚は別に珍しくは無い。
「しかし神器で精霊魔力値180と表示されました。」
「180!?貴方が?」
「ゔっ!・・・は、はい。その通りです。」
驚いたように大声で言われた為、危うく飲んでいたお茶を吹き出しかけた。
っていうか、彼女がそんな大声出す所始めて見たよ。
「そんなに精霊魔力が溢れ出しているのに・・・いや、セレスティア様から預かった神器が故障などするはず無いし・・・・・もしかしたら魔力と精霊魔力が混ざり合っている?・・・いや、それなら健康審査で異常が見つかる筈だ。いや、もしかして・・・・・・・・」
「あ、あの。フィーナさん?」
小声で早口で話している彼女の言葉は全く聞き取れない。
こうなったら彼女と会話するのは不可能だ。
今まで何回かあるが、完全に自分の世界に入り込んでいる。
フィーナワールドである。
(無理だ。大人しく魔石と精霊石の鑑定が終わるまでお茶でも飲んでおこう。)
そう思いソファーに座りなおして小声でぶちぶち言っている彼女を放置してお茶を啜った。
そしてふと呟いた。
「電車の時刻、間に合うかな?」