第15話、帰宅
レインが学園を退学してから9日が経った4月3日、レムリア帝国海軍艦隊の分断戦を超えての侵入とスフィアナ連邦国軍の無人偵察機の撃墜によりレムリア帝国との5年ぶりの紛争が始まった。
このニュースは国中を駆け巡り1日が経つ頃にはほぼ全ての国民の目に触れた。
ワイドショーでは連日、レムリア帝国とスフィアナ連邦国の戦力差や過去の戦争からの予測をしており、この辺りは日本より戦争慣れしているとレインは思っていた。
地球みたいに数千万人が犠牲になるような大戦が起きていないこの世界は小規模な戦争や紛争は地球よりも数多く起きていた。
原子爆弾のような大量破壊兵器も無く、つまり戦争に対するハードルが低いのである。
地球の中では戦争に対するハードルが高い日本で生きていたレインにとっては周りの空気は異質であったが、既に15年もこの世界で生きている為、最初は戸惑いもあったが、もう既に慣れきっていた。
レインも戦争は好きでは無いが、防衛戦争まで反対してまで相手国に支配されるのを良しとする程、平和ボケはしていなかった。
そして、昨日ティリファから父達が自分の事を探していると聞いて帰る事にした。
「あら、帰っちゃうの?」
「はい。戦争が始まりましたし、父が自分の事を探しているそうなので。」
「早く帰らないと母が心配して降りてきてしまうから・・・」
「そ、そそ、そうね。貴方に関しては早急に帰った方が良いと思うわ。」
ティリファの母である精霊女王が降りてきてしまったら、騒ぎになるので大賢者ラフテルも顔を引きつらせながら答えていた。
行きは首都ティリアから塔のあるスフィールノまで鉄道で1日程だったが、ティリファと契約した今、空間転移で一瞬で家である王城に帰宅出来た。
その為、ティリファと一緒に転移で帰ることにしたのだ。
「また来ますので。」
「はい、待ってます。」
「ラフテルさん、次来た時はちゃんと起きていてくださいね。」
「前向きにご検討の上、善処するわ。」
「師匠、どこでそんな言葉覚えてきたんですか?」
「ちょっと、大陸の人からね。」
大雑把な性格の人が多い大陸でそんな日本人みたいな言い回しをする民族は1つしか居ないが、今は良いだろう。
まぁ、次に来てこの人が起きていた方が心臓に悪い為、寝ててくれても良いのだが。
「はぁ、次来た時に寝ていたら遠慮なくスタンガンを首元に当てます。」
「・・・そうしてください。」
俺がスタンガンを当てた後、半日程痺れが取れなかったらしく、彼女はかなり嫌がっていた。
まぁ、スタンガン当てられて嬉しい奴は居ないと思うが、大賢者ラフテルさんは耐性がある為、気絶する程の電流を当てても気絶せず、後からじわりじわりと来る為、余計だろう。
「ちょっ!電気は駄目!!」
「では、お世話になりました。」
「さよなら〜。」
大賢者の叫びを無視して俺とティリファは魔法陣を展開して転移する場所である王城の座標を入力して転移した。
俺達が転移した後、何を聞きつけたのか魔術科の人達が駆けつけて大賢者ラフテルと賢者グローテルを質問攻めにしたのだが、それは俺達が知る事は無かった。
その頃、首都ティリア中央州のティリア城内にある会議室、ここは王城の地下にあり、首相官邸や防衛総省、国会議事堂からも地下通路で繋がっており、有事の際の中会議に使われる部屋であった。
この部屋は地下にあるが、地上にあるかのように自然豊かであった。
室内は水が流れる音が聞こえ、会議に使われる椅子やテーブルなどは水上庭園のように池の真ん中にあった。
これは会議で熱くなったのを冷ます目的で作られており、水は王城の隣にある精霊湖から引かれていた。
否、そもそも城が精霊湖の上に作られている為、隣では無いのだが、それはひとまず置いておく。
そんな自然豊かな場所に今は深刻な表情をした人達が椅子に座っていた。
国王陛下に補佐官、首相に各中央省庁大臣など、一般人はテレビなどでしか見ないようなその顔ぶれに、これから始まる会議の重要性を物語っていた。
「まず初めに、防衛総省から現在に至るまでの経緯について説明させて頂きます。昨日の22:15に我が国の偵察衛星が雲と雲の間に不審な艦隊を発見、更に詳しく画像解析を行ったところ、それがレムリア帝国海軍艦隊だと判明しました。23:40に警戒飛行中だった302警戒飛行隊のE-4早期警戒管制機に情報収集するように命令、またこの際に任務を3時間延長しました。」
「そして日付は変わり本日2:15にE-4のレーダーがレムリア帝国海軍艦隊を探知、その結果上陸部隊を載せていると思われる輸送艦や空母を含む25隻の艦隊だと判明しました。その時点で停戦協定で定められている分断線を超えていました。3:50には無視偵察機が艦隊の空母艦載機とみられる戦闘機に撃墜され我が国はレムリア帝国と戦争状態に入りました。」
防衛総省の大臣や担当者によりこれまでの経緯が簡単に説明された。
出席者は各タブレットに写っている情報を見て、ある者は頷きながら、ある者は努力を否定されて項垂れながら説明を聞いていた。
「外務省です。既にNATOに戦争状態に入る事を伝えており、NATO本部からも承諾を得ています。よってレムリア帝国との戦争で不戦協定に違反する事はありません。」
不戦協定とはNATOで定められた戦争禁止条約の事である。
この場合に禁止されている戦争とは侵略戦争であり防衛戦争は認められている。
そして防衛戦争する場合にも機構に報告する義務があり、報告を怠ったり侵略戦争を行なったら最悪機構を脱退させられる事もあった。
スフィアナ連邦国程の影響力がある国家が脱退させられる事は無くても、機構の秩序を維持する為には大国としての自覚を持って機構のルールは守らなければならない。
「なるほど、ではレムリア帝国の侵攻に対する具体的な対策を聞かせてくれ。」
「はい。既にレステア島に配備されている第5地対艦ミサイル連隊やローサル島の第8地対艦ミサイル連隊、そしてその他の迎撃部隊は準備を完了しています。更にフォルテ空軍基地にB-6戦術爆撃機を前進配備しました。またこの事態が発生した時現場から半径1500km圏内にいた第4巡航艦隊と第8巡航艦隊を現場に向かわせ、その他の2個巡航艦隊も向かわせています。」
「巡航艦隊や潜水艦による攻撃の後、巡航ミサイルを多数搭載したB-6による波状攻撃を行い敵艦隊を殲滅します。今回の戦争の終わり方は・・・外務省に任せる他ありません。弾薬費など請求出来れば良いと考えています。」
防衛総省は国を守る国防の任を担っており、戦争を終わらせるのは交渉担当の外務省である。
防衛総省の担当者は前回の停戦協定の時の外務省の苦労を知っていた為、遠慮越しになっていた。
対レムリア帝国との交渉を任される外交官はエリート中のエリートだが、交渉担当に選ばれて嬉しい人は誰もいない。
周りからは尊敬と畏怖の念で見られるが、見られる方からすれば拒否してでもやりたくない交渉である。
ちなみにその報いとしてレムリア帝国との交渉を担当した人が次の外務大臣に任命されるが、それを差し引いても嫌な任務である。
「だ、そうだ。外務省、何か言いたい事はあるか?」
「・・・・・・いいえ、有りません。それが仕事ですから。」
「そうか、ではこれでレムリアに対する会議は終了しよう。次に・・・息子、レインの事だが。」
そう国王が言った瞬間、会議参加者一同の顔から正気が消えていった。
レイン殿下の事は百歩譲ってまだ良い、だが精霊王女までもが行方不明になると、精霊女王が何を言ってくるか分からない。
彼等にしてみればレムリア帝国との戦争より恐ろしい事態であった。
レムリアとの戦争は技術的に優位にあるスフィアナ連邦国軍が勝てば良い。
だが、精霊女王に関してはこのオーストリア大陸の1.5倍もの面積があり、人口2億5000万人いる中から探さなければならない。
警察や保安隊を大規模突入して探せば良いのだが、公には出来ない事だった。
担当大臣である国家安全保障担当長官もまさか王族であるレイン殿下1人を見つけ出すのにこんなにも苦労するとは思わなかった。
本来味方であり、探すのが得意な風の大精霊がレインの捜索を拒否しているのである。
何故か?と彼女に聞いても「レインなら無事よ。」と言って話を剥ぐらして全く協力してくれないのである。
こんな事初めてであった。
「誠に申し訳ありませんが、全くと言って良いほど手掛かりがありません。」
「まさか!何者かに誘拐されているのでは!?」
そう言ったのは外務大臣であるが、その考えは直ぐに否定された。
「いえ、それは無いでしょう。それならば精霊が黙っていません。彼は精霊王女の婚約者ですから・・・」
「た、確かに。それならばバラバラ死体があっても不思議では無いか・・・」
法務大臣の恐ろしい呟きは頷く者は居ても、否定する者は一人も居なかった。
それだけティリファがレインを愛している事は周知の事実であり、最悪精霊が街を破壊しても不思議ではなかったからである。
精霊庁長官はそれだけは勘弁してくれ、と祈るように手を合わせていたが、誰も慰めれる者は居なかった。
今のままだとレインが国王になる事は確実だが、その場合の影響力が計り知れなかった。
精霊との繋がりが強化される事によって安定をもたらすが、もし夫婦喧嘩でもした時の事を考えると手放しに喜べなかった。
「・・・・・・」
「では、レイン殿下とティリファ姫の捜索はこのまま内密に続けるという・・・」
国王補佐兼首相補佐のフェルニールがそう言おうとした時、突如彼の真上に光り輝く魔法陣が現れた。
この部屋は魔法が使えないように魔道具を設置しているのだが、それを超えて現れた魔法陣に会議参加者達は驚きを隠せなかった。
警備の保安隊員は最悪の場合に備えてテーザーガンを魔法陣に向けた。
そして唯一、真上に魔法陣が展開されていたフェルニールだけがこの後の展開を容易に想像していたが、逃げるには遅すぎた。
「ふぎゃ!!」
「いてててて。ちょっとティリファ、高さ間違えたんじゃ無い?」
「多分、間違えた。」
10m程あるこの部屋の天井付近に展開された魔法陣から落ちてきたのは議題の当事者であるレイン第2王子とティリファ姫であった。
そして2人が居るのは2人が落ちてきた事により潰された補佐官のフェルニールの上であった。
「レイン!!」
「あ、父上。お久しぶりです。」
国王フィルナンドの呼びかけに、なんとも気の抜けた答えを返したレインだったが、椅子に座っていた十数名の会議参加者のうちの一部の人達は「今までの苦労はなんだったんだ?」と目を閉じて光源が設置されている天井を見上げた。