第14話、戦争の始まり.2
レステア諸島沖上空を飛行中のスフィアナ連邦国空軍のE-4早期警戒管制機は通常の警戒監視飛行を行なっていた。
現在スフィアナ連邦国が加盟しているNATO(北アスティア海条約機構)とスフィア大陸南方にあるレムリア帝国は現在休戦中でありいつ戦争が始まってもおかしくない情勢であった。
NATOによるレムリア帝国の宇宙開発阻止により交流も無い為、10年〜20年程の技術格差があった。
スフィアナ連邦国はNATO加盟国内で最もレムリア帝国と距離が近い為、常にスフィア大陸とレムリア大陸の間にあるレステア諸島を狙われていた。
『こちら機長、残り1時間で基地に帰投する。』
「こちらレーダー担当、了解。」
パイロットがいるコクピットからの機内無線にそう答えたレーダー担当。
7時間にも及ぶ長い警戒飛行も残り1時間で終わる。
残存魔導燃料はまだ10時間程飛行出来る量が残っているが、その燃料は何かあった場合に備えての燃料な為、全て使い切る事はない。
今いる位置からフォルテ空軍基地までは約2時間程の距離である。
「あと1時間か・・・」
「プラス帰投時間が2時間の3時間ですね。」
レーダー担当官が残存飛行時間を話している。
音が重要な対潜哨戒機ではない為、任務中に話す事も許されている。
そして、帰投まで残り1時間を切った時、機内の別の場所に居る通信担当官から機内無線が入った。
『通信担当よりレーダー担当へ!空軍中央司令からレムリア帝国軍と見られる艦隊がレステア諸島に向かってると衛星映像の報告あり。任務を3時間延長して警戒に当たれ!』
「なっ!?こちらレーダー担当。敵艦隊の規模は?」
『現状、敵艦隊付近は分厚い雲がかかっている。分離線内だそうだ。水属性の精霊も詳しい規模が分からないそうだ。そちらのレーダーで確認してくれ。』
「・・・レーダー担当、了解。」
空軍中央司令、正式名称スフィアナ連邦国航空宇宙軍ティリア中央司令センターからの報告である。
首都ティリアの防空を担っているティリア中央空軍基地に司令部は設置されいる。
人口衛星からの情報などを統括しているのも航空宇宙軍であり、7年前に空軍から航空宇宙軍となったばかりであった。
レムリア帝国軍の動きはスフィアナ連邦国だけでも十数基の偵察衛星が24時間体制で観測にあたっている。
この広い海で発見するのは非常に難しいが、偶々発見できた事は奇跡に近いだろう。
更にそのレムリア帝国海軍艦隊とおぼしき艦隊はレステア諸島に向かっており、戦争になる可能性が非常に高かった。
「おい、嘘だろ!分離線内に侵入って、停戦条約はどうなっている!」
「・・・確実に停戦協定破棄の侵攻ですね。」
「間違い無く戦争になります。」
「・・・・・・マジかよ。」
「フォルテ空軍基地より無人偵察機と戦闘機が発進したそうです。」
分離線は5年前の停戦協定で決められたレムリア帝国とスフィアナ連邦国双方から同等の距離で定められた分断線の事である。
停戦協定によると分離線より向こう側の海域に通告なく侵入すれば停戦協定は自動破棄されると規定されている。
その為、スフィアナ連邦国に通告がなされてない今、両国の関係とレムリア帝国の過去のやり方を見れば間違い無く戦争になる事に間違いなかった。
「戦争か?」
「過去の4度の戦争を見ていると恐らく紛争止まりかと・・・」
「外務省の努力は5年で消えたか」
「付近の戦闘機は?」
「・・・ちらほら確認出来ます。」
また戦争が始まったという事はスフィアナ連邦国外務省やNATOの担当職員がまたレムリア帝国と停戦•終戦交渉をしなければならなかった。
何故NATOの担当職員なのかと言うと、この戦争はレムリア帝国対NATOの戦争であり、例えスフィアナ連邦国としか戦闘を行なって居なくても形式上はNATOと戦争を行なっている事になっているのである。
その為、停戦•終戦(99%無いが)交渉にはNATOの担当職員も同席する事になるのである。
これも全てスフィアナ連邦国では無くNATOに宣戦布告したレムリア帝国のせいである。
当然ながら平時態勢だからと言って全く戦闘機が飛行していない訳がなかった。
今いる位置のすぐ後方は空軍の訓練区域な為、戦闘機が訓練しており、別の場所でも実弾を搭載した戦闘機が警戒飛行にあたっていた。
この場所は最南端に位置するノルト島よりも南に位置している為、民間機の空路では無く、民間船の航路でもなかった。
「・・・経った今、付近海域に戦時避難勧告が発令されました。」
「海軍艦隊は?」
「地方艦隊はいますが巡航艦隊は付近に居ません。恐らく艦隊が居ない事を見越して侵攻してきたんでしょう。」
「潜水艦か・・・」
「恐らく。」
スフィアナ連邦国海軍は160機も及ぶ対潜哨戒機や潜水艦を使いレムリア帝国海軍の潜水艦を監視しているが、新型旧型含めて100隻以上にも及ぶレムリア帝国海軍の潜水艦を全て探知するのは不可能である。
幾らが技術的に劣ると言っても戦争状態でない時の侵入を防ぐ事は困難である。
両国の技術格差は2010年代の海上自衛隊と2000年代の中国海軍と同等の差くらいである。
「この海域には居ないと言っても近くにはいるだろ?」
「はい。1番この場所から近いのはえ〜と、北東方向に870km地点に第8巡航艦隊が居ます。同じく北東方向1150km地点に第4巡航艦隊が。」
「ちょっと、遠いな・・・」
スフィアナ連邦国海軍は5つの主力艦隊と8つの地方艦隊を有していた。
主力艦隊の方は空母を有する3個戦隊12隻からなる空母打撃群を1〜3艦隊、2個戦隊8隻からなるミサイル打撃群を4〜5艦隊である。
空母打撃群の方は空母1隻とミサイル軽巡洋艦2隻、防空駆逐艦を3隻、汎用駆逐艦を6隻の12隻である。
ミサイル打撃群の方はミサイル重巡洋艦2隻と防空駆逐艦2隻、汎用駆逐艦4隻の8隻である。
基本的に他国への遠征訓練や戦闘以外で打撃群として行動する事はなく、基本は各戦隊毎に行動する。
そしてその戦隊が巡航艦隊と呼ばれているのである。
第8巡航艦隊は第3空母打撃群所属で、ミサイル軽巡洋艦1隻、防空駆逐艦1隻、汎用駆逐艦2隻の巡航艦隊である。
一方の第4巡航艦隊は第4ミサイル打撃群所属で、ミサイル重巡洋艦1隻と防空駆逐艦1隻、汎用駆逐艦2隻の巡航艦隊であった。
共に航空母艦は有しておらず航空戦力は無いが、それぞれ各打撃群の中でも2個目と1個目の巡航艦隊であり、最新鋭艦が配備されていた。
そして地方艦隊は汎用駆逐艦3隻からなる地方巡航艦隊と沿岸域戦闘艦艇3隻からなる地方隊で形成されている。
『コクピットよりレーダー担当及び通信担当へ。これより戦闘機2機が護衛に入る。』
「レーダー担当、了解。」
『通信担当、了解。』
戦時ではない時は、常に戦闘機が早期警戒管制機の護衛に張り付く事はまず無いが今は戦時であり、敵に空母が存在する可能性がある以上護衛は必要であった。
スフィアナ連邦国航空宇宙軍は足の長い双発大型戦闘機(例:F-15やSu-35)と、足は短いが安価な単発小型戦闘機(例:F-16やグリペン)の2本立てだが、今回は足の長い双発大型戦闘機が護衛についた。
ちなみに武装は全て対空ミサイルで完全実践装備である。
「レーダー担当より通信担当へ。敵艦隊との距離700。」
『こちらレーダー担当、これより司令本部とのリンクを開始する。』
「レーダー担当、了解。」
早期警戒管制機は空飛ぶレーダーサイトと呼ばれる程、大量の情報を収集出来る。
敵であるレムリア帝国が人口衛星を保有していない以上、艦艇に設置されている対空レーダーか、空母に搭載されている早期警戒機とどちらかしか無い。
レーダー画面上は敵艦隊の上空を4機の直上機(護衛機)と見られる戦闘機が飛行しているが、このE-4を捉える事は不可能だろう。
一般的に現代艦艇だと普通レーダーだと200km前後、イージス艦でも500km程である。
戦闘機でも100km〜150kmであり、半径700kmを探知出来るE-4では気付かれる事なく監視できる。
現在無人偵察機が向かっているが、それまではE-4が本部にデータを送る事になる。
「空母と見られる大型艦艇4、大型輸送艦と見られる中型艦艇8、戦艦と見られる大型艦艇1、巡洋艦と見られる中型艦艇4、駆逐艦と見られる小型艦艇8。計25隻の艦隊と見られる。」
『通信担当、了解。本部より交代の機が上がったとの報告があった。これより帰投せよとの事。』
『コックピット、了解。これより基地に帰投する。』
レーダー画面上では詳しい艦影などは分からないが、大きさなどから大体の予想はつく。
今までも分離線ギリギリにまで近づき挑発する事はあったが、駆逐艦数隻などの小規模艦隊のみであった。
それが戦艦や空母、更に8隻もの輸送艦となると完全にレステア諸島を占領しに来ている。
ちなみにこの世界では戦艦の時代は地球より早く終わり、航空主兵論が主流となった。
その為、スフィアナ連邦国では巡航戦艦ならともかく、大型戦艦を建造する事なく巡洋艦や空母の建造に取り掛かった為、大型戦艦は建造していない。
一方のレムリア帝国は当時真っ先に大艦巨砲主義が海軍の重要な地位を占めた為、今でも多数の大型戦艦が残っている。
今でも大艦巨砲主義は一定数いると推測されており、その為金食い虫の戦艦を廃艦出来ないという予測もある。
だが、現代艦艇にとって防御力の極めて高い戦艦は極めて脅威であり、ミサイルが命中しても簡単に沈まない。
だが、例に戦艦大和の建造費は現代価格だと1500億円から2000億円な為、ユニットコストは良いと言える(維持費は比べ物にならない程高いが)。
その為、他の駆逐艦や巡洋艦より難敵である。
そして、交代に上がった別のE-4に監視任務を引き継いでE-4はフォルテ空軍基地に帰投した。
その後、艦隊にわざと接近した無人偵察機は艦隊の護衛に着いていたレムリア帝国海軍空母艦載機の対空ミサイルに撃墜され、改めてレムリア帝国が停戦協定を破棄して侵攻してきた事が明らかとなった。
この事を受けスフィアナ連邦国政府はNATOにレムリア帝国と戦争状態に入る事を報告し、ローデシア方面隊のデフコンレベルを2から4に引き上げ、他の全ての州でも1から3へと引き上げられた。
ローデシア州政府はレステア島以南の島々の住民に対し避難命令を発令した。
防衛総省は2個海軍巡航艦隊をローデシア州に派遣、空軍も1個戦闘飛行隊、1個爆撃隊をレムリア島の2ヶ所の空軍基地に派遣した。
こうしてレムリア帝国海軍が停戦ラインを超えた事により第5次レステア紛争が始まったのである。