第12話、原因
レインの失踪から約1週間が経過した。
私、スフィアナ連邦国第112代国王であるフィルナンド•フォア•スフィアナは本日の政務を終わらし、応接室へと向かっていた。
なんでも補佐官のフィルニールがエルネランド学園長のテスニア•フォン•エルネランドから至急報告する事がある、と伝えて来たからだ。
数日前にはレインの婚約者である精霊女王の娘が精霊界から失踪し、事態はどんどん大きくなっている。
現在1500人体制でレインと婚約者のティリファ姫の捜索を行っているが、手掛かりは全く掴めていない。
昔と違い交通網が発達した現代ではこの広いスフィア大陸から特定の人物を見つけ出すのは非常に困難である。
本来なら至る所に設置されている監視カメラなどにより発見出来るのだが、レインは固有スキル『ミラージュ』を持っている為、姿を変える事が出来る。
その為、監視カメラ網のAIを持ってしても全く探知出来ないのである。
更に、こんな時に頼りになる筈の精霊は創作系の特化精霊が同じく行方不明などにより殆ど役にたってない。
妻のリフェルティア•レア•スフィアナは「レインなら何処にいるかしら?」と言い、殆ど心配していなかった。
息子のレインは性格は妻に似て隠れるのが上手な為、こういう時になるとレインにGPSを付けとけば良かったと後悔する。
「待たせたな。」
「いえいえ、こちらこそ。」
「それで、至急報告したい事とななんだ?」
「はい。実は・・・」
貴族であるエルネランド子爵家が王族であるスフィアナ王家と話したい事があると言われ簡単に会える訳が無い。
しかし、それが第2王子であるレインの事になると話は別で最優先で会える。
その為、話したい事とは相当な重要である事が容易に想像がつく。
「レイン殿下が神事を行った神器は『個別適性検査』に必要な魔力が供給出来ない為、1週間に1回、更に1回10人までと決められています。前の週にレイン殿下は1番最後に行われ、神器はそのまま定められた位置に仕舞われました。」
「あぁ、それは知っている。なんでも相当な魔力が必要だとか・・・」
その魔力量は最新鋭の駆逐艦の魔力精製量に匹敵する程の量であった。
更にそれだけの設備で精製しても経った10人程の神事で使い切ってしまう為、神事は非常に効率の悪い事である。
そもそも神器は女神セレスティア様から預けられた物であり、一々人の魔力量など気にしていない。
魔力が比較的多い魔人と呼ばれる種族が補給しても500人程の全魔力が必要になるのだからユニットコストは計り知れない。
「はい。それで前回の神事から1週間後の今日、別の10名の生徒の『個別適正検査』を行ったところエラーが発生しました。」
「エラーだと!?あの神器は女神セレスティア様から預かった物では無いのか!」
「はい。しかしそのエラーが妙でして、検査項目のうち通常魔力値•知力値•体力値とその他の項目は正常でしたが唯一精霊魔力値だけがエラーだったんです。その為、その10名には別の施設で行いました。」
各教育機関にはそれぞれ神器が設置されている為、別の場所で行う事は可能である。
そもそもこういう事を防ぐ為に各教育機関は互いに示し合わせて、時期をずらすのである。
「なるほど。では、レインの精霊魔力値は間違っていたという事だな?」
「はい。その後、神器を専門の技師が検査したところ精霊魔力値を測る装置が振り切れていたそうです。」
「振り切れていた?」
「はい。ですので恐らくレイン殿下の精霊魔力値が高すぎて装置が振り切れて故障、それに気が付かないまま神器をしまい込んで、今日判明したという事です。」
幾ら神器と言っても整備しなければ使えなくなる物である。
時空遅遠魔法を掛けるという手も存在するが女神様から預かった神器に余計な事をするべきでは無いという声もあり、掛けられていない。
その為、特別な資格を持った魔導整備士(国家資格)が定期的に点検•整備を行っているのである。
普通は経年劣化による箇所が主であり、点検した魔導整備士もキャパオーバーによる箇所は初めてであろう。
「すると、レインの精霊魔力値は高いという訳だな!」
「はい、。そういう事になります。」
「そうか、よし!この事を首相にも伝えろ。」
「はい!」
「・・・実は、その事についてなんですが、1つ問題が・・・」
「問題?」
現在、第2王子のレインの捜索に保安隊や連邦警察など総勢2500人体制となっており、来週にも3000人体制に増員される予定であった。
レインの携帯は着信拒否になっており、特別な魔法がかかっているのかGPSによる捜索も不可能であった。
相変わらず監視カメラのAIでも発見出来ず、国家安全保障担当大臣は非常に焦っていた。
そんな時、更に追い打ちをかけるように判明した事実、もはや捜索体制は更なる増員が決定されたも同然であった。
何しろ王子兼精霊王女の婚約者という事実に歴史上未だ嘗て無いほどの精霊魔力の持ち主というのが加わったのである。
もはや全勢力を使っても見つけ出す必要があった(レインが転移魔法を使えるようになった事はまだ知らない)。
「はい。神器の最高値は9999です。しかし、その計測装置を振り切ったという事は、少なくとも1万以上の精霊魔力値があるという事で、前代未聞になります。」
「フィルニール、精霊魔力値が多いと何か問題があったか?」
「・・・精霊魔力値が多いという事はそれだけ精霊に近い存在という事です。もし、そうなら先祖返りの可能性も。」
「つまりどういう事だ?」
「王族的には問題どころか歓迎すべき事でしょう。しかし国民が騒ぎ立てる事は間違いありません。異常な程の精霊魔力値を持つ王族が結ばれる予定の者が精霊王女ともなると、余計です。関係諸国に対する説明も必要になるでしょう。」
現状、ただでさえ何かと精霊に関する話題が多いスフィアナ連邦国だが、更に精霊との結び付きを強める事になると他国との要らぬ軋轢を生む可能性が高い。
スフィアナ王家は精霊の血が入っている王家な為、他の王家から見ても特別扱いであるが、これ以上ともなるとこれまで以上に政略結婚などの要請が増える可能性があった。
スフィアナ連邦国はこの世界では大国であり、他国が手を出さない程の軍事力も持っている。
しかし、現状有効関係にある国家との関係に傷を付ける事は、なるべくなら行いたく無い。
「組織への説明も必要ですな。」
「NATOか・・・」
NATOは正式名称が北アスティア海条約機構(North Asti Sea Treaty Organization)と言い、この世界の国連にあたる国際機関である。
このスフィアナ連邦国のあるスフィア大陸を地球の日本に当てはめると(面積などに差はあるが)ナスヴァルナ大陸がユーラシア大陸、リディーラ大陸が北アメリカ大陸、レムリア大陸がオーストリア大陸と言った位置関係である。
最もスフィア大陸とナスヴァルナ大陸は5000km程、スフィア大陸とリディーラ大陸は4000km、リディーラ大陸とナスヴァルナ大陸は3万km程離れているという違いはあるが。
そして30年前の大災害のせいで無政府状態のナスヴァルナ大陸と覇を唱えるレムリア大陸は交流が全く無い。
一方のリディーラ大陸はスフィア大陸と同じく自然豊かな大陸であり、多数の国家が存在していた。
そしてスフィア大陸とリディーラ大陸、そしてその周辺の島々の諸国家で設立されたのが北アスティア海条約機構である。
ちなみにアスティア海はスフィア大陸とリディーラ大陸の間にある太平洋並みの大きさを誇る大洋である。
スフィアナ連邦国はその経済規模•軍事力•影響力からそのNATOの3ヶ国しか居ない常任理事国を務めている。
しかしそもそも加盟国間での国家対立はなきに等しい程、友好状態が続いている為、主には無政府状態のナスヴァルナ大陸と戦争状態のレムリア大陸に関する事が議題の殆どを占める。
その為、無理を押し通すのは理論上は可能だが、外交関係の悪化や常任理事国としての責任から不可能であろう。
そもそも、精霊女王が認めた婚姻の為、各国に駐在している大使が説明すれば良いだけでわざわざ困るような事でもなかった。
だが、最悪の場合に備えて説明はギリギリになる為、その辺りに関しての心配があった。
「説明に関しては現地の大使が行えば問題ありません。根回しという程でも無いかと・・・」
「そうだな。そもそも精霊女王が認めた婚姻だ、他国が口出しする権利もないだろう。」
「反発するのはゲルデ•ボルグくらいだろうが、心配するに越した事はないな。」
「ふむ。」
反精霊過激組織『ゲルデ•ボルグ』は精霊が人類にとっての危険な存在だと考え、精霊を排除しようとする過激組織である。
元々、リディーラ大陸の諸国家の国教であるベルダン教の過激派集団なのだが、そのベルダン教が人属至上主義の教義であり、人間は神に選ばれた存在である為、他の種族は排除すべきという考えである。
人族やエルフ、ドワーフ、獣人族などの多種族国家で形成されているスフィア大陸やリディーラ大陸では全く広まらなかった宗教である。
しかし人族の割合が非常に高いナスヴァルナ大陸やレムリア大陸では広まり国教にまでなった。
ナスヴァルナ大陸の諸国家が滅んだ今、信仰するのはレムリア大陸の人々だけであるが、その中でも過激派『ゲルデ•ボルグ』は精霊も排除対象だと考えている組織である。
流石のベルダン教も精霊は敵に回したら不味いと考えていたようで精霊に関しての言及は一切しなかったが、彼等は精霊を排除するのが目的である。
その為、NATOでも『ゲルデ•ボルグ』は危険組織とみなされ各国の諜報機関が厳しく取り締まりを行なっており、最近は見かけない組織である。
しかし、まだ支援していたナスヴァルナ大陸の崩壊から30年しか経ってなく、レムリア帝国は戦争中の為、工作員として送り込んでいる可能性があったのだ。
「とりあえず、早急にレインを見つける。」
「あぁ、その通りだな。ティリファ姫は恐らくレイン殿下のところに行ったであろうな。」
「あわよくば契約している事を願おう。」
既に契約出来ている事などつゆ知らず、レイン及びティリファ捜索要員の大幅増員が決定された。