第10話、王室典範
「これは・・・魔法陣?」
「えぇ、空間転移の魔法陣よ。」
「空間転移?・・・・という事は。」
転移魔法は超高度な魔法だが、別次元から別次元に移動出来る空間転移を使える種族は1つしか無い。
ちなみに、この『塔』のある島には全域に結界が張られており転移魔法は使えない。
だが、結界は空間転移だけは結界の特性上、弾く事は出来ない。
「し、しかし。なんでここに空間転移の魔法陣が・・・」
次第に魔法陣から漏れ出す光が強くなり余りの眩さに全員が目を閉じた。
そして、再び目を開けるとそこには、白銀色の長髪。
目を閉じてる為、瞳の色は分からないが、身長は自分と同じか少し低いくらいの少女が立っていた。
そして、何よりその身体から漏れ出す淡い光がその少女が人では無く精霊だという事を物語っていた。
「・・・精霊?いやかなり高貴な精霊だ。」
「属性が分かりません。何者でしょうか?」
「・・・・・・」
大賢者と賢者が2人で思考するが、精霊という事しか分からないみたいだ。
賢者のグローテルさんは光の精霊と人間のハーフであり、見ただけで精霊かどうかは直ぐに分かる。
精霊は隠匿が上手い為、精霊かどうかなど見ただけでは分からない。
2人が話している隣で俺は驚きの余り、呆然としていた。
そして、しばらくするとその精霊の少女が目を開けた。
開かれた瞳は左は碧色、右は碧色のオッドアイで、しばらく辺りを見回し、俺を見つけると俺の方へと駆け寄ってきた。
「レイン!良かった、無事だったのね!!」
「ティリファも元気そうだね。というより、よくここに僕が居るって分かったね。」
「う〜ん、何というか勘かな?何となくこの辺って分かったのよ。」
「恐ろしい第六勘だね。」
駆け寄ってくるなり、僕に抱き付いてきた彼女は非常に軽かった。
これは比喩では無く、殆ど重さを感じないのである。
精霊は殆どが魔力などで構成されている為、人みたいに重さが殆ど無いのだ。
その為、彼女が抱き付いてきても僕はふらつく事なく、彼女を受け止められた。
そして、久し振りに会えた彼女と話してくると隣から遠慮がちに聞いてくる声がした。
「あの〜レイン君?その精霊を知っているのかい?」
「あ〜、すみませんでした。ティリファ、この人は大賢者のラフテルさんと賢者のグローテルさんだよ。」
「あら、失礼しました。私の名前はティリファ、レインの婚約者です。よろしくお願いします。」
僕が自己紹介するように言うと、彼女はコホンとわざとらしく咳をして、2人の方を向いた。
そして、礼儀正しく2人に頭を下げて、挨拶をした。
そこはしっかりと上流階級の礼儀正しさが見て取れたが、僕に会えて、嬉しくて仕方がないと言った感情が薄っすらと顔に出ていた。
「え?え?婚約者!?レイン君って婚約者いたの?」
「え?いや、さっき話しませんでしたか?」
「いやぁ、冗談だと・・・しかし、精霊が婚約者か、ある意味国家機密じゃないの?」
「そうですね、この事は王家の人間と一部の精霊、国の上層部しか知らない事ですね。」
「・・・・」
一応、国民向けには僕に婚約者は居ないという事になっている。
その為、ティリファの事を知っているのは僕の家族や、僕などを世話する王城の人間。
一部の精霊や精霊女王の姉である女神セレスティア、スフィアナ連邦国の政府上層部や宮内省の一部の人のみである。
ある意味では無く、普通に国家機密である。
「そういえばティリファがここに居るって誰か知ってるの?」
「いえ、誰も知らないわよ。レインが居なくなったって聞いて精霊界から直で来たから。」
「そうか、ありがとう。」
「ふふふ、どういたしまして。・・・っていうか、何でレイン。いきなり行方不明になったの?」
「・・・実は学園の神事で、僕に精霊魔力が無い事が分かったんだ。だから僕は王族として不適切だし、君と契約する事も出来ないんだよ。」
和やかな雰囲気が一変、非常に重い空気になった。
僕が俯いて、その事実を伝えると、ティリファは目に涙を浮かべて僕に言ってきた。
「・・・関係ない!レインに精霊適正が無くても、私がレインが好きな事に変わりは無いよ。・・・・でも、王族としては・・・」
「ありがとう。だから行方不明なったんだよ。」
「・・・分かったわ。じゃあ、私も行方不明になる!レインがここに居るなら私もここに居るわ。良いわよね?そこの人間!」
涙を浮かべて興奮気味に話すティリファにいきなり上から目線で聞かれた大賢者はしどろもどろになりながら答える。
今まで大賢者という立場上、上から目線で言われた事無いんだろう。
2人は精霊でも少女だから仕方がないと思ってるかも知れないが、ティリファは実際に上の立場の人だという事を2人はまだ知らない。
というより、流石に精霊女王の娘という事は分からないようだ。
「え、えぇ。全く問題無いんだけど。大丈夫なの?」
「今、お母様は神界に行ってて問題無いわ。戻って来てもお母様なら直ぐに私の居場所くらい分かるでしょう。」
「・・・・・今、ちょっと聞こえたらいけない言葉が聞こえた気がするんだけど・・・」
「えぇ、私もです。師匠。」
僕とティリファの会話に不穏な単語が聞こえた大賢者と賢者は他では見せられないような狼狽えようで合意をした。
そして、ティリファの涙を拭き取ってあげて、落ち着いてからティリファの紅茶もグローテルさんが入れてくれた。
ちなみに僕と同じミルク派である。
「そういえば、さっきから言おうと思ってたんだけど・・・」
ティリファも加わった4人でクッキーを食べながら紅茶を飲んでいると、突然大賢者が話してきた。
「なんか起きてから身体が非常に痺れるというかビリビリするんだけど、なんでか知ってる?」
「あぁ、師匠がレイン君を抱き枕にしている時にレイン君が中々起きない師匠にスタンガンを使ったからでは?」
「え!?あんた、私のレインを抱き枕にしたの!?私もレインを抱いて寝たい!!」
「今度ね。」
そういえば余りにも2つの物が背中を圧迫して苦しかったからスタンガンを使ったんだった。
ティリファが横から関係ない所に突っ込んでたが、僕がそう言うと「約束ね!」と言っていきなり上機嫌になった。
よく分からん。
「・・・スタンガンね。でも、なんでこんなに痺れが続くのかしら?」
「多分ですが、師匠に魔法耐性があったからでは?レイン君の持つスタンガンは電圧が高いですし、普通なら気絶しますから。」
「はぁ!?そんなのを私に当てたの?」
「いや、苦しかったからつい・・・」
確かに人に向けて使ったのはこれが初めてだけど、僕の持つスタンガンは特別性で、他のスタンガンより電圧は高い。
そもそも持っている人の魔力を電気に変えて放電するスタンガンなど普通は売っていない。
つまり特注性、一応だが無限収納に拳銃も入っている(使ったことないが)。
「という事は、私は見てないけど推測するに、普通なら気絶する程の電圧だけどこの人が魔法耐性があった為に電圧が緩められ、それが逆に痺れをもたらしたという事になりますね。」
「ま、多分その通りだね。」
「魔法耐性が無かったら気絶、あったら痺れ、どっちも嫌だな。」
「嫌なのは私よ!」
いや、悪いのは寝ぼけて締め付けた貴方だよね?
俺は正当防衛ですよね?
「っていうより、なんでそんな人が気絶するレベルのスタンガンを持っているの!?しかもそのタイプはテイザー銃の機能も付いているやつじゃない。人が気絶する程のレベルやテイザー銃を持つのは銃刀法違反よ!」
「そうなのレイン?」
「あぁ、一応銃刀法で離れた相手に発射出来るテイザー銃型の物と人を気絶出来るレベルのスタンガンは所持が禁止されているんだよ。」
「いや、いるんだよ。じゃなくて!バレたら問題じゃないの?」
「師匠、レイン君は王族ですよ?」
「いやいや、王族なんて関係ないじゃないの!」
どうやらグローテルさんは理解しているようだ。
そう、普通の人はこのスタンガンを持っていたら銃刀法違反で逮捕されてしまう。
だが、僕は普通の人ではない。
「師匠、スフィアナ連邦国憲法第1章第2条を知っていますか?」
「そりゃあ知ってるわよ。・・・あっ」
「レイン、憲法第1章第2条ってなんなの?」
「ん?スフィアナ連邦国憲法第1章第2条『国王及び王族の権利と義務は国会の議決した王室典範により定められ、他の如何なる法律及び条文もこれを縛る事が出来ない。』つまり僕を含む王族は法律で裁く事の出来ない唯一の存在なんだよ。」
「そう、つまり彼が銃刀法に違反するレベルのスタンガンを持っていても王室典範に抵触していない限り法律でこれを裁く事は出来ないんだよ。」
スフィアナ連邦国憲法第1章は王族に関して定められた事が書かれているスフィアナ連邦国の憲法である。
第1条〜第7条まで定められており、国王及び王族の地位(第1条)王族の権利及び義務(第2条)王位の継承(第3条)国王の国事行為(第4条)摂政(第5条)任命権(第6条)財産(第7条)がそれぞれ書かれている。
そしてこれらの事について詳しく記載されているのが王室典範であり、こちらは法律である。
だが、そもそも王族には不逮捕特権がある為、逮捕するには国王の承認が必要不可欠となり、国王が逮捕される事は無い。
「よく今まで改正されないのか非常に不思議な条文だよね。」
「王族の君が言うのもどうかと思うんだけど。まぁ、10年程前にね、議論になった事はあるんだよ。でもでも内閣府の世論調査で71%の国民が改正に反対だったから立ち消えになったね。」
「まぁ、我が国は渋々権力を議会に渡した訳じゃ無いからなぁ。王族が議会を作って、議会というか国民に権力を移譲していったし、過去に問題になった事もないからね。」
日本では第2次大戦の敗戦によりアメリカ中心のGHQにより半ば強制的に天皇の権力放棄などが決められた。
だが、スフィアナ連邦国は国王自ら権力などを放棄していった為、国王が決めるか国民の圧倒的な賛成がないと変える事は出来ない。
そもそも国民にとって精霊は絶対的な存在であり、その精霊の血が入っているスフィアナ王家も絶対的存在なのである。
その為、不敬罪が存在し最高刑罰は極刑だが、これまで適用された者は殆ど居ない。
「王室典範自体、継承権とか権力しか書かれてないから意味ないと思うんだけど。」
「まぁ、改正が必要だと国民が考えたら改正されるよ。」
「憲法第1条は確か国民の3分の2以上の賛成でしたよね?」
「・・・・・・」
スフィアナ連邦国憲法は全10章95条からなり、それぞれ改正に必要な賛成などの条件が異なる。
国会(第7章)や内閣(第8章)、財政(第6章)、捕捉(第10章)は国会の全議員の3分の2以上が必要で軟性憲法にあたる。
だが、軍隊(第3章)、司法(第9章)、地方自治(第4章)、国民の権利及び義務(第5章)、最高法規(第10章)は国民の過半数の賛成が必要で硬性憲法にあたる。
そして王族(第1章)と精霊(第2章)に関する事は国民の3分の2という、変更させる気は無い厳しい条件となっている。
ちなみにスフィアナ連邦国の憲法は法律の上にある為、中国みたいに憲法の上に党があるなどという事は無い。
「・・・まぁ、つまり。彼がこのスタンガンを持っていても使っても問題無い。以上!」
サッと顔を晒されて、強引に話の幕を降ろされた。
これ以上、聞いても仕方がないので、諦める事にした。