第1話、精霊魔力適正無し
「・・・残念ながら君は精霊術師にはなれない。」
9年にも及ぶ学園卒業間近に高等部3年生全員に行われる神事『個別適正検査』の結果の後、唐突に言われたのがその言葉である。
「そんな・・・」
一度発動したら半永久的に灯を発し続ける魔道具により照らされている石造りの部屋。
俺は気を失いそうになりながらも結果が書かれているパネルを何度も見た。
しかし、そこに書かれている数値が変わる事無く示され続けていた。
精霊魔力値:0180
精霊魔力値とはその名の通り精霊の力を借りる事の出来る力の具体的な数値である。
一般の適正の無い人は100〜200前後、精霊術師の見習いである精霊使いは500以上の値が無いとなる事は出来ず、精霊術師は1000以上。この国スフィアナ連邦の最強の座にいる精霊術師の値は2600であった。
つまり俺の値は精霊術師どころか精霊使いすらなる事の出来ない一般人という事になる。
「他の数値は正常とは言い難い値だが、君の場合はその、重要では無いな。」
どうやら他の数値は平均値以上のようだが俺にとって重要なのは精霊魔力値。他の数値などは正直どうでもよかった。
「君の父、フィルナンド国王陛下には私から伝えておこう。とりあえず寮の部屋に帰りなさい。恐らく後で学園長から呼び出しがあると思うが、とりあえず一旦気持ちを落ち着けるんだ。」
俺が所属するSクラスの主担任のクラウス•シュナイダー先生がそう言ってくる。
彼も俺の事にはかなり期待していたからかなり落ち込んでいるだろうが、今の俺には関係無かった。
「・・・・はい。」
俺は一言そう言ってこの神事の間から逃げるように出て行った。
部屋の外には他の先生も居たが、誰も自分とは話そうとせずせずに慰めるかのように軽く肩を叩かれるだけだった。
ーー俺はこの国、立憲連邦君主制であるスフィアナ連邦の王族に生まれた。
父はこの国の国王(立憲連邦君主制の為、別に首相が存在する)であるフィルナンド•フォア•スフィアナで母は王妃のリフェルティア•レア•スフィアナである。
この国は精霊と呼ばれる自然の化身の力に強く依存しており、その精霊との仲を繋ぐのが王族の役目でもある。
その為、王族には精霊術師レベルの精霊魔力が必須であり精霊(自然)至上主義のこの国で何よりも重要なのが精霊魔力値なのである。
精霊との適正が無い、それは王族として致命的な欠点なのである。
練習次第では多少の上下はあるが大きく変わる事は無い。
最もそれだけでは無く他の通常魔力値や知力値、そして固有スキルが高い者は研究機関や軍に入る事が出来るが王族である自分はいくら通常魔力値や知力値が高くても精霊魔力値が高くなければ意味が無いのである。
まぁ、何故自分がこんなに落ち込んでいるかという説明は置いておいて、自分は前世の記憶がある転生者である。
10歳の時に魔術の練習中に自分の魔力を使い切ってしまい倒れた時の衝撃で思い出したのである。別に思い出したからといえ見知らぬ世界では無く、それまでの記憶もあって何事も無く進んだ。
しかし正直言って前世の時の自分の記憶は殆ど無く、迷彩服を着た人が居た記憶から多分自分は自衛官だと思う。
軍事装備を目の前にしてひたすら実験を行なっていた事から海上自衛隊でも航空自衛隊でも陸上自衛隊でも無く自衛隊の装備品開発などを行う防衛省の隷下である防衛装備庁の研究開発員だと思われるが殆ど自分に関する記憶が殆ど無い。
そして何故死んだかも分からない。流石に一応国家公務員(特別職)の身分なので過労死では無いと思うが、事故死か病死かはたまた開発実験中の事故なのかは分からないがら自分は死んでこの世界にいる事は確かだ。
先程の神事『個別適正検査』で一応自分の固有スキルが分かった。
固有スキルと言っても同じスキルの人もいれば自分だけのスキルの可能性もある。
自分のスキルは☆3の『ミラージュ』、☆4の『無限収納』、同じく☆4の『魔眼』、☆5の『精製』の3つである。
☆はその固有スキルのレベルを表しており、☆1から☆5まであるが☆5は自分しかいないスキルの為、実質的には☆4までである。
☆はアルカナとも呼ばれ固有スキルはこの世界ーーステイリフィアを守護する神々から祝福を受け、その力の一端が下賜される。
アルカナは1つの人もいれば何個も貰う人もおり、その授かったアルカナにより職業を決める人もいる。
この国では数は問題では無いが国によってはアルカナのレベルにより自分の身分が決まるなど厳しい場所もある。
そもそもの話、この世界では神々と人との距離は異常に近く、他の国は知らないが、スフィアナ連邦ではこの星の女神セレスティアを見る事の出来る機会もある。
☆3の『ミラージュ』はその名の通り自分の姿を変えるスキル魔法であり、王族は全員持っている事から(多分お忍び用)自分も親からの遺伝だろう。
次の☆4の『無限収納』は亜空間に物を収納出来る能力である。
他人の無限収納は☆3の筈だったが、まぁいいだろう。
次の☆4の『魔眼』には色々な種類があり嘘を見破る魔眼や遠く(数km〜数十km先)を見る事の出来る魔眼などがあるが、自分のはまだ分からない。
最後の☆5の『精製』に関しては持っているのが自分しかいない為、さっぱりわからない。
やっぱり、この学園に通っているうちに自分は天狗になってしまったのかもしれない。
学園のテストでは毎回成績は1位だったし、魔術も精霊との意思疎通も他人が苦労しているのに比べたら簡単に出来た。
周りから天才ともてはやされ、自分なら精霊魔力値1000越えもありえると思っていたが、神様はちゃんと見ていたようだ。
いや、俺は何にも期待していないと言った方が正しい。
他の数値が高く、固有スキルもあるのが神様の俺に対する温情だろう。
つまり、この結果は女神セレスティアが俺に対して「君が王族なのは相応しくない」と言ったも同然の結果なのだ。
知力が平均値より高いなら学者や前世と同じく研究開発者になるのも良いだろう。
魔力値が高いなら軍や警察などに入るのも良いだろう。
どちらにせよ、王族という身分は無くなるのは間違いない。
唯一の救いはこの世界の科学技術レベルは地球並みにあり、王族全員に行われるDNA鑑定により自分が国王と王妃の子供だと証明されている事だろうか。
いや、この場合は王家の恥である俺が王族の一員である事を証明された為、救いでは無いか。
親子関係が立証されていないなら王族では無いと言うだけで自分は親の居ない人として生きて行けるが親子関係が立証されているなら王族の恥である自分を殺そうとするかも知れない。
あの優しい両親がそんな事をすると思いたくないが、国王である。
嫌でもやらなければならない時がある立場の人だ、早急にこの学園を出て行方不明となる方が双方にとって都合が良いだろう。
荷物を纏めてここを出よう、恐らく学園長の話は退学に関する事だろう。
自室の扉を開けると黒髪の男が椅子に座ったまま此方を見てニヤリと笑った。
「お、どうだった次期国王陛下殿よ。精霊使いレベルか?それとも精霊術師・・・」
「よう、カルロス。お前とは9年間楽しくやらせてもらったよ。出会えて良かった。お前ならリーク国王の元で立派な精霊術師になれるさ。」
彼の言葉を遮り淡々と述べた言葉に呆然とする黒髪の男ーーカルロス•カーマインは代々精霊術師を輩出してきたカーマイン家の次男であり、彼の精霊魔力値は0870で精霊使いレベルだった。
その為、卒業後は国家資格である精霊使いの資格を自動的に取得してこれから活躍するだろう。
リークは俺の兄で第1王太子である。
俺の事をとても可愛がってくれたが、精霊との適正が無い事を知ったからといって、多分冷たくされる事は無いと思うが、関係を断つだろう。
彼は適正値1250でこのままいけば間違い無く次期国王兼大統領だろう。
次期国王に相応しく成績や適正値を残している為、彼なら上手くこの国を治めるだろう。
「180だった。・・・どうやら俺に王族としての資格は無いみたいだ。」
「う、嘘だろ・・・お前が180の訳無いだろ!!測定器の故障じゃ無いのか?」
「あれは女神セレスティアから授かった神器だ。壊れる事なんて無いよ。」
「そんな事ってあるかよ!」
まるで、自分の事のように怒ってくれているから自分も冷静で居られる。
王族のいう身分上、友達と言える友達はそこまで多くない自分にとって親友とも呼べる存在が彼だった。
だから、寮も同室にしたし、日々も楽しかった。
でも、それは今日までみたいだ。
「仕方がないさ、それが俺の力だという事だ。」
「・・・で、でもお前、契約するって約束した精霊が居たんじゃないのか?」
「ティリファか、今は精霊界に帰ってるし、自分に彼女と契約出来る力は無いよ。彼女も新しい契約者を見つけるだろう。」
ティリフアは自分と子供の頃から仲が良かった精霊である。
しかし契約は成人(この世界でも18歳)しないと出来ないと法律で決まってる為、成人する卒業式まで待っていた。
だけど、自分の精霊魔力値だと彼女の力を支える事は出来ないだろう。
無理に契約してしまうと、最悪身体が耐え切れずに魔力崩壊を起こし数年間は寝たきりの生活を送る羽目になるだろう。
それだけはゴメンだし、彼女も嫌だろう。
「・・・それで、これからどうするんだ?」
「クラウス先生は後で学園長に呼び出されると言っていたから直ぐにでも呼ばれるだろう。俺は退学するよ。」
「だが・・・・・そうか。」
彼も分かっているのだ。
精霊使い及び術師の才能が無い人は精霊至上主義のこの国の王族として相応しく無い事を。
王族は精霊との意思疎通を図りながらこの国を動かしている。
才能の無い者がこの国を動かしたら、間違いなく色々と立ち行かなくなり、この国は滅びるだろう。
「・・・だが、1つ言わして欲しい。お前に適正が有ろうが無かろうが、王族で有ろうが無かろうが、お前は俺の親友だ。何かあったら俺に頼ってこい!」
「ありがとう。」
ただ単に嬉しかった。
確かにこの国では精霊との適正が無い人でも冷たい目で見られる事無く生きていく事が出来るが、ある人と無い人では間違いなくある人の方が優遇される。
それでも親友と言ってくれる彼の言葉が嬉しいかった。