5.次に乗る時も
【α/θ】
佐和子の披露宴の日がやってきた。
慣れない衣装とお化粧に、何度も鏡を覗き込んで、私はやっと披露宴会場にたどり着いた。
会場に入ってパンフレットを一度確認してから、自分の席の方に目を向けると、ライトブルーのワンピースを着た女性が、手を振っているが見えた。香奈枝ちゃんだ。
香奈枝ちゃんは、私と小中学校が一緒だった。実は、進学した高校が佐和子と一緒で、仲が良かったのだという。
そんなことはこれまで知らなかったので、事前に佐和子から席次表を見せてもらって、香奈枝ちゃんのフルネームを見つけたときには、本当にびっくりした。
苗字が珍しいので、多分私の知り合いと同じに違いない、とすぐに話した。佐和子も確認すると驚いて、香奈枝ちゃんの隣になるように手配してくれたのだ。
「麻子ちゃん、久しぶりね」
「本当に久しぶり。中学を卒業してから、一度も会っていないものね」
左隣に座りながら、だいぶ大人びた香奈枝ちゃんの姿に中学生の香奈枝ちゃんの姿を重ねた。
「まさか佐和子ちゃんの友だちだったなんて知らなくて、びっくりしたわ」
香奈枝ちゃんにしても、意外な出来事だっただろう。
「私も。不思議よね」
そう相槌を打った。
不思議なのは、それだけではないと心の中で思う。何しろ、時間鉄道の夢には香奈枝ちゃんも出てきたのだから。私からすると、本当のところはあの夢以来の思いがけない再会だった。
佐和子の高校の友人たちと私は、集まってすぐに話が弾んだ。佐和子のお相手の広田君の話をしたり、佐和子の近況を話したり。
今日までの間に、私は佐和子に広田君のことをいろいろ訊いてみた。ちょっと探った、とも言える。
広田君は、佐和子が所属していたサークルで知り合った同級生らしい。佐和子のお兄さんの友だちではなかった。その点、夢とは違う。
佐和子のお兄さんも友人も、夢の中では曖昧で、顔もよく覚えていなかった。
披露宴に呼ばれて、実際の二人にも初めて会うことになった。夢と同じかどうかははっきりしなかった。
でも、話しやすそうなお兄さんと朴訥な感じの広田君のイメージは一致した。その程度は偶然なのだろうけど。
「佐和子はやっぱり家庭的なところがあると思う。かといって、それだけでこじんまりと収まる感じじゃないけど。早くに結婚したけど、仕事も続けるんだってね」
そんなふうに友人たちが話すのを聞いて、私も頷いた。佐和子の就職先もそれなりに業績のある会社だった。
「仕事も恋愛も、佐和子はすでにいいご縁があったのね」
香奈枝ちゃんがそう話す。すると、ベージュピンクのドレスを着た、隣の友だちが口を尖らせた。
「何でもすんなりうまくいく人って羨ましいわ」
私の右隣に座っていた茶系のボレロを着た友人と、薄紫のスーツを着た友人が、深く頷く。
そんなことないのにな、と私は思う。
佐和子が浪人したことはきっと知っているんだろうけど、予備校時代にどんなに迷い、悩んでいたのかは知らないんだろうなと考えた。
私は、カーキ色のドレスに、母から借りたパールのネックレスをつけてきた。親友佐和子の晴れ舞台とあって、ちょっと大人っぽくしてみたつもりだ。
もう一人、ワインレッドのツーピースを着た友人が話した。佐和子は、お色直しでカクテルドレスを着るという。
「先に聞いたんだけど、レモン色のさわやかなドレスだそうよ」
「そうなんだ。楽しみね」
同じテーブルの六人、みんなで和やかに話し合った。
そういえば、佐和子はレモン色が好きだったなと思い出した。特に尋ねたことはなかったけど、持っている筆記用具とかポーチとかにその彩りが多かったので、好みなんだなと感じていた。
私たちの座っているテーブルの中央には、薄黄色のスイートピーやオレンジ色のダリア、ひまわりのようなものなど、黄色系でまとまった花々が飾られている。
ふと、香奈枝ちゃんが言った。
「そういえば、一度夢で麻子ちゃんに会ったことがあるの。ホームを歩いていたら、通っていく電車の窓に麻子ちゃんが見えたのよ。絶対に麻子ちゃんだった。どこかでまた会うって知っていたのかしら」
「えっ……」
香奈枝ちゃんのほうから夢という言葉が出てきたことに、一瞬動揺した。それに、電車のホームで会うって確か……。私は懸命に記憶を探った。
私が黙っているので、香奈枝ちゃんが続けて話した。
「おかしな夢だったのよ。私、現実に小学校の時、仲良しの子たちと、校庭に卒業記念にタイムカプセルを埋めたの。好きな男の子の名前を書いたり、将来やりたいことを書いたり。大学一年生の時のことなんだけど、急にそのことを思い出して、自分がどんなことを書いたか忘れてしまっていたから、ちょっと気になってて。そうしたら、レモン色っぽい電車に乗って、橘第四小学校へ行こうとする夢を見たのよ。それがね、結局駅に着いたら、帰る電車が三時間もないって分かったの。それで諦めて帰ろうとしたら、反対側に電車が来て、ちょうど出発するときに見たら、麻子ちゃんがいたの。ごめんなさいね、変な話で」
香奈枝ちゃんが笑う。他のみんなも「面白いね」「不思議な夢ね」と言葉を返して笑った。しかし、私は驚いて声も出なかった。
あの夢をすっかり思い出したからだ。
私は時間鉄道に乗っていて、ホームを歩いている香奈枝ちゃんを確かに見たのだ。
よくよく考えると、なぜ急に夢に香奈枝ちゃんが出てきたのか全く分からない。でも、もしもレモン色の電車が私の夢の中を本当に走っていて、香奈枝ちゃんの夢の中でも走っていたとしたら、会うことってあるのかもしれない。
だけど、偶然かもしれないなとも思う。そもそも、本当に佐和子と時間鉄道に乗っていたわけではない。現実には私が寝坊して見た夢で、佐和子本人はブルーベリーのパンケーキを焼こうと、私に電話を掛けてきたのだから。
香奈枝ちゃん以外の人は、どこかで気になっている人ばかりだった。上谷さんとか、博美ちゃんとか。そして、佐和子の占いの話だ。みんな現実に影響を受けた私の夢ともいえそうだ。
けれども、香奈枝ちゃんの場合、夢の中を時間鉄道が走っているとも考えられる。夢の中の電車に乗れば、夢では時間を超えることができてもいいような気がする。
香奈枝ちゃんはその鉄道に乗って、小学校時代に行ってみようとした。私は、香奈枝ちゃんの夢に共鳴して受験一色の日常から、ちょっと懐かしい場所に行ってみることができたのかもしれない。
それに続くのが私の現実に近い出来事だとしても、他には過去に会った人にもう一度会ったり、未来に会う人に会ったりもした。
どんな人がいたのかもう覚えてはいないけれど、夢の中ではそんなことが本当にあったのかもしれない。
大きな眼鏡とマスクをした車掌さんがこう言ってなかったっけ。
「時間鉄道は、過去や未来への思いに応える鉄道です。時を越えて行きたいところに行ったり、会いたい人にお会いできるようお手伝いをさせていただいております」
確か、夢の中で過去や未来を思うことができたら乗って行ける、とも話していた。
もしもそんな鉄道があったら、そこでは、過去の人とも未来の人とも会っているかもしれない。それだからこそ、初めて会う人を懐かしいと思う、そういうことも本当にあるのかもしれない。
その懐かしい感じは、ほっとする感じ、温かい感じだと、佐和子は夢の中で話していた。
式場の司会者がマイクの前に進んできた。
「ご歓談中失礼いたします。いよいよ新郎新婦が入場いたします。どうぞ拍手をもってお迎えください」
ムードを盛り上げる音楽が響き渡り、それにたくさんの手を打ち鳴らす音が重なる。私も拍手をして花嫁の佐和子を待つ。
やがて部屋の扉が開き、スポットライトとともに、佐和子と広田君の姿がはっきりと浮かび上がった。
二人ともいい笑顔だ。
単なる夢なのか、あるいは夢を走る鉄道と通じた曖昧な世界での出来事なのか。どこまで本当でどこまでが夢なのかは分からないけど、やはり二人のイメージは当たっているなと感じる。
佐和子と広田君はよく似合っていて、昔から出会うことが決まっていたかのようだ。
そういえば夢を見たときに、おめでたい夢ゆえに、正夢になるはずが、私が話したために現実になりそこなったら大変だと思って、敢えて佐和子には話さずにきた。でも、これからは話ができる。
佐和子にも広田君にも今後は話してみてもいいかもしれない。
世界には何十億人と人がいて、いつどこでどんな人と会うのか全く分からない。もちろん一生の間に会わない人もたくさんいるけど、それなりに縁ある人だって案外多いはずだ。そして、特別な人もいたりするのだろう。
あのとき私は十九歳で、自分のことや受験のことを考えている、どこか閉じられた世界にいて、悩んでいた。あの鉄道は、そんな私に少しだけ遠くの世界と遠くの人を見せてくれたのだと思う。
ウェディングドレスを着た佐和子が、広田君と一緒にゆっくりと、こちらに進んでくる。
もしも、時間鉄道が本当に夢の中を走っているのだとしたら、私はもう一度乗ってみたい。
その時は、ちゃんと自分のご縁のある相手に会おう。
笑顔の佐和子を見つめながら、私は思う。
その時も、ぜひ佐和子に付き合ってもらおう。