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4.未来に出会う

【θ13】

 ガタン、と音が響き、電車が動き始める。

 私の心に、佐和子のお兄さんの答えがこだましている。


「未来に会う人の中には、懐かしい人もいるんだよ」


 誰にともなく、私は訊いた。


「会ったことないのに、懐かしいってどんな感じなんだろう」


 期待していなかったのに、佐和子が答えた。


「そうねぇ、ほっとする感じ、温かい感じかな」

「その感じ、分かるの?」

「今、分かった」


 その答えに、私は一瞬呆然とする。

 佐和子のお兄さんは、一つ頷いた。


「こいつと佐和子は、未来に会うのが確かなんだ。将来のことまでは、僕には分からないけどね」

「そうなんですか。えっと、あの、どこで、いつ会うんですか」


 我に返った私は、しどろもどろになりながら質問した。


「それは、未来に分かることで、今は教えることはできないんだ」

「僕も、まだ何も分かっていなくて……」


 後ろから、男の人が頭を掻きながら小さな声で話した。朴訥な感じの人だ。佐和子も私の後ろに回って、遠慮している。


 もうすぐ私の降りる駅だと分かったので、とにかく何か話さなくては、と焦った。

 でも、肝心なことは何一つ訊けなくて、取り留めもないことばかり話してしまった。佐和子とその男の人との共通点とか接点とか、何でも話してもらえばよかったのに。



 新宿に着いたとき、私はただただ名残惜しかった。もっと佐和子を応援できたかもしれなかったのに、と残念に思った。


 現在の新宿駅のホームに降り立つと、私は佐和子に向かってやっと一言話した。


「将来楽しみね。現実にいいお話があったときには、必ず知らせてね」


 佐和子はこくんと頷いた。ちょっと赤みの差したこんな表情、普段は絶対に見られない。思わずくすりと笑いをもらすと、佐和子も笑顔見せた。


 佐和子に手を振ろうとしたとき、ベルが鳴りだした。発車ベルかと一瞬思ったが、違う。


 電話の鳴る音だった。



【α13】

 私は、そこではっと目を覚ました。今まで眠っていたのだ。佐和子と時間鉄道に乗っていたのは、全部夢だったようだ。


 居間の電話のベルは、まだ鳴り響いている。時計を見たら、何と九時近い。いくら日曜日でもひどい寝坊だ。とにかく、自分の部屋を出て電話をとる。


「もしもし……」


 寝ぼけ声しか出てこない。


「あ、麻子。ごめんね、朝から」


 佐和子の声だった。さっきまで夢でずっと一緒だったので、何だか変な感じだった。


「どうしたの」


 尋ねると、佐和子はゆっくりと訊いてきた。


「ね、ブルーベリーって食べられる?」

「ブルーベリー?」


 全然夢とは関係ない内容だ。


「ブルーベリーなら食べられるよ」

「そう、よかった。今日は急に、パウンドケーキを作りたくなって。明日麻子にも食べてもらおうと思ったんだけど、ブルーベリーを入れても、麻子が大丈夫かどうか聞いておこうと思って、電話したのよ」

「そうだったんだ。大丈夫よ。好きな方だから。わざわざありがとう」

「こちらこそ、朝からごめんね。それじゃ、また予備校でね」


 佐和子からの電話は、そんな日常的な話だった。



 それにしても、休日の気分転換にパウンドケーキを作るなんて。それも、ちゃんと食べる人のことを考えて連絡をくれるなんて。佐和子はやっぱり家庭的な気配りのできる人なんだなと思った。

 実は、佐和子から電話をもらったのは、このときが初めてだった。佐和子と会っている長い夢を見ていて、佐和子から連絡があるなんて、すごい偶然だった。


 それで、寝ていて見る夢なんてすぐに忘れてしまうのに、その後もずっとこの夢を覚えていたのだ。



 そもそも、この当時見ていたのは、受験に関係あるような夢ばかりだった。

 寝坊して予備校に行くと誰もいない、模試の判定が全部E判定になっている、受験の日に時計が止まっていた、あるいは受験の日を間違えてもう終わっていた、とかそんな感じ。

 振り返ってみても、ちょっと焦っていて憂鬱な受験生だったんだなと、思い出す。


 だからこの夢は、私にとっては現実離れしすぎて、逆に夢っぽくない夢、という気さえしていた。



【α14】

「今は、将来に対していろんな不安を抱えているでしょうけど、時期が来れば自然に悩みは晴れてきますよ。それこそ、短大でも何でも自分の決めた進路なら大丈夫だと思える余裕が出てくるでしょう。近いうちに、とてもよい巡り合わせもありそうですからね。あなたは家庭向きな面も持っていますよ。仕事を中心にした生活もこなせるでしょうけど、結婚して穏やかな家庭を築くことも選択肢の一つになると思った方がいいですね」


 佐和子は、占いでこんなことを言われたそうだ。


 私が時間鉄道に乗る夢を見たのは、その占いの話を聞いた数日後だったと思う。


 夢と電話の翌日、私は佐和子のブルーベリー入りパウンドケーキをおいしくいただいた。

 もっともその日は、予備校で他に三人と一緒に昼食をとったので、もらったのは私だけではなかったけれど。



【α15】

 年が明けて、いよいよ受験が近づいてくると、予備校の後期の過程も終了となる。予備校へ行く機会はほとんどなくなり、佐和子と会うことも少なくなった。


 私は、第一志望の国公立の大学にはやはり及ばなかったが、最後にC判定だったはずの私立大学に合格した。


 大学に入学すると、生活が一変して、飛ぶように日が過ぎていった。

 佐和子の進学先が分かったのは、夏休みに入って暑中見舞いをもらった時だった。


『今は元気に短大に通っています。予備校が嘘のように楽しい毎日を送っています』


 佐和子も受験の最後まで紆余曲折あって、たくさん悩んだらしい。一つしか受からなかった私とは違い、佐和子は二つの大学と一つの短大に受かった。

 最終的に選んだのが短大になって自分でも意外だったと、電話で話してくれた。もちろん、それは高校の先生が勧めたのとは全く別の、佐和子が見つけた短大だ。


 暑中見舞いをもらった私は、久しぶりに佐和子に電話したわけだが、その後も連絡を取り合うようになり、何度か会って話すこともあった。


 佐和子は佐和子で勉強やサークルやボランティア、アルバイトと、いろんなことをして充実している様子だった。

 私も、選択肢はなかったけれど、入った大学での生活を楽しんでいる。予備校時代に読めなかった本もたくさん読んでいる。勉強に追われつつ、バイトに追われつつ、文芸部の活動に追われつつ、それなりに満足できる大学生活を送っていると思う。


 佐和子は、予備校時代を、いろいろ迷いつつ先が見通しづらい時期だったと話した。いつも受験のことや先のことで悩んでいたけど、勉強が目の前にあって何も行動に移せず、もやもやしていた、と。私にも覚えのあることだった。


「ただ、受験の時期にいろいろ真剣に考えることができたから、今は行動できるような気がする。迷うことは今でも出てくるけど、できることは何でもやってみようって思えるようになったわ」


 佐和子がそう語ったこともあった。


 予備校での友人の中で、結局大学に入ってからも会っていたのは佐和子だけだった。

 最初のきっかけは、説明会で隣の席だったという偶然といえば偶然だ。けれども、予備校時代から遠ざかっても、佐和子は私にとって、時々会って、時には深い話もできて、楽しい時間を過ごせる大事な友人だった。



【α16】

 その佐和子から、大学三年の夏に思いがけない電話をもらった。


「実は私、結婚することになったの。十一月の二十二日に披露宴をするんだけど、麻子も呼んでいい?」

「え、結婚? 広田君、なの?」

「うん」


 佐和子が入学当初から付き合っている男の子の名前を、私が知らないわけはなかった。

 佐和子は十月生まれだから、二十二歳で結婚ということになる。もっと早く結婚した友人も何人かいるが、今のところ彼氏もいない私からすると、びっくりする出来事だった。


「おめでとう。十一月二十二日、ちゃんと空けておくよ」

「ありがとう。それで相談なんだけど」

「相談?」

「うん、そう……」


 佐和子が少し言い淀んだので、一体どんなことなんだろうと身構えてしまった。


「披露宴の席次表のことなんだけど」


 なんだ、そんなことかと私は思った。

 数年前、従妹の披露宴に参加したときに、テーブルごとに親類、友人、職場関係など、まとまっていたことを思い出す。佐和子の友だちの一人としてどこかへ入るなら、どこでも大丈夫だろうと何となく考えていた。


「まさか、予備校の時の友人って書くわけにはいかないよね」


 佐和子の言葉に一瞬、反応ができなかった。予備校は、私にとっては随分遠い話になっていたからだ。


 佐和子は続ける。


「高校の時の友人ってことで、席次表に書いておいてもいい? 高校友人でテーブルをまとめる予定だから、そのなかに入ってもらうので大丈夫かしら」

「うん、いいよ」


 答えながら、いつだったかの社会の先生の、予備校時代は隠さなくてはいけないとかいう話を久しぶりに思い出した。


 おっと、おめでたい話に何てこと考えているんだろう。


「よかった。出席する人の中に、浪人した人くらいはいるはずだけど、披露宴の席次に闇の歴史を書くわけにはいかなくて」


 佐和子がずばり言ったので、思わず吹き出してしまった。


「懐かしいね」

「懐かしいね」


 佐和子も繰り返した。


「浪人していたときとは、随分違う人生送っているよね、お互いに。佐和子は、更に違う人生をスタートするんだね」

「そういうことになるかな。でも、これからも時々は会って、楽しい報告ができる友人でいようね」


 佐和子の言葉が、私の胸にじんわりと響いた。


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