決別―越えられない壁
いつもと同じデートコース。お気に入りのお店。お決まりのセリフ。一番好きな“彼”と見る夕焼けの空。そんな、変わらない日だった。
けれど、私を見つめる“彼”の瞳はいつもより暗くて、いつもより悲しそうな笑顔がいやに気に障った。
(そっか……終わりなんだ……)
不意にうわの空になる“彼”は、私の視線に気がつくと私に微笑みかけてくれる。私が話し掛けると返事もするけれど、その態度こそが何よりも雄弁に物語っていた。
―私達、二人の終わりを。
(公園を見つけたことは、失敗だったかもしれない)
ひらひらと揺れるグレーのコートの裾を視界の端に捕らえながら、イブはぼんやりと全く関係の無いことを思った。
「キミが好きだった」
目の前にいる青年の言葉に、イブは意識を青年に戻した。けれど目の前にいる青年は、イブの意識や視線がどこにあっても構わないとでも言うように、顔を伏せて話し続けていた。
「キミの自由も、奔放さも、甘えるのが下手なところも、無邪気さも、わがままも……キミの全てが好きだった」
青年が発する言葉は、全て過去形になっていた。現実感の無い現実を、まるで第三者の視点から見ているような、なにか奇妙な感覚を感じていながら、イブは続く言葉が何かを知っていた。
「――水忌の民を愛することは、信用することは、僕にはできないのかもしれない」
青年の言葉は、全て過去形と可能性の問題だったが、イブにとってはどちらも、もうすでにどうでもよかった。
イブは自身の生家が水忌にあることを隠してなどはいなかった。目の前の青年の生家が雛木にあることも知っていた。
だから――
「……さよなら、トシ」
「っ」
激しい激情も、悲痛な表情も見せずに言い放ったイブの言葉に、青年は、トシは酷く驚愕した様子でイブを見ながら息を呑んだ。
「私が水忌であるように、貴方は“カリマ”では無いけれど……やっぱり“雛木”なのよ。最初から、理解していたことだった」
ただ淡々と、まるで自分のことではないかのように、イブはトシの瞳を覗き込むように見つめながら続けた。
「貴方と一緒にいられた時間は、楽しかった……良かったかどうかは、わからないけれど」
「そう……だね」
すでに“思い出”になっているイブの言葉に、トシは泣き出しそうな笑みを浮かべた。
トシのその表情の意味を、イブは理解できなかった。いや、ただその意味を理解したくはなかったというのが本音なのかもしれない。
「……もう、会うことが無いことを祈ってる……次に会うことがあったら、きっとそれは敵同士だから」
イブの言葉に静かに同意したトシは、逡巡した後にゆっくりと口を開いた。
「イブ……幸せに」
最後にささやくようにこぼしたトシは、そのままイブに背を向けて歩き出した。
だから、トシは知らない。イブ自身も、トシに知られる事が無い方が都合が良かったので、ちょうど良かったと言って良いのかもしれない。
トシの背中を見つめながら、イブ声も無くただ泣いていた。
この決別は覚悟していた事。けれどイブの瞳からは、後から涙がこぼれ続けて止まらなかった。