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友達カースト  作者: テン
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「儚い」という言葉がある。

桜は散るから美しい、月は沈むから美しい、花火は消えるから美しい。

無くなってしまうことが分かっているから、その一瞬に人は美しさを見る。

だからこそ、いつの時代も儚いものは人の胸を打ち、その一瞬の輝きを、見る人の心に残す。

きっと、彼もそうゆう事だったのだろう。

神様が期間を17年と定めたから、その17年に人生の全てが凝縮して、あんなにも輝いていたように見えたんだろう。

だから、これは仕方ないことなんだ。

こうなることは最初から決まっていて、だからこそ、僕達は彼に憧れたんだ。


目線の先の見慣れた笑顔に問いかける。

彼も、答えを返してはくれない。


これから僕達が見ることが出来るのは、あの笑顔だけだ。

たとえ悲しんでいても、怒っていても、苦しんでいても、あの表情が変わる事はない。


お経が永遠と読み続けられる、会場の所々からは鼻をすする音がする。


彼は部活の練習中、突然この世に分かれを告げた。


チームメイトの打った打球が胸に直撃し、心臓震盪を起こしたらしい。

すぐさま学校からAEDが持ち込まれ救急車も駆け付けたが、心臓は動き出すことなく、そのまま息を引き取ってしまった。


…誰も、誰も悪くなかった。


打者はもちろん狙って打った訳ではないし、AEDもすぐにチームメイトが持ってきたらしい。

野球部の監督もすぐに救急車を呼び、AEDを正しく起動して使用したと聞いている。

だから、誰も悪くはなくて、仕方ない事だった。

仕方ない、そう、仕方ない。


僕の斜め後ろで、知らない制服達が泣いている。

一際激しく嗚咽を漏らしているのは、もしかして打った本人だろうか。


… ふつふつと頭の中が蒸発し始める,

仕方ないと思っていたのに、その声に腹をたててしまう。


ああ、うるさい。

お前達は彼のなんなんだ、少し黙っていてくれないか。

僕達が泣いていないのに、お前らがそんな薄っぺらい涙を流すなんて何を考えているんだ。


間違っていると理解しながら、そんな考えが浮かんでしまう。

きっと彼は悲しんでくれている人がいる事に喜ぶ筈なのに、あいつらと僕達に、優劣なんて付けていない筈なのに、僕は、それを、認めたくない。

僕達は彼にとって特別だったと思いたい、高校の友達なんかより、ずっと一緒だった僕達の方が特別だったと思いたい、だって、僕達にとって彼は特別だったから。


ふと、頭の中にうるさい顔が浮かんでしまった、熱くなっていた頭が急に冷えて、不安が滲み出す。


そうだ、僕は高校で宝物を見つけたかもしれないのに、彼が見つけない保証はない。

もしかしたら、斜め後ろの制服達の方が彼にとっては宝物なのかもしれない。

自分が死んでしまったのに、涙も流さないような僕達なんて、宝物でもなんでもないのかもしれない。


思考が、目まぐるしく変わる。

もう何度目かも分からない程同じ事を考え、その度に諦め、怒り、不安になって、また考える。

考えるのをやめてしまえば、見えてしまう気がしていたから。

逃げ切る事なんて無理だけど、もう少しだけ先延ばしにしていたくて、 僕は意味のない考えを続ける。


そうしていたら、斜め後ろの制服達より先に、お焼香の順番が回って来た。

何も調べていなかったので、やり方が分からなかったけれど、前の人を見て覚えた手順を信用する。

僕は立ち上がって焼香台の前へと移動した、足の感覚がなんだかおかしくて、どんな風に動かしたのか分からない。

遺族の方々への一礼を行う、その際に彼の両親の顔が目に写った、必死に微笑む顔と、下を見続けて誰とも目を合わせない顔。

その2つの表情に彼を感じることが出来なくて、目を逸らした。

ゆっくりと前を向いて彼に一礼する、いつもと変わらない笑顔が今日は痛くて、一刻も早くこの場から離れたくなる。

僕は焼香を1回だけ行い、遺族の方々への一礼も忘れてそそくさと自分の席へと逃げ帰った。

振り返ると、弘樹と祥太も僕と同じようにお焼香を行なっているのが見えた、その姿を見て僕は歯を食いしばり、その後の人達のお焼香が目に入らないように目線を下に落として、考え事をまた繰り返した。



葬式が終わって、今回の出来事が確定してしまった後、式場の外で弘樹に話しかけられた。


「広輔」


僕は無言で弘樹の顔を見る。


「あのさ…えっと…」


弘樹は僕の顔は見ずに、下の何もない空間を見ている。

さっきの僕と同じように顎に力が入っているのがわかる。


「今日…さ、いや………………あの…」


目線が右へ左へ移動して、また何もないところで止まる。


「…また…集まろうな…?」


他に何も付け加えず、弘樹は不安そうにそれだけを僕へ伝えた。


「…うん、そうだね…。」


僕が肯定の返事をしたのにも関わらず、不安そうな表情は解れない。


「あ…うん…それだけ、それだけだわ、またな。」

「うん、じゃあね。」


最後は少しだけ笑顔を浮かべて、僕の前から去っていく、 その大きいはずの背中を見えなくなるまで見続けた。

…泣いてたな。

弘樹が何を思って話しかけてきたのか分かる気がしたけれど、今は仕舞っておく。

誰もいなくなったその場所を見てから、僕も車へと向かった。

車で家へと向かう途中、両親と何か話した気がするけれど、考え事をしていたから覚えていない。

家についてからは誰とも話す事はなく、考え事も場所が変わった事で一旦リセットされたので、暫くリビングでテレビを見ながら明日の事を考える。


明日、学校どうしようかな…

多分休みたいって言えば休ませてくれるな

でも、勉強遅れるし部活も大会近いからな…

というかそもそもノート借りっぱなしだったな、じゃあ行かないとダメか…。

まぁ、明日の朝に考えればいいか…

とりあえずノートだけ写しておかないと。


そう考えついて、僕は立ち上がり自分の部屋へと向かう。

両親が僕の事を心配そうに見たのを感じたけれど、話しかけてはこなかったのでそのまま歩いた。


階段を一歩づつ登る、何か忘れている気がした。


登り切って僕の部屋へと向かう、思い出せなくてモヤモヤする。


自分の部屋の扉に手をかける、なんだったろう、とても大事な事だった気がする。


扉を軽い力で押しあける、あ、そうだった、この部屋は


いつも彼がいた部屋だった。


僕の部屋には、見ないようにしていたものが溢れ過ぎていた。

残像が鮮明に僕の部屋に映る、僕が知らなかっただけで、神様は思い出すだけでもその時の経験が出来るように人間の頭を作ってくれていたらしい。

欲しかった物が手の中にあったというのに、少しも嬉しくない、こんなのはただの呪いじゃないか。

もうこの光景は現実で見ることは絶対に出来ない、どんなに努力しても、どんなに祈っても、それが報われることはない。

僕の部屋に映る宝物だったその光景は、薄皮一枚で保ち続けていた僕の心に傷をつけた。

その傷口から水が漏れて、だんだんと傷口を広げていく。


「あ…うあ…ぁ…」


これから先、きっとこの部屋には誰もこない。

彼も、弘樹も、祥太も、僕も、これから何度週末が訪れても、誰もこの部屋には集まらない。

だって、ここに来ると思い出してしまうから。

さっきの弘樹も本当は分かっていたんだろう、もう集まることはないと。

僕達は彼がいたから友達になれた、彼が僕達を繋ぎとめた、彼がいなくなった今、僕達を繋ぎとめるものは何もない。

だから、二度とこの部屋には誰もこない。

絶対に、この部屋には誰も集まらない。


傷口は、もうどうしようもないほど大きくなった。


鼻の奥が痛い、目が熱い、この部屋は、ダメだ、抑えられない。


「…っ…ああ……あああ…!…うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


練習の時なんかよりも大きな声を出しているのに、この部屋の残像が消えない、どんなに叫んでも、叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも叫んでも!!!

僕の宝物が、光が、道標が…!もう何処にも存在しない事を、この部屋は訴え続ける。


「あぁぁぁぁぁぁぁ…っ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


誰が彼にとって上とか下とか、そんなのはどうでも良かった、彼がもういない事、それだけが重要だった。

彼がどう思っていようが、僕にとって彼が1番なことに変わりはない、その1番が突然いなくなってしまったんだ。

僕はこのスカスカの胸をどうしたらいい?

分からない分からない分からない。

この大きな穴を埋める方法なんてない、これから先ずっと、ありえない。

じゃあ僕はこのまま歩いていかなければならないの?

無理だ、倒れてしまう。

僕を支えるものがない、歩けない。

ずっと彼を見て育って来た僕は、彼がいないと1人で歩くことさえままならない。

それなら、いっそのこと…


最悪の結末を迎える為の考えは、僕の中の色んなものが邪魔をする、僕は落ち続ける事すら出来ない。


そうやって全てが流れ出て、心が空っぽになる。

その頃には辺りが薄暗くなっていた、残像はまだ写り続けて、視界も歪み続けているけれど、声はもう出なかった。


…僕はそこに映る僕達を眺める。


そして僕は気づいた。


そうだ、埋める必要なんてないじゃないか。

彼はもういない、なら自分がどう思うかだけが重要になるんだ。

僕の中で彼の存在は今まで通り変わらない、いや、むしろ大きくなったろう?

だったら、そもそも穴なんて出来ていないじゃないか、なんだ、悩む必要なんてなかったのか、宝物は今まで通り僕の中にある。

良かった、僕は何も失っていない、何を悲しむ必要があったのか。


「……はははっ…」


そう考えると楽になった、今まで悲しんでいたのがバカみたいで笑えてくる。

何も失っていないのに、悲しむなんて可笑しな話だ。

僕は立ち上がって、知り合いから借りたノートと僕の勉強道具を手に取り、部屋の扉を今度は反対側から開く。

その間際に、聞き覚えのある声が、また僕にあの質問をして来た。


僕は答える。


そんなの決まってるでしょ?


僕は、扉を閉めた。





改稿を多分後日します

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