第2章 1節 ソーシャリズム
バカみたいに暑苦しい太陽と、視界の向こうのよく見かける草むら。まな板のような台の上に沢山の女性が裸で乗せられ、その一人一人の女性の前にいる兵士が、銃剣や銃口を突きつけている。一人の兵士がいった。
「俺におかされるか死ぬか!」
女性は丸まって、喉に何かを詰められたような声しか出せず、口をあぐあぐと動かしている。空気を求める魚のように。目が明後日の方向を向いていて、泡を吹きそうだった。やっと何かを話した。
「大統領……万歳……」
兵士は、鬼の形相になった。
「この女郎が……!!」
その恐怖で身を固まらせた女性の横腹に銃剣を思いっきり振り落とした。どん、という鈍い音が耳の中に響いて、銃剣が皮を破り、肉の中に侵入する。入ったのは刃先だけ、骨に当たったのだ。
ぼくはただ、ドライシガーを蒸しながらその光景を見つめる。
ぼくはただ、民間人に紛れたパルチザンを探す為に、革命軍の仲間が行う殺害を見つめる。みつめながら考える。
ぼくは……スシャーを打倒する。ぼくはスシャーを打倒して、社会主義の国を作る。彼女達は資本主義国スシャーを擁護していた。その庇護で暮らしていた。それが罰だ。自由資本、その成功者が弱者を切り捨てるという構図に生きる者は、全て間違いだ。ぼくの大義名分は間違っていない。
絶対だ。もしもこの世界が丸くても、間違いだとしても正しい。正義の中に間違いがあるから。悪は淘汰されるんだ。
刺された女性は壊れた掃除機みたいな声を出して、丸まっていた身体をさらに丸めた。その場所は阿鼻叫喚に塗れた。恐怖で、どよめきで、苦痛で、塗れた。
ぼくはこの"時間"に生きている。ただ、時間という水中の中で意味という気泡のみが重力に逆らい上昇する。人によって住む水中の質は変わる。空気よりも綺麗な水中、汚水の水中、金持ち、貧乏、奴隷、色々ある。よくは覚えていないけれど、ぼくは多分、汚水だった。
仲間のジープの荷台に乗り、殺害される女を見る。大半が棄義して、より楽に死ねる毒ガス室に連れて行かれた。その光景を見て勘違いした女共は、大好きな大統領閣下を裏切って、悪口を言い始めた。
不謹慎だが愉快にも思えた。裏切り共、白状者、自由資本主義者、欲に溺れて恐怖に支配されたイヌ、殺されるのは愉快にも思えた。ジープが発進する。下水。汚水。糞尿や唾液、体液、皮脂、金、麻薬、欲望、悪意、あらゆる人間の汚物によりぼくの住む水中は腐った。理想に燃えているのに、現実に支配されている。
こんな天気なのに対照的に心は泥まみれだ。そんな水の中でぼくはただ、気泡を作りたい。純粋な、遥か上空に、微かに光が指す美しげな空気に向かって、重力にさえ抗うような。水流、空気、ぼくの顔に当たる。ジープは凄い速さで走る。ぼくの、この腐りきった心情の中で、気力を保っているのはこの社会主義という理想に向かう気泡になりたいという精神だった。
ぼくは真実の落下音への懐疑を拭えなかった。視界が……白く、混濁。真実の音は全て類似性を持ち、情報の真偽を一人で確かめることは不可。今も尚不可。