第1章 4節 マクレーン
ボブ・マクレーンさん。自称大資本家。放蕩、酒池肉林の限りを尽す人だ。見えなくともそのハゲの薄笑いと呼ばれる気持ちの悪い行為が察せる。わたしは蹴られた後、馬車に乗せられた。マクレーンさんの馬車だ。マクレーンさんは男のくせに香水をつけているので、車内がものすごく臭い。屋根付きの馬車で、黒いカーテンで外から車内が見えないようになっている。馬三匹で動かす、巨大なトロイカという馬車らしい。
中には三人の女を侍らせていてみんなわたしと同じ子供。いつもいるから、人数は大体声の違いから分かった。話もしたいけど、話すことは許されていない。すると、馬車の外で甲高い笛の音が鳴った。
「おい、そこの馬車!」
わたしの乗っていた馬車が止まる。マクレーンさんが降りたのか、馬車が少し揺れた。今は会話をするチャンスかも……。わたしは、話しかけてみた。
「ねえねえ」
「シトー?トウィゴヴォリーシ、ポ、アングリスキ?」
だ、だめだ。何を言っているのかわからない。世界共通語かな。わたしは話せない……。ここでもスシャーが作りだした言語の壁に、傷口を抉られたような気がした。
外で誰かが何やら話し始めた。馬車止めたのは治安維持社所属の部隊のようだ。……治安維持社というのは名ばかりで、実際は汚職の限りを尽す組織。金を払えば悪党のボディーガードとなり、罰金を払えればすべてを許す。忠義も理念もはるか昔に落としてきてしまったゴロツキ。スシャーが核を投下してから、この国では、正義も、法も、愛も、友情も、理念も、信頼も、神でさえも、あらゆるすべてが消滅したのだ。ながらくマクレーンは治安維持部隊と話したあと、何やら話がついたようだ。
「俺が司法に足を運ぶまでもない。この五百ターレル、小切手でいいかね。」
五百ターレルといえば、貧しい労働者が一年かけて労働し、手に入るか入らないかという大金だ。
マクレーンさんは、スシャーから、麻薬を売り捌くためにメシトリに入国。無法地帯のメシトリで不正な麻薬商売をして大儲けをした。そしてわたしや、わたしのような奴隷を麻薬漬けにして、状況から離れられなくした……。ここは、罪の無い世界だ。いや、金持ちには罪がないのだ。ただ、金の無い者が金を払うために奴隷として拘束される。
金の無い者は一生働いたとしても、麻薬商人が一瞬で浪費する程の給料しか貰えない。そうやって、拘束されて、気づいた時にはもう年寄りになって、手に入れたはずの給料もすべて借金へと消えてしまう。そうやって、このメシトリの社会は維持されている。