表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき神学者の偽書  作者: уТ
第1章 テセウス
2/21

第1章 2節 アガペー

 「くっ……」

わたしの内股に彫られた、奴隷用の焼印とやらが疼いた。焼印や刺青は大量に彫られていて、目の見えないわたしには、一体何が描かれているのかわからない。その瞬間、その刺青が無理矢理彫られた時のことを思い出した。

 そして、傷口からなにかとてつもないものが出てきたような気がした。嗚呼、溢れ出す血だ。この思い出は、塞いでも塞ぎきれない溢れ出す血だ。雨と共に、心臓すら流れてしまうようだ。金よりも重い、痛いとか苦しいとか、そんな安っぽいことばじゃない。重いんだ。とにかく重い。重くて重くて、肌を突き抜けて出てきた。金になめ回された傷口だ。


 ただ、わたしは未だにわからない。紙幣とは単なる紙だ。紙の為人が死に、紙の為人が生き、親を殺し、人を支配し、身体を売り、価値を喪失する。


 この人殺しに、わたしは字を覚えようと、アルファベットを綴っていた事がある。価値があるとは知らなかった。白紙だと思った。模様などわかるはずもない。気付かれた際には、わたしを買った奴に、なんども殴られた。紙幣の本来の価値は紙だ。わたしは、触れてそう思った。なんとなくそう感じた。目に見える模様と呼ばれるものは、わたしにとっては形而上の価値。生を支えるのは人であって金ではないのだ。わたしは、金が嫌いだ。わたしを奴隷として売った親、わたしを買った奴、わたしを金を使い愛でた奴。全部金に操作されていやがる。


 わたしは、ぶつかった男に手を掴まれ歩いていた。何やら風の吹かない場所についたようだ。

溢れかけた思い出は、なんとか塞げた。

「お嬢さん、好きなのを選んで」

男の声が聞こえた。そう言われても、見えないものは仕方がない。

「お嬢さん……?」

「わたしそんなものは見えない」

「その娘、盲目なんじゃないか?その、見開いた紅い目!」

 またもや新しい声が聞こえた。店員であろうか、それとも客であろうか。雨とともに音はやみ、静寂が続く。そうだ、気がつくとそこには、だれもいなくなっていた。

 面倒ごとはごめんだという、この世に存在する二つの愛。自己愛と、契約愛。そうだ、この世にアガペーは存在しない。わたしは、自暴自棄という生物だ。いつ死んでも良いし、闇が闇を食べた所でなにも怖くはない。愛などいらない。盲人用の杖も使わない。馬車には何回も轢かれた。しかし生きている。わたしを助けることで、なにか得られると勘違いした人々によって。


 聖書でさえ金で買うのだ。パンを買う金で聖書を買い、死にゆくのだ。神は死んだんだ。静寂と闇に呑まれた街。五秒に一回鳴る銃声と、影を追う影。束の間の静けさという不快音が、多くの人々の心を恐怖の深淵に突き落とす。だがわたしは怖くない。闇が闇を呑もうと、なにも怖くはない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ