天体望遠鏡
小学生四年生の賢治は自宅のベランダから夏の夜空を眺めていた。そこには満天とは言えないが、恒星と呼ばれる星々が所々で輝いていた。学校で習ったばかりの星座が、どこにあるのか探してみたが、都会の空では見つけられなかった。残念に思った賢治は、あることを思いついた。テレビで見たことのある天体望遠鏡があれば、たくさんの星座を見ることができるかもしれない。早速、賢治は居間でビールを飲んでいた父に、それを買ってくれるように頼んだ。すると父は、
「二学期の国語のテストで百点取れたら、クリスマスに買ったるわ」
と言った。父のその提案は、ずいぶんと意地悪に聞こえた。賢治の得意科目は算数や理科で国語は大の苦手だったからだ。それでも、星座を見たい賢治は強がって答えた。
「百点取ったら必ず買ってや。約束やで」
賢治の父、正次は左官職人で生活は決して裕福とはいえなかったが、妻と一人息子を食わせる為に生真面目に働き、小さいながらも一軒家を手に入れて円満な家庭を築いていた。
夏休みが終わり、賢治は国語の勉強を真剣に始めた。そのかいあって、絶えず六十点あたりだった点数は、みるみる点数を延ばして担任の先生を驚かせた。だが、どうしても百点が取れない。後に担任の先生が語った話では、必ず習っていない漢字の読み問題を一つ入れていたそうだ。その事を知らない賢治は真面目に習った事を復習し、愚直に試験へ挑んでいた。二学期に五度行われた試験で、賢治は最高九十八点を取ることが出来たが、百点を取ることなく二学期が終わった。
冬休みに入りクリスマスの日が訪れた。父の正次は笑顔で賢治に話してきた。
「国語のテストは百点取れたか?」
賢治は顔を伏せると、「あかんかった」と短く答えた。正次は賢治の頭に手をやると、
「そやけど、頑張ったらしいな。お母ちゃんが先生から聞いたら、習ったことは全部できてたよって、百点と一緒らしいで」
そう言いながら、分厚い掌で賢治の頭をがしがしと撫でた。賢治はずっと俯いていた。
「ほら。これ望遠鏡や」
正次はそう言うと、赤い紙で包まれた細長い大きな箱を賢治の前に見せた。俯きながら、視線をちらりと赤い包みに投げた賢治は、頬が緩むのを感じて思わず奥歯を噛みしめた。決して喜ぶまいとしても、頬が上ずり勝手に緩んでしまう。父の情けが恥ずかしかった。それでつい、思わぬ事を言ってしまった。
「約束は約束や。百点取るまでもっといて」
正次も母も「そうか、そうか」と笑いなが顔を見合わせ頷いていた。
小学校を卒業する頃、国語は賢治の得意科目になっていた、その科目で百点を取って父が買ってくれていた望遠鏡を手に入れた。それを使っても都会では星座を見られない事を賢治は知ったが、今は月や恒星の一つ一つをベランダから見て楽しんでいる。