西郷さんがツンを連れてモミジ狩りに行くようです
なんだか気持ちいいと思ったら、健康な17歳の朝の生理現象をツンにおもちゃにされていた。
目を覚ましたと判った途端に覆いかぶさって嘗め回すようにキスをしてくる。
犬を腹の上に乗せるとマウンティングされたことになるんだっけ? ツンは犬じゃないからそんな上下関係の確認しないだろうけど。
「飯食ってモミジ狩りに行かないと。そのために早く起こしたんだろ」
「うん、今日はモミジ狩りだね!」
がばっと起き上がって俺の手を引っ張って起こそうとする。どうも子犬のせわしなさがある。
起きて顔を触ってみたが髭が伸びていない。そう言えば「自分の顔」を見てなかった。
「鏡ってないのか。自分の顔見たいんだが」
「これ」
ツンが枕元の小机に立っている板に指を掛けると、開いて小ぶりの三面鏡になった。
鏡の映りは地球と遜色ない。
ガビラン=俺は結構いい男だった。浅黒く堀が深い細面の顔は若い闘牛士のようだ。
リタがかまいたがるのも不思議はないな。
食堂はまだ人が疎らだったがリタは来ていた。朝の挨拶をするが口数が少ない。遅れたわけでもないだろうに。
朝食は昨日の肉団子半分とナンじゃないの二枚。自分の皿だけ見て食べる。
静かに食事を終え、顔を上げて目が合っても黙っている。
「じゃ、行こうか」
「え、ええ。森へね」
「もしかして、緊張してるのか」
「う、うん」
思ってたより素直だな。
ツンの方はなんか欲しい時の子犬の目で見ているだけだ。飯は終わったばかりだよ。
かなり早いので、食堂の水盤で済ませないで神殿の礼拝所に行った。
壁の何箇所からか湧き水のように水が出ていて、それを脚付きの水盤で受けてから飛び散らないように鎖で下の溝に流している。
静寂な感じが手水舎の雰囲気に似ていて、この水を飲んだり水筒に入れてもいい。
お祈りを済ますと、膝まである半袖のゆるい服を着た、若い女くらいの見た目の神官が近寄ってきた。黒髪の縮れ具合と雰囲気が神殿主様を小型にしたようだ。
「二人が安全に余裕のある仕事が出来るようになれば、下の子供達の希望にもなります。よろしくお願いします」
「俺はただの信奉者じゃなく、神に助けられた者です。出来る貢献はしたいと思っています」
「清い心がけですね。神もお喜びになられるでしょう。お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
やはり神殿主様の幼生体だったようだ。昨日リタをからかった神官と変わらないくらいの年なんだろうけど、個体差が激しい。
礼を言って離れ、聞こえないくらいの距離になってからリタに名前と年を聞く。
「アリアドナさんは神官だけどまだ16だよ。ちょっと大人っぽいでしょ。ずっと神官の家なんだって。神官には神様にお使えしたい人と魔法を授かりたい人がいるの」
「思い切り納得する説明だな」
森に行く前に買い取り窓口で採集用の小型の鎌と薄手のデイパック、灰を受け取る。モミジは採ったところに灰を撒くと次の日また出てくると昨日教えられた。
良く言えばアシタバ、悪く言えばヤブカラシみたいなもんか。
森の入り口付近は頻繁に人が入っているので雑草がなく、大きな木の陰になった湿った地面に20センチほどの実生のモミジのようなものが一面に生えていた。
形はモミジだが葉の大きさは大葉程で厚みもある。
「大きいの採ってね。葉っぱ20枚で1ギムだから、3~4本で1ギムね」
すでに昨日言われた覚えがあるが。
茎も食べられるので地面ぎりぎりから刈り取ってデイパックに詰める。無理に詰めなくても300は入るそうだ。いっぱいになったら空いている小袋三つにも入れてもいい。
4本1ギムとしても1日の稼ぎ200ギムは悪くない。円に換算すると30日休みなしで60万か。多くないか? 2人の分が半分来てるせいか。一人で集めたら1日1万で普通だ。
性もない皮算用をしながら少しずつ移動して大きいのだけ採って行く。三人とも借りた袋がいっぱいになって、小袋を渡そうとした時に、ツンが何かに気付いた。
そっと指差す方向を見ると、白い物が立っていた。
150センチくらいのエリンギらしき物は、反り返って反動を付けこちらに向って跳んだ。
一気に5メートル手前くらいに着地して縮み、こげ茶色のカサを向けた。飛び掛かって来て頭突き、以外に考えられない姿勢だ。
咄嗟に二人の前に出て手を突き出す。腕の中に起きた力を一旦手の中に握り締めハンドキャノンを撃つイメージで撃ち出した。
ボフっと音がしてエリンギのカサが歪み、高速で後ろにひっくり返った。人間なら後頭部打って確実に頭蓋骨割れる勢いだ。
一呼吸おいて春風のような気配が来た。生命力が開放され、経験値になったのだ。
「一発で倒した……」
リタはそう言って突っ立っていたが、ツンは走っていってお化けエリンギを抱えてもどって来た。
「バッグあけて」
言われてバッグに手をかけたら激痛が走った。
「手が、痛い」
50口径マグナムの片手撃ちとか無理に決まってる。出血はしていないが、手の平が真っ赤になっていた。
リタが両手で俺の右手を包み、何か自動翻訳されない呪文を唱えると、薄青い光が二人の手を包んで、痛みが消えた。
「治ったよ。ありがとう。出来るんだ」
リタはなんとなく照れている。ツンに腕を揺すられて、アイテムバッグにエリンギをしまった。
リタが照れ隠しに話し掛けて来る。
「闘気弾10倍消費であんな威力なんだ。何か攻撃力を高めるもの持ってるの?」
「いや、俺MP23しかないぞ。特別な物も持ってない」
「じゃあ、個人技? 熟練度10でもあんな威力ないはずだよ。霊力値はなんとなく減ってるの判るはず。どんな感じ?」
「半分減った気はしない。このエリンギいくらで売れる?」
「一匹100ギムくらいだよ」
「なら、一旦戻ろう。一日分の稼ぎにはなった」
外壁の検問所の感応石でMPを見てもらうと5しか減っていなかったが、闘技にハンドキャノンが増えていた。
昼過ぎの人通りが疎らになる時間で、守備兵達が寄ってくる。隊長が代表して話す。
「レベル7でキノコ瞬殺は凄い。手を怪我するってことはまだ未完成なんだろうな。どうするかな」
「どうするって、なんです?」
「個人技は未完成なら1000ギムで見せてもらえるんだ。完成してたら1万なんだけど。苦労して編み出したものを盗んだり脅し取ったりしないための決まりだよ。同じものが使えなくても模倣出来る可能性があるんだ」
「今何人います?」
「二十人だが」
「一人50ギムじゃだめですか。安く出来ない規則なんでしょうか」
「規則じゃないが、いいのか」
「俺は母なる神に命を助けられたんです。この世界のガビランの体も貰いました。出来る貢献はしたいのですが」
「それは聞いてる。そっちがそれでよけりゃ、ちょっと金集める」
隊長が兵と相談している間、リタが話し掛けてくる。
「なんで手の平から出したの? 闘気弾は拳から出すんだよ」
「そうなのか。拳で撃たないイメージがあるんだよ」
「拳でやってみたら。威力上がるかも」
「指折れたら治せるか? 骨頭粉砕骨折とかやだぞ」
リタは笑ってごまかそうとする。
「逃げるんじゃない」
「で、でもさ、素手ってのもだめじゃない? モミジガサ採る時は素手の方がやりやすいけど、戦闘なら篭手とは言わないけどなんか防具するでしょ」
「まあ、それもそうだな」
冒険者なら何か持ってそうなもんだが、アイテムバッグの中にはない。
剣帯に付いている小物入れを開けたら、皮の手袋が出てきた。
リタが攻勢に転じる。
「装備は持ってるだけじゃだめだよ」
「お前はどこのマニュアルだ」
「またわかんないこと言ってごまかそうとする」
笑ってごまかしたのはお前の方だろ。
この間ツンは俺の左腕に掴まって大人しくしている。
ツン可愛いよツン。
そんなことをしている間に隊長が金を集めて持ってきた。感応石のないところでの売買用にある程度の現金は持っているものだそうだ。
貨幣は、補助通貨の10分の1ギムの1ギリと5ギリの大きさの違う円形の銅貨、四角の1ギム、六角の10ギム、円形の100ギムの銀貨と、1000ギムと1万ギムの金貨があるそうだ。
銀貨の寄せ集めで1000ギム受け取り、これは俺個人の収入になるそうなので手袋の入っていた小物入れに入れ、手袋を嵌めて拳を握る。
折れても神殿まで行けば指くらい簡単に治せるはずだ。
「どこか、標的にしましょうか」
俺が言うと隊長は荒野の20メートル程離れた岩を指差した。距離感があるのは何か的を当てるスポーツをやっていたのかもしれない。
「行きます」と声を掛けてから、腕から手の中に流れた力を握り締め、拳の先から撃ち出すと、岩肌から砂煙と破片が飛び散り、バム、くらいの控えめな音がした。
拳でサンドバッグを殴った程度の衝撃はあったが、指を動かしても痛くはない。
距離があるのと発射音がないので、銃撃のような派手さはない。だが、客受けは良かった。
「速過ぎるだろ」
「あそこまで届くのか」
「消費5の威力じゃないぞ」
兵達が口々に感想を述べる中、隊長だけはすまなそうに俺を見た。
「届くと思ってなかった。試したんだ。すまない」
「普通の闘気弾はどのくらいなんですか」
辛気臭くならないように話を逸らす。
「射程は半分くらいか。威力は俺でもこんなもんだ」
隊長は近くの岩に拳を向け撃って見せた。
拳から透明な塊が出て岩に当るのが見えた。ガン、と音は響くが、砂が少し飛んだだけだ。
「何か、投げてるみたいな感じですね。俺のは武器を発射してるんです」
「や、待て、教えてもらうと未完成でも1万ギムだ」
「だめですか」
「だめじゃないが。俺達が無理強いしたんじゃないのは神殿の子がいるから証明できるし」
「なら、もう一度撃ちますから、出来るだけ速く飛ぶ武器を想像して撃って見て下さい。 治療せずに連射できるか、安全な場所で試したい都合もあるんです」
隊長が照れ笑いをしながら言う。
「母神様、ずいぶんいい奴連れて来てくれたな」
俺も出来るだけ速く闘気が飛ぶようにイメージしながら撃った。
手袋を外すと拳が赤くなっていたが、指は動く。リタが黙って手を取ったので、治療してもらうために下がると、隊長が俺のいた位置に立って構える。
先程より明らかに速い塊が飛び出し、20メートル先の岩から破片を飛び散らせた。
「威力俺より上じゃないですか」
「まあ、レベルも装備も違うしな」
「手の装備で威力上がりますか?」
「攻撃力の上がる装備ならな。それに、装備の防御力が高い方が技使った時の反動が少ないはずだ」
隊長は機嫌よく自分の円盤を取り出して鑑定版に置くと感応石に触れた。
「バリスタ 消費5。ま、模倣技だが、十分使える。弾足が長いのが何よりだ。そっちは完成したら威力上がったり別の技になったりするかもしれないぞ」
「別のになることもあるんですか」
「考案者の発想次第で変わることがあるんだ。俺のバリスタも模倣じゃなく、はんど、きゃのんだかになることもある」
発想次第でもっと威力上げられるのかもしれない。
にしても、弓の先の武器がないのはなぜだ?
「あの、ちょっと話変わりますが、バリスタがあってなんで銃火器がないんでしょう。火薬はあります?」
「別の世界の知恵を知る能力を持ったのがたまにいてそう言う物を造るんだが、使えないそうだ。霊気が濃いと急激な燃焼が抑えられるだとか。前に太陽を造れるって言ったのがいたが、準備が大げさだった割に魔法よりしょぼくて、笑い者にしかならなかったそうだ」
「核融合? 笑い者ですか」
「それ知ってるのか。知っててもしょうがないが。遠距離攻撃なら、魔獣の魄がある。たまに生命力が開放される時にクリスタルの珠みたいに物質化するんだ。それに能力が入っていることがある。属性が合えば魔法でも使える」
属性の話が出たので聞いたら、魔獣は種族で同じ属性だが、人間や獣人は個人で四元素のどれかになるそうだ。親子でも違い、遺伝しないらしい。
戦士でも攻撃魔法を使えるなら、銃火器が発達しない訳だ。空気銃さえ製作の費用対効果が会わないと言われた。
バリスタの練習を始めた警備兵と別れ街に入り、リタに聞く。
「腕用の防具ってどこで売ってる。神殿の売店にはないよな」
「特別なのじゃなければギルドにあるよ。でも、先にモミジガサとキノコを神殿に売って。今日はもう森に行く時間無いでしょ」
モミジは全部で250ギム、エリンギは110ギムで売れた。エリンギは200グラム1ギムだそうだ。
ツンが簡単に持って来たのでそれほど重いと思わなかったが、エリンギは22キロあったのだ。
一人でアイテムバッグがなかったら、持って帰って来るだけで大仕事だ。
その場で二人に60ずつ渡す。どうもピンハネしてる気しかしないんだが。
「モミジの分だけでも80以上ある訳だし、エリンギもツンが見つけてリタは治療したろ。用心棒代だとしても俺が半分で二人は四分の一ずつでどうだろう」
「タカヒロがそれでよければね。一緒に行くのが増えたら半分をこっちの人数で割ることにすれば」
「それもあるか。キノコ安全に獲れたら三人じゃ経験値もったいないからな」
「とりあえずもう一人増やしてもいい?」
「俺はかまわないけど、ツンは?」
「元々六分の一もらえるのも多いんだもん」
ツンはただ俺にしがみ付いて尻尾を振ってる。
ギルドでバイトをしているロレナと言う、リタと同じ年の孤児院の子を迎えに行くことになった。