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--- トモ ---
しばらく涙が止まらなかった。
私が無理にでもアカネちゃんを止めていれば、なんてずっと思ってた。
でも、無理だった。
コウ君と出会って色々と聞いたけど、コウ君もガンペイ君を「見捨てる形になった」って言っていた。
私の状況を把握して言ってくれていたんだろうけど、それで何とかふわふわしていた感覚はなんとなく戻り始めた。
その後、ハルタ君に出会ってないか聞かれたけど、私達はハルタ君と出会ってない。否定したら、コウ君は黙って考え込んだ。
ああ考え込んでいるって事は、多分、もう生き残ってるのは私とコウ君だけになっちゃったんだろう。
そう言えば、アカネちゃんが拾ったノートがあった。
アカネちゃんがペットボトルホルダーしか持ってないくらいの軽装だったから、私が預かってリュックに入れていたやつだ。
それを男連中に出会ったら渡そうってアカネちゃんが言ってたのを思い出して、コウ君にノートを渡す。
コウ君はノートをパラパラめくると、二階に行こう、と言った。
私も、流石に暗くなる前に戻るだろうと思っていたし、なによりそこまで暗い所には入りたく無かったって言うのもあってライトは持って来ていない。
このコウ君の反応と、アカネちゃんと一緒に移動してきた情報から考えると、一階に出口がないっていうのはきっと本当なんだろう。
なら二階より上には、脱出できそうな場所があるの? なんて聞きそうになったけど、口は動かなかった。
そのままコウ君に引っ張られるようにして、私は大広間まで向かう。
戻る道は決して短いわけじゃなかったけど、何も問題はなかった。むしろ静か過ぎて不安を覚えるくらいだ。
手を引っ張られなくても良くなる程度に意識がマトモになってくると、今度はズボンに染み込んだ血が凄く気になってくる。
とは言っても、替えがあるわけでもなく。流石に脱ぐわけにもいかないし、諦めるしかない。
そうやって私がもじもじしているのに気が付いたのか、コウ君は立ち止まって少し悩んでいた。
「悪い、俺も換えの服は持ってないんだ」
「ああ、うん、大丈夫だよ」
しかし、歩き辛い。今まで意識していなかったから大丈夫だったのか判らないけど、意識しだすと生温いし張り付くしで、あげく乾き始めた所はくっ付く。
多分これは、どうあっても慣れる事は無いだろうから、諦めた方が早いだろう。
もうコウ君に手を引かれなくてすむようになったけど、私はかなり困った顔をして居たんだと思う。換えのズボンがありゃ良かったのにな、なんてコウ君が小さく呟いたのが聞こえた。
通路では特に問題もなかったので、結構なスピードで大広間に辿り着いた。
そのままできるだけ急いで短いらせん状の階段を登って、二階へ。
二階も一階とほぼ同じなのかなと思うと、かなり鬱な気持ちになる。コウ君も同じような事を思ったのか、左右に広がる通路を見て、苦い顔をしてため息をつく。
とりあえずこの広間から見える所まで見て、コウ君は右の通路に行く事を提案する。私はどっちも同じように見えたので、問題ないよと頷いた。
基本は今までと変わらず、ドアを開けて中を見て次へ。今回の目的は窓だけだったので、特に中に踏み込んで調べる必要は無さそうだった。
念のためロープがあればいい、なんてコウ君は言ってたけど、あんまり運動神経の無い私はロープ無しで二階からなんて飛び降りれそうに無い気がする。
二階にも、そこそこ死体があった。
一体何人この館に捕らわれたんだろう。数十人は軽く超えている気がする。事件になってないのがおかしいと思えるくらいだ。
それにこの人たちは、何を思ってここに入ってきたんだろう。
中には給仕服姿の人も居る。もしかすると昔はここで働いていたのかな。そう言えば、一階でも何人か居たかも知れない。
ふと、思った。ここは時間の流れが明らかにおかしいと。
あの一階の右側通路と左側通路を繋ぐ所。私はしっかり見ることはできなかったけど、同じような死に方ってアカネちゃんは言ってた。あんなに沢山の人が同時にここに入りはしていないだろう。
あんなに沢山の人が一斉に居なくなっているのであれば、それこそ一大事件だし、色んなニュースや新聞で騒がれててもおかしくない。
でも、どうして……。
そんな事を考えながら歩いていると、コウ君が私を呼び止めた。
「疲れたか?」
そうかもしれない。別のことを考え出しちゃってるこの状況だと、少なくとも反応は遅れるだろう。今もコウ君が呼び止めてから私が止まるまで、少し間があったみたいだし。
私は少し考えてから、頷いた。体はまだ動くけど、あんまり無理をしても良くない。
適当な部屋に入って座り込む。
隠れる場所がそこそこあって、隣に逃げるためのドアもある。こういった所を咄嗟に選択できるのは凄い。
でも、やっぱり結構コウ君も疲れているように見える。
二階でも窓が見つからないのが辛いんだろう。まだ二階に上がってからそんなに探索できていないから、精神的な余裕も無いんだと思う。
ぽやーっとそんな事を考えていると、急に眠気が襲ってきた。張り詰めていた糸が切れてしまった感じがする。
間違いなく、この時私は舟を漕いでいただろう。
だが、私はあの『音』で一気に現実に引き戻された。ズリッ、ズリッと、ここ暫く聞いていなかった音。
一階だけじゃなくて、二階も見て回っていたのだろうか。
コウ君と目を合わせ、コウ君は頷いた。そして隣の部屋へ続くだろうドアに手をかけ、驚愕の表情を張り付けた。
押しても引いても開かない。何かがつっかえている。
あの音が聞こえている以上、大きな音を立てるわけにもいかない。
「とりあえず、トモ、お前は隠れろ。俺は……何とかする」
「ちょっと待って、それはダメだよ」
「それしか方法がない」
コウ君は言い切った。
この部屋だと、隠れる場所がクローゼットしかない。でも、クローゼットだから二人分ぐらいは一緒に入れるはずだ。
一緒に入れば逃れる事くらいはできそうだけど、なんでそんな事を言うのだろう。
「良いか、時間がないから手短に言うけど、隠れてもアイツがこの部屋に入ってきた場合、その血の臭いをかぎつける可能性がある。そうしたら二人とも絶対に逃げられない」
確かにクローゼットの中に居たんじゃ、気付かれた場合絶対に逃げられない。
それでも――。
ズリッ、ズリッと音が近くなっている気がする。考えている時間はない。
良いから隠れろ、とコウ君に引っ張られてクローゼットに押し込まれた。
そして、コウ君は無謀にも部屋を出る。やっぱり近くに居たらしい。
コウ君の舌打ちが聞こえて、数秒後、何かを砕くような音と、折れる音が混ざったような……嫌な音が聞こえた。
今はもう何の音も聞こえない。
引き摺る音も、何も。
コウ君はさっきのでやられてしまったのだろうか。
音が外に漏れないよう、大きく深呼吸してクローゼットを開ける。
そこに、『あいつ』が居た。
音、立てないでも動けるんだ……。
足がすくみ、最早逃げられない私は、フードの中のそれと目が合った気がした。